はぐれ雲
から
群雲へ
―9話・大地に広がる大樹の枝―
特に変わった様子は見受けられない小鳥。
じろじろとフウが眺めていたら、ぱさっと羽音を立てて木から降りてきた。
地面の手前でその姿がもやに包まれ、輪郭が一気に大きくなって人間くらいの大きさになる。
もやが晴れると、そこには群青と銀の髪を持った細身の男が居た。この辺りでは一度も見たことがない。
「変化?それともアンタ……まさか妖魔?」
磊狢が友達というならそうだろうという確証はあったが、あくまでも慎重な姿勢でたずねる。
フウにとっては初対面の上、苦もなく彼女が住むこの区域に立ち入った相手だ。
最大限の警戒をしても、慎重すぎるということはないだろう。
「そう、我が名は鼠蛟。磊狢と同じようなものだ。」
「……ってことは、もしかして――。」
予想通り男は正体を認めた。断片的な言葉だが、その格も察することは容易だ。
磊狢の正体を知っていてなお落ち着いているという事は、いわゆる尾獣なのだろう。
フウは何度も磊狢の部下のむじなを見たことがあるが、彼らは長を名前で呼んだりはしていない。
それを呼び捨てにするなら、同格と考えるのが妥当だ。
「でもどういう事?アンタ達は皆、今のこいつと同じ目にあってるはずでしょ?
アンタの相方はいないの?」
彼らは聞いたところによれば、全員各地で封印されて人柱力にされているはずだ。
誰かが逃げたという話はまだないはずなので、その情報通りなら何尾か分からないこの男にも居るはずである。
「会いたいか?」
「……罠じゃなければね。」
ちらりと足元の磊狢を見る。
知り合いと言ったのは彼自身だし、恐らくフウにとっても危険ではないのだろう。
だが、今まで心を開いたのはこのむじなしか居ない彼女にとって、会ったばかりの妖魔を信用するのは難しい。
妖魔は人の心を惑わす技に長けた者もいるというし、幻術返しで解けないまやかしも使う。
普段ちゃらんぽらんとはいえ、同じ妖魔の磊狢に任せるのが最良だろう。
「磊狢、アンタは会ってみたいって思う?」
ここは彼の判断にかかっている。フウは緊張気味に尋ねた。
「うん、せっかくだし♪見せてよ蛟ちゃん!」
「って、そんなあっさり?!いくら知り合いだからって、いいのそれで?!」
せめてもうちょっとこっちが安心するセリフでも言えばいいのに、彼ときたらそんな配慮もなしにいきなり相手に同意した。
かえって先が思いやられるとげんなりするフウにお構いなく、磊狢はやはり能天気だが。
「平気平気、僕を信じてよ〜。ってわけで、お願い〜。」
何が信じろだとフウは拳を固めたが、ここで彼を伸してしまうわけには行かないので、ぐっとこらえた。
仕置きはこの後でも出来る。
「分かった、すぐに呼ぶ。」
鼠蛟が懐から出した3枚の符に、念を込めて力を解放する。
宿った妖力が解放されて召喚術が発動し、待機していた狐炎とナルト、老紫がまとめて召喚される。
「あ、アンタ仲間が3人もいたの?!」
空間の壁を越えていきなり3人も男が現れたので、フウは目を丸くした。
予想外の複数召喚を見せられ、少々腰も引けている。
「1人とは言ってない。」
「詐欺!」
フウは眉を吊り上げて怒鳴った。事前に断りなく3人も呼ばれれば、彼女はこうも言いたくなる。
「まーまー、蛟ちゃんのお茶目って事で許してあげなきゃ。」
これだから他人、もしくは妖魔なんて信用ならないんだと掴みかからんばかりのフウを、
馬でも落ち着かせるように磊狢はなだめる。
「これがお茶目で済むかー!」
「お、おどかしてごめん。こうでもしないと入れなくってさ。」
歓迎とは言いがたい反応にたじろぐも、ナルトはどうにか機嫌を直そうと謝った。
しかし、思っていることがもろに態度に出たことがかえって不信感を煽り、目一杯フウから睨まれる。
警戒心が増した彼女は、そばの磊狢の首根っこを掴んで盾にした。
「それは分かるけど、入ってどうする気だったわけ?用事によってはアタシとこいつが敵になるけど。
