はぐれ雲から群雲へ
                   ―27話・一筋縄ではいかないもの―

音隠れの施設を見つけてから数日。
人道にもとる研究をしていたこの建物は、ナルト達の拠点へと生まれ変わった。
片付けも一段落し、人柱力達は外の森で軽い運動気分で修行にいそしんでいる。
「孫1号、スカがちと多いぞい。」
的の木に当たった5つの手裏剣と、そこから逸れて刺さった3つの手裏剣。
ナルトが投げた結果を見て、胡坐をかいている老紫が指摘した。
「ずーっと掃除とか片付けばっかりで、なまっちゃったんだってばよ!
ったく、あいつらが無駄に広くしたせいで……。」
投げた手裏剣を拾いながらも、ナルトはしっかり反論と愚痴は忘れない。
そもそもこの数日に限らず、修行の機会は最近多くないので、なまるのはある程度致し方ないことだ。
「文句を言っても仕方ない。使わない棟は潰したんだから、まだ早く片付いた方さ。」
大規模な施設というわけではないが、それなりに大きな研究をしていた研究所だ。
先日狐炎が火を放った実験棟だけでも、地下2階まであった。
そこは一行にとって用がないから、危険な薬剤が残っていないか調べた後、磊狢の術で完全に塞いでしまった。
残った居住棟だけを使うことにしたのだが、それでも一行にはもてあます広さだ。
それを全部8人で片付けたのだから、特に片付け嫌いには面倒なことこの上ない作業だった。
「そうだけどさ〜……。」
まだ愚痴を言い足りなさそうなナルトの相手をよそに、今度はユギトが的の木に複数の手裏剣を飛ばした。
彼女の的は、ナルトが投げた木のすぐ隣。
無駄のない動きで放たれた手裏剣は、全て的の中心近くに刺さった。
「わっ、すごい!」
「すげー、やっぱ上忍……。なあ、何でそんなきれいに飛ぶんだってばよ?」
フウも感嘆の声を上げる見事な手裏剣術。刺さった痕跡もきれいな様子を見て、ナルトはコツを尋ねた。
先程彼が投げている様子をユギトは横で観察していたので、
彼女は少し間をおいて言葉をまとめてから口を開く。
「そうだな、君は少し集中が足りない。複数の手裏剣を連続で飛ばす時も1つ1つ飛ばす時のように集中して投げるんだ。
これを意識して、丁寧な動作を心がけること。それだけでずいぶん違ってくるものさ。
まずは少ない枚数から始めて練習するといい。」
「うー、やっぱそういうオチか……。」
「当たり前でしょ。っていうか、アンタが雑過ぎ。」
「実戦ではちゃんと当ててるんだから、いいんだってば!」
辛口なフウの言い草に、ナルトはすかさず言い返す。
アドバイスを聞いておきながらではいささか説得力に欠けるが、男のプライドというものだ。
気を取り直してもう一頭と思った時、視界の隅にもこもこと地面が盛り上がるのが見えた。
「?」
何かと思ってナルト達がそちらを向くと、地面からひょっこりとモグラのように磊狢が顔を出した。
「みんな〜。あっちで呼んでるから、戻っておいでよ。」
「何か知らせでも来たの?」
フウが尋ねると、磊狢はその通りだとうなずいた。
「うん、お手紙。次の目的地が決まったよー。居間に来てねー。」
早く戻ってくるんだよと言い残して、磊狢はまた地面に潜って帰っていった。

修行を素早く切り上げたナルト達は、まっすぐ居間にやってきた。
中ではすでに、妖魔達4名がテーブルを囲んで待っている。
「おや、お帰り。」
「戻ったか。神疾から手紙が届いたぞ。」
「ふーん。もしかして、居場所教えてくれる気になったわけ?」
戻ってきた全員が空いている席に座った後、フウが少し期待をこめて狐炎に尋ねる。
