※色々かわいそうなことになっています。

         ルグレ

償いは、茨の道よりも険しい。

ヤマトが隊長を代行するカカシ班は、心身に深い傷を負って木の葉の里へ帰還した。
サスケは去り、またも連れ戻せなかった。
払ったものは犠牲だけだ。それも、医療忍者という貴重な人材。
だが、そんな里の理屈以上にその犠牲は大きかった。
そしてサクラを襲った悲劇は、ナルトの知り合いの間に瞬く間に広がったのであった。

―木の葉病院―
「何よ……これ……!?」
眠るサクラの元に駆けつけたいのが、唇をわなわなと震わせた。
指先がふるふると震え、目は大きく見開かれている。
血の気が失せた唇は、あともう少しで紫みを帯びるのではないかというほど。
まさかショックで倒れてしまうのではないかと、側に居たシカマルが支えようと手を伸ばす。
だが、その後に響いた音は、いのが倒れる音ではなかった。
短く乾いた音が、静まり帰った部屋に響き渡る。
「……なんでよ。何であんた達のせいで、サクラがこんな目にあわなきゃいけないのよ!!」
マグマのように湧き上がる怒りが、震えた言葉と共に吐き出される。
アイスブルーの瞳が、炎をはらんで燃え上がった。
炎が爆ぜて飛び散るように、大粒の涙も後から後から湧き出ている。
「いの!」
「シカマルは黙ってて!!」
制するシカマルを逆に黙らせ、いのはきっとナルトをにらみつける。
「あんたなら、あんたならサスケ君を連れ戻して、サクラを……心の底から笑わせてくれるって、信じてた。
なのに、どういう事なのよこれは!!あんたの口から説明しなさいよ!!」
「……ごめん、ごめん……いの……!!」
ナルトは、いのの顔を直視することがこんなにつらくなるとは思ってもいなかった。
自分が犯した罪のあまりの大きさに、打ちのめされたといってもいい。
サクラを殺しかけただけではない。
あの一瞬で、誰よりもサクラの幸せを願うこの少女の思いさえも、裏切ってしまっていたのだ。
謝罪の言葉が、ナルト自身でもこっけいなほど軽く寒々しい。
当たり前だ。どんな言葉や態度でも、いのの痛みと比べればあまりにも軽いのだから。
「返してよ……サクラを返してよ!うっ……うぅっ……。」
『いの……。』
嗚咽を漏らすいのの肩が小刻みに震える。
親友の変わり果てた姿を見せ付けられたことで、怒りと共に強い悲しみも飛び出したのだろう。
シカマルもナルトも、かける言葉がなかった。
だが、叫んで一時の衝動は収まったのだろう。呼吸を無理に整えて、いのはこう続けた。
「……シカマル。ナルトと話、するんでしょ?」
「あ、あぁ……。」
「あたしはもう帰るから、後……よろしくね。」
ぐいっと乱暴に涙をぬぐうと、ばたんと荒い音を立てていのは出て行った。
ここでいのが引き下がると思っていなかったナルトは戸惑うが、シカマルにはその理由がわかっていた。
流れにそぐわない彼女の行動に潜む意味を見出せないほど、彼は無理解ではない。
―つらいよな……やっぱり。―
彼女はまだたくさんぶつけたいことがあったはずだ。けれど、それをしなかった。
彼女は誰も憎めないのだ。傷つけられたのも、傷つけたのも仲間である故に。
どうして単純に怒りや悲しみを向けられるだろう。
いっそサクラを傷つけたのが他の里の人間なら、どれだけ彼女の心は軽かったか。
「正直、俺もお前には言いたいことが山ほどある。けど、それはやめとくぜ。」
「……何でだってばよ?」
いのの心中を思い、深く後悔し打ちひしがれたひどい顔のまま、力なくナルトは聞き返す。
あまりに痛ましい様子に、シカマルは一瞬言葉を詰まらせた。
「……言いたいことは、みんないのが言っちまったし……。
何より、お前が一番つらいんだよな。俺には何もいえねぇよ……。」