一応こいつ、そんじょそこらの番犬よりは役に立つよ。」
「おおう、血の気が多いのう……。」
むじなを突きつけるという絵はシュールだが、脅しは本気だろう。老紫も少々引きつった。
何しろ、首根っこをつかまれているものは立派な生物兵器なのだ。
その気になれば、老紫とナルトをまとめて沈める位造作もない。
人柱力2人が彼女を持て余しかけているのを見かね、今度は狐炎が口を開いた。
「すまぬな、火急の用ゆえ、挨拶どころか伺いも立てずに来た非礼は詫びる。
わしは狐炎。そこの磊狢と同格の者だ。」
「おれはうずまきナルト。こっちは老紫じいちゃん。あんたは?」
狐炎に続けて、ナルトも自分と老紫の紹介を済ませる。
「……アタシはフウ。知ってるだろうけど、こいつが磊狢。」
一応彼らが名乗ったことで多少許した彼女は、磊狢の首根っこを放して普通に腕に抱えた。
まだ目がきついが、話くらいは聞いてくれそうだと、ナルトは少し安心する。
「なんか面白くない名前じゃのー。」
しかしせっかく気を許しかけたところなのに、老紫が無神経な感想を言ってしまう。
当然、名前をけなされた彼女は憤慨した。
「余計なお世話!文句あるならこいつに言ってよ。アタシがつけたんじゃないんだから。」
「え、そうなの?!そこのむじ……磊狢さんが?」
尾獣が人柱力の名付け親なんて初耳だ。ナルトは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
名前くらい、普通生まれてすぐに親か周りの大人がつけるだろうに。
「そうだよ。だって〜、ここの大人とか、七尾とか化け物とかそんなのしか言わなかったんだよー?
名前ないんじゃつまんないでしょ?考えるの苦労したしね〜。」
「ほー、名無しな子につけたんか。いい奴じゃの!」
うちのと違ってとでも続けそうなほど、老紫は大げさにうなずいて感心しきりだ。
しかし心温まるエピソードだろうに、当事者のもう一人は少々冷めた態度で息をついた。
「っていっても、こいつが知ってる昔話の主人公の名前をパクっただけだけど。」
「あ〜ん、辛口ー♪」
フウの腕の中で、くねくねと磊狢が身悶える。ただの動物なら可愛いが、妖魔なのでかなり奇怪だ。
反応に困って、ナルトが何ともいえない顔で閉口している。
「……磊狢、お前は少し黙っていろ。」
1人でどんどん妖魔の品格を奈落の底に落としていく磊狢を見過ごせず、
とうとう狐炎が心底あきれ返った声でそう言い捨てた。
「炎ちゃんさらに辛口〜……。」
「か、軽い……軽すぎるってばよ。」
愛がないよーと言ってさめざめと泣く真似をする磊狢を見て、ナルトは色々とショックを受けた。
いくら同格といえ、こんな奴を捕まえてよくまあそんな愛称をつけられると恐れおののく。
別に名前によっては男でも『ちゃん』が付く事もあるが、つける相手は選んで欲しい。
ナルトにはこれが尾獣かと疑問になるペット的な振る舞い以前に、そっちが気になった。
「いつもの事。」
横からそう言ってきた鼠蛟は慣れている上に気にしないらしく、いまだ平然としていた。
付き合いも長いから、こんなことでは今更驚かない。
「こんな奴に凝ったネーミングなんて要求できるわけないけど、
まあ化け物呼ばわりより100倍マシだからそう呼んで。」
フウはそう言いつつも、つけられた当時はまだ小さかったので素直に喜んでいた。
由来こそ他愛もないが、まともな名前すらついていなかった彼女にとっては初めてのプレゼントだったのだ。
「しかし名すらも無かったとはな……。全く、人間は度し難い愚か者が多すぎる。」
これには二の句が継げないと、狐炎は冷め切った声で言った。
顔を知っている人柱力には、里内での風当たりは冷たくてもそこまで兵器扱いされた人間はいない。
真っ当な養育環境と言えない人間なら居るが、少なくとも命名はされている。
「扱い悪いのには慣れっこ。まあ、一人ぼっちってわけでもないし。」
