はぐれ雲から群雲へ
                    ―26話・太陽が落ちた里―

後日、ナルト達は茶屋の女将に口利きしてもらい、変化で変装したユギトと老紫が町長に会いに行った。
数年に渡る事件が実は他国の忍者の仕業だったことを話すと、壮年の町長は非常に驚いていた。
狐炎が回収していた子供達の遺骨を2人から受け取る際には、滝のような涙を流したが、
それでも事件が今後は起こらないだろうということで、感謝の念を示していた。
貧しい町であるため、予想通り謝礼はわずかなものだったが、ありがたく受け取って2人は仲間の元に戻った。

2人が戻った後も、施設の探索は続く。
調査も時間が経過するにつれ、この施設が音隠れの里のものであることなど、それなりに多くのことが分かるようになってきた。
いったいどういう経緯で放棄されたのかは不明ながら、それなりの資料が残され、
施設の事情についての情報は十分に得られる見込みが立っていた。
今は活字に強い者は資料を読み、苦手な者は資料の仕分けにと手分けして作業に当たっている。
要らない資料の運び出しをしていたナルトと老紫は作業を終えて、資料の内容を調べる作業をしている部屋を覗いた。
「おや、済んだかえ?」
鈴音がいったん本を読むのをやめ、入ってきた2人に顔を向ける。
「もちろんじゃ。どうじゃ、資料の点検は進んどるかの?」
「おかげさまで。先程持ってきてもらった資料に、実験の流れがまとまった本がありましたので。」
「え、マジで?」
「何て書いてあったんじゃ?」
「これによると、試験は本来もっと小規模のものになるはずだったようです。
失敗が重なり、先に確保していた被験者で足りなくなって、誘拐に手を出したようですね。」
思いのほか実験は難しいものだったらしく、想定よりも大事になっていったことが資料から読み取れる。
肉体を増強する新薬の実験は失敗に次ぐ失敗を重ね、
最初に用意していた捕虜の被験者が尽きかけた頃、音隠れの研究者は成長途中でまだ肉体が柔軟な子供に目をつけた。
抵抗も出来ないのでさらうのも簡単ということで、次々にさらっては実験に投入していたようだ。
「胸糞悪い連中じゃ。子供はおもちゃじゃないぞい!」
「ほんとだってばよ。大蛇丸の手下らしいっちゃらしいけどさ……。」
軟体動物のようにしなる腕に六本腕、体を融合させた双子など、
思わず背筋が総毛立つような能力者ばかり揃えたあの薄気味悪い里なら、これもある意味当然の所業だとナルトは思う。
あそこは元から、人体を弄繰り回すことに何の抵抗もない場所だろう。
嫌な話ではあるが、やりかねないという意味で違和感はない。
そういえば、実験そのものの資料の担当はとナルトは思い出し、他と離れたところに座る鼠蛟の方を見た。
「……。」
残されていた薬の資料を、鼠蛟が流し読みしている。
専門的な資料は医者の彼にしか理解できない代物なので、一山丸ごと彼に押し付けられていた。
時々手持ちのメモに何か書きつけながら読み進めているが、何を考えているのかはよく分からない。
傍目には、真面目に読んでいるようだと思うのがせいぜいだ。
―そういや、結局あの続きを聞けてないってばよ……。どういう意味だったんだろ、マジで。―
鼠蛟に食って掛かった後。
狐炎と喋ったのが功を奏したらしく頭は冷えたのだが、鼠蛟と一対一で話ができる機会はなかった。
そのため、人柱力が里に愛着を持ってはいけない理由を結局聞き出せていない。
