はぐれ雲から群雲へ
                       ―2話・寂しい路銀―


扇形に広げた札を数える擦れた音が、宿の一室で聞こえる。
今後の旅路の質を左右する重要な資金を数えているのだ。
「10……20……30。これで37000両か。
合計38156両。」
数え終わった札を整えて、先に計算が済んでいた分と暗算で合算する。
この金額が、2人の所持金の合計だ。
「なーんだ、結構あるじゃん。」
「たわけ。安宿でも1人一泊1000両だろうが。
食費その他雑費も含めれば、ひと月どころか半月も持たぬ。」
「マジで?!そんなに?!!」
思っていたよりも余裕だと安心したのも束の間、狐炎の口から出てきた厳しい現実に蒼白になる。
2年半も旅をしていたのに、宿代がどれだけかかるか全く意識したことがなかったらしい。
これには狐炎もあきれ返った。
「貴様は何を見ていた……?」
「だ、だってエロ仙人が金払ってるところなんて、いちいち見てないってばよ!!」
一気に相手の立つ瀬を無くす目でにらまれて、旗色が悪くなったナルトはやけで開き直る。
もっともそれでごまかせる相手ではないから、逆効果なのだが。
「これだから阿呆は困る……。まあ、とにかくそういうことだ。
宿代は出来るだけ節約して、野宿生活だな。」
「ま、毎日?!ギャアアアア、か、勘弁して〜〜!!」
「忍者の分際で野宿に怯えるな、大うつけ!
大体、天気がよい時にも宿に泊まるようなぬるい暮らしなどしようものなら、
早々に路銀が尽きて路頭に迷うのは貴様だぞ?
食物がいらぬわしと違って、食べねば死ぬだろうが。」
狐炎は妖魔だから、森羅万象の氣を食べて、というよりは吸収して生きられる。
しかし絵巻物の仙人でも何でもないナルトは、飲食無しでは飢え死にだ。
食物が野山で確実に見つかる保証は当然ないので、優先的にお金が回るのは至極当然。
その現実を分かっているのかという事以前に、忍者が野宿で悲鳴を上げるとは情けないにも程がある。
「ううっ……せつないってばよ。」
「案ずるな、野宿程度で死にはしない。それをいうなら野山の獣はどうなる。
それより、ここを出たら人柱力の情報を得ねばならぬな。」
「あー、そうだってば。……あれ?
でもあっちこっち行ったけど、そういう噂ってなかった気がするってばよ。」
「我愛羅の噂が、木の葉崩しまでは木の葉の里に流れなかったのと同じだ。
人柱力が里の兵器として扱われるなら、軍事機密に等しい。
存在はともかく、詳細を吹聴する里はおらぬだろう。」
たとえペースが遅くても量産が可能な通常の武器や兵器と違い、
人柱力はいわば一点物の取って置き。
しかも無機物ではないのだから、情報が漏れて対処法を講じられたからといって、
それに対抗するために改良できるようなものではない。
能力や人相など、個人データは徹底的に隠したいだろう。
「えー、じゃあ手当たり次第忍者の里で聞き込み?
時間かかりそうだけど、しょうがないかな〜……。」
毎日野宿で見せたリアクションよりは、ずいぶん物分りのいい反応だ。
やらなければ進まないから、本人なりに納得しているのだろう。
「いや……まずは特異な能力の持ち主、あるいは実力が高い忍者の情報を探して洗った方がよいな。
人柱力は任務には出されておるはずだ。
戦った経験の持ち主から、それらしい情報は流れておるだろう。
第一、いきなり忍びの里に潜入するのは危険がある。」
いかに取って置きの兵器と言っても、人間なのだから実戦経験を積まねば役には立たない。
立場を隠して、通常の任務に投じられることが必ずあるはずだ。
外に出ればどこかから大抵何かしら情報は流れるから、
それを捕まえて分析すれば少しは近づきやすくなるだろう。
「そっか〜……。あ、ビンゴブックとかどうだってば?」
「お前にしてはまともな案だ。
……確かこの辺りに、裏の施設があるという。賞金首を調べてみるとしよう。」
ナルトが言うように、ビンゴブックには他国から目をつけられるような強い忍者がたくさん載っている。
高額の賞金首には、ただ者でない能力の持ち主がかなりの割合で含まれるはずだ。
しかし、ナルトも狐炎もまだそれを持っていない。
ひとまずそれを入手するため、宿を出た2人は賞金首の情報を取引きする設備を探しに路地裏へ足を向けた。