抱っこしている磊狢を撫でて、フウは軽く肩をすくめた。
仲が良さそうな様子を見せられると、自業自得とはいえ人柱力に冷たい妖魔を相手にしているナルトと老紫には羨ましい。
傍から見ると、飼い主とペット位にしか見えないが。
「さて、話をする前に物陰で遮音の結界でも張るか……。ところで磊狢、いつまでその姿でいるつもりだ?」
内密な話に適当な茂みに目をつけながらも、狐炎はその点に言及するのは忘れない。
「えー、だめ?」
「ただでさえ不真面目な貴様が、余計に堕落しておるようだからな。」
狐炎は磊狢の言い分を却下した。彼に今のままの姿で話をさせたら、うっとうしくて仕方がない。
「ちぇー、わかったよ。変貌の法!」
そのまま物陰に行って話を進める気だったのだろう。
口を尖らせた磊狢はぴょんと腕から飛び出して地面に降り、しぶしぶ術を唱える。
霧が彼を包み、その輪郭がナルトやフウと同程度に膨れる。するとそこで霧が晴れて、人間姿の磊狢が現れた。
濃い緑の短髪はやや縮れていて、むじな姿のときの額の印はそのままだ。
袖がないやや中華風の上着にへそ出し、肩には薄黄色の大きな毛皮を掛けている。
性格の印象通りのカジュアルな服装だ。
「おー……派手じゃの。しかも見かけがこいつらより若いぞい。」
全員木の陰に移動したところで、老紫はまじまじと磊狢を観察する。
背丈はナルトやフウと同じ位。細身で目がやや大きく、愛嬌のある見かけからすると、大体18歳前後に見えた。
明らかに成人に見える狐炎や鼠蛟と比べると、印象が幼いのは否めない。
「失礼だなー、僕は童顔なだけだよ〜。子供だって村が出来るくらい一杯居るし。」
磊狢は笑いながら、さらっとそう言った。老紫はブッと噴出す。
「そ、その顔で?!」
20歳以下の外見で、子供が一杯の既婚者なんて言われれば仰天だ。
妖魔、特に王である尾獣の外見年齢が当てにならないのは、人柱力達にとっては常識なのだが。それにしても限度はある。
「こやつとて、実年齢はわしらと大差ない。そう驚くほどのことか。」
結界を張る術式符を適当な木に一枚貼り付け、事も無げに狐炎が言った。
鼠蛟も横でうなずいて肯定している。
「我らにも、子供は結構いるし。」
「知ってるけどさ!でもだって、おれと大して年変わんない顔だってばよ?!」
見かけからしてはっきり大人と分かる狐炎や鼠蛟は、いくら子供が居ようが百歩譲ってまだ許せる。
しかし、いくら人間でも10代半ばの父母がごろごろしているとはいえ、童顔で子沢山はインパクトが大きい。
あまつさえ村が出来るくらいという事は、アカデミーの1クラスどころではないのだ。
具体的な人数については、村も規模がピンキリなので不明にしても。
「あっはっはー、妖魔を見かけで判断すると痛い目にあうぞー?」
「いや、もう十分あってるってばよ……。」
衝撃のカミングアウトだけで先制攻撃は十分だ。
あいにくと、彼と同輩の狐炎のようにさらっと流せるほどナルトの方は出来ていない。
「そうなの?しょうがないよねー、炎ちゃんドSだもん。」
どこがどうしょうがないのか聞きたいところだが、磊狢は勝手に納得した。追及するとしても後回しだ。
「さて、結界も張ったし時間もない。だから単刀直入に言おう。
最近、暁という組織が人柱力を狙って暗躍しておる。フウ、お前も狙われているのだ。」
それた話を元に戻して、狐炎が率直な事実を伝えた。突然の話に、彼女は当然驚いて目を丸くする。
「え?それって……こいつ狙いで?」
今は視線が同じ高さになっている磊狢を指差して聞き返す。ナルト達はそれにうなずいて答えた。
「そう。我とこのジジイも、それを避けるために、合流した。」
「……で、今どれくらい危ないの?」
それを理由に、わざわざ人の心配までするとはご苦労なことだ。フウは素っ気無い感想を抱いた。
磊狢と知り合いだからという事なのだろうが、彼女にはこれを麗しい友情と思う思考回路はない。
