はぐれ雲から群雲へ
                    ―5話・困った患者と無口な主治医―

―松葉の町―
国境を越え、近くの小国に入った2人は大きな街道沿いの宿場町にやってきていた。
ここは交易ルートに入っているので、町は人で溢れている。
うっかりしていると迷子になってしまいそうだ。
そういえば自来也との旅ではこんな町もたくさん見たなと、ナルトは一瞬感傷に浸りかける。
「何か情報あるといいけどなー……。」
「こういう場所は人の出入りが激しい。役立つ情報は、探せばいくらか出てくるだろう。
日が暮れたら酒場にも行くぞ。」
「え?おれも?」
何で未成年のナルトまで酒場に行くのだろう。
かなり疑問に思って首をかしげると、狐炎は事も無げにこう言った。
「お前に頭があるのなら、問題はないも同然となる。」
「え?」
頭があるならと言われても、じゃあどうしろというのか。
ますますナルトは頭がこんがらがった。
“変化を使えば済むと言っているのだ。うつけ。”
(何だ、それならそう言えってばよ!)
最初からズバッとそう言えばいいのに、回りくどい言い方をされたら分かりにくいではないか。
ナルトが憤慨すると、狐炎は呆れた様子で冷ややかに見下した。
“たわけが……どこで誰が聞いておるかも分からぬ往来で、
忍者と悟られるような発言は出来る限り慎むべきだろう?”
(だからって、うつけとかたわけとか、2回も言わなくたっていいじゃん……。)
確かにそう言われるとナルトの考えの方が安易だが、馬鹿扱いを2連続は納得行かないものがある。
もっとも本人はそう思っても、優しさの欠片も無い相手に要求するのは無理な相談だ。
「ところでさ、紫電は次いつ連絡よこすんだってばよ?」
「情報が入り次第になるな。必要があれば使いを送ればいい。」
紫電とは守鶴の偽名だ。
ちなみに苗字の錬空は、自身の術の名前から適当につけたのがバレバレの安易なネーミングである。
尾獣で唯一本名が知られている彼は、狐炎と異なり本名を使えないから、
部外者が居る場所では三兄弟にもこの名前で呼ばせている。
「えー、じゃあいつ来るかさっぱりじゃん。」
「便り無いのが良い便りだ。あやつとて暇ではない。
取り立てて変わった情報がなければ、わざわざこちらに来る必要は無いからな。」
今頃は火の国内の部下を密偵として放って調べさせている頃だろうが、
そもそも第一次の定期報告まではまだかかるだろう。
焦っていても仕方が無い。
「お前の方は?」
「手配済みだ。もっとも、まだかかるがな。」
狐炎の方も同様に、緋王郷の人間や部下の狐に命じて調べさせている。
狐と狸の双方で情報を漁れば、人柱力も暁も、木の葉の動向も把握しやすいことだろう。
「早く知らせ来ないかなー。」
「なるべく有益な情報であることを祈っておけ。」
そう簡単に見つからないだろうが、祈る分には自由だ。
ナルトも、あくまで軽い願望程度に幸運を祈っておくことにした。

通り沿いに歩いていると、具合悪そうに店の軒先でしゃがみこんでいる赤い髪の老人が居た。
年が行っているように見えるから、もしかすると何か病気の発作かもしれない。
「そこのおじいちゃん、大丈夫?どうしたんだってばよ?」
放っておけないナルトは、すぐに近寄って肩を叩く。
「ううっ……は、腹が痛い。そ、そこの若いの、水もっとらんかの?」
「水?あ……でも水筒あったっけな。」
きっと持病の薬でも飲むのだろう。とにかく頼まれたものを荷物から探す。
しかし結構中に色々つまっているから、ごちゃごちゃして探しにくい。
もう少しきちんとしたかばんにしておけばよかったと、ナルトはいらだった。
待った無しの老人は、もちろん待てない。
「中身は炭酸でも何でもいいんじゃ、何かくれ〜い!」
よっぽど切羽詰っているのだろう。とにかく必死だ。
トイレが見当たらない場所での腹痛は悲惨だから無理もない。
「あ、ああもう!狐炎、持ってない?!」
「いちいち騒ぐな。出すから少し待て。」
後から来た狐炎も自分の荷物を探ると、あっさり見つかったのですぐに水を注いで渡す。
ほとんどひったくるような手つきで受け取った老人は、
薬を口に放り込んで水を一気に煽り、大きく肩で息をした。
「うう……ふー、助かったぞい。」
「……またか、馬鹿じじい。」
「ぬっ、遅いぞい!」
老人が水筒の蓋を返した後、彼の後ろからふらりと気配もなく若い男がやってきた。
年頃は狐炎と大差ないだろう。
色白で深緑の着物に、白い袖なしの羽織という格好だから、がっしりとした老人の方が強そうに見える。