―賞金首情報所―
薄暗い路地裏の奥にある、一見するとただの廃屋にしか見えない建物。
その裏手に隠された入り口から階段を下りると、そこはいかにも柄の悪そうなごろつきなどが集う空間がある。
ここは賞金首とされた人間、つまりお尋ね者の情報を扱う店だ。
国、忍者の里はもちろん、個人や団体からの依頼の受付、
賞金首の情報提供、そして見事身柄の確保なり殺害なりに成功した人間には、
依頼主と仲介して成功報酬の支払いまで、一貫して行っている。
用心のために妖術で適当な顔に変えてから入ると、早速声をかけられた。
「おや、見ない顔だな兄さん達。
なんだぁ?そんな顔してあんたも狩ってるのか?」
こういう場所柄で新顔は珍しいようで、カウンターに近づいただけで店主の方から声をかけてきた。
「まぁ、そんなところだ。ああ、主人。
この携帯用の手配書は勝手に見ても構わぬか?」
「確認なら構わないぞ。」
構わないということなので、カウンター上においてあった見本をざっと斜め読みする。
ピンからキリまで、様々な賞金首の情報が多数掲載されていた。
これなら、金を出す価値はある。
「ふむ……なかなかだな。もらおう。」
「700両だ。ああ、それとそこの情報はいつもちょっと遅れてんだ。
壁の方に最新情報があるから、そっちも見るんだな。」
「すまぬな。」
狐炎はいったんカウンターを離れて、今度は壁の情報と照らし合わせながらじっくりと眺め始める。
すると、横からナルトが声を潜めて話しかけてきた。
(何か怪しい人はいるかってば?)
(早速お前がお尋ね者だぞ。)
(ギャー!全然嬉しくないっ!!)
確かに壁の新着リストの端に、堂々とナルトの人相書きがある。
しかし最近里内で顔を見たのが自来也しか居ないせいか、妙に顔が幼い。
その上、値段が10000両台とかなり安かった。
この価格帯は最低水準なのだが、下忍だからだろうか。
嬉しくないのはもちろん、ナルトは色々な意味で複雑な気分になった。
(てかこれってば、抜け忍扱いって事?)
(そのようだな。生け捕りだと大幅に上乗せするらしいぞ。)
生け捕りで上乗せする額は、最低でも基本額の2倍というのだから豪気なことだ。
せめて生きて帰ってきて欲しい綱手の意地なのか、他の要因なのか。そこまでは推測しきれないが。
(トホホ……。でさ、それいい情報ある?)
取りあえず気を取り直して、有益な情報探しをしようと思ったナルトは、
自分も壁の賞金首情報を眺めながら、それらしいのがあるかとたずねる。
(まあ、待て。)
「よう、何かお探しものか?」
ひそひそと話をしていると、新顔に気がついた常連らしき人相の悪い男が声をかけてきた。
「色々とな。ところで、最近この辺りはどうなのだ?
遠方では暁という組織が裏で動き回っていると聞くが、この近くもか?」
「あ〜、あいつらな。高額の賞金首を無傷で捕まえちゃあ持ってくる、凄腕の連中だろ?
最近じゃなんでも、化け物って奴を探してるらしいな。」
「あいつら有名なの?」
何をしている組織と言わなくても通じたという事は、暁は裏社会で有名なようだ。
悪人同士は知ってるものなんだなと、密かにナルトは感じた。蛇の道は蛇、という事か。
「ああ、知らない奴はいないって。あいつら自身も賞金首だし。
……ひょっとして、狩る気かい?」
「フッ、まさか。命がいくつあっても足りぬ。」
ご冗談を。とでもいう調子でさらっと冗談を受け流す。
実際には全くそんな事は思っていないが、これも社交辞令というものだ。
当然向こうも分かっているので、予想通りの返事で安心したように大笑いする。
「ははっ、そりゃそうだ!あいつらこそ化け物みたいなもんだからな。
昔、1人で砦を落としたような連中ばっかりだろ?」
「そうらしいな。やれやれ……会いたくないものだ。」
「おっちゃんは会ったことある?」
もしかしたら見かけたことくらいあるかもしれないと思って、ナルトは横から話を振った。
暁の構成員は、イタチと鬼鮫位しか見たことがないので、
他のメンバーを見かけたことがあるならありがたいのだが。
「あ〜……ないな。あいつらはよくわからんっていうぜ。」
「なるほど。色々とすまぬな。」
「いやいや、気にすんな。」
どうやら見かけたことまではないらしいが、別に損になる会話ではなかった。
暁の情報も、そう簡単には手に入らなさそうだ。


