はぐれ雲から群雲へ
                    ―3話・若き長と食えない護衛―

ナルトと狐炎が緋王郷を目指している一方、
風の国の砂の里では、次回開催の中忍試験の打ち合わせが済んで木の葉から帰還したテマリが、
浮かない顔で弟達の前に顔を見せていた。
「我愛羅、ちょっとよく聞いて欲しいことがあるんだ。」
「何だ?帰ってきて急に。」
彼女に改まった態度で声をかけられた赤毛の少年、我愛羅が顔を上げる。 いまや風影の彼は、書類との格闘を一時中断して耳を傾けた。
彼女が改まって何か話をする時は、大抵軽くない用事だ。
場合によっては、仕事が増えるかもしれないという気構えを持って望むくらいがちょうどいい。
しかし、それでも今日はそれが不足していたようだ。
「ナルトが木の葉の機密を師匠から盗んで逃げたらしい。
もうすでに追い忍が出たそうだ。」
「なっ……本当か?!」
がたっと音を立てる勢いで、立ちこそしないものの前のめりに身を乗り出す。
隣に居た兄のカンクロウも息を呑み、一気に緊張が走った。
「ああ、シカマルから直接聞いたから間違いない。私も驚いたぞ。
何でナルトに追い忍なんて……。」
「……何かの間違いじゃないのか?」
ショックを受けて呆然とするよりも先に、次から次へ疑う気持ちが湧き上がってくる。
火影になりたいと公言していたくらいなのだから、
少なくともナルトの愛郷心は簡単に裏切り行為に走るような軽いものではないはずだ。
伝えてるテマリ自身懐疑的なように、我愛羅にもどうも信じられない。
「そうじゃん。そんな事になりそうな原因なんて思いつかないし。
なあ守鶴、お前もそう思うよな?」
「まぁな。」
守鶴と呼ばれた長身でがっしりとした男が、短い返事を返す。
本性と同じ黒い白目と黄金の瞳のコントラストが印象的な彼は、
砂色に鮮やかな青がメッシュ状に混じった癖の強い髪と、
左半身をばっさり切り落としたような黄緑と青の着物の取り合わせが派手だ。
おまけに顔や腕に、瞳同様に本性をうかがわせる青の紋様が刺青状にあるから、顔立ちと相まって非常に野性味が強い。
そのため、人目を引く出で立ちの砂の三兄弟と比べても全く引けを取らない存在感だ。
妖魔の間では風王の異名を取る、砂漠の支配者だけのことはある。
「つーか、そんな大ポカあの冷血狐がさせるとは思えねぇな。
んな、自分が大損な事をよ。」
狐炎がどういう性格か、付き合いが長い守鶴はよく知っている。
仮にナルトが本当に里を追われるような事を企んでいたとしても、少なくとも現状で利益が出ないことをさせるわけがない。
だから我愛羅の横でテマリの話を聞いた瞬間から、もうその話に信憑性が乏しいとちゃんと見抜いていた。
「そうだよな〜……。」
カンクロウがガリガリと黒い頭巾の頭をかく。
この中で飛びぬけた年長者まで言うのだから、もはや信用不能な話というのは確定した。
信用できるのは、ナルトには追っ手が出たという部分だけだ。
「シカマルも首をかしげていたが、
あいつもあまり知らされていないらしくて、これ以上は何も言えないとも言っていた。
ただ、近々火影殿から使者が来るそうだ。」
「そうか……。」
使者が来るという事は、捜索協力を求めにやってくるということでほぼ間違いないだろう。
我愛羅としては気が進まないが、今のうちに対処の草案くらいは考えておかなければならない。
「きな臭ぇな。昔、まゆなしパンダを殺ろうとしてた連中みてぇなのがはびこってんじゃねぇか?