罪を理解し、こんな顔をするナルトにシカマルが何を言えるだろう。
よほどの無神経な部外者でもない限り、そんな事はいえない。
いのだってわかっていたのだ。聡い彼女が、ナルトの気持ちを知らないはずがない。
だからこそ、ナルトの顔を見ているのがつらくなって、部屋を出て行ったのだ。
もしこのナルトをなじる資格がある人物が居るとすれば、それはサクラの両親だけだ。
「……。」
それっきり2人とも黙ってしまい、重い沈黙が部屋を包む。
すると、そこでまたドアが開いた。
「おい、ナルト!シカマル!」
「キバ!」
病室では静かに、ということは頭から抜けているのだろう。
キバは、急いでここに向かってきたようだ。
珍しく赤丸が居ないが、病院という環境のためか見舞いでは入れないのだろう。
「さっき、他の奴から話を聞いたから来たんだよ!なぁ、お前とサスケ……ほんとにサクラを?」
嘘だと言って欲しそうな目で、それでも努めて冷静にキバがたずねた。
「……そう、だってばよ。」
「……馬鹿野郎。」
怒鳴られることを覚悟していたナルトの予想とは裏腹に、キバは落ち込んだ声でぼそっと呟いただけだった。
「キバ、こいつだってつらいんだよ。」
ナルトをかばってシカマルがいさめるが、キバは首をぶんぶんと横に振る。
そして、きつくにらみつけるような目をして叫ぶ。
「違う!俺はサスケに言ってるんだっつーの!
こいつはサクラがこんなになっちまった責任をしょってここにいるっていうのに、何であいつはいないんだよ?!
……あの卑怯もんめ!!」
「キバ!」
ナルトはサスケが卑怯じゃないといいたかったが、キバは続ける言葉でさえぎる。
「そりゃ、俺だって言いたいことは山ほどある。でも、九尾もひでぇことするよな……。
いくらナルトとサスケが悪いからって、何でこういうことしやがるんだ?」
「あいつはきっと……おれとサスケの間違いを思い知らせようとしたんだってばよ。
言ったんだ。おれとサスケが、サクラちゃんを『殺した』って……!」
サクラを『殺した』。口にするだけで、おのずと言葉が震える。
それはナルトにとって、もっとも恐ろしい言霊と言っても過言ではない。
悲劇の一瞬が、血まみれになったサクラの哀しい姿が、その言葉と共に生々しく脳裏に蘇る。
「それって……。」
キバはその先を口にはしなかったが、意味は何となく理解しているようだった。
当時の状況はもうすでに聞いているというので、
おそらくはサクラがどのようにして攻撃を受け止めたかも知っているだろう。
「サクラ……すげぇ、つらかったよな。」
その時のサクラの心中を察したのだろう、キバは複雑そうな顔でつぶやいた。
大切な仲間同士の殺し合いは、とても黙ってみていられるものではなかったはずだ。
意味は違っても、2人のどちらも彼女は好きだった。
それだけに、断腸の思いと形容するに相応しい事に違いない。
「もしかしたら、あいつが言ってた『殺した』って……。」
命ではなく、心のことをさしていたのか。
当人がいない今となっては聞くことも叶わないし、居たとしても聞いてもらえないだろう。
ナルトを見放したあの目は、今まで見たどんな目よりも恐ろしかった。
ありとあらゆるものに劣ると、宣告されたかのような。
「そういえばナルト、お前確かしばらく謹慎処分なんだよな……。」
「うん。そうだってばよ……。」
今日だけはまだ自由に動けるが、明日からはしばらく監視付きの上に家から出られない。
軽いとはいえない処分だが、これでも正式処分が決まるまでの仮処分に過ぎない。
状況から不可避と判断される可能性は高いとヤマトに聞かされはしたが、ナルトには当然何の救いにもならないものだ。
「そっか。そういや、外でさっきサクラの親に会ってよ……。
お前に伝言を頼まれちまった。」
「何て?」
「それが――。」

