はぐれ雲から群雲へ
                    ―28話・げに恐ろしきは底なし―

美葛地方の中心都市・美葛。この地方の名の由来となった町だ。
ここはかつて葛の生産と加工で知られ、今でもこの地方で取れた農産物の流通を担っている。
葛の生産はほとんどが近隣の町に移っているが、
この町を中心とした地域で取れた葛は、高級品として取り引きされる。
「のどかな所だねー。」
通る人がさほど多くない大通りを歩いている途中で、磊狢が呟いた。
この辺りの中心地であるが、町の空気はどこか牧歌的で、良き田舎町と言った雰囲気をかもしている。
「ここに手がかりあるといいけど、どっから行くってばよ?」
「飯屋。」
ナルトの質問に、間髪入れずに鼠蛟が答える。
「ふっふっふ、わしが事前に調べといたこのリスト!こいつを使って探すんじゃ。
この町のめぼしい店をリストアップしてあるぞい。」
「何それ、大食いチャレンジ店?」
老紫が自信たっぷりに見せた町の地図を、きょとんとした顔でフウが見る。
余白に彼の字で大食いチャレンジ店マップと大書された地図は、多くの飲食店に印付けしてあった。
「銀髪に青紫の目の若い男が来なかったか、聞いて回るのさ。
あのお人なら、絶対にどれか入ったことがあるはずだよ。」
「大食いと聞いていたが、ここまでとは……。」
自信たっぷりに解説する鈴音の横で、ユギトの眉がわずかに引きつっている。
大食いメニューを掲げる店は、どこも生易しい量ではない。
老紫の持っている地図にいちいちどんなメニューが出るかは書いていないが、想像はつく。
「神疾を、馬鹿にするな。あれはもう……異次元。」
「あのさー、何かそういう妖怪居なかったっけ?えーっと、頭に口が2つある奴。」
ナルトの記憶が正しければ、昔話にそういう妖怪が居たはずだ。
頭に隠れた口で、ご飯を人の倍以上も食べてしまう大食らいの妖怪が。
「んー、二口女のこと?」
「そう、それ。」
磊狢の答えでやっと思い出したナルトが、相槌を打った。
それはともかく、もう一つ事前に調べておくべき大事な情報がある。
「相方の情報は何か無いの?確かユギトが調べるって言ってなかったっけ?」
「手配書から、霧隠れの抜け忍をリストアップしておいた。
あの里がかつて六尾を所有していたから、この中の誰かが人柱力のはずだ。」
フウに尋ねられたユギトが、すぐに手配書を取り出した。似顔絵が入った紙は4枚。
それぞれ、30代前半の淡い茶髪の女、20代後半のくすんだ青い髪の男、
20代前半の茶色がかった黒髪の男、40代近い金髪の男となっている。
「4人もいんの?」
この中から正解を探し出すのを面倒に思って、ナルトが嫌な顔をした。
彼はてっきり、もっと人数を絞っていると思っていたのだ。
「これでもユギちゃんは相当絞った方じゃ。
あそこは昔無茶苦茶やっとったから、愛想尽かして逃げた奴も多いんじゃぞ。」
「あー、あの卒業試験で殺し合いの事?」
ナルトには思い当たる節がそれ位しかないが、恐らくそれであっているはずだという確信がある。
思い切り眉間にしわを寄せて、苦い顔をした。
「そうそう、そいつじゃ。その時期の霧隠れは、とにかくどえらい事になっとったらしいぞい。
当時の水影が、頭おかしかったからの〜。」
「そんなに外にまでばれるほど酷かったの?」
それなりに情報通の老紫は知っていて当然として、
よく物知らずで呆れられるナルトが知っているとは思わなかったフウは、目を丸くして聞き返す。
「少なくとも、おれの上司だったカカシ先生は知ってたみたいだってばよ。
クーデターの事も言ってたし。」
聞いたのはもう3年も前になるが、かなり衝撃的な内容だったので、彼の脳に今でもしっかり記憶されている。
同じ釜の飯を食べた仲間同士で殺し合いというのは、正気の沙汰ではない。
「ふーん。じゃあ、そいつもそれが原因で里抜けしたのかな?」
「どうかなー?んー、任務先で失踪、秘術の持ち出し、師匠殺し、仲間割れかあ。