少なくとも、火影の姐さんの考えじゃねぇだろ。
下から突き上げ食らって押し切られたんじゃねぇのか?」
「そんな人に見えるか?ナルトのことは意地でも守りそうに見えるぞ。」
あまり会話を交わしたことはないが、
会議の後などに多少話した限りでは、ナルトの事はかなり気に入っているように見えた。
側近のシズネや弟子のサクラなどからも、彼女が彼の将来に大きな期待をしていることはよく聞いたものだ。
綱手らしからぬ決定に首をひねると、守鶴が露骨にため息をついた。
「おいおい、いくらてめぇより大人だからって、そう何でも好きに出来るわけねぇだろ。
下をあんま無視しまくってたら、自分の首が飛ぶのはどこも一緒だっつーの。
つーか、んな私情ばっかごり押しするような奴じゃ、そのうち寝首かかれっだろ?」
「ああ、それもそうだな……。いくつでもそんな上司だと確かに困る。」
我愛羅は自分の意見を通す時に、いつも年齢が余計な壁として立ちふさがっているせいか、感覚が麻痺していた。
確かによほどトップに強権が与えられている構造でもない限り、
多数の反対にあえばいくらトップの意見でも否決されてしまう。それは年齢に関係ない事だ。
部下の立場になってみれば、知り合いだからと言ってやたらとかばいたがる上司は嫌気も差すだろう。
寝首をかかれる心配はともかく、内部分裂の元になることは極力避けるべきだ。
「少なくとも人間の頭領なんてもんは、ころころ変わるんだからよ。
上は気ぃ使わねぇとすぐそっぽ向かれんだぜ?」
「その点お前は楽でいいな。特別なことをしなくても勝手に部下がついてくる。」
俺はいつも苦労させられているのにと、さりげなく皮肉る。
だが、この程度の皮肉に釣られるような相手ではない。
「そりゃあ、1000年単位の実績って奴だ。
てめぇらみたいなのと一緒にされちゃ困るぜ。代われる奴も居ねぇしよ。」
自信満々な言い草が神経を逆なでするが、1000年単位の実績と、守鶴の代わりが務まる妖魔が狸の中に居ないのは本当だ。
妖魔は完全な実力社会で、高い妖力を持ち、かつ統治力に優れた個体が長となるのが普通だという。
前者が欠けて後者が優れている個体を長とすることはないので、
この世で9体しか存在しないレベルの妖力を持つ守鶴以外、周囲が納得する長は存在しないのである。
一方妖魔王が統治していない種族では、長の候補者の実力が拮抗していると大きな争いとなることも珍しくない。
小さな群単位ではともかく、種族全体を統括する長が代替わりしない種族は、
余計な力を消耗しない分かなり恵まれていそうだ。
「つーか、ほっといても何とかなる優秀かつ忠実な子分共だから、
オレ様がてめぇのお守りする時間があるんだぜ?そこ分かってんだろうな。」
本来なら本拠地で総指揮を取らなければいけないところを、腹心の部下に多くを代行させてうまく回しているのだ。
そうでもなければ、今頃風影邸でのんきに我愛羅と話している暇なんてない。
「ああ、わかってる……チッ。」
恩着せがましい言い方には心底腹が立つが、
長として未熟な我愛羅が守鶴の手を借りる局面は密かに多いので、あまり表立って反論もできなかった。
それにそれ位なら、ナルトの件について気を揉んでいた方がまだいくらか有意義だろう。
そう思い直して、我愛羅は適当な白紙に今の話を軽くメモにとって机にしまいこんだ。


翌日、テマリが言ったとおり木の葉からナルトを拘束する協力の要請がきた。
同盟の内容に、要請があった場合の抜け忍拘束も原則として協力することが含まれているので、
検討する会議の時間もかからず、その日のうちに回答を伝える運びとなった。
使者としてやってきたカカシ達は書状を受け取った後、夜を待たずに木の葉に帰る慌しさ。
ナルトの事情については、おおむねテマリが聞いた程度の理由しか出なかったが、
木の葉がいかにこの件で慌てているかという事はよく分かった。
普段なら、砂漠の暑さを避けようと帰りは夕方まで待つことが多いのだが、それすら惜しかったようだ。
一方我愛羅は仕事が終わった後、守鶴と共に風影邸の奥にある、
自分の許可がないと一切の立ち入りが認められない区画に足を向けた。
目的の部屋に来てノックをしてから扉を開けると、寝室兼居間と台所が繋がった空間が現れる。
そこには、テマリと同じ黄朽葉色の髪を肩で切りそろえた、孔雀石の瞳の清楚で美しい女性が居た。
とっくの昔に死んでいるはずの我愛羅達3兄弟の母・加流羅である。
「お帰りなさい。今日も大変だったでしょう。」
やってきた息子と守鶴を、優しい柔らかな笑顔で出迎える。
今日がいつにもまして緊張を強いられた日のせいか、我愛羅はホッと肩の力が抜けた。
「どっちかって言うと憂鬱だったよ、母さん。」
「そうなの。お茶を入れるから、そこに座っててね。」
加流羅はそういって、奥の台所でお茶の仕度を始めた。
そうしているとまるで生き返ったかのように見えるが、実は守鶴が使う偽体の法という妖術で実体を得ている。
偽体とは、簡単に言えば一番肉体に近い性質の依代だ。
人型に切った紙の形代などと同様に、肉体を持たない霊体が実体化する媒体として使われる。
通常の形代では再現できないような生き物らしさの再現力を誇り、
例えば怪我をすれば血を流し、食事をすれば味を感じるといったところである。