カカシ班の帰還と、サクラの異常を人伝に聞いたキバは、真相をどうしても本人の口から確かめたくて、あわてて木の葉病院に駆けつけた。
看護師に咎められないように廊下を急いでいると、シズネとサクラの両親が歩いてくるところに出くわした。
ぶつからないようにあわてて立ち止まると、サクラの父がキバの姿に気がついた。
「あぁ、キバ君。ちょうど良かった。」
「あ、サクラの父さん……オレに、何か?」
ふと目に入ったサクラの母は、顔をほとんどハンカチで覆っていた。
たぶん、報告を聞いて泣いていたのだろう。気まずいところに出くわしたなと、キバは思う。
だが呼び止められた以上立ち去ることも出来ず、顔色を窺うようにサクラの父の顔を見た。
「今、シズネさんから説明を受けてね……。娘のことは、君は聞いているかな?」
「……はい。」
「それなら良かった。ナルト君に伝言を頼みたいんだ。」
「伝言、ですか。」
ナルトにはきっと、あまりいいことではないだろう。そう思いながら、キバは緊張から少し上ずった声で答える。
「うん。明日からしばらく……最低でも1ヶ月は、娘の見舞いに来ないでほしい。
そう伝えてもらえないか?」
「え――?」
いい事ではないと予測していたにもかかわらず、キバはサクラの父の言葉に衝撃を隠せなかった。
ただぼうぜんを見つめる相手の目に、驚いて固まるキバの姿が映る。
「私達も、事故が起きた状況のことは聞いた。2人が、娘を故意に傷つけてしまったわけではないことも聞いたよ。
ただ、頭では理解していても、感情はそうは行かないんだ。
私も、妻もね。もしばったりと顔を合わせた時、彼を見て平静で居られる自信がないんだ。」
憎しみではなく、ただ悲しそうにサクラの父はそう告げた。
サクラとずっと仲が良かったナルトも加害者となってしまったからこそなのだろう。
その様子は、キバも悲しくさせる。
「……お二人は、サクラが回復するまで、ずっと見舞いに来るつもりでいるそうなの。
だからキバ君、納得がいかないかもしれないけど、ご両親の気持ちを汲んでもらえませんか?」
「……わかりました。オレも見舞いに来たんで、会ったら伝えときます。」
「ありがとう、すまないね。」
サクラの父の悲しい微笑みと、いまだ横で涙を流すサクラの母の姿が、切ない色を帯びてキバの目に焼き付けられた。

「―……って、わけなんだ。」
話すうちに段々と沈鬱な面持ちになったキバが、肩を落としてそう締めくくった。
聞かされたナルトとシカマルも、同じような顔になっている。
「……。」
「無理もねぇな……一人娘だしよ。」
「本当に、おれってばひどい事をしたってばよ……。」
もう、サクラの顔を見る権利すらない。両親は1ヶ月といったらしいが、キバの口ぶりだともっとだろう。
本当なら、二度と会ってほしくないのかもしれない。
「サクラちゃん……。」
目覚めないサクラに、ナルトが声をかける。
綱手や自来也によれば、彼女にかけられた呪いは幾重にもなった複雑なものだという。
それは妖術や法術の使い手の中でも、高位の術者にしか解けないような代物だ。
これだけのものを、あの符一枚でかけてしまった狐炎が恐ろしい。
法術の使い手は国内に居ることは居るが、諸事情を踏まえると実質的にかけた本人にしか解けない。
無論、それを分かった上でかけたのだろう。それが彼の恐ろしさだ。