「ああ。火の国の美葛(みかずら)地方に居るらしい。手紙にそう書かれていた。」
「ふーむ、火の国か。」
老紫があごひげをなでながらつぶやいた。
彼にとっては、可もなく不可もないといったところなので、それ以上は特に何も言わない。
だが、ナルトは思い切り引っかかったので、かなり嫌な顔をした。
「美葛地方って、何で火の国なんかに居るんだってばよー……。」
「そこ、木の葉に近いの?」
あんまり露骨に嫌悪感を表すので、フウが疑問を口にした。
ナルトがこんなに嫌がるなら、相当木の葉の里に近いのではないかと思うのは、自然な推測だ。
彼女は火の国の地理には詳しくないので、狐炎が説明する。
「美葛は火の国の中東部。
川の国の国境付近にある木の葉の里からは遠く、どちらかといえば現在わしらが居る湯の国に近い。
しかし、あそこも広いのだがな……。」
「行った先で、情報を探さないといけませんね。」
狐炎に同調して、ユギトが神妙な顔で言った。
世界のどこに居るかわからない状態から、ある一国の一地方にまで捜索範囲を狭めてはくれたものの、
相変わらず人探しには大変な面積であることに変わりはない。
こちらが探して得た情報ならいざ知らず、本人が手紙で場所を教えるという体裁だと、ほとんど嫌がらせである。
「珍しく、意地悪だ。」
「その割に中途半端に教えてくれちゃう辺りが、実は会いに来て欲しいというツンデレ……。」
「えっ……。」
意味深に顔をだらしなく緩ませた磊狢が、さらりとしょうもない事を口にする。
鼠蛟が露骨に顔を引きつらせた。
「気色の悪い事を言うな。そちらで手間をかける気があれば、会いに来ても構わぬ、の間違いだろう。」
「あーん、炎ちゃんノリが悪い〜。」
「やかましい。」
気持ち悪さで鳥肌が立った気分になった狐炎は、ばっさりと発言を切り捨てる。
否定された磊狢は、人間姿でむじなの時のようにくねくね動いているから、傍目にはかなり嫌な絵面だ。
「気持ち悪いから、くねくねすんのはやめろってばよ……。」
「ちょっと引っ込んでてよ馬鹿むじな!」
「いやーん。」
しつけとばかりに、フウは磊狢の背中を蹴飛ばした。そのおかげで、一応磊狢は大人しくなる。
気持ち悪い行動がなくなったので、周囲は内心安心した。
「で、次はその美葛地方のどこからいくわけ?」
「まずは一番にぎやかな町からだねえ。狐炎は美葛の町から行くって決めたよ。」
扇を手元で遊ばせながら、鈴音がフウに答える。
「美葛の町は、美葛地方の中心となる町だ。本当に居るのならば、情報があるだろう。」
「地道な聞き込みかー。部下は使わねーの?」
「ひとまずはな。使うとしても、目立たぬように少数だ。妙に遠回しな書き様が気になる。
無論、時間がかかるようならば別だがな。」
「気を遣うんか?珍しいのう。」
老紫は狐炎の言葉が意外だと、声音にもにじませる。
今までは、といってもフウの時くらいしか例はないが、今のような事は何も言わず、妖魔達は部下に情報収集をさせていた。
「しかし相手の意図が掴みきれないなら、慎重に対応するに越したことはないでしょう。
下手に刺激するようなことは、避けた方が無難かと。」
その通りだと、ユギトの言葉を鼠蛟が首肯する。
多少の手間はかかるが、そもそも手紙でさえまともに居場所を教えてこない相手なのだ。
慎重を期す位でちょうどいい。
「ところでナルト、お前に我愛羅から手紙だ。」
「え、マジ?見せて見せて!」
先日会ったばかりでも、便りは嬉しいものだ。ナルトは狐炎に催促して、封筒を受け取った。
持っていたクナイで早速封を開けて、便箋を広げる。
“ナルトへ。そちらの首尾は上々か?