あはは、失踪以外の子はみんなすごいね〜。周り中の味方を皆殺ししちゃってるよ。」
「たち悪いだけじゃ……。」
大笑いする磊狢の横で、ボソッと鼠蛟がつぶやいた。
情状酌量の余地がある理由があればともかく、
出奔時に居合わせた同胞を皆殺しにする人間は、大抵性格に難があるだろう。
「うーん、今回はまさかの人柱力の方が性格悪いってパターンかもしれないってばよ。」
「えー、何それ〜。クソみたいな奴なんて、アタシもうお腹一杯!」
「かもだってば、かも!」
まだろくでなしと確定したわけではないのだから、フウが悲観するのは早計だ。
―でも、再不斬とか仲間を殺して抜けた奴って、大体ろくでもない気がするけどさ……。―
何しろ忍者どころか、人として掟破り中の掟破りを犯してるのだ。
まともにやり取りが出来るかとても不安が残るが、
会ってみない事には分からないので、ナルトはそこにあえて目を瞑った。
「まー、いいけど。人間か妖魔のどっちかを見つければいいんでしょ?」
「そういうことじゃな。とっとと手がかりを見つけて、さくっと仲間にするぞーい。」
「そんな上手く行くわけないってばよ……。」
「悩むのは見つけてからにしろ。最悪、引きずってでも連れて行くだけだ。」
「それ、暁がやることと変わんなくない?!」
「そんな事はないさ。別に痛い思いをさせたりはしないしねえ。」
ナルトが言いたいのはそういうことではないと承知で、鈴音が艶然と微笑む。
冗談で言っていると分かっていても、意地の悪い冗談が苦手なナルトとしては、何となく苦い気分になった。


一行はそれぞれのペアで町を回ることにした。
大食い店は町のあちらこちらにあるので、その方が手っ取り早いのだ。
田舎町とはいえ広い町で、しかも昨日今日来たわけではない人間を探すのは、なかなか骨の折れる作業だ。
大食いメニューを出している食堂に入った磊狢とフウの出足は、芳しくない。
「この辺りで見たことあるのがどいつって言われてもなあ……。
こっちは毎日山ほどの客の顔を見てんだ。いちいち覚えちゃいないよ。」
「えー!この青い人とか目立つでしょ!」
手配書の写しから切り抜いた写真を突きつけながら、フウが眉を逆立てた。
突きつけられた薄毛の中年店主は、はあっとため息をつく。
これだから子供の浅知恵はと、顔に書いてある。
「あのなあ。この位の色なんて、結構どこにでも居るさ。
大物女優とか俳優がきたってなら別だけども。」
黒や茶、金に比べれば確かにその他の髪色は少ないが、
かといって青系の髪が非常に貴重ということもない。
鼠蛟が持つ群青色と銀色の髪のように、2色以上の髪色でもなければ、一見の客の容貌など印象に残らないのは当然だ。
「ぶー……。」
「はいはい、膨れないの。ごめんねー、おじさん。」
フウをたしなめてから、磊狢は苦笑いして店主にわびた。
不満を取り繕えない彼女の後始末は彼の仕事だ。
「いいよ、これ位。ま、そういう顔を見かけたら覚えとくよ。」
「あ、それはしなくていいよー。
今日までに見た人が居なかったら、別のところ探さなきゃいけないんだよね。」
「おやそうなのか?まあ、がんばんな。」
店主は意外そうな声を上げたが、それ以上聞いてこなかった。
単に向こうも暇ではないだけにしても、2人には都合がいい限りだ。
「うん、ありがとー♪」
愛想良く店主に笑いかけながら、フウの手を引いて磊狢は店を後にした。


一方その頃、ユギトと鈴音はカレー屋に来ていた。彼らはここで2軒目だ。
ちょうど店も比較的空いている時間だったので、給仕を手伝う店主の息子に何か知らないか尋ねる。
「銀髪の兄ちゃんなら、うちに来たよ。」
「本当か?」
例え些細なものだったとしても、早いうちに情報が見つかるのは良いことだ。
ユギトは少し気分がいい。
「うん。うちで一番大盛りのを頼んで、あっと言う間に食べちゃった!
うちのカツカレーって3キロもあるんだけどさ、今まででダントツの最短記録!