付き合いが長い狐炎が相手なら、ちょっと来てくれと言って引っ張っていけば済む話なのだが、
会ってからそんなに時間が経っていない鼠蛟とはそこまで気心が知れていない。
ナルトと違って、放っておけばずっと静かにしているタイプなので、
あまり積極的に絡みにいけるタイプではないのも原因かもしれないが。
「何じゃ孫よ、馬鹿鳥が読んでるもんが気になるんか?」
「あー、うん。」
本当は違うのだが、全くの嘘でもないのでそう口を濁しておいた。
何も知らない無邪気な子供達を、異形の怪物として死なせた音隠れの忍者達。
彼らの一員として暮らしている旧友は今どうしているだろうかと、ナルトは沈んだ気持ちで思いを馳せた。



「あ……ああ……うわああああ!!!」
真夜中のアジトに響きわたる、若い男の絶叫。
部屋で休んでいたサスケは飛び起きた。
「何だ……?!」
今の声はカブトだろうか。尋常ならざる気配に神経が張り詰めた。
警鐘を鳴らす第六感に従って、慎重かつ迅速に音の方向へ駆けつける。場所は大蛇丸の部屋だ。
「おい、何が――。」
扉が開いたままの部屋に飛び込んだ。中の光景を見たサスケは絶句する。
床に広がるおびただしい血液。血まみれのクナイを手に、言葉にならない声を発し続けるカブト。
そばに横たわった大蛇丸は、ピクリとも動かない。
誰がと言いかけて、感じた視線の方に顔を向ける。見慣れない黒いコートの男が立っていた。
「よお、ちょっと遅かったな。」
赤い短髪の男は、にやりと口元を歪めた。
腕を上げた拍子にカチャリと耳障りな音を立てたのは、コートの下に大量の仕込みでもしてあるからなのだろうか。
手先から伸びる青白いチャクラの糸から、男が傀儡使いだと理解する。
―こいつが大蛇丸を……?―
サスケは腰に差した刀に手をかけ、出方をうかがう。
相手が只者ではないことは嫌でも分かった。
「安心しろ。大蛇丸以外の奴を殺せって命令は受けてないんでな。」
「どうする気だ?」
攻撃するそぶりは見せてこなくても、警戒は最大限に続けながらそう聞いた。
ともすれば冷や汗が落ちそうなほど、今のサスケは緊張している。
「今日からこの里は、俺達暁の支配に下る。」
「何……?!」
戸惑うサスケだったが、男が言った言葉の意味を理解するまでに、そう時間はかからなかった。

「夢か……胸糞わりぃ。」
木に寄りかかって休んでいたら、いつの間にか転寝していたようだ。サスケは頭を振って、眠気を追い払う。
顔を上げた先には、いつものように広場で訓練にいそしむ下忍達の姿がある。
まるで天が落ちてしまったようだ。
サスケは身が入らない訓練を続ける里の彼らを見て、そう思った。
音隠れの里に激震が走った事件が起きてから、もうどれ位になるだろうか。
創立者であり、里長である大蛇丸は、ある日突然暁のメンバーによって倒された。
最近、合わない転生の器による不調で伏せがちだった彼だったが、まさか殺されるとは、里の誰もが思い寄らなかった。
サスケでさえそうだ。
―大変なことになったな……。
本当は、俺がそのうちあいつを倒してここを出て行く予定だったのに。―
大蛇丸を殺したその暁のメンバーは、サソリといった。
彼は、これから音の里の忍者は全て暁の手下として働いてもらうと宣告したのだ。
大蛇丸を失えば行く当てのない、訳有り揃いの忍者達は誰も逆らえなかった。
抵抗した者も居たのだが、里長ですら敵わなかった男に敵うはずもなく、逆らった者達は全て返り討ちにされた。