こちらには雷影殿から対暁の共同作戦についての書簡が届き、早速会議にかけられた。
だが、年寄り共が揃いも揃って頑固で参った。”
「……我愛羅のところも大変だなー。」
出だしから暗雲漂う内容には、ナルトも苦笑いしかない。
“暁に攻め込まれたら砦1つを失う惨事になりかねないと説明しても、
うちの里が相変わらず人手不足だからと、共同作戦に人を出すことを渋る奴らばかりだ。
説得にも毎回苦労させられる。
俺が舐められているのは重々承知だが、こんな事でこの先里を守れるのか、正直頭が痛い。”
続きも案の定憂鬱さと苛立ちが文面からにじんでいて、里長も大変だと下忍にすぎないナルトも実感する。
長になれば思い通りの政治を出来るだろうと以前は思っていたが、
身近な人間の実情を知ると、地位があろうとそうは行かないというのがよく理解できた。
特に我愛羅は部下の方が何回りも年上だから、苦労は余計増える。
(守鶴ってば、我愛羅が困ってんだからちゃんと助けてやればいいのになー。)
我愛羅が手を焼く里の重役達だって、彼がうまい知恵を貸せば簡単に丸め込めそうなものだ。
ナルトは何となくそう考えた。
「同盟だっけ、これでちゃんと上手く行くの?」
横から手紙を覗き込んだフウが、心配そうにこぼす。
「そんなの、おれには分かんないってばよ。」
政治についてはど素人以下なので、ナルトが彼女の問いに答えられるはずもない。
そもそも砂の里の現状にも詳しくないのだから、当たり前だ。
「でも、我愛羅なら何とかしてくれるって!あいつ、おれより頭いいし。」
「ふーん。」
話半分という調子で、フウはナルトの言葉に応じた。
彼女は楽天的に考える性質ではない上に、我愛羅とほとんど面識がないので、ナルトほど当てにする気分にはなれないが。
それよりも、ナルトが持っている便箋の2枚目に書いてある文字が見えたので、その内容の方に興味を持った。
「ねえ、2枚目のそれって何て書いてあるの?」
「あ、これ?これは……。」


「五影会談か。それを我愛羅から向こうに提案したって?」
母の部屋で椅子に座ってくつろぎながら、カンクロウは向かいの弟にそう言った。
今日は珍しく2人の休みが重なったので、揃って母の元を訪れている。
加流羅に入れてもらった紅茶を一口飲んだ後、我愛羅は問いかけに軽くうなずいた。
「ああ。何とかそれだけは、昨日の会議で年寄り共に了承させたからな。
だから、もう今日の夜明けに鷹丸を雲隠れに向けて飛ばした。
ナルト達にも、狸経由で知らせを出してきたところだ。」
「マジで?よくやったじゃん!」
我愛羅が淡々と語った成果に、カンクロウは素直に感嘆した。
簡単にはうなずかない重役達に意見を通すのは難しいから、それだけで大金星だ。
さらに、この里の伝書鳥で最も優秀な鷹丸をすぐに飛ばすなど、手際の良さには文句の付け所がない。
「各里が一堂に会して警戒する姿勢を見せれば、暁に対する牽制にはちょうどいいからな。
うちが提案して主催になれば、ある程度は仕切れる見込みもある。」
実際の効果は未知数だが、人柱力を持つ里の守りが堅くなれば暁も簡単には攻められないはずだ。
さらに各里で協力体制を築ければ、暁の情報共有や組織の解明もはかどるだろう。
我愛羅は五影会談について、そういった点でいくらか期待している。
「そうかそうか。ほんと、お前どんどん風影らしくなってくじゃん。
俺もいつの間にか追い抜かれそうだな。」
カンクロウは冗談交じりにそう言って笑う。
だが実際、我愛羅が指導者に求められる技能を速やかに習得しているのは事実だ。
「風影になる勉強中に選ばれて、正直どうなるかとか思ってたけどさ。」
「確かにあの時は、俺もどうしようか困ったな。」
我愛羅が風影を志したのは、13歳の誕生日を迎えて以降のことだ。
そこから人との接し方、組織での上手な立ち居振る舞い、伝統的な忍者の兵法も含め、様々な事柄の勉強に没頭した。
果ては守鶴に過去の執務記録まで見せろと迫り、為政者のありようについて具体的に学んでいたのだ。
「10年かけてなろうとしていたのに、あんな急に指名されるなんてな。
あれだけ居る癖に、1人も後継者に手を上げなかった重役共にはまだ腹が立つ。」
「そこが汚いんじゃん。あいつも言ってたけどよ。」
我愛羅もカンクロウも、そろって渋い顔をした。
里の運営を預かる重役には、風影の補佐をする目付け役を始め、様々な役職についた人間が居る。
彼らは風影が空席になっている間、里の運営が混乱しないようにしっかり守っていたが、
自分が一時でも風影に就任するといった人間は、2人が知る限り1人もいない。
「まったくだ。候補者探しには熱心だったが、実は敗戦の始末を適当な奴にかぶせたかったんじゃないのか?