相手がそんな考えの持ち主に見えないせいもあるが、そもそもそういう関係についてぴんとこないのだ。
「部下が、この近くに暁がいると、言ってきた。」
「わぉ、それはもうお尻に火がついちゃう感じだねー。
んー、蛟ちゃんの言ってることからすると、誘いに来たって事でいい?」
相変わらず怪しむ態度を隠さないフウをよそに、磊狢は平然と話に興じている。
自分が狙われている割には危機感がないが、彼は平常通りの対応をしているだけなのでどうという事はない。
「ああ、そうだ。目的こそ定かではないが、奴らは犯罪者の集まり。真っ当な用途ではあるまい。
その上奴らの前では、例え里に居ても安穏とはしていられぬ。」
「だろうね。んー、里に居てもだめって事は、もうあの手この手で誘拐しようとしてきた所を見たんだね?」
断定口調からそう察して尋ねる。思ったとおり、狐炎はうなずいた。
「そうだ。そこの小僧は、以前に直接さらわれかけた。
こやつはつい先日まで、名高い忍に師事しておってな。それでずいぶんと安全に過ごしておったのだ。
すると暁はそやつには敵わぬと見てか、今度は保護していた里が敵に回るように仕向けてきた。
仮にも五大国の里の出がその有様だ。」
まだ自来也に師事して日が浅い頃、ナルトは暁に所属するイタチと鬼鮫の2人組に襲われている。
修行の旅に出るようになり、自来也とほぼ四六時中行動を共にすることになってからは、
向こうも狙いにくくなったのか取り立てて脅威を感じることはなかった。
後は里に戻ればというところで、先日里でナルトをめぐる悪い噂で騒動が起きた。
いまだ暁の仕業という確実な証拠はないが、逆にそういう手を使わないという証拠もないので、
狐炎は危機感を持ってもらうためにこう説明した。
「なるほどねー、そんな事までしてたんだ。……炎ちゃん達も苦労してるわけだ。」
暁の事は、この滝隠れの里にも噂が届いている。
特にタチの悪い手合いが所属する抜け忍組織という事で、小さいこの里も注意しているのだ。
その割に、近くをうろつかれて見逃すという失態を犯しているが。
「そう。」
鼠蛟が短く相槌を打った。
「う〜ん……。
でもだからって、じゃあ一緒に行くー♪ってやっちゃうと、それもそれでめんどくさいんだよねー……。」
人柱力が、身の危険があるからしばらく隠れ家にこもりますと正直に申告しても、里がそれを素直に通すわけがない。
だから必然的に無断で里から離れるしかないわけだが、そうなるとすぐさま抜け忍決定だ。
いきなり暁に加えて滝隠れの里が敵に回ることになるから、能天気な磊狢も即決とは行かない。
―僕だけの用事ならそれでいいんだけど、フウの事だからなー。―
ここを一度出れば、二度とまともな形で戻ることは叶わないだろう。
磊狢はそれでも全く構わないが、曲がりなりにもここが故郷のフウはそうは行かないはずだ。
この誘いを断った場合の最悪に場当たり的な手段としては、暁が来るたびに磊狢が潰すというのもありうる。
もちろんそれで四方丸く収まって済むなら、聡明な2人がわざわざ磊狢を尋ねに来たりもしないだろう。
さりとてじっくり検討する時間もない。何しろ、敵はすぐそこにまで来ているのだ。
―炎ちゃんも蛟ちゃんも、里自体を信用出来ないって事なんだよね。
確かにしょっちゅうフウを狙ってきたら、しつこすぎてあいつらうんざりするに決まってるし〜……。―
一度ならまだしも、何度も暁に襲ってこられたら、滝隠れの里が何を考えるかは大体想像がつく。
フウの立場はどんどん悪くなっていくだろう。それは磊狢の望むところではない。
「アンタ考えてるみたいだけど、結局どうするわけ?」
黙って考え込んでいたら、痺れを切らしたフウに咎められた。
彼の返事1つで、この後の運命はがらりと変わるかもしれないのだ。
いたたまれないだろうし、それならいっそ早くしてくれという気持ちは磊狢にも十分に分かる。
「今、考えてるんだよー。ここに居て喧嘩上等でやっちゃうか、もう帰って来るもんかで一緒に行っちゃうか。
