はぐれ雲から群雲へ
                    ―4話・狐狸の秘密会談―

―緋王郷―
狐炎を穀物の神として崇める、緋王郷稲荷大社が治める宗教都市・緋王郷。
昔、火の国が戦乱期だった頃に各地で焼け出された人々をまとめていた1人の巫女が、
狐炎と契約を交わして住み着いたのが始まりという、数百年に渡る歴史を持つ町だ。
歴史が長いだけにその規模は木の葉よりもかなり大きく、首都に次ぐ程となっている。
現在では狐と共存し、季節ごとの大きな祭りで観光客が集まる至って平和な観光都市としての顔も持つ。
守鶴はここに住む狐炎の部下から、主人が今ここに来ているという連絡を受けていた。
いったん神社の前に遙地翔で瞬間移動した彼は、広い敷地を歩きながら一人ごちる。
「あいつの事だから、たぶん本殿だよな……。」
狐炎が緋王郷に居る時は、稲荷山かふもとの神社の奥と大体決まっている。
今回はナルトを連れているので、後者だろう。
神社の職員はもう帰ってしまっている時間なので、見張りの狐に訳を話して通してもらった。

しばらく待っていると、この緋王郷の人間側の統治者でもある大宮司がやや足早に出迎えに来る。
「まぁ……。こんな夜更けにようこそいらっしゃいました。
さぞお急ぎでいらっしゃるのですね。どうぞこちらへ。」
ここでは高貴な色とされる朱色の衣装をまとった美しい大宮司は、
うやうやしく礼を取って、狐炎が居る部屋へ案内する。
「悪いな。ところで、大宮司が直々に出るなんて珍しいじゃねぇか。」
黙って長い廊下を歩くのも何なので、守鶴の方から話を振ってみる。
すると大宮司は、申し訳なさそうにこう言った。
「申し訳ありません。当直の者が位の低い者ばかりでございまして、
わたくしの他には、風王様をお迎えに上がるにふさわしいものがおりませんでした。」
「いや、いいって。それより、こんな遅い時間に大変だな。」
妖魔の王は、ここに来る際は多かれ少なかれ人間に化けてやってくるのが昔からの通例だ。
そこで王の人間姿がどんなものかを不用意に広めないために、
神社でも高位の神職しか迎えにこないのがしきたりとなっている。
普段は小宮司などのもう少し低い位の神職が迎えに来るので、彼女自らが出迎えに上がることはそうそうない。
女好きの守鶴にしてみれば、美人が出迎えてくれてラッキー程度だが。
「お気遣い痛み入ります。お待たせいたしました、こちらです。」
「ありがとな。よー、久しぶりだな冷血狐。」
断りを入れもせずに守鶴が狐炎の前に座ると、
大宮司はここで控えるように指示を受けていたようで、戸口のすぐ脇で背筋を正して座った。
「久しぶりだな。ナルトの事でも聞きにきたか?」
悪口にしか聞こえないあだ名の事は綺麗に無視して、用件はお見通しと言ったような口ぶりで返事をする。
話が早いとありがたい。守鶴は少々機嫌良さそうに口角を上げた。
「まぁな。まゆなしが真相をそっちから聞きたがってたしよ。」
「そうか。木の葉から砂にも知らせが行ったのか?」
首都からは木の葉の近くを通らないと行き来できないため、
最初から行くつもりはなかったが、やはり検討しなくて正解だったようだ。
同盟を結んでいるから、すぐに手が回っても何らおかしくはない。
我愛羅が確認を取りたがるというのだから、そういう事なのだろう。
「ああ。里の機密を盗んだ裏切り者を速やかに拘束する協力をしてくれ、だとよ。
もうちょっとましな嘘つけって思わねぇか?」
「それはそうだな。しかし、我愛羅は要請を受けたのだろう?
当面はどの程度の協力をすることにしたのか、教えてくれぬか?」
木の葉の動向に関する情報は、些細なものでも得ておきたい。