世の中広いよねー。うちのお父さん、目ん玉飛び出してたよ。」
よほど気持ちのいい食べっぷりだったのだろう。少年は話しながら興奮している。
「ねえお父さん、すごかったよね!」
カウンターの向かいの厨房で鍋をかき混ぜている店主の背に、少年が同意を求めた。
くるっと振り返った店主は、そうそうと深くうなずく。
「ありゃ、今まで見たこともないペースだったよ、お姉さん。
普通、後半になると必死こいてみんな食べるもんなんですけどね。最後まで涼しー顔しちゃっててね。
その後何ていったと思います?」
「『足りねーから、もう一皿』とか、お言いでなかったかえ?」
「ああ、そうそう!さすがに同じのは出せないんで、大盛りカレー3皿で勘弁してもらいましたよ。
いやー……親父の代から店やってて40年になりますけど、あんなお客さんは後にも先にも銀髪の旦那位ですよ。」
見事に鈴音が言い当てたので、店主の興も乗る。最初に話をしてくれた彼の息子のような熱弁だ。
「ところで、その方は何日前にここへ?」
「あー、もう一ヶ月ちょっと前になりますね。結構前ですよ。」
「もしかして、お姉さんの彼氏?」
「そんな気の利いた男なら良かったんだけどねえ。」
ませた子供相手に大人気ない対応はしないものの、心外な推測をされた鈴音は困った笑みを浮かべた。

「その人だったら、うちの超満腹コースにチャレンジしてましたよ。
それはもう、すごい勢いで〜。そりゃ若い男の人で、いい体してたけど。
ちょっとお肉ついた人でも結構時間ギリギリだってのに、制限時間の半分も行かないうちにぺろっと平らげちゃって!
あれは見ものだったわ〜。」
老紫と鼠蛟は、町で評判の看板娘の姉妹が居るという中華屋に入っていた。
この店には大盛りメニューのみで構成されたコースがある。
複数の品を一度に味わえることを根拠に、数ある店の中でもかなりの確率で神疾が来ている可能性があるだろうと、鼠蛟が予想した店だ。
「すごかったよねー、お姉ちゃん。
しかも背が高くて、釣り目でかっこよくて!なんかぶっきらぼうな感じだったけど、そこがまた……。」
―完全に妄想モードじゃのー……。―
若い女の子だから仕方ないことだが、見た目がいい男の話で姉妹はいささか鼻息が荒い。
特に、頬を染めている妹の方は重症そうだった。長身の釣り目は、彼女の好みにストライクのようだ。
「連れは、いなかったか?」
「フリーでした!1人でしたもん!」
妹の方がきっぱりと言い切った。
そういう意味じゃない。と、鼠蛟は言いたかったが、単独行動であったことの確認は結果的に取ることができた。
「あ、でもお兄さんも素敵ですよ!」
「……どうも。」
想定と違う反応を返されて物言いたげな鼠蛟の顔の理由をそう取った彼女は、
彼にとっては特に必要のないフォローをしてくれた。
「わしは?」
「おじ様も渋くて素敵ですよ。」
横から口を出してきた老紫に、姉の方がさり気なく言葉をかけてきた。
可愛らしい若い女性からの直々の評価に、お世辞という可能性が老紫の脳からすっぽ抜けた。
「そ、そうか?いや〜、照れるのう!」
(馬鹿爺……。)
でれでれとみっともなく鼻の下を伸ばし始めた老紫を横目に見て、鼠蛟はこっそりいつもの悪態をついた。


「なあ、神疾って奴化け物なんじゃねーの?」
情報収集を一通り終えて、待ち合わせ場所に決めた宿に戻ってきたナルトが、大真面目な顔で言った。
まだ集めてきた情報を仲間内で交換している途中だが、
今のところ人柱力に繋がる情報はほとんどなく、代わりに出てくるのは常識外れの食欲を見せる神疾の噂ばかりである。
これにはナルトも開いた口がふさがらない。
「その通りだが。」
「言っとくけど、妖魔だからとかじゃなくてだってばよ?」
「分かっておる。あやつは食欲の権化だ。
今まで長く生きておるが、あれほど食物を無駄に食い尽くす妖魔など、あやつ位しかおらぬ。」
念押しされるまでもなく、ナルトの言いたいことを狐炎は把握している。
実際、神疾の途方もない食い意地は、化け物としか言いようがない。
「アタシが聞いた話だと、大食いやった後にデザート一通り頼んだってのがあったけど。
あいつほんっとに何でも食べるんだね……。」
「デザート……マジで?!」
ナルトは百歩譲って、主食やおかずは理解できた。だが、甘い物まで大量に消費しているとは思わなかった。
人間の常識に当てはめるのも少しおかしいことだが、男というものは大抵そこまで甘い物ばかり食べる生き物ではない。
