※サスサク傾向あり。苦手な方は注意。

         クヴァール

迷いは、絡んだ絹糸とよく似ている。

闇夜を音も無くj舞う、烏色の少年。
うちはサスケその人である。
―サクラ……。
言いようのない感情が、とうに冷え切ったと彼自身も思っていた心をきしませる。
ぽっかりと開いてしまった隙間に、
先程のナルトとシカマルの表情と声が、突き刺さって取れない。
釣り針のような返しがついた矢尻。抜こうと思っても、容易に抜けるものではない。
“帰ってこいよ”
“繰り返すだけだ”
そして、最後に蘇るのは冷たい声。
“貴様らに、罪を償う権利はない”
サクラに呪いをかけた張本人の声。
あの時の一言一言が、まるで呪詛のようだ。
ナルトはああ言ったが、聞いていないわけがない。まして、わからないわけでもない。
自分にどんな選択を迫っているのかは、嫌気がするほどよくわかる。
選べというのだ。復讐と、サクラと。
―いや、違うな……。
サスケがイタチを殺そうが、あきらめてサクラを取ろうが、それ自体はあの妖魔にとってどうでもいいのだ。
全ての裁定基準は、今は眠ってしまったサクラの中に。
きっとサクラは、サスケが肉親の血で手を染めることを望まない。
そして全てを見透かしているかのように、あの妖魔はサスケとナルトに突きつけたのだ。
ナルトには、潰されそうなほど重い罪悪感と、今まで以上の焦燥と無力感を。
サスケには、サクラを手にかけた後悔の他に、己の野望とサクラの幸せを究極の二択として両天秤にかけさせた。
九尾は何がしたいのか。何が望みなのか。
そもそもなぜサクラの命を助けたのか。
人心をもてあそぶ残酷な妖魔の王の心中を考えても、何もわからない。
2人を蔑む柘榴石の瞳の奥に、その真意をうかがい知ることは出来なかった。
ただの気まぐれにしか過ぎなかったのだろうか。空の月をにらんでも、答えは返ってこない。
―お前は知っているはずだ。最悪の中の最良をな……。
耳に囁くのは、あやかしの声か己の知らない己の声か。
サクラを一度死の淵に追いやった。これでおそらく、二度と元の関係に3人は戻れないだろう。
たとえ、サスケ自身が木の葉に帰ることを選んだとしても。
その最悪の中の、最良の選択。そこまで考えかけて、サスケは考えを無理やり断ち切った。
「俺は――。」
復讐は捨てられない。いや、捨てたくない。
今までやってきた事を全て捨てるということは、誰にとっても勇気が居るものだ。
まして、それだけを目的に生きてきたサスケには、崖から身一つで飛び降りるようなもの。
そしてサスケは考える。
もし、ナルトが火影になることとサクラを秤にかけさせられたのなら、どう答えるだろう。
どう選ぶだろう、と。

答えは見えている。きっと、迷って迷ったとしてもサクラを取るに違いない。
後悔なんてするはずもない。彼女のために、命すら捧げようとしたのだから。
もっとも、だからこそあの冷酷な妖魔は、あえてナルトの命を奪わなかったのだろう。
サクラを救って満足して死ぬという甘い逃げ道を断つために。
生きる方が苦しみとは、よく言ったものだ。
真綿で絞め殺されるような精神の苦しみこそ、あの優しい少年にはもっとも苦痛のはずだから。
―近いうちに、またあいつと対峙する日が来る……。
今まで以上の強い思いと悲しみを抱いて、ナルトはサスケの前に立ちはだかるだろう。
聞き飽きた言葉を、あきらめずに振るうだろう。
もしかしたら、またあの過ちを繰り返すかもしれない。
今度は、誰も止める者が居ないだろう。死ぬのはどちらかか。それとも両方か。
いずれにしろ、サクラが泣く光景が目に浮かぶ。
思えば、泣かせてばかりだった。
ちゃんと笑った顔も見ていたはずなのに、泣き顔の印象が強いのはなぜだろうか。