彼女の存在の大きさは、失って初めて気がついた。
皮肉なことだった。


―夜―
その夜。キバは帰ったが、ナルトとシカマルは病院に泊り込んでいた。
本来は親族以外は認められないが、シズネが院長に掛け合い、特別に許可を出してもらったのだ。
側に居ることで、意味があるわけではない。
ただナルトは、しばらくは会うことすら許されないサクラの側に今だけは居たかった。
シカマルはそんなナルトを一人にすることが出来なかったので、今に至るのだ。
頭の中は、いのを案じる気持ちでほとんど塞がっているようなものだったが。 
「……。」
お互いに何か話すわけでもなく、ただ夜の静寂だけが病室を包む。
窓から眺める空に月はない。小さく瞬く星だけが、雲がまばらな空に輝いている。
どれだけ時が経っただろう。心労からか、ナルトは疲れてうつらうつらとしていた。
それから少し経ったある時、窓が黒い影でふさがれた。
「!」
その影の姿を確認したナルトの目が、驚きでかっと見開かれる。
あまりの驚きに見間違いではないかと疑い、眠気も一瞬で吹き飛んだ。
「よぉ……。」
「サスケ、お前!」
涼しい顔で、忽然と姿を現したのはサスケだった。
なぜ今ここに彼が。動揺した2人は立ち尽くし、思考が止まる。
「騒ぐな。殺すぞ。」
低く抑えられた声でシカマルを制し、それと同時に金縛りの術の印を結ぶ。
「っ!」
チャクラで縛られ、シカマルは声1つ出せない。
サスケのこの行動で、ナルトは戸惑いながらもようやくまともな言葉を思いつけた。
「サスケ!いったい、何のつもりだってばよ……。」
「何だと思う?」
「そんなの……。」
試すような聞き方をされても、ナルトは答えられない。わざわざ危険を冒してまでここに来る理由は、さっぱり見当がつかなかった。
もしやとナルトは淡い期待を抱くが、幻想は一瞬で砕かれる。
「俺は、まだ里に帰るつもりはない。もちろん、お前らと馴れ合う気もな。」
「だったら何で、今……。」
サスケの心は、霧に覆われているようにつかめない。数歩で触れる距離に居るのに、心は地の果てよりも遠かった。
「俺は俺なりのやり方でいく。
これを今のうちに、お前に宣告しておこうと思ってな。」
「な……お前、あいつの……九尾の話聞いてたのか?!」
狐炎は呪詛に等しい言葉の中に、サクラを救うための方法を確かにちらつかせていた。
ナルトは彼の途方もない力をよく知っている。その呪いはとても忍者が解ける代物ではないことも、すでに聞かされているのだ。
それだけに、このサスケの選択は到底受け入れられなかった。
「聞いてた。だが……だからって聞いてやる義理なんてどこにもないだろ?」
「そんな……!」
いつの間に金縛りの術を解いたのか、
あるいは解かれたのか、シカマルもサスケを非難する。
「黙れ。あんな化け物の……あんな奴の言葉なんか、俺は信じない!」
「サスケ……!!」
憎々しげなサスケの表情と言葉からは、殺意すら感じられる。
その目は、まるでイタチに向けるもののようだ。
本来サスケは愚かではないはずなのに、怒りと恨みで濁った目には、おそらく狐炎の言葉の真意も見えていないのだろう。
ナルトはそれを感覚で理解し、シカマルもまた深い洞察力で理解した。
「でも、それじゃ結局繰り返すだけだ。わからないのかよ、サスケ!」
「うるさい……!!」
すがりつくものに苛立って振り払うかのような、うっとうしげなサスケの声。
こうなってしまえば、彼は一切聞く耳を持たない。
経験上それを知っていても、それでもナルトは止めようとサスケの手首をつかむ。
「放せ!」
ナルトの手を乱暴に振りほどき、サスケはもう話す事はないといわんばかりに2人に背を向けた。
「サスケ!」
サクラを救いたいという思いだけは同じはずなのに、目的に至るまでを描いた道筋は悔しいほどにすれ違う。
再び同じ里で、3人並んで道を歩む日。このままでは、それがさらに遠ざかる。
それはすなわち、サクラが目覚める日も遠のくということだ。
呪いを解く方法は、サスケが再び木の葉に戻り、それから狐炎の元に赴くことしかない。
だからナルトは、ありったけの感情をこめて必死に叫ぶ。
「帰ってこいよ、サスケ……!!お前、サクラちゃんを見殺しにするのか?!」
「……勝手に言ってろ。」
言い捨てて、サスケは姿を消した。いつしか、空には月が現れていた。
冷え冷えとしたその輝きは、まるでナルトとサスケをあざ笑っているようだった。


償いは、茨の道よりも険しい。
覚悟し望んだ少年は、途方もない悲しみを見せ付けられた。
言葉はあまりに軽かった。
そして償いは、果てが見えない旅となる。



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救いのないシリーズ、別名・7班の悲劇後半です。タイトルは今回もフランス語で、意味は「後悔」。
本当は2つ目で止めておくつもりでしたが、これ、いのが知ったら修羅場だなと思った瞬間にこれを書きたくなりました。
書いていたらこればっかり長くなったんで、短く切って次を最後にしました。
ちなみに次はサスケの心境がメインです。
ところで、清々しいまでにすれ違うのがナルトとサスケの醍醐味ですかね(違
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