今後のこちらの行動にも関わることだ。
「そりゃあ、つきあいってもんがあるからよ。
ただ、最近大名が変わってマシになったって言っても、まだ予算だけで肝心の人は足りねぇまんまだからな。
実質は国内に情報が入った時に教える程度しか出来ねぇって、あいつが言ってあるぜ。」
「ならば、風の国に行きさえしなければさして影響はない……。
それでよいのだな?」
風の国は最近、無能な大名に辟易した家老達の声に押されて先代が隠居させられた。
後任には、まだ若いが実績を持つ長男が代わって就任しており、
国力向上の名の下に、砂の里の財政状況も格段に改善しているいう話は良く知られている。
しかし人材の育成には何年もかかるので、よその里を世話するような余力はない。
「そうだな。で、金ドリアンはどうしてんだ?」
「あやつか?野宿と里の仕打ちに文句は垂れるが、目に見えて消沈した様子はないな。」
ナルトは夕方にここについて早々に、久々の布団だと言って小躍りしていた。
切り替えが早いというか、前向きというか。
ともかく、落ち込んで使い物にならないという様子はない。
今頃は明日に備えてぐっすり眠っているだろう。
「それとわしらは当面の間、まだ居所が分からぬ人柱力の確保に回る。
その情報を集めてはくれぬか?」
「暁がらみでか?」
「ああ。ナルトがここに来て里の保護を失ったのは、奴らの思惑と言う可能性もある。
さらに管理が厳重な里でも、この先安全とは言い切れぬ。
どうせ迫害されておる者も多いだろうし、それならまだ固まっていた方が安全だ。
それに、中の知り合いが戦力になる。奴らに対抗するにはちょうどよい。」
暁の実力の程は完全には明かされていないものの、いずれも元は各里のずば抜けた実力者だ。
先手を打って安全を確保したいからこんな事を思いついたのだろうと、守鶴も大体事情はつかめる。
「ま、いいんじゃねぇのか?こっそり連れ出して騒ぎになっても、
暁になすりつけときゃいいんだしな。」
暁にしてみればたまったものではないだろうが、
今はどの里も、九尾の人柱力が仲間集めに奔走しているなんて知る由もない。
例えば争った痕跡を残した上で人柱力が居なくなれば、勝手に暁の仕業と騒ぎになるだろう。
「出来れば数人引き入れたところで、奴らに不利になる情報も流したいものだ。」
「お〜、面白そうじゃねぇか!」
「そのためにも、お前には是非協力してもらいたい。」
表向きは風影である我愛羅の護衛、要は側近を務める守鶴は、当然機密情報を握れる立場にある。
砂や木の葉の内情などを積極的に伝えてもらえれば、かなり助かるだろう。
それに、言い方は悪いが我愛羅をうまく動かす事だって不可能ではない。
「分かってるって。そっちこそ、うまくやれよな。」
楽しみだといわんばかりに不敵な笑みを浮かべて、守鶴が言った。
どうやらその気になってくれたらしい。
「当然だ。ああ、そうだ……八代。」
「はい。」
「当分は、狸が多く出入りするようになるだろう。
見かけぬ顔に木の葉の者が紛れ込まぬよう、必ずわしの部下に確認を取らせろ。」
「承知いたしました。」
狐達の顔は人間も覚えているが、狸達の顔はそうは行かない。
少なくともしばらくは追っ手がナルトを探してうろつくだろうから、念の入った確認は大切だ。
「指示などは全て明日の朝礼からで構わぬ。
今宵はもう遅い。下がって休め。」
「仰せのままに。それでは失礼致します。」
八代はほとんど足音も立てず、静かに部屋から出て行った。
自分よりも格が高い人物の前での遠慮もあるだろうが、やはり常日頃から身についているものだからだろう。

