はぐれ雲から群雲へ
                    ―22話・炎熱の赤き岩砂漠―

―灼熱砂漠―
じりじりではなく、じゅうじゅうという音が聞こえてきそうな程猛烈な熱波。
ここが国土の調査団さえも途中で引き返し、奥地に向かえば必ず死ぬと噂される灼熱砂漠。
溶岩石を含んだ赤茶の岩肌が切り立ち、大地は同じ色の砂礫で覆われた広大な岩砂漠だ。
吹く風はかまどの熱気のようで、吹き付けるだけで暑さが増した。
まともな人間なら、土地の人間ですら絶対に近寄らないという触れ込みは、真実だと確信させられる。
「あっつい……何だってばよ、これ。」
砂の里から直接ここに遥地翔で飛び、一気に何度上がったのだろう。
思考に陽炎がかかり、全身が茹で上がりそうな熱を感じる。これが、我愛羅達風の国の民さえ恐れる炎暑だ。
答案では間違いなくはねられるが、感覚的には「熱い」と書いてちょうどいい。
「っていうか……地下道ってこの近くにはないの?」
フウが見回しても、周囲にあるのはほぼ垂直に切り立った階段状の岩壁ばかり。
それらしき入り口はどこにも見当たらない。もっと先の方に進まないと無いのだろうかと、彼女は不安そうにした。
「だったら死ぬが、それはないだろう……なあ守鶴。」
「ああ。ちょっと待ってろ。道は今出すからよ。」
「そこ岩じゃん、道なんて――ええっ?!」
守鶴が手をかざして呪文を唱えると、岩壁に突如地下へ続く穴が開いた。
中に照明は無いため、狐炎が術を唱えてたいまつ代わりの黄色い火の玉を作り出す。
浮き行灯という明かり取り専用の妖術で、熱そうに見えるが大した熱はない。
「普段は封印してあるんだよ。勝手に使われちゃわないようにね。」
「これは狸にのみ伝えられるものでな。わしらと言えども解く事は出来ぬ。」
「そんなにすごいの?」
浮き行灯で照らされた広い地下道を先導する守鶴の後を付いて行きながら、ナルトが半信半疑で聞き返す。
同格の仲間にも解けない術と言われても、原理を知らないので即座には信じがたい。
「封印術にも色々あるんだよ。特定の種族だけに扱える奴とかね、そんな感じ。
もし壊したりなんてしたら、一発でかー君ちにばれちゃうって意味でも、解けないかなー。」
「そういうこった。ま、入れたとしてもこの道をまともに使える奴はそうそういねぇけどな。」
「どうして?」
フウが前を行く守鶴に訪ねた。
すると、彼ではなく我愛羅が口を開く。
「砂漠の地下道は複雑な構造をしているから、地図がないとまともに出口にたどり着けない。
運よく地上に出られたとしても、上は目印もろくにない砂漠だ。
だから不慣れな土地に行く時は、必ず案内人を付けるのが鉄則になっている。」
「確かに、すぐに迷子になりそうだってばよ。」
そういう意味もあって、守鶴を頼る事を狐炎達が即決したのだろう。
土地勘のある案内人をつけたいなら、風の国に本拠地を構える彼を頼るのが手っ取り早い。
「でも、何でそこまでしなきゃいけないの?