そちらの常識まで覆されて、これ以上どう驚けばいいのか、ナルトは内心困ってしまった。
老紫は向かいで、規格外じゃのーと能天気にぼやいている。
「かむとんは好き嫌いないよー。おいしいのだったら、雑誌で言うところの庶民派グルメから高級会席までなーんでも。」
「頭おかしい、絶対おかしい。」
日頃、さほど食物に興味を示さない妖魔達の姿ばかり見ている人柱力の心境は、おおむねこう呟いたフウと大差ない。
他の妖魔と一緒にするには、あまりにもやっていることがめちゃくちゃだ。
「妖魔なのだし、今更そう驚くことなのかどうか……。いや、でも。」
「あのお人とあたしらを一緒にしないでおくれ。」
悩むユギトに、鈴音がぴしゃりと言った。
彼女の神疾個人に対する好感度はかなり低いので、露骨に不愉快に思っている。
「神疾の食欲は、医学的にも解明不能。」
「マジで?!」
「冗談。」
食いついてきたナルトに対して、鼠蛟が淡々と返す。
「あんまり冗談に聞こえないぞい。」
実際、解明できるものでもない気がしたので、老紫はそうつっこんだ。
「それにしても、隠れる気あるわけ?何でこんなに証拠残しまくってるんだか。」
人柱力の方こそきっちり隠す気があるようだが、肝心の妖魔本人がこの有様だ。
本気で隠れるつもりがあるなら、こういう行いは厳に慎むべきだろう。
若いフウにだって分かることを、実年齢が恐ろしい数字になっている妖魔の王が分かっていないはずはない。
「あんた達も呆れる食欲は、伊達じゃないって事さ。こんなの序の口。
聞いた中で一番酷かったのは、自分の城に何百も眷族を集めた宴会で、残りものを全部1人で片付けたって話さ。」
「どの位あったんじゃ?」
「300人分の大鍋一杯。呆れるだろう?」
『!!』
人間達の頭が、驚愕で一気に真っ白になった。
「こ、狐炎……こんな奴、ほんとに仲間にして大丈夫なわけ?
食費爆発して、財布がやばすぎるってばよ!」
ナルトは真っ青になって、自分の相方に言い募る。
一度に数百人前を平らげる無限の胃袋の主を仲間に加えた日には、軍資金が一日たりとも持たない。
かつてナルトの財布が自来也の魔手にかかってぺったんこになった日があったが、
こんな化け物の手にかかった日には、預金口座も根こそぎやられるどころか、さらに借金まで背負わされる勢いだ。
「人柱力の件がなければ、誰がこんな食欲の権化など誘うか。」
「言い切った……。」
清々しい言い様に、狐炎の気分も己と大差ない事をナルトは悟った。
狐炎は無駄遣いが嫌いだ。神疾の食べる必要もないのに大食いな点は、かなり苦々しく思っているのである。
「人柱力の噂がろくになくって、しょうもない大食い妖魔の噂ばっかりって、嫌がらせ?」
「まあ、それでも少しは情報が入ったよ。」
「ほんとに?」
「うふふ、あたしを誰だと思ってるんだい?町中は、あたしの眷属で一杯だよ。」
「あー、そうか〜。」
鈴音は猫の女王だ。猫は町中を気ままに闊歩しているから、見かけている確率も高い。
「鼠蛟、あんたも少し位聞けたんじゃないかえ?」
「少しは。」
水を向けられて、鼠蛟が短く返事をした。
鳥は猫以上にどこにでもいる。鈴音の予想通り、少しは聞き込んでいた。
「町中に眷族が居るっていいよね〜。」
「で、人柱力の顔は分かったの?」
少し羨ましそうに聞こえる声を上げた磊狢をよそに、フウは机に身を乗り出した。
「この手配書に載ってる男さ。詳しい事は、動物の口だからあんまり聞けなかったけどねえ。」
鈴音が指差したのは、茶色がかった黒髪の男の手配書だ。
「神疾と共に、外に行ったらしい。だから、この町には居ない。」
「方向とかは分かんなかったの?」
フウは横から補足を入れた鼠蛟に重ねて尋ねるが、彼は首を横に振った。
「それは全く。しかも、ここを出たのはもう一ヶ月以上前。
だから、どこへ行ったやら。」
尾行しているわけではないので、動物達からの情報はこれが限界なのだ。
目撃談が出るだけでも儲け物である。
「じゃあ、今日は実質ほとんど手がかりなしかー。残念だってばよ。」
方角も分からず、しかもこの町を出たのが一ヶ月以上前では、この地方の中のどこへでも行けるだけの時間的猶予がある。
ほとんど居場所は絞れないも同然だ。
「それにしても、ずいぶん長居しとるのう。」
「え?」
急に何を言い出すのだと、フウとナルトが老紫の言葉をいぶかしむ。
「手紙を思い出すんじゃ。確か、まだこの地方に居ると言っておったじゃろう?
