はぐれ雲から群雲へ
                     ―1話・熱血下忍と冷血策士―

ナルトがサスケを連れ戻すために力をつけようと、自来也と修行の旅に出て早2年半。
各地で修行の日々に明け暮れ、見聞も広めただけでなく、時にはトラブルに巻き込まれたりとめまぐるしい日々。
だがそんな日々も、もうすぐ終わりを告げようとしていた。

火の国の首都にある一軒の宿で、木の葉への帰還を控えたナルトがくつろいでいる。
一足先に戻って、久しぶりとなる木の葉の様子を確かめに行くといった自来也の帰りを待っているのだ。
「あー……もうこんなかぁ。」
ごろごろと宿のベッドで転がりながら、ナルトが眠たそうな声で呟いた。
「サクラちゃん達、元気かな〜……。てか、エロ仙人遅いってばよ!
後何日ここに居ればいいんだってば……ったく〜。ねぇ?」
火の国の首都から木の葉までは、そう遠くない。それなのに、もう1週間もここで足止めを食っていた。
少し様子を見に行くだけなら滞在は一日で十分だろうに、一体どこで油を売っているのかと愚痴をこぼしたくなる。
ナルトが話を振った若い男は、それに同意してうなずいた。
「確かにな。気になる話とやらの裏づけにでも手間取っておるのか……?」
先程までは木彫りの細工を作っていたが、それも終わったのだろうか。
暇をもてあましているナルトと同じような心境らしい男は、窓辺でこれまた退屈そうに頬杖をついている。
彼は橙色の長い髪を結い上げて三等分にして垂らし、
こめかみから垂れた部分だけが赤みを帯びた黒で、色も髪型も珍しい。
さらに切れ長でつり上がった瞳は柘榴石の深い赤で、
裾に赤い線が入った山吹色の着物を着流し風にまとった長身。
整った顔立ちはさぞかし人目を引くことだろう。
だが正体は九尾の妖狐と恐れられ、火を司る妖魔王の一人・狐炎だ。
ナルトが自分の力を引き出せる構造を利用して複数の妖術を使い、仮の体である偽体に精神を移している。
今回の旅にもこの姿で同行しており、ナルトにとっては口うるさい皮肉屋の身内だ。
だが彼を「うつけ者」扱いするだけあって、頭は非常にいい。

「……ところで、暇があるのならたまには勉強でもしたらどうだ?」
「え〜、絶対やだし……。あれ、蛙?」
勉強という言葉に脊髄反射で気が滅入る。
しかしそれも束の間。部屋にぴょんと飛び込んできた蛙に目を丸くした。
よく自来也が呼んでいるタイプの蛙だ。やっと連絡が来たかと思い、取りあえず蛙の方を向いて座りなおす。
「ナルトちゃん、自来也ちゃんからの伝言じゃ!」
「え?帰ってこいって?」
気になる話の件が終わったから、お前も来いという事なのだろう。
そう解釈したら、蛙は即座に首を横に振った。
「逆じゃ〜!今、木の葉に帰っちゃいかん!そう言いに来たんじゃい。」
「ええーっ?!な、何でだってばよ!話が全然わかんねーって!」
「だから、これからそれを説明するんじゃ!」
思いがけない宣告にナルトは仰天した。一体木の葉で何が起きているというのだろうか。
動揺してまごつくナルトを無視して、冷静な狐炎が横から口を挟む。
「内部でよからぬ勢力が動いておるのか?」
「まあそんなところじゃ。しかも、自来也ちゃんが調べてる間に大変なことになってしもうて・・・。」
「大変なことだと?言ってみろ。」
なにやら口ごもっている様子からするに、よほど厄介な事態なのだろうか。
当然いい予感がするわけもなく、狐炎は眉をひそめる。すると、蛙は困った様子でこう言った。
「それが、ナルトちゃんが帰ってこないのは、
九尾の封印が取れかけて危ないせいだっちゅー噂が流れて、里中が大騒ぎなんじゃ。」
「え、ええーっ?!な、何で?!