「……。」
ちらりと遠くを見やれば、そこかしこを我が物顔で歩き回る、全身を黒装束で包んだ暁の手下達の姿。
彼らは、常に音の里の住人達を監視している。
いまや大蛇丸を殺したサソリはもちろん、手下の彼ら達にも忍者たちは逆らえない。
それは、大蛇丸の腹心だった幹部も同じである。
大蛇丸の側近のカブトに至っては、心酔していた主人を失って今は意気消沈している様子だ。
誰が尋ねてもろくに応対せず、部屋に閉じこもっているという。
そしてサスケはというと、予定が崩れて困惑していた。
自分を転生の器にするつもりで居た大蛇丸の死を悼みはしないが、主を失ったこの里のことは少し気がかりだ。
―暁と言えばイタチの居る組織……。だが、イタチは恐らくここへは来ない。
混乱に乗じてここを出るか?いや……。―
まとまらない思考に沈んでいると、ふと正面に影が出来た。
「あの……サスケ様。」
「え?あ、ああ……悪い。どうした?」
話しかけてきたのは、サスケよりも年下のあどけない顔をした下忍の少年だった。
前に立たれるまで気付かなかったので、少し声に戸惑った色が出てしまう。
「俺達、この先どうなっちゃうんでしょうか?」
「さぁな……ま、すぐにどうこうはないはずだ。今は大人しく、従う素振りを見せるしかない。」
安堵させる言葉は掛けてやれない。サスケ自身不安だからだ。
先の事が今は全く分からない。暁が何を思ってこの小さな隠れ里を狙ったのか、そこを掴めないのだから当然だ。
「そうですよね……すみませんでした。」
「気にするな。ただ、あいつらの耳に入らないように気をつけろ。」
反抗的とみなされれば、恐らく命の保障はないだろう。だからそう彼に忠告した。
「ありがとうございます。」
頭を下げてから戻っていく少年を見送ってから、サスケはこっそりため息をついた。
周りもそうだが、彼も全く万事に身が入らないでいる。
暁に利用されるなんてまっぴらごめんだが、かといって今すぐ逃げるのも愚策だ。
現在この里は、暁の完全管理下に置かれている。怪しいそぶりをすればすぐに見つかるだろう。
そんな風に今やってはいけないことを一つずつ潰していったら、得策と呼べるものが見あたらない。
あるのは一つ、じっと大人しくしていることのみ。これでは気も滅入る。
「サスケ、辛気くさいよ。」
「水月。」
大きな刀を背負った氷色の髪の少年がやってきた。
ノースリーブの軽装でいかにも活動的な印象通り、彼もこの里に所属する忍者だ。
水月は、最近音の里が持つ関連施設から里に戻された人間だ。
サスケと行動を共にすることが多く、仲間の1人と互いに認識している。
「お前、どこに行ってたんだ?香燐がさっき怒って探してたぞ。」
サスケが下忍達の訓練の様子を見に行く前、彼女は用事があるのに水月が見当たらないとぷりぷり怒っていたのだ。
見かけたら探していた事を教えると約束していたので、水月にそう伝える。
「僕はこの間見つけたこいつで、鍛錬してただけだよ。
あれ、言っておかなかったっけ?」
「多分あいつは聞いてないぞ。まったく、刀を拾っただけで浮かれすぎじゃないか?」
先日、波の国にあるアジトに行った音忍が拾ってきた一本の巨大な刀。
持ち主だった男の墓標に突き立っていた首切り包丁は、霧隠れ出身の水月に渡された。
単に身長と同等もある丈を他の忍が持て余し、彼にお鉢が回ってきただけなのだが、当人は貰い受けて以来ご機嫌だ。
「分かってないなあ。こいつは七人衆の刀だよ?