いつもいつも、あいつらは保身と現状維持しか頭にないからな。」
木の葉崩しの件で矢面に立ちたくなかったらしい重役達を、我愛羅は内心意気地なしだと思っている。
それでなくても、彼に言わせれば慎重過ぎて暁への対策をしっかり取り組もうとしないと、そういう認識なのだ。
木の葉崩しの後、風影を空席のまま据え置いたのは、
重役達に言わせれば、以前三代目が急逝した後、四代目が決まるまで空席でも持たせられたのだから、という反論があるのだが。
いずれにしても両者に認識の溝があることに変わりはない。
「話が逸れたな。ともかくこれで、対暁の作戦は一歩前進だ。」
「だな。ここでいったん一息つけそうじゃん?」
「何を言ってるんだ。正念場はまだ続く。練るべき対策だって、まだ残ってるんだ。
今のうちに煮詰めないといけないからな。」
気を抜く事を遠回しに勧めてきたカンクロウの言葉を蹴って、我愛羅は次回の会議に使うための資料を手に取った。
時間が惜しいから、本来休める今の時間も持ち込んでいたのだ。
すると、やり取りを隣の部屋で聞いていた加流羅が、2人の居る部屋に帰ってきた。
息子達をもてなした後にしていた雑事が終わったのだ。
「だめよ、我愛羅。今日は久しぶりのお休みなんだから、ちゃんと休みなさい。」
少し厳しい顔で、加流羅は息子に注意する。
しかし言われた我愛羅は不服そうな顔を見せて、資料を手放すそぶりもない。
「けど、明後日の会議もあるんだ。」
「最近、いつも遅くまで書類仕事をしてるのは知ってるのよ。
休みの日はちゃんと休養をとらないと、いくらあなたでも体を壊すじゃない。」
「だけど――あっ。」
我愛羅の手元から、加流羅が資料をあっさり取り上げる。
強制執行を予想していなかったのか、彼は唖然呆然という顔だ。
これがテマリならいざ知らず、加流羅には珍しい行動だったので、カンクロウも目を丸くしている。
「だめなものはだめよ。
これは後でカンクロウに預けておくから、今日いっぱいは仕事のことを忘れなさい。」
「……。」
反論したい気持ちは山々だったが、こういう時の母の意志は簡単に曲がらない。
それが分かっているので、我愛羅は仕事を続けることを諦めた。母にむやみに逆らっても、小言が増えるだけでいい事はない。
下手をすると、あなたからも言ってちょうだいの一言で、守鶴の方にまで手を回される。
「あ、そうだ。我愛羅、せっかくだから町にでも行かないか?
最近あんまり町に出ないし、たまにはいいんじゃん?」
このまま置いておいても、弟は大人しくしていそうにないと判断したカンクロウは、思いつくままそう提案した。
「そうだな。」
領地の様子をきちんと目で確かめるのも、長としての大事な仕事だ。
悪い誘いではないし、素直に休息する気にもなれないところだったので、おあつらえ向きといえる。
我愛羅は二つ返事で提案に乗った。
「じゃあ、行ってくるじゃん。」
「ええ、行ってらっしゃい。」
席を立った2人を、加流羅が笑顔で見送った。

母の居る離れを後にした2人は、外に出る途中の廊下で、重役の1人と鉢合わせた。
「おや、これは風影様。どちらへ?」
初老の重役は、風影に近い地位を持つ目付け役の1人を務める男だ。
「町に行こうと思っているところだ。」
「そうですか。ところで……。」
「何だ?」
挨拶だけで済ませようと我愛羅が思ってすれ違おうとした時、目付け役に呼び止められる。
「今度の会議の件ですがな。」
「ああ、何かあったか?」
会議の前に何か済ませなければいけない事があれば、それにはすぐに対応しなければいけない。
だから面倒だと思うこともなく、我愛羅は足を止めた。カンクロウも何も言わずに、黙って脇に控える。
「いえ。先日の会議の後、こちらで調べたことについて簡単な報告をと。
ざっと里に入る任務数の推移を確認したところ、やはり早期の作戦実施は、人員の確保が難しいかと……。
任務に当たる人間の数を減らせない以上、上手くやりくりしたところで、里の警備を厚くするだけで手一杯と思われますぞ。」
「そう言うが、暁対策に人を出すことはもう規定路線だろう。