僕はどっちでも何とかするけど、フウはどっちがいい?」
とった判断別の結果をある程度想像したら、後はフウの気持ちで決めようと思って、磊狢はそう聞いた。
一瞬虚を突かれたような顔をした後、彼女は戸惑いの表情を見せる。
「そんなの急に聞かれたって、答えられるわけないでしょ!大体――。」
そう話す途中で、遠くから爆発のような轟音が聞こえた。
場所は里のどの辺りか分からないが、外れの方にまで聞こえるとは尋常ではない。
「何、何の騒ぎ?!」
フウは声を上ずらせ、辺りを見回す。状況を確認するため、磊狢が急いで木の上に飛び移る。
「あっちが燃えてるよー!」
彼が指差す先は、里の門にほど近いエリア。目立つ建物が燃えているので、中心街のような場所だろう。
戦闘要員が集まる警備の厚い町で、何の前触れもなくそうなるのは異例の事態だ。
「……どうやら、奴らが来たようだな。」
チッと忌々しげに舌打ちした狐炎が、抑えた声で呟く。
「えぇっ、もう?!」
「別に、おかしくはない。」
フウは動揺を隠せないが、部下からの報告を聞いて駆けつけた方としては、それが正直な感想だった。
鼠蛟は険しい顔をしているが、いたって落ち着いている。
「このままじゃまずいぞい。どうするんじゃ、ドサクサ紛れに連れだすんか?」
「アタシは行くなんて言ってない!!」
老紫としては特に深い考えはなかったが、流れに乗るのは許さないようで、すかさず本人から反発が来る。
「じゃあ、あっちに行ってくる?」
磊狢が木の上からそう尋ねる。あっちとはもちろん、騒ぎが起きている方角だ。
「……そうしなきゃ、後でどっちみちアウトでしょ。こんな時のための『兵器』なんだから。」
「だがおぬし、それでいいんか?」
ため息混じりにこぼした彼女に、老紫が今度は真面目な顔で問いかける。
「何が言いたいわけ?そんなに無理矢理アタシを引きずっていきたいの?!」
「いやいや、そういう事じゃなくの。そりゃ来てくれるのが一番じゃが、その前に!
ずっとここに居たって、おぬしは一生都合よく使われてポイじゃぞ?そんなのはまっぴらだと思わんか?!
おぬしの人生、振り回されておしまいになるんじゃぞ?!」
またもや怒らせてしまっても動じない。一体彼女の言葉が何に触れたのか、一生懸命同じ立場の先輩として訴えかけている。
今まで見た中で一番真面目に話していると、ナルトは感じた。
(老紫……。)
―鼠蛟さん?―
初めて聞く熱弁に驚いていると、かすかに漏れた呟きがナルトの耳に入った。
もしかしたら彼らは里を出奔する前に、人柱力と里の関係の行く末を知ったのだろうか。何となく彼の胸がざわめく。
「だったら今と変わんない!アタシの『人生』なんて、そんなもん最初っからないんだから!!」
生まれた時から化け物として扱われ、磊狢がつけてくれた名前を呼ぶ者も里の人間には居ない。
そんな彼女にとって、人生は老紫が真っ平と称する形のものしか存在しようがないのだ。
「フウ、落ち着いて!向こうから来た連中にばれちゃうよ?」
これ以上口論を続けさせたらまずいと遮り、注意を促す。
彼女も忍者の端くれ。磊狢の忠告ですぐに我に返った。ナルト達の事がばれたら面倒だ。
「……確かに、ちょうど迎えが来たみたい。」
里を守る気概よりも諦めが顕著な彼女が言うとおり、燃えている方から数人の忍者が近づいてくる。
声を張り上げて、フウを探しているようだ。
「ちょっと、この騒ぎはいったい何?!」
フウが1人で茂みから離れて駆け寄ると、殺気立った男達が揃って彼女をにらんでくる。
その視線は憎悪に満ちていた。いつも以上の悪意にフウは少し違和感を覚える。
「お前のせいで里が襲われたんだ、この疫病神!その首で償ってもらうぞ!」
「はぁっ?!何それ、アタシに戦えって言いに来たんじゃないの?!!」
一人で最前線に行けなら驚かなかったが、首を出せとはどういうことか。彼女には訳が分からない。
「違うな。お前みたいな失敗作の出来損ないが何の役に立つ。