木の葉の領域から遠ざかった頃、
サスケは樹上を跳ぶ足を止め、渇いてひりつくのどを癒すために近くの沢の水をすくって飲んだ。
自然そのままの冷たい水が、優しくのどを潤していく。
水をうまいと思ったのは、どれくらいぶりだろうとふと思う。
音の里がある田の国は、田園が広がるだけあって水がまずいわけではない。
むしろ、場所によっては木の葉を上回る名水があるくらいだ。
乾いて鈍感になった心では、五感すらも鈍るということかもしれない。
なら、なぜうまいと思うことが出来たのだろう。そう考えながら、そばの木に背を預ける。
近くには、落ちた緑の葉が何枚か散らばっていた。
たぶん、サスケが樹上を跳んでいた時に掠めたのだろう。
何の木だろうか。
「桜……山桜か?」
紡錘形を細かいぎざぎざの鋸歯(きょし)で飾った葉。
サスケはあまり植物を細かく見分けることは出来ないが、桜の葉で間違いないだろう。
どうやらここは群生地らしく、よく辺りを見回すと周りには同じような木が何本もある。
サクラの事を考えていた時に、山桜の群生地に入り込むとは何の偶然だろう。
人の手が加わっている町の桜と違い、山にたくましく根を張る山桜は、一途で強いかの少女に似ている。
サスケを救い、ナルトを助けるためと、くじけずひたむきに努力を重ねていたサクラに。
今は花の季節ではないが、春になれば淡いピンクの花びらがここを飾るに違いない。
ピンク。薄紅。桃色。
春を象徴する優しく女性的な色彩。
春、桜のつぼみがほころぶ頃に生まれ、髪に花の色を、瞳に新緑の色を持って生まれてきた少女。
闇を溶かした色を持つサスケとは、あまりにも対照的な存在。
その気性も、思えば対照的だった。
サクラはよく笑っていた。陳腐な例えだが、まさに花のようだった。サスケはその頃も無愛想で、あまり笑わなかった。
彼女の存在をうっとおしく思う一方で、サスケは彼女から多くのものを与えられたのも事実だ。

そう、ナルトとサスケの術の犠牲になった、あの時も。

―ああ、そうだ。だから俺は……。
あの時に感じた、言いようのない思い。
見捨てた女と言われた時、その通りなのになぜわけもわからず腹を立てたのか。
息も絶え絶えにサクラが懸命につむいだ言葉は、暗い水面に石を投げ入れたのだ。
忘れていたはずの感情が、あの瞬間に蘇ったに違いない。
復讐のため、大蛇丸の元に下った時に捨てたはずのもの。最後に彼女は、それを取り戻させたのだ。
枯れていたはずの泉の底に、ジワリと水がにじむ。ぐっとこらえるように、サスケはこぶしを握りこんだ。
「サクラ……サクラ……!何でお前は、そこまで馬鹿なんだ……。」
ただひたすらサスケを連れ戻そうとしていたナルトよりも、彼女は愚かだ。
サスケは別れの時にも、突き放して傷つけて、そのくせ「ありがとう」とずるい言葉をかけて彼女の心を縛り付けた。
何一つ、最後まで与えてやることはなかったというのに。
復讐と命を秤にかけて、命をすぐに選ぶことが出来ない自分を、どうして愛しているのだろう。
ナルトだけをかばってもよかっただろうに、どうして間に入るようなまねをしたのか。
サスケには全くわからない。眠っているサクラの顔を見ても、何も答えはつかめなかった。
笑みもなく、かといって泣きそうでもなく。彼女の顔はただただ静かだった。
もしも彼女を再び目覚めさせることが出来たのなら、あるいは聞くことが出来るだろうか。
恨み言でも構わない。
二度とサスケに会いたくないと言われても、それはそれでいいとすら思う。
少なくとも、今よりはましだ。何も言わず、ただ眠り続けている今よりは。

かつてサスケは、彼女に連れて行ってくれと懇願された時、わざと突き放してまで置き去りにした。
それは何故か。
何よりも、光の世界で生きていてほしかったはずだからだ。
復讐に手を染める道は、例えるなら闇。
そこに引きずり込みたくなかったからこそ、木の葉に置いていった。
闇に希望と幸せはない。
光には希望と幸せがある。
彼女には光がふさわしい。闇は似つかわしくない。
この考えは、昔も今も未来も変わらないだろう。
では、今彼女が置かれている場所は何だろう。
光か、闇か。いや、違う。
そこは「無」だ。
希望も絶望もない、世界の一切から取り残された場所。
そこには友人達の悲しみも、親の嘆きも届かない。
きれいなものも汚いものも、何もない。
現実から切り離されてただ夢を見続ける彼女は、まさしく「無」の中に居る。
そんなところにサクラを送ってしまったのは、サスケとナルトの罪だ。
あの場所で、2人はサクラの心を「殺した」。
けれど、彼女がもっとも望まなかったであろう事態に持ち込んだのは、
サスケもナルトも譲れない想いがあったからだ。
復讐と、連れ戻すということと。だが、結局それらの想いは何も生まなかった。
それどころか、大切だったはずのものを粉々に砕いてしまったのだ。
しかし少なくともナルトは、サスケの目から見ても間違いではなかったはずである。
少なくとも、サクラの願いという点からすれば。
ところが結果はこの有様だ。罰を与えられたのは、両方。
つまり、2人とも結局何もわかっていなかったということだろう。
想いの善悪ではない。ただ、暴走した想いはありとあらゆるものを傷つけるものでしかなかった。