どこをどうしたらそんな噂が流れるんだってばよ〜〜!!」
「様子見のためとはいえ、自来也が1人で先に帰ったのが裏目に出たな。
すぐに戻ればどうという事もなかったのだろうが、手間取っておっただろう。
その間に、お前をよく思わぬ輩が言い出したというところだな。」
ナルトに施された封印が解けることは、木の葉が最も恐れている事態だ。
どこをどうしたらなどとナルトは言うが、物事を少し邪推する人間が居れば簡単に流れる類の内容に過ぎない。
だがこの手の噂は、ひとたび流れればあっという間に里中に広がり、
民衆の不安が高まって収拾がつかなくなることがままある。
当のナルトにはたまったものではない。
「そんなの言いがかりだってばよ!なあ狐炎、何とかなんない?!」
「無理だな。不安を抱いた大衆というものは、そう簡単に警戒を解かぬものだ。
煽る情報にこそ踊れ、なだめる声などには聞く耳を貸さぬ。
火影が言ったところで同じだろう。なまじ、お前と付き合いがあるからな。」
群集心理というものは実に厄介で、負の感情を増大しやすい傾向にある。
たとえ綱手が直々にその心配はないという宣言を出したところで、一度高まった不安が不信感に変わるだけだ。
もとより上層部が庶民を不安にすることを言うわけないのだから、身内の情で隠蔽していると思われるのが関の山だろう。
「それって、えーっと……何ともなんないって事?」
「端的に言えばそうだ。」
少なくとも事態を収拾する気があれば、自来也から正しい情報を聞いている上層部がとっくにどうにかしているだろう。
九尾襲来が15年前で、当事者が大勢生存しているというのも邪魔している。
脅威が現実的なのだから、そうおいそれと安心出来れば苦労はない。
「ううっ……何でおれがこんな目に〜〜!!」
幼い頃に大人につまはじきにされたことはあるが、さすがに帰る事さえ出来なくなったのは今回が初めてだ。
寝耳に水の理不尽な状況に、ナルトは歯軋りするしかない。
「ひょっとすると、里の庇護を無くすための暁の情報操作かも知れぬ。
大勢に守られているよりは、少数の方が狙いやすいからな。」
「マジで?!くっそ〜、あいつら〜〜!」
あくまでも可能性の話だが、陰謀だとするならますます卑怯で許せない。
向こうに言わせれば、捕獲を容易にするための効率的手段という事なのだが、
ナルトにしてみれば故郷での信用ががた落ちになったのだから、たこ殴りにしても気が治まらないだろう。
「悔しがっている暇は無いぞナルトちゃん!
今日中にこの町を離れて、出来るだけ木の葉から離れた方に行くんじゃ!
そのうち、暗部の追い忍が出るかも知れんからの、何があっても帰ってきちゃいかん。
自来也ちゃんからの命令じゃ。」
ここで怒っていても何も始まらないと、蛙が叱責した。
ナルトは知らないが、木の葉の上層部には彼をよく思わない人間も少なからず居る。
もし弁解などの理由で木の葉に帰ってこようものなら、罠にかけられるかもしれない。
自来也としては、今は絶対にナルトを木の葉に戻せないのだ。
「そっちはどうするんだってばよ?連絡とかはいいわけ?」
「いいも悪いもあるか。うかつに連絡は取れぬぞ。自来也に連絡を入れれば、そこから足がつく。
そうなれば、我が身のために追っ手は殺すほかない。例え知り合いであってもだ。」
経験から言って同期の忍者を使う可能性は高くないが、