首1つで敵を追い払えるなら、これを機会にお払い箱になれと上の仰せだ。」
「……!!」
フウが奥歯をギリッと鳴らす。何という暴言だろうか。
これには茂みで様子を見ていたナルトの頭にも血が上り、たまらずに立ち上がった。
「ふざけんな!お前ら、仮にも里の仲間に何てこと言うんだってばよ!」
何が起きたのか知る由もないが、ちょうどいいから死ねなんて、言っていい事と悪いことがある。
例えどんな人間であっても、それが手っ取り早いからといって死を迫るなんて、人間のしていい事ではない。
この滝隠れの忍者達の言い分は、ナルトが一番嫌う部類の理屈だ。
「誰だ貴様は?部外者は黙ってろ!」
「ったく、よそ者を引き込んで何やってたんだ……。」
「もしかして、こいつがあいつらの手引きをしたんじゃないか?」
割り込んだナルトには警戒しつつも、フウを貶めることだけはお約束であるかのように欠かさない。
確かに疑われるような状況だが、『どういう事だ』の一言も無しでそこまで口に出すのか。
それを恥とも思わない神経が、ナルトには信じられなかった。
「てめぇら……!」
封印から狐炎のチャクラが漏れ出しそうなほど、ふつふつと怒りが臨界まで高まっていくのを感じる。
茂みに潜んだままの狐炎が、よせと言う代わりにナルトの腕を引かなかったら、掴み掛かってしまっていたところだ。
「かもな。さて、あっちの始末は俺がつけておく。こいつはお前らで連れて行け。」
「了解。」
男達は、フウに対する疑いを改めないまま話を進める。
「このっ……!」
連行するために腕を掴もうとした忍者の一人の腕。
それを、本人が振り払う前に横から飛び出してきた磊狢が文字通り叩き折った。
「ぐぁぁっ!!」
腕がだらりと下がり、男は断末魔のような悲鳴を上げる。
しかし磊狢は追撃の手を緩めず、痛みで背を丸めた体を容赦なく殴り飛ばした。
10mも離れた地面に叩きつけられた後は、もう彼はピクリとも動かない。恐らく息の根は止まっている。
人柱力3人はあっけに取られる一方、妖魔2体は冷ややかに事態を静観する。
仲間を瞬く間に戦闘不能に追いやられた他の忍者は、磊狢が発する殺気と膨大な妖力で金縛り状態だ。
「ふ〜〜〜ん、今の今まで散っざんフウをいじめてこき使っといて、そういう事言うんだー。
へー、そ〜ぉ、よーく分かったよ。そっかー、そんなに死にたいんだ。」
先程の、麩菓子よりも軽い空気は殺気と完全に入れ替わっている。
日頃可愛がっている自分の器を敵に差し出されるとなって、はらわたが煮えくり返る程の怒りは尋常ではない。
偽体から噴き上がる力は容易に視認できるほど濃く、本性を彷彿とさせた。
ここで全員まとめてチリも残さず消されても、何ら不思議ではない。
付き合いが長いフウでさえも、ここまで怒ったのを見たことは無い。
怒りを静めるいい手立ても思いつかず、視線だけは釘付けのまま息を呑んだ。
「ひぃ……!!」
相手の正体も分からないながら、何か怒らせてはいけないものの怒りに触れたことだけは理解したらしい。
しかし、それはもう手遅れだ。
自分の妖力とチャクラで髪をふわふわ揺らしながら、磊狢は口元だけで笑った。
「決めたー。もう許してあげない。
どうせ火事になっちゃってるし、せっかくだから一番怖いって噂のあれをあげるよ。ふふふ、嬉しいでしょ?」
口調だけは先程までと同じかそれ以上にふざけている。
しかし地面を這うような声音とわざとらしい抑揚が、これでもかという位腹に据えかねたことを示していた。
「……狐炎。」
「分かっている。」
短い言葉と視線のやり取りの後、鼠蛟は巨大な猛禽に化けて一声鋭く叫ぶ。
「乗れ!」
「ぬぉっ、な、何じゃ?!」
訳が分からないまま、とにかく老紫は彼の背に急いで乗り込む。
よほど急いでいるのだろう、鼠蛟はすぐに翼を打って空に舞い上がった。上に茂った邪魔な枝がバキバキと折れる音がする。
「え、何?!うわわっ!」