そんじょそこらのナマクラとは……って、聞いてよ!」
「俺は刀のうんちくには付き合えない……。」
お高く留まるわけではなく、単についていけないのでそう返して逃げる。彼が話し始めると長いのだ。
この里に来てから刀を得物とするようになったサスケだが、彼は刀にそれほど執着はない。
とてもではないが、付き合う気分にはなれなかった。
「ちぇっ、付き合い悪いんだから。」
水月が口を尖らせる。
「お前の話は長くなるから嫌いだ。」
やれ刀身の重厚感が素晴らしいとか、昔の持ち主の武勇伝がどうだとか、とてもではないが付いて行けない。
サスケだっていわゆる名刀の1つや2つ知っているが、その手の知識は一般の忍者くらいしかないのだ。
「サスケ、そう言わないで少しは聞いてやればいいのに。」
「重吾、お前も水月探しか?」
明るい蜜柑色の髪と、やや幼さを感じさせる純朴な顔立ちに反して、驚くほど背が高い少年が前から歩いてきた。
彼もサスケが最近作った仲間の1人だ。質問に彼は首を軽く横に振った。
「いや、訓練してたよ。そろそろ戻ろうと思って。香燐が待ってるからね。」
「訓練ね。発作は大丈夫だったわけ?」
渋い顔をして水月が尋ねると、大丈夫だと重吾は微笑んだ。
「うん。人間じゃなくて人形相手だったから。」
「あー、なるほどね。」
重吾は殺人衝動の発作を持っている。
ひとたびこれが起きると本人には止められず、暴れて周り中の人間に危害を加えてしまう。
幼少の頃からこの症状に悩まされた彼は家族に疎まれ、たらい回しの末に大蛇丸の元に流れ着いた。
彼の体質に興味を持った大蛇丸は、体内からある成分を抽出する事に成功し、
これを元に当時不完全だった呪印を完成させたらしい。
もっともこうやって仲間と話している分には温厚な好人物にしか見えないのだから、つくづく天の采配とは因果なものだ。
「まあいい。香燐の所に戻るぞ。」
「オッケー。」
香燐は、普段他の忍者があまり使わない書庫で仲間を待っている。
そろそろ彼女と約束していた時間なので、3人はまっすぐそこへ向かった。


―第4書庫―
部屋に入ってすぐに3人を迎えたのは、中で待っていた香燐が落とす特大の雷だった。
「うちだけに聞きに行かせて、どこほっつき歩いてた?!このっ、 馬鹿水月ーーっ!」
「うるさいなー、ちょっと位いいじゃん別に。」
うっとうしそうに目をそらして、水月が口答えをする。反省の色は全くない。
「うちがどんだけ待ったと思ってんだ!用事がある時に限ってほっつき歩いて、なーんの役にも立ちやしないし!
大体今日はあの時間に聞きにいくって、ちゃんと昨日のうちに言っといたろーが!何で忘れてんだよ!」
太い黒縁めがねの奥の目を吊り上げて、香燐は悪びれない水月をもう一度怒鳴りつけた。
長い薔薇色の髪が逆立ったように錯覚する剣幕だ。サスケも重吾も遠巻きにそれを見ている。
水月を弁護する義理もないし、怒っている所にちょっかいをかけると飛び火するから当然だ。
「用事ったって、外の話を聞きに行くだけじゃん。
別に1人でも行けるし、大した用事でもないくせにいちいちうるさいよ……。」
「お前が時間を忘れなければ済んだ話じゃないのか?」
そう指摘したら、水月は黙殺を決め込んできた。図星らしい。
「ところで香燐、今日は近くに幹部連中の気配はあったか?」
「全く。チャクラの欠片もない。どうもあいつら、うちらの事はこの数日ほったらかしみたいだな。
上のが見張ってなくても大した事ないなんて、なめられたもんさ。」
「そうか。」
手下は大勢うろついているものの、赤い雲模様の黒コートのメンバーは来ていない。
状況が先日と変わらないという事なので、特に感慨もなくサスケはそれを受け止めた。
「それでも監視は大勢居るし、うかつな事は出来ないけど……一番厄介なのは相変わらず居ないわけだ。」
悪化していない分だけましかなと、重吾が呟く。