どーせ人間が来れないんだったら、あんまり関係ないんじゃなくて?」
疑問は1つではすまないので、フウは流れに乗ってもう1つ聞いてみた。
散々人間がまともに入れないと言われたこの砂漠に、どうして地下道を隠すような用心の必要があるのだろうか。
「それがだ。この灼熱砂漠には、今回探しに来た溶岩石の他にもう1つ特殊な鉱石が取れる。」
「何ていう石?」
「灼熱の欠片という宝石だ。砂狸が独占している品で、人間の市場には数えるほどしか流通していない貴重品だ。
これを他の妖魔に持ち出されないように、狸達はここを守っている。」
「へ〜。何かすげーの?」
そこまで独り占めにしたがるからには、よほど付加価値が凄いに違いない。
商売感覚のないナルトにも、それ位簡単に予想が付く。
「砂狸の男の子が、彼女とか婚約する女の子にあげるんだよ。
大事な求婚道具だから確保してるってわけ。ちなみに実物はそれねー。」
磊狢が守鶴のピアスを指差す。
逆三角状の透明な金色の石は、持ち主が手をかざして力を込めるとぼんやりした光を放ち始めた。
温かみのある黄色い光が、薄暗い洞窟でよく目立つ。
「うわ〜、きれい〜……。」
「フウも女の子だね〜。」
ピアスに羨望の視線を送るフウの目の輝きようは、監視生活育ちで世間知らずの人柱力と言えども、普通の女性と変わらない。
美しい物への憧れは、生き物の本能らしい。
「だけどこれは砂狸専用だから、人間はめったに手に入れられないぞ。
今市中に出ているのは、全部砂狸の恋人だった女が死んでから流れた奴だ。」
人間の間には数えるほどしか出回っていないこの石を手っ取り早く手に入れたかったら、
何よりも砂狸の男を口説き落とす甲斐性が必要である。
「分かってるって。ねえ、やっぱりアンタも奥さんにはそれあげたの?」
「ああもちろん。今の嫁の加流羅も首飾りにして持ってるぜ。」
守鶴は贈った石の大きさを指で作った3,4cmの幅で示して、上機嫌でフウの質問に答えた。
一般の宝石の基準ならかなりの大粒だろう。王の権力の賜物と言うべきか。
「嫁って言うな。撤回しろ。」
心底嫌そうに眉間に深いしわを刻んで、我愛羅が横からすぐに非難の声を上げた。
「我愛羅、言うだけ無駄だってばよ……。」
「そうだな。こやつが女の事で他人の話を聞いたためしがない。」
横から入れ物と中身が揃って忠告しているが、腹を立てている我愛羅は全く聞いていない。
彼はこの点に付いては鋼より強固な意志を発揮し、てこでも動かなかった。
(母ちゃん思いなのはいいけど、これじゃマザコンだってばよ……。
そりゃ、相手が守鶴じゃおれが我愛羅でも嫌だけどさ〜。)
(当たり前だ。色とりどりの美女を囲って、どれも麗しいと本気で言うような男ではな。)
筒抜けを承知で、ナルトと狐炎が声を潜めて守鶴をけなす。
女好きに点が辛いのは、この2人の希少な共通点である。
「おいてめぇら、喧嘩売ってんだろ?」
「まーまー、細かい事を気にしちゃだめだよ、かー君♪」
守鶴の眉間にしわが寄った端から、磊狢が横からうやむやにしにかかってきたので、彼はちっと舌打ち1つで矛を収めた。
そもそも今は急いで用事を果たすのが最優先だ。喧嘩をしている場合ではない。
―マジで後で覚えてろよ……てめぇら!―
しかし恨みだけは、しっかり心の備忘録に書きつけておく。
すでに急な呼び出しの件で1つ書きこまれていたところに、追加されたとも言うが。
守鶴の記憶力は、こういう事に関しては決して悪くない。
それを知ってか知らずか、しばらく歩くうちに先程の会話をすっかり忘れた様子で、ナルトが途中立ち止まって声を上げた。
「あ、あそこに水があるってばよ。飲める?」
「試してみろよ。」
守鶴は、彼が見ていないところでにやっとほくそ笑む。