先日の会議で、その件については一応合意を得たはずだが?」
また人員の話かと、とたんにうんざりした気分になったが、我愛羅はそこを努めて抑える。
さすがに、今までの会議で何度も出た部分で呼び止めたとは、彼もあまり思いたくはないことだ。
「それはそうですがな、望ましい時期についてはまだこれから詰める段階でしょう。
その時期について、わたくしは今すぐにではなく、少し時間を置くのが望ましいと考える次第で。
何しろ、高ランク任務の事もありますしな」
「何を言うんだ。里の防護と他国や地下組織への警戒を優先しろという命令は、他ならぬ殿から下されたことだ。
殿の命令よりも、他を優先すべきとお前は言うのか?」
我愛羅は鋭く睨むように、冷たい目を目付け役に向ける。
目付け役の言い方では、金になる高ランク任務の優先順位を少しでも下げるわけには行かないと言っているように聞こえた。
安全よりも目先の資金が大事と言われているようだったので、我愛羅の言い方も自然ときつくなる。
「もちろんわたくしも、殿のご命令を軽んじたりなどしませんぞ。
ですが、里のように大きな組織では、班を1つ出す感覚で動く事はとても難しいのでして。
まあ、この辺りの感覚を掴むまでは、この年寄りでも何年も苦労したものですが。」
―あんた、遠回しに我愛羅がそういう事情を分かってねー奴って言いたいだけなんじゃん?―
自分より立場がある人間なので口には出さなかったが、カンクロウは内心で悪態をついた。
相手が実際にどう思って言っているかは知らないが、好意的に教え諭すつもりで言っているようには聞こえない。
少なくとも、カンクロウはそう感じた。我愛羅も気持ちは似たようなもので、冷めた目をしている。
「現在最低限動かせる人数なら、俺もきちんと調べてある。
作戦実施をどういった要領で行うか、今の状況を踏まえた上での草案も作った。だから、あまり心配はしないでもらいたい。
それに、これ以上込み入った話をしたいなら、明後日の会議で頼む。
廊下でする話でもないだろう。」
我愛羅は整然と、無愛想な声音でに一方的にまくし立てる。
「そうでしたな。では、失礼。」
口ではすまなさそうに言っているが、
目付け役は特に風影に対して無礼なことを言ったとも思っていないので、表情には大した変化もない。
これ以上会話を続ける気が相手にないと確認したところで、そのまま立ち去ってしまった。


気を取り直して外に出た彼らの目を、きつい西日が刺した。すでに昼を過ぎていたので、日差しはより強烈だ。
相変わらず眩し過ぎる砂漠の太陽に少し辟易しつつも、
もう少しすれば夕暮れの買出しでにぎわう通りを2人はのんびりと散策する。
時折挨拶をしてくる人に言葉を返しながら、そのうちにアカデミーの近くにまで足を伸ばしていた。
「あ、風影様だ!」
「こんにちは!」
アカデミー生と思われる黒髪と金髪の2人組の少女が、駆け寄って我愛羅に挨拶してきた。
「ああ、こんにちは。」
「カンクロウ様、今日は一緒にお散歩?」
そばの彼にも、黒髪の少女が声をかける。
「そうそう。ま、気晴らしって所じゃん。」
カンクロウは気分良く笑って、少女にそう返した。
礼儀正しく挨拶をされれば、特別に子供好きではないカンクロウも悪い気はしない。
「お休みなんですか?」
「今日はそうだ。たまにはこうやって、町を見て回るのも俺の勉強だ。」
「ねえ、風影様もお勉強だってよ。」
「すごいよねー。でも、どうしてお勉強になるんですか?」
金髪の少女が、感心した後に不思議そうな顔で尋ねてきた。
彼女にしてみれば、立派な風影が勉強をするというだけでもあまり想像がつかないのに、
しかも町を見回ることがと言われると、さっぱり理屈が理解できない。
この年頃の子供に因果関係を理解しろといっても出来ないことはわかっているから、
我愛羅は出来るだけ優しい声を心がけて説明をする。
「君達がどんな生活をしているか、何か町中に問題はないか、そういう事を勉強している。
風影邸の中でずっと仕事をしていたら、外の様子は見えないだろう?