「そういやオメーの所、いつの間にか代替わりしてたんだな。」
「人間だからな。つい数年前に就いたばかりだが、賢い娘だ。」
「いいよな〜、オメーん所の神社は巫女が一番上に来るからよ。」
「貴様の言いたい事は大体分かっておる。この節操無しが。
ずいぶん昔に、女の方が能力の高い家系と言っただろう。」
別に狐炎の趣味でもなんでもなく、霊力が女性に強く受け継がれやすい家系だから、
大宮司に女性がつく例が多いだけだ。
それを分かっていてわざとからかってくるのだから、あきれ返る。
「何だよ、しけたおっさんのツラよかいいだろ?」
自分を慕って祭ってくれるなら、綺麗かはともかく女性の方が嬉しくて当然だろうと、
守鶴は完全に自分の嗜好でものを言う。
部下に対してはそんな事は言わないが、人間相手の反応はこんなものだ。
「仕事が出来ればどうでも良い。
そんなに女の顔を見たいのならば、さっさと戻ればよかろう。」
根本的にかみ合っていない台詞に頭が痛くなりつつ、狐炎は投げやりな返事をよこした。
風影の私邸に戻れば、今頃帰りを待っている加流羅が居るのだろうから、
どうでもいいことを言うくらいなら早く帰って欲しいという気になる。
用さえ済んでいれば、その後は関知しない。
「ま、それもそうだな〜。
男やもめの性悪面みてるより、可愛い嫁の顔見てる方が何百倍も楽しいぜ。
じゃあな。何かあったら連絡よこせよ。」
「いちいち余計な事を言いおって……。
連絡はする。そちらも何かあったらすぐによこせ。」
確かに前の妻が死んでから長いこと再婚していないが、男やもめは余計なお世話だ。
極普通の同性ならまだしも、妻が1人も居ない期間がゼロに等しい女好きに言われたくはない。
遥地翔を使って帰っていった彼は、多分戻ったらさっそく妻を愛でるだろう。
人間を妻として扱うのはあまりいい事ではないと狐炎は考えているが、
狸はそれでも構わない種なのだから、口出しはしない。
「やれやれ……。わしもそろそろ休むとするか。」
月を見ながら、もう日付が変わって大分たつと悟った狐炎は、
戸締りだけは済ませて部屋を後にした。


翌日。緋王郷を出る前に、町を少しは見ておきたいという希望したナルトは、
まだ早朝の神社の境内から町を眺めていた。
すぐ裏に稲荷山が控えるこの神社は、来る時は高い石段を上らなければいけない。
それだけに、山の頂上ほどではないが見晴らしはなかなかだ。
木の葉の里とはまったく違う瓦屋根の町並みが美しい。

「気は済んだか?」
後ろから声をかけられて振り向くと、狐炎が立っていた。
普段から気配を断つ癖でもついているのか、彼の気配はぼうっとしていると分からない。
「んー、ちょっとは。てか、本と広いなここってば。
あ、そうだ。昨日お前がバタバタしてて聞けなかったけどさ、何でここだとお前は神様な訳?」
「珍しいな。そんな事に興味がわいたか。」
勉強嫌いで一般常識にも疎いナルトが、興味を示すとは珍しい。
別に、知りたければ教えてやってもいいと思っているが。
「だってさー、お前ってば神様じゃなくて妖魔じゃん。何で?」
木の葉では天災とも言われ恐れられていた彼が、
同じ国の違う町でいきなり神様と祭られる落差はナルトにはどうも理解できない。
一体どんな理屈だと尋ねたくもなる。
「それは、神社で神と崇められる対象が広いことが関係しておる。」
「じゃあ、何でもあり?」
「それに近いな。要は人間が、自分の力を大きく越えていると判断したものだ。
それらは恐れ敬う対象であり、それが神となる。
高い山やしばしば氾濫する川、時には、死後に激しく祟った霊魂も当てはまるな。」
古来から人間は、人知を超えた存在を特別なものとして認識してきた。
その対象は有形無形を問わず、ナルトが言うように何でもありというのが一番近い。
もちろん、基本的には人間の手におえないものという制限はつくだろうが。
「ふんふん……色々あるってばよ。あれ?じゃあお前らも有りってわけ?」
「そういう事だ。妖魔の中でもとりわけ力が強い個体。
それは人間にとっては、もはや制御下に置けぬ自然災害のようなものだ。
そこで暴れないでくれと言う祈りを込めて、社を建てたのが始まりだった。
ちなみにわしら妖魔を神とする信仰のことを、特に妖魔信仰と呼ぶ。」
「何でわざわざ分けんの?特別なわけ?」
「巫女や神職、陰陽師などが扱う法術は、悪霊や妖魔に対抗するためのもの。
つまり、通常わしら妖魔は敵として排除する対象に過ぎん。
ゆえに、それを信仰対象とみなすことはやや特殊ということだ。」
「ふーん。じゃあ変わってんだ。ここの人って。」
「そうなるな。もっともわしの場合は、別にいた穀物の神と同一視されただけだ。
狐はネズミを捕る故、古来より穀物の神の使いとされたからな。」
長くなるのでナルトに語るつもりはないが、
ちょうど緋王郷がこの地に生まれた辺りから、穀物の神と狐炎の同一視が始まっていた。
平和な土地に住む許しを与えた狐の王への感謝が、目には見えない彼らの神と狐炎を重ねさせたのだろう。
特にそう仕向けたわけではないのだが、気がつけば民は狐炎そのものを崇めるようになり、
祭神の名前も人間が彼につけた尊称になっている。
「えっ、じゃあここの狛犬が狐なのも?」
「そういう事だ。その神の使いが狐だったからな。」
「へ〜。ところでさ……よそ行ったら、守鶴なんかも神様だったりするわけ?」
「ああ、もちろん。風の国で特に厳しい一部の地域では、
砂嵐にあわぬように守鶴を模した絵を、水筒などに焼き印で入れる。
あやつは風と砂を操るから、その加護を祈ると言うぞ。」
その地域では守鶴を砂漠の主と呼び、恐れる一方で砂嵐を鎮める力を持つとされ崇められている。
困難な旅路を少しでも安全にしたいという切実な願いから、
いつしかこんなお守りが生まれたのだ。その他の妖魔の王にも、各地で様々な形の信仰がある。