「うっわ不吉……しかもぬるっ!何だってばよこれ?!」
ナルトが恐る恐る口に含んだ水は、ぬるい風呂のようだった。地下水とは思えない温度に驚くあまり、つい吐き出しかける。
どうしてだろうとその様子を見て考えたフウが、ふと思いついて手を打った。
「もしかして、溶岩石のせいじゃないの?この辺の地層にぎっしりだったりして。」
「水が温泉になるって……うげぇぇぇ。」
そう言えば降りてきたこの地下の気温も、日が差さないにもかかわらず砂の里の周辺と大差が無い。
地上も地下も、赤茶色の溶岩石だらけで地獄の熱気。
それは事前に聞いていたとは言え、地下水までこの有様と知ると戦慄する。
「やれやれ、つくづく非常識な場所だ。守鶴、先を急いでくれ。さっさと帰らないと熱死する。」
地下に居る分には我愛羅は耐えられるが、ナルトとフウが持たないだろう。
彼には人間仲間の体調が気がかりだ。
「んじゃさっさと歩けよ雑魚助共。おっと、嬢ちゃんはばててきたらすぐにドMせっついて乗れよ。」
「えー、おれらがばてたら?」
「置いてくに決まってんだろ。まんま干からびちまえ。」
さっきの恨みか守鶴の態度はとことん冷たい。
そうでなくても彼は異種族の男に氷河よりも冷たいが、実質死ねと言っているのだから手酷いものだ。
「言うと思ってたってばよ!でも差別!!」
「あはははは〜。大丈夫だよー、僕の背中に2人ともちゃんと乗っけてあげるから〜♪」
けらけら大笑いしつつも、磊狢がしっかり2人の分の安全保障をしてくれた。
「それは助かる。いざという時はよろしく頼む。
まったく、どこかの女狂いと違ってあなたはとても親切だな。」
「そーそー、やっぱSよりMの方が優しいってばよ。わーいドMさんばんざーい。」
「いや〜ん、照れるなー♪」
よせばいいのに売られた喧嘩を買って、ここぞとばかりに自分の相方に当てこすりを始めるナルトと我愛羅。
磊狢を称えている暇に、彼らには危機が迫っていた。
「ねえアンタ達、後ろ。」
『ん?』
フウに言われて仲良く振り返ると、当然待っていたのは目が全く笑っていない守鶴と狐炎の顔だった。
「まゆなし。」
「ナルト。」
『地上をのんびり散歩しないか?』
『絶対嫌だ!』
これまた仲のいい異口同音の断り文句。
フウは肺一杯空気を吸い込んでから、それを全部吐き切る深い深いため息を付いた。
「は〜〜〜……ばっかみたい。」
「どうしたの〜?」
「いつもとメンバー違うはずなのに、何で漫才になるわけ?」
先日と違い、いつもボケをかます老紫が居らず、割と真面目な我愛羅が代わりに入っているはずなのに、
結局妖魔と喧嘩になって締まらない会話の流れになるのは、彼女にとっては解せない話だ。
「それはねー、人柱力と妖魔の宿命って事だよ♪」
「そんな宿命嬉しくない……。」
せめて無駄につっかかる喧嘩はやめろとたしなめてもいいはずなのだが、
そこまで面倒を見てやる義理はないという事か、単に暑くてどうでもいいのか、フウはこれ以上両コンビに触れなかった。


その後はフウのうんざり気分が天に届いたのか、
人柱力と妖魔の喧嘩の宿命は幸いにも鳴りを潜め、道も案内のおかげで順調に進んでいた。
そして坂道と直線の道の分岐点に差しかかった時、守鶴がこう言った。
「さて、この道はここまでだ。一回出るぜ。」
「え、何で?あっちは外だってばよ。」
ナルトが指差す坂道の先には、外から差し込む光が見える。
前もった説明がなかったので、彼はてっきりずっと同じ穴の中を進むとばかり思っていた。
「採掘用の穴は、ここから出たら下ってすぐの所にあるんだよ。即入れんだから我慢しやがれ。」
「うー……。」
「やだなー……。」
我慢しろと言われても、冷房の効いた部屋から外に出るような億劫さはかなりのものだ。