だからこうやって直接目で見て、一つでも多く町の現状を知る事が、俺の仕事には大切なんだ。
少し分かりにくいかも知れないけどな。」
アカデミーの教師ではないから、どこまで分かりやすく説明できただろうかと少し不安に思いながらも、
我愛羅はなるべく噛み砕いて教えた。
話している間、彼の言葉に真剣に耳を傾けてくれた少女達は、少し考えてから口を開く。
「うーん……。でも、風影様ががんばってるのは分かります!」
「そうか、ありがとう。」
ぴんとは来なかったのだろうが、質問した金髪の少女は我愛羅の努力は理解したので、彼女なりに気遣った。
その心が嬉しくて、この頃ささくれがちだった彼の気持ちが和む。
「うん、わたし達も立派な忍者になって、がんばります!」
「そいつは頼もしいじゃん。頑張れよ!」
『はい!さようならー。』
カンクロウが発破をかけると、少女達は満面の笑みで異口同音に答え、手を振って帰っていった。
我愛羅達も軽く手を振って、彼女らを見送る。
「へへ、将来が楽しみじゃん。」
「ああ。後数年もすれば、一人前の忍者になるだろう。」
2人は口々にそう言って微笑んだ。
アカデミー生は忍者の卵。いずれ大きくなって、里を支える大切な人材になる。
そんな彼ら彼女らの成長は、2人には文字通り後輩の成長なので、心待ちにしたくなるものだ。
「アカデミーの予算も、出来るだけ増やしたいところだな。人材は宝物だ。」
「先生達も、安月給で頑張ってるしなー。」
「そうだな。早く以前の水準に戻したい。」
アカデミーの職員も、里の緊縮財政の中で給料を低く抑えられてきて久しい。
授業に使うものも制約されて厳しいことは、我愛羅もカンクロウも知っている。
人材育成に回す費用はともすれば後回しになりがちだが、
最近代替わりした風の国の大名は予算の増加に前向きだから、遠からず増額できるだろう。
「それにしても、こんな風にのんびり出来るってのは、ほんっと……贅沢だよなー。」
今日も例のごとく仕事で家に居ないテマリを含め、兄弟3人とも多忙の極みだ
おまけに休みが重なることが少ないので、兄弟で町をのんびり散策できるような日はとても少ない。
カンクロウがしみじみとつぶやく気持ちは、我愛羅も理解できる。
「確かにそうだな。これも、幸いにしてうちの里が平和だからこそだが……。」
「ああ、そうだよなあ。最近はあちこちで大事件だもんな……。
あの木の葉がああなるとか、思わなかったじゃん。」
ナルトの件をきっかけに揉める木の葉の有様は、恐らく誰しもが予想できなかったことだ。
木の葉の里は、それまでは特に目立った政治上の不安要素は見受けられなかった。
あくまでカンクロウのような里外の部外者視点での意見だが、事実あの里は安定している方だったのだ。
「そうだな。うちはまだ落ち着いている方だが、滝の事もある。
今の計画を急がないとな。やれやれ……説得の手間を考えると、気が重くなる。」
何とか1つはクリアしたが、まだ第一関門突破程度だ。
たとえば、重役がしつこく追求する人員確保の問題など、上層部の説得以外にも実現には多くの課題が残る。
その1つ1つを片付けなければ、我愛羅の狙いは果たせない。
「ま、少しずつ頑張るしかないじゃん。」
「ああ、もちろん。俺が頑張らないで、誰が頑張るんだ?」
「そりゃそうだけど……怒られない程度にしろよ?」
「分かってる。」
カンクロウが、少し声を潜めて忠告をする。
据わった目で仁王立ちになっている加流羅を想像した我愛羅は、つい苦笑した。


一方その頃、息子達が出て行って久しい部屋で、加流羅は暇潰しに流行物を扱う女性向けの雑誌を読んでいた。
目当てのページを一通り読み終えた後、マガジンラックに立てて片付ける。
そして、ふと壁に2つ並べて掛けられたカレンダーに目をやった。
「うーん……。」
書き込まれた予定で真っ黒なカレンダーを見て、彼女は眉をひそめた。
この部屋に2つのカレンダーが置いてあるのは、片方は3人の子供達の、もう片方は守鶴と加流羅の予定を把握するためだ。