そういえば、九尾は彼女を目覚めさせたかったら、サスケとナルトの2人で領地まで来いと言っていた。
あの言葉に偽りが含まれていないと思うか、と聞かれたらサスケは否と答えるだろう。
では全く信じる価値が無いか、と聞かれたらどうするだろう。
忍者の世界しか知らないサスケに、妖魔の術や神官の術の知識はない。
―ナルトにはああ言ったが……参ったな。
忍術だって、数千もの術が世にはあるという。その中には、似た効力を持つものも多い。
系統が違う妖術や法術も、種類は膨大だろう。
しかもたちが悪いことに、法術はその多くが秘伝とされ、外部には謎となっている。
何の知識もない素人が、妖魔の王の妖術を解くような術を果たして探し当てられるだろうか。
しかも、仮に術が見つかったとしても扱えるかは別問題だ。
全く違う素養を要求され、習得に長い時間が必要となるかもしれない。
もしも探し続けて何の成果もなかったとしたら、その時はどうすればいいのだろうか。
今は、一刻も早くサクラを目覚めさせてやりたいというのに。
こんな時、己の無力さに苛まれる。このままどうにも出来ないのだろうか。
それだけは嫌だった。ならば。
「俺は――。」
選ぶしかなかった。


ところは変わり、ここは緋王郷。
九尾の妖狐・狐炎が治める地であり、稲荷神社の総本宮・緋王郷稲荷大社がある宗教自治都市だ。
ここには彼の眷属である狐達と、彼に子々孫々の服従を誓った人間達が住んでいる。
その地の中心にある霊峰・稲荷山。その頂に近い場所に、狐炎はいた。
「……そうか、わかった。下がってよいぞ。」
何事かを報告した部下を下がらせ、上出来だと狐炎はつぶやいた。
本物の石のように澄み渡った柘榴石の瞳からは、その考えや感情を読み取ることは出来ない。
2人の少年を翻弄した妖魔の王は、ただ静かに時を過ごしていた。
彼らのあずかり知らぬところで、狐炎は久しぶりに帰った自らの領域の事だけにずっと時間を割いていたのである。
何しろ、15年も離れていたのだ。
辛抱強く待ち続けた眷属達と配下の人間の面倒を見るのは当然のこと。
彼の手のひらで躍らされる少年達のことを忘れたわけではないが、たかだか3人の人間の運命に過ぎない。
それに比べれば、幾千幾万の眷属やしもべの方が、ずっと思案に値する。
ひどく非道な仕打ちかもしれないが、冷徹な王の視点から考えれば、それは至極当然のことでもある。
彼らが破滅しても、それは海の水がさじ一杯分なくなったくらいに些末な事。
しかも、自分が見放し罰を与えた存在だ。省みない方が自然だろう。
もっとも、だからといって放っておくわけではない。
どちらか、あるいは両方が必ず行動を起こすはずだ。それもかなり近いうちに。
適当に部下に様子を探らせて、そこから次に起こる行動を正確に読む。
人の心は変わりやすい。普段なら予想もつかないことを平気でやる時もあるだろう。
特に、人生を揺るがすほどの衝撃を受けた後は。とはいえ、彼らの行動の予測はたやすい。
選択肢が少なく、かつ目的も決まっているのだから当然だ。
あくまでも己の予想に裏づけを与えるために、探らせているに過ぎない。
「さて……あまり小娘を待たせぬようにな、小僧ども。」
どれだけの覚悟と決意を持って彼らがここにやってくるのか。
そして、その時どんなことを口にするのか。それは見ものに違いない。



迷いは、絡んだ絹糸とよく似ている。
示された黄金の秤には、大切な願いが乗せられた。
選ぶ時はすぐに来るだろう。
そして迷いは、ゆるぎない標へと変わる。



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3部のつもりが4部作に。今回のタイトルの意味は「苦悩」。
狐炎がすっかり悪人(人ですらない)ですが、セリフも地文も書いてて非常に楽しかったです。
腹黒で鬼畜なドS野郎も書いてて楽しいですね。やりたい放題。
ナルトもサスケも、なんだかんだで頭に血が上りやすいんで手玉に取るのは簡単そうです(酷
ちなみに、最後まで狐炎の思考とか心情だけはあえて表現を省きました。
何考えてるかよくわからないなら、最後までそのままにしてやれと思って。別に手抜きじゃないですよ……。
オチをどうしようかと考えて、読む方の立場から言ったらオチがバッドエンドはアレかと思い、
この後いい方に転ぶかもしれないという感じで締めました。
ちなみに一番大変だったのは、毎回の終わりの4行です。頭使った気がします(アホ
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