「相変わらず、俺達に何をさせる気かも分からないしな。」
音の里は暁に絶対服従しなければいけないということ以外、彼らは今後の方針を何も明らかにしていない。
おかげで、この里の忍者達は常に落ち着かない日々を過ごす羽目になっている。
「里を乗っ取るとか、大胆だよね。
うちの研究データなんかも全部出させてきてるし、何かでっかい事をたくらんでるんだろうけどさ〜。」
「問題はその大胆な事の内容だから、今日うちが情報を仕入れてきたんじゃないか。」
「そうだな。どうだった?」
「それなんだけどな――。」


里に戻った忍者の任務報告は、他の里と同様に書類にして大蛇丸の館に届けられる。
それを以前は最終的にカブトが預かり、彼のチェックを経た上で大蛇丸に渡されていた。
今は任務関係も当然のごとく暁の管理下なので、彼らの手下にそれを渡さなければならなくなっている。
従って、サスケ達が情報を得ようと思ったら、諜報に出ていた忍者に直に聞きに行くしかなかった。
そこで香燐は、諜報任務から帰ってきたばかりのある先輩忍者の元を尋ねにいったのだ。
ばれたら咎められかねないが、いきなり現れて里を乗っ取った暁を快く思っていない彼は、
気前よく仕入れてきた情報を彼女に話してくれた。

あまり使われていない詰め所を話す場に選んだ彼らは、休憩用の椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合っていた。
「雲隠れが、砂隠れと連携を考えているらしい。」
「あそこらは同盟を組んでたな。で、何を企んでるのか掴めたのか?」
香燐の問いかけに対して、男は首を振った。
「いや、向こうが慎重すぎてそこまでは無理だった。それだけ大事なんだろう。」
「もしかして、暁対策とか?」
「あいつらの目的が、どれ位問題視されてるかだな……。ま、多分それで間違いないだろう。
雲隠れなら、うちの状況も薄々感づいているかもしれないぞ。」
もちろん確証はないことだが、人員に余裕のある雲隠れの里はあちらこちらに諜報要員を放っているから、
掴んでいてもおかしくはないと彼は考えていた。
そもそも暁が危険な地下組織であることは、忍者界ではよく知られている。
それと、と前置きした上で、さらに男は香燐にこう言った。
「これは任務中に別口で調べたんだが、暁の連中は人柱力を狙ってるらしい。」
「人柱力って、あの人間兵器を?そんなもので何を企んで……。」
この里には居ないが、香燐も人柱力がどんな位置づけの存在かは知っている。
当然、その戦略上の価値もある程度分かるから、それを狙う暁に対する不信感は増した。
彼女は眉をひそめる。
「とんでもない事にしかならんだろうなあ。」
男はすっかりちびたたばこをぐりぐりと灰皿に押しつけた。
「ありゃ何しろ、ちょっと体をいじった程度の俺達と違って、本物の化け物を体に仕込んでんだ。
戦争やってた時は、そりゃあ猛威を振るったらしいぞ。1人で砦を落とす、規格外の怪物連中だよ。」
「暁の奴ら、戦争でもする気なのか?」
彼の言葉から素直に想像すると、それしか彼女には考えられない。
1人でも危険なものを何人も集めたら、他の選択肢を考える方が難しいだろう。
「だろうよ。俺達にその化け物集めの手伝いをしろって言うのか、
それともとっ捕まえた人柱力の洗脳でもやれっていうのか、大体そんなところだろ?付き合いたくもないな。」
「……うちら、とんでもない陰謀に巻き込まれてるんだな。」
しかめっ面で新しいタバコに火をつけた男につられて、香燐も苦い顔になる。
「だな。さて、俺から話せるのはこんなところだ。そろそろ戻んな。」
「ああ、情報ありがと。またな。」
情報を話してくれた男に礼を言った後、香燐は人目を気にしながら詰め所を後にした。


「……ま、こんだけだな。」