「色々なのがあるんだな〜。化け物だったり神様だったりさ。」
「所変われば品変わるということだと思え。」
「でもさ、守鶴ってばきれいなお姉さんしか守ってくれそうにないってばよ。
意味あんのかな〜……?」
2年半前に我愛羅が木の葉に来た時、
ナルトも人に化けた守鶴と会っているが、その時の酷い女尊男卑っぷりは記憶に新しい。
ちょっと反抗心旺盛な態度で接したところ、我愛羅と2人まとめて男の縦社会の厳しさを味わわされた。
後に我愛羅達3人の中で比較的扱いがまともなのはテマリと聞き、すんなり納得した覚えもある。
「確かに男女で利益に差が出そうな気もするが、
あくまでまじないなのだから、そのような事は考えんでもよかろう。」
「それもそうだってばよ。
あ、でもあいつさー、困ってる人が男と女の2人いたら、絶対助けんの女の人だよね?」
「十中八九な。」
本人が聞いたら、失礼なと怒るどころか当たり前だと豪語しそうな辺りが、余計に嫌になる話だ。
そういえば、いつだったか「オスはカスだし」などとうそぶいていた気もする。
「そういや言うの忘れてたけど、お金もらえたわけ?」
旅の資金が心もとないと、道中も苦々しく口にしていた狐炎は、
ここへ来た時についでに路銀も調達するといっていた。
「ああ。現金はかさばるから、換金用の物もいくらかな。
それと、これがお前の身分証だ。無くさぬところにしまっておけ。」
ちらりと暖かくなったらしい財布の中身を見せた後、そこに入れていたナルトの身分証を手渡してくる。
大事なものなので、放ったりはしない。
「ありがと。おー、おれってば結構よく写ってるかも。」
写りに満足しつつ、愛用のガマ財布にそれをしまった。
なお、写真の彼は変装のため髪が茶髪でヒゲ模様もない。
今度から、町に入る時はこの格好に変化するわけだ。もちろんその時は狐炎も姿を変える。
いったん入ってしまえば、宿などでは気にしなくてもいいだろうが。
「さて、そろそろ行くぞ。」
「あ、うん。」
緋王郷を出た後は火の国で大きな人里に立ち寄ることはないし、国境越えも近くなる。
そろそろこの国にお別れだと考えたナルトは、一抹の寂しさを覚えた。



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国境越え前日、狐炎の実家にて。軽く尾獣への信仰もご紹介。
個人的には、どこかでも書いた気がしますが、あれだけのものなら祟り神的な信仰があっても不思議じゃないなと。
機会があれば、他のメンツに対するものも紹介したいところです。
ちなみに、木の葉に稲荷神社はありません。15年前に九尾事件の事後に打ち壊しにあって半壊。
神主一家は夜逃げです。緋王郷の心証の悪化にも一役買いました。
物凄く罰当たりですが、八つ当たりする民衆なんてそんなもんでしょう。

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