換金所を後にした2人は町を出て旧街道を歩いた後、
そこから少し外れた位置にある廃村の中の1軒を拝借して宿にすることにした。
放置されて長いらしく、扉が片方消えた開放的過ぎる玄関はもちろん、
壁も窓も素晴らしすぎる通気性を誇り、天井には採光性のみ抜群の天窓が生まれているような、はっきり言えば完全なボロ屋だが。
「とりあえず、ある程度の情報はこれで見当をつけるとして、だ……。
火の国を出る前に、緋王郷に寄る。」
「お前んちに?」
緋王郷は、狐炎の本拠地である稲荷山という山の側にある歴史ある宗教都市だ。
火の国なら木の葉の里以外はどこにでもある、
稲荷神社の総本宮・緋王郷稲荷大社があることで知られている。
「そうだ。
この先身分証を求められた際に、まさか忍者登録証を出すわけにいかぬだろう?
作らせておこうと思ってな。」
緋王郷に住む人間は妖狐を友とし、狐炎を祭神と崇めるため、その命令には忠実に従う。
また、木の葉を祭神を封印した不倶戴天の敵と忌み嫌い、
木の葉の忍者は出入り禁止で依頼も出さないという徹底ぶりなので、一時滞在する分には安全度は高い。
この辺りの土地事情をナルトは以前聞いているので、
急いでいるのに寄り道かという点については非難しない。
しかし、引っかかることが1つある。
「それってさぁ……偽造とか言わない?」
「他に手はないのだ。仕方あるまい。」
「お前ってば、最初に出てきた時も自分の戸籍作らせてなかったっけ?
よく怒んないってばよ……。」
ちなみにナルトは知らないが、戸籍や身分証の偽造は公文書偽造という立派な犯罪だ。
発行元の自治体がこれをやってしまっているから、完全犯罪と化しているだけである。
命令する方もする方だが、速やかかつ完璧に遂行する方も大胆不敵だ。
「あやつらの先祖が、我が領地に移住した折からの契約だ。
当時希少な安全な土地の居住権を得る礼として、わしら狐の配下となり協力するというな。
それを末代まで守るという契約を全うしておるだけだ。」
「えー、でもさ、実質ただ働きじゃないの?
ずっと住んでるだしさ〜……。」
安全な土地の居住権は本来かなり魅力的だが、平和な時代に育ったナルトにはいまいちピンと来ない。
ナルトに限らず、誰しも生まれた環境が当たり前なのだから、
それが対価と考えにくくなるということはもちろん狐炎も知っている。
「そうならぬように、先か後に報酬は与えておる。
あやつらの都合を後回しにさせるのだからな。それ位は当然だ。」
「ふーん……そんなもんか。」
「ついでに、前も言ったが祭りの手伝いくらいはしておるぞ。」
「お前がどう手伝ってんだか、毎回すんごい気になるんだけど……。」
ナルトが旅をしている間にも彼は季節の節目で時々抜け出していたが、
具体的な中身まではよく知らない。一体どんな作業を請け負っているのだろう。
「計画の打ち合わせと段取りだ。
部下はそれこそ、設営も接客こなすがな。悪くはないぞ。」
祭りの華やいだ雰囲気というものは、種族の壁は関係なくなる楽しさだ。
毎年の風物詩とあって、たとえ妖狐であっても参加したくなるものである。
狐炎の部下も、契約している人間の手伝いをしたり、観光客の案内をしたりと積極的なのである。
さすがに彼らを束ねる狐炎は、その様子を見守る程度にとどまるが。
「この時期って何かやってる?」
「町全域に及ぶ規模のものはないが……。
それ以前に、貴様は何をしに行くつもりか聞かせてもらおうか。」
「すんませんごめんなさい、遊びに行くんじゃないのは分かってるから、
そんな目で見ないでってば!本とマジで。」
「分かっていればよい。」
「ううっ……ちょっとしたジョークなのに。」
「修行の他は、食うことと遊ぶことしか頭にない輩がよく言う。」
下手な言い訳はかえってどつぼにはまる。
ナルトは皮肉にも我が身でその好例を示すこととなった。
これについては、もうぐうの音も出ない。
「だからさ……ゴキブリみたいなのを見る目で、おれを見んの勘弁してってば!」
「あいにくと、わしはお前のような馬鹿が嫌いなのでな。」
「しくしく……。」
ナルトは今日もめいっぱいへこまされながらも、
口で擬音を出す余裕だけは残っているようだった。
今夜の寝床は、廃屋という悪条件を差し引いてもわびしそうである。


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間違えてリンク繋いだまま前回をアップしてたような……はははorz
まあ細かいことは置いておきます(※全然細かくない
ボロ屋の描写は書いていて楽しかったです。
追い出された割に悲壮感がないですが、まだ切迫していないせいか、はたまたそれどころじゃないからか。
今のナルトは、何よりまともな寝床が欲しいなーというのが本音かもしれません。

(2009/1/1 欠けていた描写を少々加筆)

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