しかし、叱責されたところで彼は全く動じた風ではない。
「別に、遅くは……ん?」
「何じゃ、どうかしたか?」
物珍しいものを見るような目になった連れの様子に、老人が首をかしげる。
若い男は口を開き、親しげにこう言った。
「狐炎か。久しぶりだ。」
「久しいな。息災であったか。」
珍しく狐炎が砕けた雰囲気で接しているのを見るに、どうやら古くからの知り合いらしい。
という事は、人間ではないのかとナルトは悟った。
狐炎と親しげに話すような知り合いというだけで、もう大体結果は見えるものだ。
「ああ。ところで、そっちは?」
「まあまあだが……ここで立ち話をするのは落ち着かぬな。
どこか店に入らぬか?」
「いいぞい、おぬしのおごりな……へぶぅ!」
調子のいいことを言いかけた瞬間、老人の顔面を裏拳が襲った。
「勘定は、折半で。」
老人を殴って黙らせた若い男の提案で話がまとまり、一行は個室のある茶店に入った。

―休息処・蜜庵―
個室を指定して入った4人は、狐炎が会話を漏らさないための結界を張ってから話を始めた。
向こうから尋ねられて、狐炎が今までのいきさつを説明する。
「……そうか。里を、追われたのか。」
若い男は茶を飲みながら相槌を打つ。
狐炎の知り合いである彼もまた、人目を引く外見をしていた。
部分的にやや癖がある群青色の短髪に、首の両脇から長く腰近くまで伸びた銀髪。
髪より深い銀色の目はいまいち生気に乏しく、肌色とやや細身の体つきのせいで余計その印象が強い。
しかし妖魔である以上、この外見でもかなりの手練れである上に打たれ強いのだろう。
ちょっと想像がつかないが、先程制裁していた光景から片鱗が窺える。
「そういえば、まだ名前を、聞いていなかったな。」
「こやつはうずまきナルトという。見てのとおり、まだ若輩者だ。」
「そうか、ナルトか。我は鼠蛟(そこう)、鳥の王だ。医者もやっている。」
「鳥?医者?」
「鼠蛟の本性と眷属は鳥だ。
こやつの医術の腕前は確かでな。『神の翼』の異名を取る最高の名医だ。」
「へ〜!そりゃすごいってばよ!」
最高の名医というからには、忍者の世界における綱手のようなものだろう。
ナルトの目にも頭が良さそうに見えるし、狐炎の同輩という長命を考えれば納得だ。
「わしは『無花果(むかか)』じゃ!」
「これは偽名。本名は、老けた紫で老紫。」
「ええい、そんな事は言わんでええわい!ところでえーっと赤いの、おぬしは?」
何か都合が悪いのか、無花果もとい老紫は話をそらした。
「わしか?火を司る狐の王・狐炎だ。」
「ほ〜、火なんか。鳥と違って健康的じゃの!」
「うるさい。」
「あべしっ!」
横から肘鉄を食らって、老紫がわき腹を押さえて悶絶する。
かなり痛かったらしい。それはそうだろう、何しろ妖魔の肘鉄だ。
中でも男妖魔の馬鹿力ぶりは、ナルトも身にしみてよく知っている。
「火って健康的……?てか、じゃあ鼠蛟……さんって、属性何?」
火が健康的かどうかについては意見が分かれるところだが、それはともかく妖魔には皆得意とする属性がある。
彼は何だろうか。鳥なら風かと思っていると、ポツリと予想外の言葉が返ってきた。
「毒。」
「えっ……?」
毒とはまた、種族に似合わない回答だ。ついでに見た目の雰囲気にもそぐわない。
まあそれを言ってしまうと、見た目にも冷静な狐炎が火というのはもっとおかしいことになるのだが。
「まぁ、毒と薬の扱いにかけてはこやつの右に出るものはおらぬから、敵に回すと厄介ではあるがな。」
「そなたまで……あんまりだ。」
「別に侮辱でも揶揄でもなかろうが。
お前の知識は、それだけの価値があるという話だ。」
薬物の取り扱いに精通しているのは、色々と有利なものだ。
危険なものの判別や利用法、対処に至るまで膨大な知識を持っているわけで、狐炎の言うとおり敵に回せば面倒である。
「てか、何で医者?妖魔にお医者さんとかいるわけ?」
「必要だから。妖魔にも、病気や怪我はある。」
人間よりも遥かに頑丈な妖魔でも、体のトラブルは色々とあるものだ。
鼠蛟が言うように、時には必要となるから医者も職業として成立する。
「へ〜、そんなもんか。」
「こやつは人間も治せるから、重宝するぞい!」
「下痢は、もう飽きた。」
老紫が自慢げに胸を張る隣から、苦い声が横槍を入れる。
その内容にナルトは耳を疑った。治す方が飽きるほど下痢をするとは、まともではなさそうだ。
「一体どんな生活してるんだってばよ?!」
「拾い食いと、自業自得の食中毒。」
「自業自得とは何じゃ!節約精神の賜物じゃぞ?!
