はぐれ雲から群雲へ
                   ―8話・浮いた少女とお気楽なペット―

時はほんの少しさかのぼり、ナルト達が目をつけた滝隠れの里外れ。
訪問者が近づいているとは露知らずの尾獣と人柱力が、あまり人が来ないその場所でいつも通りの生活を送っていた。

「はーぁ……。」
露出が多く活動的な白い忍服が映える褐色の肌の少女が、
瑞々しい若葉色をしたセミロングの髪をかきあげる。
夕日のような濃い朱色の瞳は、憂鬱そのものらしい心情を素直に反映して曇っていた。
灰色の壁の殺風景な部屋に1つだけ付いた窓から見える光景は、いつもとなんら変わり映えしない。
机に向かっても巻物や本を読むわけでもなく、彼女はひじをついてただ憂鬱な気分を持て余している。
「ため息ついてると、幸せ逃げちゃうよー?」
額に米印に似た模様がある不思議なむじなが、彼女の側をちょろちょろ駆け回る。
ツツジのような濃いピンクのくりっとした目が愛らしいが、体は濃緑色の変わった毛だ。
連れ歩いていたら、変わったペットだとさぞかし目を引くことだろう。
のんびりとした物言いが気に触った少女は、横目で睨んでこういい捨てた。
「そんなもん、アンタを封印された日に全部逃げました!」
七尾を封印された少女は、その日から偏見と差別の目から縁が切れない生活を送っていた。
ため息で逃げる幸せなんて、これっぽっちも残っていないだろう。
かわいい偽の体を作ってのんきな張本人は、
冷たくあしらわれて悲しかったらしく、ばたばた前足をばたつかせる。
「えーん、冷たい〜。」
「あーもー……いちいちすねないの。ほら、おいで。」
諦め半分、呆れ半分でむじなを懐に招く。
「わ〜い♪」
するっと少女の腕に入り込んでご満悦の七尾の地王・磊狢は、見た目も性格もただの口寄せ動物にしか見えない。
しかしこれが最強の妖魔の一体なのだから、世の中はよく分からないものだ。
天は何でこんなしょうもない性格の妖魔に力を与えたのだろう。
何かの間違いだと思いたいが、現実はかくも適当だ。
そんな思考に戯れにそれてみせたが、何となく沈む気分は払拭し切れなかった。
「ふぅ……。」
「フウ〜、どーかした?」
ふかふかの毛皮にあごを埋めて、アンニュイな様子を見せる自分の器が気になるらしい。
さっきと変わらない気が抜ける喋りで聞いてくる。
「なんでもない……。」
今までと同様、これからも里人に疎まれて生活していかなければいけないのかと思うと、分かりきっていても憂鬱になる。
友達はいないし、普段の話し相手もいい年をして構いたがりの化け物一体だけだ。
人生50年と人の生の儚さを歌った先人の言葉があるが、
これでは彼女には残る30年以上の人生は短いどころか、長すぎる拷問にすら感じるかもしれない。
「フウー、落ち込んでても始まんないぞ〜?」
気が滅入る一方の彼女に発破をかける磊狢。
彼に話しかけられると適当に思考が中断されることは、こういう気分のフウにとってありがたいことだ。
「まあね。あ……こんな時間。じゃあ出かけるよ。」
「はいは〜い。」
気がつけば、訓練を始めようと決めた時間になっている。
足下にまつわりつく磊狢をうっかりドアに挟まないように気をつけて、フウは部屋を出た。
彼女が住むこの建物は、周囲から隔絶されている。
世話をするごく少数の職員しか出入りせず、フウが区域内から出る際にはいちいち長の許可までいるのだ。
外出は前日までに申請しておかないと話にならない不便さだが、もうすっかり慣れてしまった。
一般の市街地に行くことも滅多にないから、任務以外でこのエリアから出ること自体稀なのだ。
「どちらへ行かれますか、七尾様。」
「外には出ないから。」
いちいちうるさい職員にやや乱暴に答えて、いつも修行に使う裏の森に行く。
今日の修行には広い場所が必要だから、建物に備えられた訓練施設では足りないのだ。
慣れた道を足早に進むと、五分と立たないうちに開けた森の広場に出た。
いつもの定位置に着いたフウは、周りに壊れて困るものや人が居ないことを確認してから、早速術の発動準備に入る。
「今日こそうまくやんないと……。」
「うん、頑張れ〜。」
「……とかいいつつ、何もうちゃっかり潜ってんの?」
いつの間にか掘ってこしらえた穴から、磊狢が頭だけ出している。まるでモグラのようだ。
何かあったら穴の中でやり過ごす気だなと勘付き、フウは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ここが僕の一等席だから〜。」
「あっ、そ。邪魔しないでよ。でも、力はちゃんと貸して。」
チャクラを借りて練る際は協力的なほど同調が楽だから、嫌がらずに貸してもらわないと困る。
尾獣と仲がいいほど同調が楽というのが真理かは知らないが、少なくとも彼女にとってはそれが経験則になっていた。
「いいけど〜、調子乗ってドーン!はびっくりするからやめてね?」
「わ、わかってるから!」
彼はどこから持ってきたのか、工事用ヘルメットなんてものを穴の入り口にかぶせている。
何回も失敗をやらかしているから、あまりフウはその点について信用がないのだ。
「……。」
少々気がそがれたが気を静めて印を結び、流入させる磊狢のチャクラを慎重に制御する。
本人ののんきな性格と違い、油断していると彼女が飲み込まれかねない大きな力。
そのうねりに似た流れを押さえつけるように操り凝集する。
イメージ通りの形になるように両手を前に突き出し放出した、その瞬間。
チュドーンと、まるでダイナマイトで岩盤を破壊したような爆発音が響きわたった。