ナルトの事をよく知っている上に実力があるカカシなどの上忍なら、追っ手として立ち塞がる可能性は高い。
狐炎はもちろん殺しに躊躇しないが、ナルトにとっては悪夢だろう。
「そうじゃな、連絡は無理じゃろう。だがワシらはナルトちゃんの事は信じとる。
だからこっちは気にせず、とにかく逃げるんじゃ。
それでももし何かあったら、自来也ちゃんに連絡を取るんじゃ。親戚の兄さん、頼んだぞ!」
それだけ言って、蛙は消えてしまった。
慌しかったが、それも長くここに留まるわけには行かない事情があったのかもしれない。
自来也がどういう風に命令したか分からないので、あくまで推測の域を出ないが。

「はぁ……これからどうするってばよ?」
いきなり放り出されて、ナルトは途方にくれたように肩を落とした。
もうすぐ故郷で知り合いと再会できると楽しみにしていただけに、そのショックの受けようは並大抵ではないだろう。
だが、早く明日からのことを考えなければいけないのだから、落ち込む暇もない。
「まずは、言われたとおりここを離れて他国との国境付近を目指す。国外へ脱出する他ないからな。
それに、暁のこともある。当分は長く一つ所に留まってはいられぬな。」
「あいつら……おれを狙ってんだよな。」
「そうだ。だが、狙われる人柱力はお前1人では済まぬ。
わしが旅の間に部下に調べさせた情報によれば、最低でもお前を含め8人居るのだ。
無論そやつらも全て暁が狙っている。
放っておけば、手に落ちる者も出るやも知れぬぞ。」
「!」
かつて暁に手も足も出なかった事は、ナルトもはっきり覚えている。
自来也を相手に戦った彼らが他の人柱力に対して脅威となりうることは、ナルトにも簡単に想像がついた。
「それだけは何としても避けねば、後々面倒なことになる。
奴らがどうわしらの力を利用しようと目論んでおるかは知らぬが、こちらに何一つ特にならぬことは確かだ。」
「確かにあいつらは悪い奴らだし、嫌な事になるってのは分かるってばよ。
それに、捕まったらどんな目に合わされるかわかんないし……。
でも、どうする気だってばよ。みんなどうせばらばらだし、どうやって守る気なわけ?」
ナルトが知っている限り、自分の他には砂に我愛羅が1人居るだけだ。
という事は、似たような感じで各地の忍者の里に散らばっているのだろう。
このままでは危ないが、バラバラに住んでいるのでは守りようがない。
「そうだな、各国に散り散りだ。
守るなら、手っ取り早く味方に引き入れてしまうのが得策だろう。」
「仲間にしちゃうって事?マジでやる気?!」
「手をこまねいて見ているよりはマシだ。
里がきちんと守る保証もない。それならば、互いに寄り集まった方がよほど安全だ。」
確かについさっき、ナルトは里の保護を心無い噂で失ったばかり。
もし狐炎の推測が本当なら、今は里の保護下にある他の人柱力が居たとしても、彼らはそれが永久である保証がどこにもない。
「でも、そう簡単に仲間に入ってくれると思うわけ?
会った事もないし、ちょっと想像つかないってばよ。」
会っていきなり仲間になってくれといわれても、そう簡単にうんと言ってくれるとは思えない。
狐炎のことだから決して無策ではないだろうが、それでもナルトは懐疑的になる。
「難しいからと言って、やらぬのは愚の骨頂だ。
信用できぬ輩が居る上に、目立つような場所に置いておくことよりは数段マシだとは思わぬか?