「なんだ、大した情報なかったじゃん。」
「何にもしてないお前が言うな!」
話し終えるなり、すぐに文句をつけてきた水月を香燐が怒鳴りつける。
よせばいいのに、彼は一言多い。
そもそも約束をすっぽかしてしまった時点で、彼がこの件に文句をつける資格はないだろう。
「人柱力に戦争か……。」
重吾が難しい顔をした。彼も話を聞いてきた香燐同様、暁の目的はそれが自然だと考えた。
「戦争といえば、前に木の葉崩しなんてこともあったな。」
もう3年ほど前にあった大騒動。
砂隠れと音隠れが手を結んで引き起こしたその戦いは、火影が戦死、計画段階で風影が謀殺という異例の結果を残している。
木の葉の忍者として当事者だったサスケにとっては、今も記憶に新しい。
「僕らは参加しなかったけどね。サスケはそれと今回のが関係あると思ったの?」
「それが関係があるというのとは違うけどな。
ただ、戦争にどれだけ人柱力が有益かだったら、その時少しだけ見た。」
サスケがそう答えると、他の3人が興味深そうな顔をした。
「どうだった?」
重吾が続きを促す。
「そいつは狸の化け物だったが、山みたいに大きかった。
もしもまともに里に乗り込まれていたら、あの木の葉でもひとたまりもなかったろうな。」
我愛羅が切り札として使った守鶴の本性への変身は、駆け出しだった頃のサスケの目に圧倒的なものとして焼きついた。
小山のような威容を誇る妖狸の姿は、確かに単体で砦や城を落としてしまう光景と容易に結びつく。
もし本当に暁が忍者の里に戦いを仕掛けるなら、必ずや欲しいだろう。
「冗談じゃないよ。そんな連中、どうやって捕まえるわけ?
暁の奴ら、自分達の命が惜しいから僕らを使うとか、そういうつもり?」
「ありえない話ではないんじゃないかな。」
「うわ、最悪っ。」
水月が心底嫌そうにぼやいて、眉間にしわを寄せた。彼の想像も、当たらずとも遠からずかもしれない。
暁は手練れ揃いと噂に聞くが、水月も他の仲間も、人柱力に勝てるほどの強さとは思っていなかった。
「大体そうでなくても、暁の連中は図々しいんだっつーの。
大蛇丸様の研究データはみ〜んな持ってっちまうし、研究所も向こうが指示した通りの研究しか出来なくしやがって。
あー、やだやだ。息が詰まる。」
かつて大蛇丸の指示のもとに進められていた各種の研究も、他と同様全て暁に掌握されている。
新しくこれをやれと押し付けてくる事もあれば、これはいらないと一方的に打ち切りを言い渡してくる事もあった。
恐らくこの香燐の悪態は、研究班全員の本音になっていることだろう。
「あいつらのせいで、結構滅茶苦茶になったらしいな……。そういえば、第5研究所のもまだやってるのか?」
「あそこか?あそこならこの間、暁がうちに攻めてくる前に一時閉鎖してるぞ。
しかも、おととい廃止が決まったってっていうし。」
第5研究所は、大蛇丸が存命していた時に行っていた研究の中止が決定されていた。
人体改造についての研究だったのだが、主に研究期間の割に成果が上がらなかった事が原因で、続ける価値がなくなったのだ。
その時にいったん人員を引き上げる事も決まり、先日の廃止決定を待つまでもなく今は無人の施設になっている。
「あそこがどうかした?」
「いや……あそこはいい思い出がないんだよ。それだけだ。」
サスケがこの里に来たばかりの頃、そこでしている研究の手伝いをさせられて、心底不愉快な気分になったことがある。
当時の自分よりも幼い子供を使った実験だったので、抵抗感はとても大きかった。
「あそこを好きな奴なんて、いくら際物揃いのうちでもそんなにいないでしょ。」
「それもそうだな。」
当然といった調子の水月の返事に、内心安堵する。
この里の研究はかなり倫理的に外れたものが多いので、こういうまともな感性の持ち主を確認すると自然と安心してしまうのだ。
「それより、ほんとにどうする?