化け物の相方は置いといて、人柱力は若い男の足じゃぞ?
逃げ回っとる抜け忍なら、とっくにこの地方から出とるはずじゃ。」
神疾の手紙と情報を合わせると、彼は人柱力共々1ヶ月以上この地方から出ていない事になる。
通りすがりに立ち寄っただけなら、ゆっくりした日程でも楽に別地方に行ける程度の余裕があるのだ。
「そうなると、どこかにずっと隠れているかも知れませんね。」
「どういう理由で?この辺は、神疾って奴の拠点あるの?」
抜け忍に決まったねぐらを持つ人間は珍しくないので、ユギトは自然とその考えに行き着いた。
しかし、フウはまだ腑に落ちていない。理由もさることながら、隠れるにも場所が必要だ。
「平地に雷獣は住まぬ。だからそれはない。恐らく人間の町に居るはずだ。」
「そういや、妖魔の間で噂になってないのも不思議じゃの。
おぬしの地元なんじゃし、報告とかは来なかったんか?」
火の国は狐炎のお膝元だ。他の種族の妖魔の長が訪れたら、すぐに情報を上げてくる。
滞在してずいぶんになる神疾を見かけた者が誰も居ないのも、不思議な話だ。
「わしらと違い、人柱力にも妖魔の正体を隠すための術をかけておるのだろう。
そこまでされてしまえば、術者の格の高さからいって、並みの妖魔では気付けぬからな。」
「あ、お前らはかけてないの?」
そういう術がある事は驚かないが、狐炎達がそれを使っていないことにナルトはむしろ驚いた。
てっきり、隠せるものは何でも隠しているものかと思っていたのである。
意外だという顔をする彼に、ふふふといたずら小僧のように笑って、磊狢がこう言った。
「うかつに隠すと、僕らの顔を知らない子達がちょっかい出してきちゃうでしょー?