「もー、何でこうなるのっ!!」
舞い上がった粉塵ですすだらけになってしまったフウは、かんしゃくを起こしてキンキン声を上げる。
ものの見事に彼女の周囲は陥没し、少し離れていたところに潜っていた磊狢もその辺で転がっていた。
「はらほろひれはれ〜……。
ば、爆破プレイは耳がおかしくなっちゃうよ〜。」
案の定巻き添えを食っていたらしく、目を回しながら妙なことを口走っている。
フウは慌てて拾い上げた。
「ああ〜っ、ごめんっ!って、何でアンタが目ぇ回してるの?!」
「意外と音すごかったから〜?あー、びっくりしたなぁ、もう。」
プルプル頭を振って、さっきは珍妙な声を上げていたにしては立ち直るのが早い。
見た目はともかく、腐っても妖魔。至近距離でこの威力を受けて、これで済む辺りは頑丈だ。
それは良かったにしても、フウは深いため息しか出てこない。
「やっぱりだめかぁ……。」
「封印がゆるゆるだもんねー。お粗末だからしょうがないよ〜。」
彼女に施されている封印は非常にバランスが悪い。
蛇口から出てくる水量が安定しない水道とでも言えばいいのか、とにかくチャクラを一定量ずつ安定して利用することが難しいのだ。
未熟なフウにとって、これはかなりの悪条件だった。
「ああもうっ、後ちょっとだったのに〜〜!」
「発動する直前に、どばって出たっぽいよー。やだねー。」
そのタイミングでバランスが崩れたのでは、対処のしようがない。分析を聞いた彼女はがっくり肩を落とした。
この里には今まで人柱力を育てたノウハウがないから、こんな事は昔から日常茶飯事だ。
その上、溢れた力を抑える術という上等なものはない。おかげで暴走が後を絶たず、その度に周り中を破壊してしまう。
本人は怪我をしてもすぐに治る回復力があるからましだが、周辺被害はそうは行かない。
「これじゃあ尾獣化なんて、夢のまた夢〜……。」
「別にならなくてもいいと思うよー?体ボロボロになっちゃうって言ったじゃん。」
「上の連中がさっさとマスターしろって言ってんだから、しょうがないでしょ!」
尾獣化は人柱力にとって、その力を最大に引き出した最高の状態だ。
膨大な妖魔のチャクラが持ち主の形そのものとなり、大抵は自意識が保てないものの1人で城や町を落とせるほどの力を持てる。
ただし磊狢が言うとおり、体に非常に負担がかかるために長時間は維持できない。
そもそも妖魔のチャクラを自分の経絡系に流す事自体が毒なので、
莫大なチャクラを借りる尾獣化は、比喩ではなく体がボロボロになるという。
多用すれば寿命は確実に縮み、死期を近づけることとなる。
どの程度関係するかは不明だが、噂によれば過去に他里に存在した人柱力はみな短命だったそうだ。
「程々にねー。」
懲りないなあと思いながら、磊狢はカリカリと後ろ足で耳をかく。
いたってお気楽だが、これでも彼女の身を案じているのだ。
と、そこに人の足音が聞こえた。やってきた理由の見当はつくから、とたんにフウの顔が険しくなる。
「また失敗か!」
爆音を聞いて駆けつけた上忍の男が、汚いものを見るような目でフウをねめつけた。
この辺りの警備を任されていて、よく顔を見る男だ。
「……騒がしくして悪かったわね。」
「この出来損ない。いつになったらコントロールをマスターするんだ?」
いい加減耳にたこが出来る嫌味の文句。
ふて腐れて適当に聞き流せば済むからもう慣れたが、気分は全くよろしくないものだ。
それは常日頃から里の忍者が気に入らない磊狢も同様だった。
「え〜〜、封印失敗した痛い子には言われたくなーい!」
「何だと?!」
いきなり横から茶々を入れられたせいで、男は今度は磊狢に怒りの矛先を向けた。
「ほんとの事でしょー?
めんどくしといてさー、自分の事棚に上げる大人って超最低〜♪」
まんまと乗せられた彼をもっと怒らせようというのだろう。磊狢がはやし立ててけらけら笑い声を上げた。
ぺらぺらと、よくもまあこれだけ楽しそうにからかい文句が出て来るものだ。
フウが言い返さない分なのか、単純に自分が文句をつけたいだけなのかは不明だが。
「こ、このっ……!!」
男は、今にもたかが獣の分際でと言い出しそうに唇を歪める。
「くやしかったらここまでおいで〜♪」
「いくつよアンタ……。」
ぴょんぴょん木の枝に跳ねていったついでに残した言葉は、古典的かつ子供っぽい。
実年齢が四桁の妖魔の言う台詞かと思うと、フウは頭痛さえ覚えた。