いきなり狐炎に胴を抱え込まれ、ナルトが戸惑いの声を上げた。
「いいから、黙って掴まっていろ!」
狐炎は突っ立ったままのフウもすぐに回収し、地面を蹴って鼠蛟の上に移った。
一体何が始まるのか、人間の3人は共にまだ把握できていない。全員乗せた鼠蛟が、一気に高く舞い上がる。
それを待っていたかのように、少し高めの声で朗々と詠唱が響き始めた。
「――其の身を裂くほど深きは嘆き。地に映る大樹よ、枝葉を広げ彼の者へ。妖術・樹枝裂断!」
放たれた妖力が引き起こした激しい揺れが、現在ナルト達が居る里の外れから中心部の市街地まで一気に駆けて行く。
走り出した揺れは韋駄天のように早く、ほんの瞬きほどの時間で里の全域に伝わった。
襲撃者が放った炎に怯えていた人々に、第二の恐怖が訪れる。
「な……何だ?!」
「うわぁっ、じ、地面が!」
大地は地鳴りを上げて四方八方に深く割れ、驚き戸惑う人々の眼前で全てを狭間に飲み込んでいく。
一体誰がこれを引き起こしたのか、彼らは想像を及ぼす暇もない。
炎に包まれた建物が崩れ、逃げる住民の退路を塞ぎ下敷きにする。
「いやぁぁー!!」
悲鳴を上げる女が、子供をかばったまま足元に開いた奈落へ落ちていく。
「だ、誰か……誰かぁぁぁ!!」
負傷して救護を求めていた下忍も、そのまま同じところへ消えていった。
人だけではない。崩れた家もどんどん飲まれていく。
網の目のように広がる裂け目はなおも広がり、さながら奪った命を養分として伸びる大樹のようだ。
激しい揺れでは立っている事さえかなわずに、なすすべなく死にゆく命の阿鼻叫喚が滝隠れの里を包み込む。
どれだけ叫ぼうとも、救いはなかった。
老若男女、貴賎も問わずに全てを殺めるまでこの木の成長は止まらない。
やがて術が収束し、里中に延びていた裂け目が閉じる。それに伴い地鳴りも揺れも収まった。
残った炎だけが、止めるものもなく広がっていくだけだ。恐らく、時間としてはわずかなものだったのだろう。
しかし、1つの町が引き裂かれて瓦礫と化していく様子に戦慄していた3人には、とても長く感じた。
「里が……なくなったってばよ。」
ナルトの唇から力のない声が漏れる。妖魔王の力。その何と無慈悲で凄まじいことか。
つい先程まで人の営みでにぎわっていた町は、あっという間に死のにおいで満ちた廃墟と化した。
同時に、何故鼠蛟の背に乗せられて空中にいるかも理解した。地上に居れば、ナルト達も無事では済まなかっただろう。
「やっぱり、な。」
羽ばたきながら鼠蛟が呟く。長い付き合いで、この結果は予想が付いていたのだろうか。
ひどい有様になった下界を見ても、少し呆れた程度の反応しかしない。
「概ね正解だったか。フウ、お前はどうやらよほどあやつに可愛がられていたようだな。」
「……。」
狐炎に話しかけられたが、フウはへたり込んだまま呆然と故郷を見つめている。
あれだけの短いやり取り。そしてたった一瞬。
磊狢は妖魔の本性を露わに破壊の限りを尽くし、数多の命を奪い去った。
彼女が実感したことがなかった土を司る妖魔王の真価は、天災と古人が恐れた通りだ。
「!――磊狢、磊狢ぁっ!!」
急にはっと我に返り、燃える瓦礫の山と化した眼下の里に向かって声を張り上げる。
あんな有様では、術者である彼自身も無事ではすまないと感じたのだろう。
「大丈夫、そろそろ来る。」
鼠蛟が高度を少し下げると、磊狢はどこから現れたのかさっと背に飛び乗ってきた。
よっぽどすっきりしたのだろう。今までの鬱憤を綺麗にどぶに捨ててきたような、実に晴れやかな顔だ。
もちろん、傷どころか汚れひとつ無い。
「ふー、お終いお終い。」
「お、お終いって、文字通り終わらせてどうする気だってばよ!!あんた、何したか分かって――。」
「うん、もっちろん!いままでのおいたの分、ぜーんぶ払ってもらったよ。」
血相を変えたナルトに対して、当然という顔で彼は答えた。良心の呵責は一切感じられない。
「おいたって……じょ、冗談じゃないぞい!