偽体の僕達はチャクラとかも人間っぽく見せておかないと困るけど、
フウとかナル君の方はそのまんまにしておいて、虫除けにしといたほうが便利だし♪」
「アタシらは蚊取り線香かー!」
「やーん♪」
怒ったフウが、磊狢の頭を平手打ちした。もっとも、無駄に楽しげな反応しか返ってこない。
「っていうかそんな小細工しといたって、顔見られたら分かっちゃうんじゃないの?」
「話を聞く限り顔は変えておらぬようだが、そもそも民が王の顔を見る機会は稀だ。
ましてこの辺りは、あまり神疾が来る場所でもない。」
「そんなもん?」
「そんなもんだよー。っていうかナル君、お殿様が普通の格好してその辺歩いててもすぐ分かる?」
「あ、無理。普通のおっちゃんと間違えるってばよ。」
「そういう事さ。」
この説明で、やっとナルトとフウは納得した。
「で、この近くで、滞在向きの所はどこに?」
「一ヶ月同じ場所におるとは限らぬが……。身を隠すならば、この辺りか。」
「こんな田舎?」
「周りに何にもないぞい。ちょいとへんぴすぎて、よそもんが悪目立ちしそうじゃのー。」
狐炎が地図上で指差した辺りは、細い街道が通る程度の土地だ。
ぽつりぽつりと村があるだけで、後は山野に等しい。
「この地方は、元々さほど開けておらぬのだ。この町でさえ、他の地方から見れば田舎町に過ぎぬ。
そんな土地だから、街道を離れるとすぐにこのような辺鄙な土地になる。」
「どこが一番隠れるのに都合いいと思う?」
「そうだな……確か、捨てられたも同然の小さな砦があったはずだ。
よそ者が噂になっておらぬようなら、恐らくこの辺りが候補だろう。」
「砦?そんなのあったっけ?テストでも聞いたことないってばよ。」
国内の主要な砦は、侍と忍者どちらが担当のものでも必ず覚えさせられる。
授業を良くサボっていたナルトも、テストの追試で散々悩まされた覚えがあるので、本当に有名なものだけは覚えている。
しかしこの近所に砦があるという情報は、彼のあいまいな記憶の中にはない。
「大戦後生まれのお前が知らなくても無理はない。
ここは、とうに零落した土蜘蛛という忍一族が持っている砦だ。」
「土蜘蛛一族ねー……おじいちゃん、知ってる?」
「わしゃ、よくしらーん。強い術を持ってるとは聞いたことがあるがのー。」
フウはもちろん、老紫も少し聞きかじった程度しか知らない。
狐炎が言ったとおり没落して久しい一族なので、知名度はとても低いのだ。
「確か、第二次忍界大戦の半ばに、正式に木の葉の里への従属を決めた一族のはずです。
老紫殿の言うとおり、威力の高い忍術を持っているとか。
我が里では、対木の葉戦で一時期警戒していた時期がある術のはずです。」
「ユギちゃん、わしの事は無花果(むかか)と呼ばんかい!」
「あ、失礼。」
横から文句をつけられたユギトは、律儀に謝罪する。
その光景を見て、鼠蛟ははあっとわざとらしくため息をついた。
「どうでもいい……。」
呼び名なんて、止まっている部屋では話の腰を折ってまで注意しなくてもいいことだ。
今重要なのは、神疾と相方が居るかもしれない砦の情報である。
「それより、今そこにその土蜘蛛一族っていう人達は住んでるわけ?」
「分からぬ。何しろ零落した一族だ。今では忍者を廃業しておるやも知れぬ。」
何しろ辺境の話なので、事件でも起きない限り狐炎の耳にもあまり情報が入ってこない。
「空き家だったら、間借りするにはちょうどいいんじゃない?
ねえねえ炎ちゃん、行ってみようよ〜!」
「そうだな。他にはこれといった当てもないし、ここにおらずとも、周囲にもいくつか村もある。」
乗り気になった磊狢にせっつかれるまでもなく、おあつらえ向きかも知れない砦を真っ先に調べるのは悪い選択ではない。
付近には他の集落もあるので、空振りに終わってもまたそちらで情報を集められるはずだ。
と、そこでナルトがおもむろに口を開く。
「何かさあ……神疾って奴、訳わかんねーってばよ。
人柱力に術をかけてごまかすとか、何か用心深い感じするくせに、自分はすっげー大食いに走って目立ちまくりとかさ。
本気で隠れる気あんの?」
店を回っている時からナルトは自分なりに考えていたのだが、神疾の行動は不可解だ。
本当に目立たないように振舞うなら、術で小細工する前に、自分が目立つような行動を慎むべきだろう。
「元々あやつは、あまり小細工などは好まぬ性格だ。
大方、封印中の鬱憤を食事で晴らしておるのだろう。何があろうと食事を我慢などせぬしな。
器もたいそう頭を痛めておるはずだが。」
「うっわー……面倒くさい奴。
さっさと隠れるか出てくるか、男なんだからはっきりすりゃいいのに!」