赤い字で書かれた我愛羅の予定の数は、里長だけあってとても多い。
一方で休みはほとんどなかった。長というのは多忙なものだが、最近はそれにしてもと付け足したくなる仕事の量だ。
「奥方様、またお子様の事でお悩みですか?」
乾いた洗濯物を片付けに来た狸の女官が、難しい顔をしている加流羅に声を掛けた。
彼女は加流羅に仕えている侍女だ。困り顔のまま、彼女は声の主に顔を向ける。
「そうなのよ。我愛羅がこの2週間、ずっと働き詰めだから。
今日はやっとお休みだって言うのに、またここで仕事をしようとしてたのよ?」
「あらまあ、またですの?本当に、熱心すぎて困ってしまいますねえ。」
たんすに洗濯物をしまいながら、侍女はころころと笑う。
我愛羅の仕事ぶりは、彼女も知っている。
「ええ、本当に。体を壊しでもしないか心配よ。」
「頑張っていらっしゃいますものね、お母様泣かせな位。」
「あんまり根を詰めたらだめよって言い聞かせたいんだけど、
あの子は頑固だからなかなか聞いてくれなくて困るわ。」
今日は書類を取り上げて無理に言うことを聞かせたものの、出来ればこうする前に、
自分できちんと休息をとって欲しいというのが、加流羅の要望だ。
ところが、もともと真面目なせいか、我愛羅はなかなかそれに応えてくれない。
「力の抜き所がまだ分からないんですよ。皆、慣れない仕事にはそうですから。」
ため息をつく加流羅を気遣って、侍女が優しくそう言った。
「そうね。分かってるんだけど、やっぱり心配で……。」
親の性か、子供の心配はし過ぎないようにと思ってもついしてしまう。
まして我愛羅の抱えている仕事は、年齢と経験に不相応な位大きいものだから、なおさらだ。
彼が倒れるまで働きやしないか、あれこれと気をもんでしまう。
「あの人がそばに居る時はまだ安心できるんだけど、
この間までは理由をつけては出張ばかりさせてたんだもの。つまらない意地ばかり張るんだから。」
「あれにはお屋形様もご立腹でしたものね。ふふふ。」
風影邸に居る時、守鶴は加流羅と過ごす事が日常だ。
彼を母についた特大の害虫扱いしている我愛羅は、そのせいか何かと横槍を入れてくる。
便宜上護衛としてつけているものの、この里なら誰もが知っている通り、我愛羅は自前の砂で守りはほぼ鉄壁だ。
自分の身の安全の心配はほとんどない彼にしてみれば、
守鶴は自分よりも防御が弱く、かつ危険な立場の人間につけたいと思うものである。
そのため、テマリが使者として木の葉の里に向かう時など、
兄弟だけが里外に出る時にも、我愛羅は守鶴を道中の護衛として利用する。
当然彼は文句を言うが、世間では雇われ人なので、不承不承付き合っているのが実情だ。
「うふふ……ああいうところはお年相応で、本当に可愛らしいこと。」
「あの、笑い事じゃないんだけど……。」
確かに少しならやきもち焼きだと笑って済ませられるのだが、今は里に居ても安心できない時期なのだ。
出来るだけ守鶴には里に居てもらわないと、加流羅は困る。
「でも、お話を伺ったところによれば、炎の方の子にお灸を据えられてしまったんでしょう?
聡明なお子なんですから、きっとしばらくはお屋形様もこちらにいらっしゃいますよ。」
「そうだといいんだけど、あの子はあの人を当てにしたがるかしら?
ちょっと、気になるのよね……。」
侍女の言うとおり、我愛羅は賢い少年だ。友人であるナルトの忠告を無碍にすることはないだろう。
しかし、いくら友人から怒られたとはいえ、ちゃんと守鶴を適切に頼るつもりがあるのかどうか、
母親としては何となく心配がぬぐえなかった。


―前へ―  ―次へ―  ―戻る―

美葛地方は、アニメの六尾編で登場した葛城山から字をもらいました。
土蜘蛛一族の里と山の砦がある地方の名前に設定したので、やっぱり関連のある名前にしたかったという。
今回は砂の里の様子を紹介。我愛羅の苦労は多いものの、木の葉と違って町は平穏です。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送