旅では節約が命なんじゃ!」
「味オンチ……。」
普通、食中毒を起こすものに手を出すのは節約精神とは言わない。
それは一般的に、鼠蛟が言うとおり単なる味オンチであり、無謀な馬鹿というものだ。
もう嫌だこいつと言わんばかりのうんざりしきった顔で、彼は深いため息をついた。
「味オンチって……。
おれが言うのもなんだけどさ、それ忍者としてどうなんだってばよ?」
忍者は常に五感を研ぎ澄まし、周囲の状況変化には敏感でなければならないものだ。
例えば直接口に入る食べ物への注意は見習いのうちに習い、一流になってからもずっと大事にされる。
授業をサボりがちで不真面目だったナルトでさえ、
この辺りは耳にたこが出来るほどいわれたから、ちゃんと覚えていたくらいだ。
逃げるナルトの首根っこを捕まえて補習を受けさせたこともある、イルカの努力の賜物とも言うが。
「いや〜、結構問題ないぞい。怪しいものは食べなければいいんじゃ!」
「腐ったものは、怪しくないのか……。はぁ……。」
これが怪しくないと言い出したら、もはや一般常識が失格レベルだ。
そしてその非常識が老紫の常識なのだから、もう何をかいわんやである。
「鼠蛟……お前も苦労しているな。」
「結構……。」
さすがに同情した狐炎に、鼠蛟がボソッと答える。
これでもう、大体日頃どんな有様か分かるというものだ。
「かわいそうな事になってる尾獣なんて、初めて見たってばよ……。」
日頃自分が散々やり込められているから、尾獣の方が手を焼いている光景は新鮮だ。
縁を切るに切れないから、さぞストレスが溜まっているのだろうと推察する。
「そなたは、こうはなるな。」
「何じゃい、さっきから黙ってれば好き放題じゃの!
年寄りへの敬意が足りんぞい!」
「二桁しか生きていないくせに、よく言う。」
「ぬ〜、若作りの四桁はだまっとれ!!」
「じいちゃん、若作りも何もこいつらってこれ以上老けないんじゃないの?」
妖魔の寿命と老化速度は妖力に比例しているが、種族内では妖魔王と呼ばれる尾獣9人の場合は不老不死だ。
若作りも何も、いつまでも若々しいままなのだからどうこうしようがない。
「ん?そうじゃったかの?」
「すっとぼけないでくれってば……。
そういや鼠蛟……さん。結局、何でそんなに長生きで老けないわけ?」
「妖力が、飛びぬけて高いから。
もっとも、そんな妖力が宿った詳しい理由は、未だに分からない。」
「お医者さんでもわかんないのか〜……。ちぇー、分かると思ったのに。」
ちょっと興味があったのでついでに聞いてみたのだが、
以前狐炎から教えてもらった以上の返事は聞けないらしい。残念である。
「症例が9つあるが、非協力的なのも、居たから。」
「知りたいって思わなかった奴もいるわけ?」
「色々、いるから……。もっと、調べたかった。残念だ。」
その残念という響きに、背筋が寒くなるのは気のせいだろうか。
そう思っていたら、狐炎がこう忠告した。
「ナルト、お前も気をつけろ。人柱力の貴重な資料として調べられるぞ。
こやつは、珍しい症例に目がないからな……。」
「え゛っ?ま、まさか解剖とか?!」
「失礼な。ちゃんと、生きたまま調べる。」
心外だと気を悪くした鼠蛟の台詞は、とても常識的とは言いがたい。
それ以前に、生きたまま何をどう調べるのか、全く具体的に語られないのが恐ろしい。
「ギャーッ、マッドサイエンティストー!!」
生きたままかえるの解剖状態になった自分を想像して、ナルトは総毛だった。
一見まともかと思えば、妖魔の常なのかやはりとんでもない。
ちなみにこの場合は科学者ではなく医者なのだから、あえて言えばマッドドクターというのが正しいだろうが。
「ま、こんな具合に油断はならんがの、医者代は大分節約できるぞい!」
「請求したい。」
都合よく使われてきた過去が大層ご不満らしく、実に冷ややかかつ恨みたっぷりの視線が老紫に突き刺さっていた。
鈍いナルトにも、彼の恨みつらみが窺える。きっと脳内では、それこそ何回も解剖されているかもしれない。
「……どんだけ今まで腹壊したんだってばよ。」
「累計額は、きっとそなたも驚くと思う。」
「……まず驚くとすれば、いちいち記憶しているお前の頭に驚くだろうな。」
馬鹿馬鹿しいと呟きそうな呆れた顔で、狐炎はため息のような言葉を漏らした。


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おじいちゃん&鳥。うちで登場してまともに喋るのは、これが初めてかも。
いきなり腹を壊してたり、台詞がグダグダだったりフリーダムじいさん。
FF5のガラフのボケが好きなせいか、ついついこういうノリに。でもこのキャラ立て気に入ってます。
振り回されがち?な鼠蛟も、なかなかいい性格というか根性だったりしますが。
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