もちろん男は追いかけない。いくら頭に血が上っても、こんな煽りにまで引っかかるようでは上忍の名が廃る。
「誰が行くか……全く馬鹿ばかし……ぎゃああ!!」
呆れて立ち去ろうとしたはずの男が、いきなり地面に吸い込まれてフウの視界から消えた。
全く何の前触れもなくである。
「引っかかった〜♪」
「ちょ、ちょっと、アンタ大丈夫?!」
何が起きたか一瞬分からなかったが、足元の地面が沼になって足を取られたのだ。
実にたちが悪いが、土を司る彼にはこれ位お手の物である。
引っかかった彼は、間抜けにも腰まではまって身動きが取れなくなっている。
さっきの今だから手を貸す気は毛頭ないが、何とも悲惨な有様だ。
「くぅぅー……!!七尾っ、自分の物のしつけくらいちゃんとしておけ!」
小動物にコケにされて、プライドはずたずたなのだろう。顔を怒りで赤くした男は、何とか這い出してフウを怒鳴りつけた。
「はいはい。」
しつけられるようなもんじゃないけど。と心の中で付け足してこれも聞き流す。
彼にいたずらをする口実を与えた方が悪い。
「あっはっはー、お洗濯頑張ってね♪」
「黙れ、このくそむじな!!」
「僕うんこじゃないよ?
あ、そうそう〜。泥汚れは、早く洗ってもなかなか落ちないから気をつけてねー♪」
アカデミー生以下の低級な煽り文句にも見事に煽られて、
くだを巻く酔っ払いのようにまくし立てた男は、泥まみれのまま肩を怒らせて帰っていった。
泥さえ除けば、これも割と見飽きた光景だ。
とはいえ何とか片付いたので、修行の続きでもしようと考え直す。
しかしそんなフウをよそに、何を思ったのか磊狢は急に木から勢いよく滑り降り、駆け出した。
「あっ、ちょっと磊狢!どこ行くの?」
驚いてとっさに捕まえようと腕を伸ばしたが、後一歩で届かず逃げられてしまう。
本気で走られてしまうと追いつけないので慌てるが、すばしっこさでは敵わない。
一体何をと思って空を見ると、彼が行く方向に一羽の鳥が飛んでいる。
「ちょっと、待ちなさいって!狩りしたいなら後にしてよ!」
「すぐ戻ってくるから、留守番しててー!」
鳥なんていくらでも居るだろうに、それだけ言い置いた磊狢はそのまま鳥を追いかけていった。
諦めずにフウも追いかけたのだが、しまいには見失ってしまう。
「も〜、あんなのいつでも捕まえられるってのに……何なの全く!」
ぷりぷり怒っても、茂みにまぎれてしまった彼は見つからない。
毛皮がよりによって草木と同系色なので、迷彩よろしく隠れてしまったのだ。
「こらー、鳥くらいさっさと捕まえて帰って来〜〜い!!」
頭にきて腹の底から怒鳴り声を響かせるが、これでも返事1つ返ってこない。
一体さっきの鳥がどうしたというのだろう。別にフウにはまるで関係なさそうな鳥なので、余計に分からない。
磊狢の用事にしても、彼の部下はむじなだから無関係だろう。
「はぁ……とりあえず、まっすぐ行ってみよ。」
足跡くらいはきっと残っているだろうから、全く手がかりが無いわけではない。
―ったく、こういう地味なのって苦手なのに!―
見つけたら思いっきり怒ってやろうと心に誓い、耳を澄ませつつも目を皿のようにして足跡を探し始めた。


磊狢の足跡を苦労してたどるうちに、だんだんと里の外れの方に近づいてきた。
これ以上進んだら結界に引っかかるエリアに入るのではないかと思い始めた頃、ようやく見慣れた緑の毛皮が見つかる。
「あーっ、こんな所に!!こらー!」
「わー、捕まっちゃった〜♪」
もう今度は逃がさない。フウは磊狢の首根っこを掴んで、がっちり押さえ込む。
じたばた足を動かす割には逃げ出さないが、また腕から抜けられないように力は絶対に緩めなかった。
「で、さっきの鳥はどうしたわけ?捕まえたかったんじゃないの?」
「違うよー、昔からの友達〜。」
フウの問いに首を振って、磊狢がほらとあごをしゃくって樹上を示す。
「友達?」
いぶかしげに木の枝を見ると、さっきの小鳥が枝に止まってこちらを見ていた。


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七尾コンビ登場です。のっけから磊狢のキャラがウザイのは仕様。
ここまで出た妖魔3人と違って、人柱力にはベタ甘です。女の子っていうのは響いてるかもしれません。
基本的に性格が似ていないという傾向からはあまり外れていませんが。
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