木の葉のような大きな里にも、暁の手の者が潜り込んでおったのだぞ。」
今回の件を抜きにしても、かつて里の中に堂々とイタチと鬼鮫が侵入したことがあったのだ。
他の里でも同じ事は十分起こりうる。
「う、うーん……。まあおれってばもうしばらく帰れないし、他に何もすることないもんな〜……。
よし、決めたってばよ!」
うんうん難しい顔をしていた時の空気をいきなり跳ね飛ばして、ナルトは椅子から急に立ち上がった。
腹は決まったようだ。
「やってみるか?」
その気になったかと、ほくそ笑んでいるようにも見える狐炎の顔。
だが、乗せられた気はあまりしない。
「何にもしないのはおれらしくないし。
あ、でもどうすりゃいいか全然わかんないから、お前もちゃんと手伝うって約束しろってばよ。」
「案ずるな。貴様に知恵は期待しておらぬ。」
「何その言い方?!すっげーむかつくってばよ!」
どうしていちいち引っかかる言い方をするのかと、眉を逆立てて憤慨する。
狐炎は皮肉屋だからこういうものの言い方はしょっちゅうだが、だからと言って慣れるわけではない。
むしろ毎回腹が立つ。しかし敵は、外見こそ若くても齢数千歳の妖狐。
ナルトの反論を鼻で笑う。
「ふん。文句があるのならば、その短慮軽率な性格とすぐに頭に血が上る癖を直してみせろ。
お前のような輩に段取りから全て任せておいては、成るものも成らぬ。
出来る部分だけはやってもらうがな。」
「それってパシリ?」
ろくな報酬も無しにあちこち駆け回る自分の姿を想像したのか、一気にナルトの気分が萎えた。
低ランク任務でブーブー文句を垂れる彼なら当然の反応だが、
短絡的な思考回路に狐炎の目は冷たい。
「実働部隊と言え。もっとも、わしとて後方で頭だけを使っていられるわけでもないからな。
仕事の量が違うだけだ。」
「2人だもんな……あーぁ……寂しすぎるってばよ。しかも、こんなちょ〜性格悪い狐とって……。」
「お前の面倒を見ねばならぬわしこそ、こぼしたい心境だ。」
「今更それ言う?」
冷たい言い草が、ぐさりと心に刺さる。
狐炎と現在のような形での付き合いをしているのは中忍試験終了以降だが、
その時分からすでに散々面倒をかけて怒られた記憶が蘇る。
毎度容赦のない冷たい目で見下され、へこまされた回数は両手で利かないほどだ。
おかげで、負けず嫌いの彼が反抗するのを諦めたほどである。
「あ〜、とりあえずさぁ……ここ離れなきゃいけないって事は、明日の宿どうするってば?
おれってばお金ないんだけど。」
「わしとて、そう持ち合わせは多くない。当てにはならぬぞ。」
「え〜、マジでー?!そこはガッツリ持っててくれってばよ〜!!」
さりげなく金銭管理がしっかりしている狐炎を当てにしていたナルトは、今度は大声を上げて非難し始める。
自分の持ち合わせの少なさは棚上げで、いい根性と言えばいい根性だ。
「……お前の修行の旅に付き合っている間にできる仕事に、そう稼ぎが多いものができるように見えるか?
たかが日雇いの賃仕事で。しかも、その町から遠出は出来ぬという制約付きだ。」
「……。」
確かに、その縛りではろくな仕事が出来そうにない。
数日から長くても2週間で次の町に移るような生活の中で、日雇いの仕事をしていた方に驚くべきだろう。
修行三昧のナルトや、情報収集とナルトの監督にいそしんでいた自来也を横目に、
仮にも妖魔の王が何で所帯じみた行動に走っているのか、部外者が聞いたら真っ先につっこんでくれそうではあるが。
「少しは考えろ。この大うつけ者め。」
「は〜ぁ……。こんなんで大丈夫かな、おれ達。」
2人の性格が水と油なのは、今に始まったことではないのでこの際どうでもいい。
問題は当面の資金がいくらあるかという、その一点だ。
とりあえずはこの宿を出る前にお金を数えておこうと思った2人は、
どちらが言い出すまでもなく無言で自分の財布を手に取った。


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二部パラレルの長編です。いきなり木の葉が敵に回ってナルトはトホホ。
頼みの綱が嫌味ったらしい冷血狐という残念感漂うスタートです。
ちなみに「付き合い(中略)中忍試験終了以降〜」のくだりは、狐日和をご覧の方ならその流れと思っていただいて結構です。
そうでない方向けに説明すると、「ある日突然狐が術で実体化した→何だかんだでそのまま同居」です。
1行で済ませてますが、ネタ自体はこれの1話よりも長いです。

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