サスケ、まさかこんな所でいつまでもくすぶってるつもりなんてないでしょ。」
「何かのどさくさで里を出るチャンスがあったら、そのまま出ていくつもりだ。
ただ、今のところそれがないのがな……。」
「だよねー。」
はあっと水月がため息をついた。現在、新たな展開は見込めない。
重吾も腕を組んで、しかめっ面をしている。
「今じゃ偵察に出る事もままならないし、外の情報が入らないのは参ったね。」
「うちの神楽心眼じゃ、周りのチャクラを探るだけで精一杯。千里先をカメラみたいに見るなんて出来ないしな。」
香燐が肩をすくめてため息をついた。
彼女の能力は索敵向きではあるが、チャクラの性質を知らない相手の場合、探知精度は大幅に落ちる。
特に相手の正確な位置の把握をしたい場合、白眼のように直接視覚で捉える能力の方が都合がいい。
「周囲数十kmのチャクラの動きを拾うのは十分優秀なんだがな。それに、お前がいじけなくてもいい。
たとえ木の葉の白眼があったって、里から一歩も出られないんじゃろくな情報は得られないだろ。」
淡々とした口調のまま、サスケは軽く慰めるように彼女を諭す。
確かに白眼は偵察に非常に便利だが、拠点から一歩も動けなければ、得られる情報には限界がある。
どんな探索能力も、一ヶ所からの定点観測ではかゆいところに手が届かないものだ。
「……戦争になったら、俺や香燐の力は真っ先に利用されるんだろうな。」
暗い顔で重吾がつぶやいた。戦闘力を引き上げる呪印の元になった彼や、戦況の把握に使える香燐の力は、
暁が欲する人柱力同様、戦場では実に有益な能力だ。
彼の言うとおり、すぐに使われることだろう。
「冗談じゃないよ。あいつらの勝手で起こす戦争なんて真っ平だね。
あいつら、うちの国の大名でもないし。」
この里が仕える田の国の意向ならまだしも、侵略者の勝手で起きた戦争に協力なんてする気は湧かない。
水月が吐き捨てた言葉ももっともだ。
「それに巻き込まれないために、うちらは今頑張ってるんだろ?な、サスケ。」
「……ああ。」
景気付けのように力がこもった香燐の声に、サスケはいまいち気の乗らない返事を返した。


その日の夜。物が少ない自分の部屋にサスケは戻り、ベッドの上で寝転んでいた。
広げた巻物には、最近入手した情報がまとめられている。
「どんどん面倒くさい事になりやがって。くそったれ。」
今までの情報を頭の中で整理しているうちに腹が立ってきて、思わず悪態が口をついた。
「暁の野郎は、俺に恨みでもあるのか!」
放り投げた巻物が、壁に当たってほどける。八つ当たりでもしないとやっていられないほど、今の彼は苛立っていた。
3年近くもかつての敵の元で力を蓄えて忍耐してきた彼だったが、この頃の展開は腹に据えかねている。
何が悲しくて、憎い仇が居る組織に行動を邪魔されなければいけないのだろう。
と、その時だった。突然、見知らぬ気配が部屋の中に現れた。
「誰だ!」
「夜分遅くにすまないな。」
扉が開いた音もなく現れた、渦状の溝が刻まれた不気味な一つ目の仮面をつけた男。
全身真っ黒な服で覆い、手先も足元も、肌の露出は一切ない。非常に気味が悪い外見だ。
「お前……暁の手下か?」
黒尽くめの服装から推測してサスケが尋ねると、仮面の男は首を縦に振ってそれを肯定した。
「そんなところだ。そう怖い顔でにらまないでくれ。俺は決して怪しい者じゃない。」
「どこがだよ。」
人がくつろいでいる時間に堂々と現れて、怪しくないとよくもまあ言えたものだ。
もうすでに、サスケの手元には愛用の刀が握られていた。仮面の男の態度次第では、いつでも抜ける。
「俺はトビ。今日ここに来たのは、うちはが滅びた事件の真実を君に教えようと思ったからだ。」