仮にも故郷が吹っ飛んだ入れ物のことは考えとらんのか?!」
まるで無邪気な子供のような言い草に、老紫はぞっとした。さらっと何を言い出すのだろう。
うまい表現が思い当たらないが、少なくとも人間ならまともな感性ではないに違いない。
「お前達は少し黙っていろ。今のはあやつらが悪い。」
「いや、でもこれは酷すぎるってばよ!」
狐炎からたしなめられるが、流石に黙っていられない。何しろ警告の1つもなく、問答無用で里丸ごとこの制裁。
暴言を吐いた連中までかばうつもりはないが、だからといってこの仕打ちは納得しがたかった。
少なくともナルトの常識には、こんな無情に多数の命を奪っていい道理などない。
しかし、それに狐炎はこう反論した。
「名も与えず兵器として育てて利用し、挙句己が危機と見れば簡単に捨てる。
情の欠片もないのはどちらだ。今までの積み重ねと思えば、こやつにとっては相応の報いだった。それだけの事だ。」
磊狢は名無しで孤独だった少女に、名前を与えた。さらにその信頼を得るほどに可愛がってきたのだろう。
今日会ったばかりだからその関係は少ししか見ていないが、磊狢がフウをどう思っているか理解するには十分だった。
我が子同然の少女をあそこまでないがしろにされて、怒らない方がどうかしている。
狐炎に言わせれば、むしろどこに同情の余地があるのか聞き返したいくらいだ。
「でも、何もしてない人まで殺すことは……。」
「言っとくけどね、何もしてない人って、『何にもしてないのに逃げる人』か、『何かされてても絶対助けない人』か、
『何もして来ない方がマシな人』の略になってる子ばっかだったよ。」
口ごもりながら続けようとしたら横から畳み掛けられて、ナルトは絶句した。
言葉の内容もさることながら、ものすごく冷たい磊狢の目のせいだ。
基本的には明るくて寛大であろう彼にこの目をさせるとは、一体どれだけフウの過去は暗いものなのだろう。
「フウ、いきなりごめんね。」
それでも磊狢は、うなだれている自分の器には一言詫びを入れた。
最低な待遇の故郷でも、壊滅のショックを受けていることは分かっているようだ。
うかつに張本人の自分が触れない方がいい事も承知らしく、それ以上何も言わない。
「のう、鳥。」
神妙な顔つきで黙り込んだナルトから鼠蛟に視線を移して、老紫が静かに話しかけた。
「?」
「妖魔は皆、こういう事はやるのかの?」
「大切なもののためなら、いくらでも。」
鼠蛟の返事は短かくさらっとしたものだったが、妖魔というものの一面を雄弁に語っていた。
この後、滝隠れの里は妖魔の間でこう呼ばれることとなる。
大地の鉄槌を受けた町、と。
―前へ―
―次へ―
―戻る―
前半ののんきな流れから一点、滝隠れ壊滅と忙しい今回。
普段は何だかんだで大暴れというのはレアな妖魔達ですが、ぶち切れればあっという間に今回の有様。
一般的な妖魔のスタンスはラストの鼠蛟が言った通り、敵にはどこまでも非情になれる連中が多数派です。
人間より殺しのボーダーが低いというか、そんな感じですね。
(2009/12/8 一部台詞を加筆)
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