普通なら偽の体と気づかれないどころか、憑依している本人も意識しない程高レベルなものだ。
それだけに使い手も限られる上に維持に使う力の消耗も多いのだが、そこは高い妖力を持つ守鶴の事。
本来ここぞという時に短時間しか使わないような術でも、恒久的な維持に差し障りは出ないようだ。
彼曰く、作れば後は楽だし作る時に一番妖力を食う、だからだろう。
ちなみに、守鶴や狐炎もこの術に憑依の法という術を併用することで、封印されていながら意識を外界に出すことが出来る。
人柱力に使われる封印術は、いずれも人間側に妖魔のチャクラを流せる仕組みを持つので、
裏を返せばそれがチャクラや妖力が素通しの抜け道というわけだ。
ナルトが自分の意思無しで、狐炎からチャクラを与えられたことがあるのがいい例である。
また、我愛羅が守鶴の本性に変身できるような大きな力を行使できるのだから、
封印といえども力を放出するだけなら制約が薄いものだ。
特に妖力に関しては忍者の封印術で想定されていない要素のため、ある意味やりたい放題なのかもしれない。
「はぁ……。」
「はい、お茶をどうぞ。」
昼間のことを思ってため息をついていると、加流羅が入れたての茶を運んできてくれた。
2人の前にそれぞれ置いてから、彼女はお盆をテーブルの脇においてから腰掛ける。
「ありがとう。」
「ありがとな。」
胃の痛い仕事の後の温かいお茶の味が、我愛羅は密かに好きだ。
昔は味わえると夢にも思わなかった、母の手によるものだからかもしれない。
今ではこうして隠していないといけない存在とはいえ、触れるし話も出来るのだから、
お互い僥倖と言っていいくらいの幸運に違いないだろう。
何しろ昔の彼女なら砂が媒体だったから、我が子達を見守るほかは守鶴と話をすること位しかできなかったのだ。
「出しちゃってからなんだけど、あなたはお酒の方が良かった?」
つい2人一緒の物を出してしまったものの、
酒豪の守鶴は夜にはいつも強い酒をたしなんでいるから、そちらがいいなら替えてくるつもりでたずねた。
「いや、別にそんな事はねぇよ。
オメーが入れてくれたんだしな〜。」
「ドサクサ紛れに何してるんだこのエロ狸!」
わざわざ彼女の分の偽体も作るほど気に入っている、
もとい惚れて可愛がっているだけあって、単なる気遣いで終わっていいはずの返事ものろけに早変わり。
その上ちゃっかり加流羅の髪に触った守鶴に腹を立てて、我愛羅は反射的に茶たくを投げつけた。
「おっと危ねぇ。フリスビーやりたいんなら外行けよな。」
「うるさい茶化すな!大体お前は本当に油断も隙もない。さっさと砂漠に帰れ!」
飛んできた茶たくを指で挟んであっさりキャッチする余裕は、我愛羅の怒りに余計油をそそぐ。
兄弟と和解したすぐ後位からの日が浅い親子の付き合いは、
慢性的な愛情不足が長かった我愛羅には、マザコンと揶揄される程母への思慕を深めたのかもしれない。
「お〜ぉ、マザコンの本領発揮してんな。
誰のおかげで、加流羅と一緒に暮らせると思ってんだ〜?」
「……2人共、もう遅いんだからあんまり騒がないでね。」
どちらも加流羅を好きで居てくれるのは嬉しいことなのだが、それで毎回喧嘩になるのは彼女の悩みと頭痛の種だ。
別に心底嫌いあっているようには見えないからまだいいのだが、
出来るなら家族内での喧嘩は自制してもらいたいものである。
仕方ないので、昨日の夜に少し耳にした事を守鶴に振ってみることにした。
「ところであなた。
昨日我愛羅のお友達のことを聞きに行くって言っていたけれど、いつ行くつもりなの?」
「今夜、この後だな。まだ当分昼間が空けられねぇからよ。
ちょっと聞きに行くだけだし、そう長くかからねぇだろ。」
「遥地翔か。頼むぞ、お前しか自由に動けないんだ。」
妖魔が使える遥地翔という妖術は、一瞬で遠くへ移動することが出来る便利な術だ。
ナルト本人に確認しに行くのが一番だから、、これを使える守鶴が真相を確かめに行こうという話になっていたのである。
「わかってるぜ。そんじゃ、ちょっくら行ってくるか。――遥地翔。」
もうすぐに行ってきた方が早いと判断したのだろう。
詠唱を唱えると、守鶴は一瞬でその場から姿を消した。
「ナルト……。悪いことが起きてなければいいんだが。」
「きっと大丈夫よ。悪く考えすぎると、あなたが参っちゃうわ。
今は信じて、あの人の帰りを待ちましょう。」
「……ああ、ありがとう。」
悪く考えすぎるのは、確かによくない。
加流羅の言うとおり、今はただ大人しく知らせを待つだけだ。
まだ残っていたお茶を飲みながら、努めて我愛羅は平静を保っていた。


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丸々一話、一方その頃砂の里。うちで出ている砂メンバーは勢ぞろいです。
テマリは中忍試験の打ち合わせに出向いているようなので、ちょくちょく出かけてそうという事でお知らせ役に。
加流羅ママは仕事の後の癒しです。末っ子がマザコンになるほど効果抜群。
我愛羅によるカンクロウいびり以外は、基本的なこの一家の関係を入れられたので、
結構満足しています。

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