「はぁ?真実も何も、うちは一族は身内のイタチ1人に滅ぼされて、生き残りは俺1人。
それ以外に何があるって言うんだ?まさか陰謀論だって言うのか。下らねえ。」
一族に対して強い反発を覚えたイタチによる凶行。サスケが知っているうちは滅亡事件の概要はそんなところだ。
聞かされたことが全て事実かは別として、今目の前にいきなり現れた男の言葉に釣られるほど、彼は馬鹿ではない。
「そう言わないで、これを見て欲しい。」
冷たくあしらわれても気にも留めず、仮面の男は一本の巻物を取り出して、サスケに投げてよこした。
反射的に手を伸ばして受け取ると、巻物の題字には日付と会議の名前が記されていた。
「……何だ、これ?会議の資料か?」
「そうだ。読めば分かる……じっくり目を通して欲しい。」
「……?」
ざっと点検したところ、巻物に妙な仕掛けは施されていないようだ。
ひとまず危険性はないようなので、渋々サスケは資料に目を通した。
すると最初はいぶかしげだった瞳が、読み進めるうちに見開かれていく。
彼が今まで知らなかったことが、そこには克明に書かれていた。
「何だって……?」
巻物では、反乱を企むうちはの粛清を、木の葉の上層部が決定したことが明かされていた。
驚きのあまり、ついには巻物が丸ごと手から滑り落ちる。
「理解してもらえたようだな。」
「……イタチの暴走じゃ、無かっただと?」
「そうだ。木の葉は反乱分子とみなしたうちはを、イタチを使って処分した。
分かるか?うちはは使い捨てにされたと。」
男の言葉を聞いたサスケの頭が、かっと熱くなった。
取り落とした巻物を拾い上げ、男の足元に叩きつけて叫ぶ。
「馬鹿な!そもそも、うちはが里に反乱なんて考えてたわけがない!」
サスケの脳裏には、警務部隊の仕事を誇らしげに語る父や親類の姿が次々と浮かんでいた。
誰もが里のために胸を張っていたのだ。
他の一族もそんな彼らを褒め称えていた。それらが全部表向きで嘘だというのか。彼にはとても信じられない。
「嘘だ……こんな物をでっち上げて、お前はどういうつもりだ?!」
「でっち上げなんかじゃない。これを見るといい。
印影の色も形も、それからこの透かしの入った紙も。これらは木の葉の正式な公文書にしか使われないものだ。」
確かに巻物に使われている各種の印は、サスケも別の書類で目にしたことがある。
手続きに使った役所の用紙でも、たまに里名義でよこされた通知か何かでも、同じ物を確かに見た。
しかも最後に見たのが2年以上前だから細部の記憶はあいまいで、
偽造と言い切れるほどしっかりとサスケも覚えていない。
だが、それでもサスケの心情はこの巻物を嘘だと叫んでいる。
「まあ、すぐに信じられなくても構わない。素直に受け入れるには、あまりにも衝撃的だろうからな。」
「……うるせぇ。」
「近いうちに、また会おう。」
一方的に宣言して、仮面の男は姿を消した。現れた時と同じように、どこを通ったかは不明だ。
まるで幽霊のようである。しかし、サスケにとってはもはやどうでもいいことだった。
「……誰が信じるか、こんな……でたらめを。」
うめくようなサスケの呟きが、静寂を取り戻した部屋に虚しく響いた。


―前へ―  ―次へ―  ―戻る―

音隠れのメンバーと、仮面の男もといトビが登場。
音の里はよそが知らない間に、大蛇丸が殺されていいようにされています。
水月が地雷を踏んで香燐を怒らせるやり取りが一番楽しかったかも。
何となく水月には、面倒くさがりで約束をすっぽかしてもけろっとしてそうなイメージがあります。
なぜだろう。
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