「正直、関わりたくないのかも。」
「えー。でも、煮え切らなさ過ぎってばよ。関わる気ないんだったら、何で手紙の返事をよこしたわけ?」
「お前の言うとおり、意に染まぬならば、手紙の返事などよこさずさっさと移動するべきだ。
乗り気ならば、素直に滞在先を細かく書けばよい。だが、そのどちらでもないときている。」
「うーん、何で乗り気じゃないと思う?」
「連れの都合じゃないかねえ?寝込んでるんだか、他の理由かは分からないけどさ。」
情報が少なすぎるので、神疾を良く知る同輩であってもつっこんだ考察は出来ない。
しかし、もし特別の事情と仮定すると、相応に面倒な事情ではないだろうか。鈴音は内心そう考えた。
「でも、会いに行く分にはいいんだろ?あーもー、わけわかんねー!」
頭を使うのが苦手なナルトは、さっさと思考自体を放棄した。
会った事もない相手に振り回されている苛立ちで、すっかりふてくされる。
「あはは〜。ナル君ったら、頭爆発しちゃった♪」
「話だけなら聞いてやってもいい。そんなところだろう。
全く……らしからぬことをしおって。面倒な奴だ。」
癇癪を起こしたナルトの気分は、狐炎も分からないわけではない。
眉根を寄せて、同じ地方のどこかにいるはずの知人に向かって毒づいた。




逆立った銀髪の男に、茶色のいたちが何事か話しかけている。
傍目には、きつい顔立ちの青年が動物と戯れるに見えるだろう。
話を聞く彼の桔梗色の目は、気にかかることがあるためにやや鋭い。
彼こそ雷獣の王である男。人間から六尾と称される雷王・神疾である。
「……分かった。じゃ、もうじき来るな。」
いたちが、用が済んだとばかりに茂みに飛び込んで消えた。
「暁……な。」
眉根を寄せて神疾は呟く。近年各地で騒がしい、札付きの犯罪者集団。
その悪名は彼も風の噂に聞いている。
ふと思い立ち、彼は淡い藤色の薄様の文を取り出した。
開くとふわりと優しく香る花の香は、上流階級らしいたしなみをもつ彼の妻が焚き染めたものだ。
“遠い空の下、定まらぬお暮らしのあなた様を案じております。
この頃の人の世には、世間を騒がすならず者が跋扈していると聞き及びました。
先日からお泊りの砦は人目につきにくいと思われますけれど、くれぐれもご用心なさってくださいませ。”
1人で夫の不在を守る妻は、夫を案じてたびたび手紙を送ってくる。
最近届く手紙には、暁など人間の犯罪者の影響を心配したものが多い。
聡明な妻は夫の力を決して侮ってはいないが、彼が人間を連れているために案じているのだ。
「ったく、心配性な奴だぜ。」
憎まれ口を叩きつつも、神疾がこの手紙を読み返すのは三度目だ。
旅をする都合、この頃は妻の顔を直に見ていない。
心配ばかりでなく、彼女自身や本拠地の近況も綴られた手紙は、遠い雷の国にあるかの地を偲ぶよすがだ。
「……面倒かけちまってるなー。」
誰も聞いていないので、ポツリと呟く。
本来なら一刻も早く戻るようにと書きたいであろう事は、神疾も重々承知していた。
しかし夫の意思を尊重する妻は、決してそう書いてこない。
王の伴侶として選ばれるほどの女だから当たり前かもしれないが、出来た女性である。
本人の前では口に出せないが、彼は内心妻を高く評価していた。
明かりが灯る屋敷の縁側から、部屋に戻る。
「どうされましたか?」
部屋で書き物をしていた初老の男が、怪訝そうに神疾を見た。
「ちょっとな。それより、近所に知り合いの一団が来ててよ。
近いうちに、こっちに寄るかも知れねーんだ。」
「はぁ……ずいぶんとあいまいなのですね。」
「あちこち用を足してるのが終わり次第、なんだとよ。
だから、具体的な日付は言えねーそうだ。」
腑に落ちないという顔をした老人に、すらすらと当たり障りのない嘘を並べる。
神疾の説明である程度納得したので、老人の顔から疑念が薄れた。
「お忙しい方々なのですね。
もしいらっしゃったら、上がっていただく前にわたくしに一声おかけください。
事前の準備がございますので。」
「ああ。済まねーな、じいさん。恩に着るよ。」
人のいい笑顔でそう答えた老人に、神疾は明るい調子でそう返した。


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美葛地方は、アニメの六尾編で登場した葛城山から字をもらいました。
土蜘蛛一族の里と山の砦がある地方の名前に設定したので、やっぱり関連のある名前にしたかったという。
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