それでも嫌々地上に繋がる坂を上って洞窟を出ると、網膜を焼くようなまぶしい光が目に刺さった。
日差しが強い時間帯なので、まともに太陽の方を見る事なんてとても出来ない。
立ち上る熱気は、砂漠の入り口で感じたものと同じだ。
「まぶしいねー。」
この日差しは妖魔でもきついようで、磊狢が太陽から顔を背けて目を忙しく瞬かせている。
狐炎も袖で顔を隠して、目が慣れるのを待っているそぶりを見せていた。
ただしすぐにまた使うと分かっている浮き行灯の明かりは、灯したままにしている。
「暑い……あ。」
「我愛羅?」
「見ろ。すごい景色だ。」
我愛羅に勧められて、ナルトは改めて周囲に目を向ける。そして、息を呑んだ。
「うわーっ……。」
そこには、低地だった洞窟の入り口からでは見えなかった砂漠の一面があった。
実は洞窟の出口は高台の中腹のような場所にあり、眺めがなかなかにいい。
切り立つ険しい断崖に、段々畑のような階段状の台地。起伏が大きい複雑な地形が、眼下と周囲に広がっている。
砂漠を一望とは行かないが、この砂漠が遥か遠くまで続いている事は一目瞭然だ。
「すっげー、こんなだったんだ!」
思わず足を止めて、きょろきょろと辺りに目をやる。
不毛な土地ではあるが、濃淡が混じる赤茶の岩が作った自然の造形は、好奇心を十分刺激する。
「いいだろ?日暮れには空も地面も真っ赤に染まってよ、黄昏の風情満点だぜ。
考え事しながらぼーっと見た日もあったな。」
「へー……暑さ平気だったら見れんのになー。」
残念そうにナルトが相槌を打つ。絶景自体は素直に楽しむクチなので、暑さに耐性がない我が身が惜しいらしい。
赤い砂漠に沈む夕日は、燃え上がるように雄大な光景だろう。
もっともここでその光景をのんびり眺めるには、頑丈な妖魔の体でもなければ不可能だ。
「こんだけ暑くなければねー……。うう、くらくらしてきた。アンタ達、平気?」
「うー、おれはもやもやする。黒こげになるってばよ。」
風景に見とれて暑さから逃避したのも一時的で、すぐに熱気が脳の働きを鈍らせにかかってくる。
情緒も何もあったものではない。
「俺はひたすら暑い。さあ、降りるぞ。」
先ほど守鶴が言っていたと思われる穴は、もう正面方向を見下ろすと口を開けているのが見えるほど近い。
我愛羅に促され、すとんすとんと飛び降りるように大きな段差を下る。
人間は暑さでもうろうとするから、努めて着地には気を使った。
「よし、そこの穴だ。足下はまた坂だから気を付けろよ。」
守鶴に指示された穴に入るため、最後の一段を降りた時。
そこでちょうどよそ見をしたナルトの目に、少し離れた岩陰からはみ出す妙な黒い塊が映った。
「ん?」
黒い塊が気になって、仲間からそれて岩のそばに近寄る。
「ナルト、どこへ行く。」
「変なものが落ちてるんだってばよ。ほら、あそこ。」
咎める狐炎の声で振り返り、気になっている岩陰を指差す。
放っておけばいいかもしれないが、ナルトには妙に気になった。
「あそこに?」
「そうそう。」
こちらにやってきていぶかしげに尋ねてきた我愛羅に、ナルトはうなずく。
流れで全員が件の場所に近づいて確認すると、黒っぽい塊は濃い茶色の布だった。
「どれどれー?」
正体を確かめるべく、磊狢が躊躇なくひょいと動かした。
「うわっ!」
「何これ、人間?」
ナルトがぎょっとして声を上げる。
全身すっぽり濃い茶色の外套で覆っているためわかりにくかったが、横向きにしたら人の顔が付いていた。
しかも、死んで大して経っていない男性の死体である。
「ちょっと見せてくれ。」
我愛羅が割り込んで、男の顔をじっと凝視する。鑑定をするような真剣な目つきだ。
瞬きさえもろくにせず、食い入るように見ている。何か重要人物であるようなので、誰も彼の邪魔はしない。
「見覚えがあるか?」
狐炎が尋ねると、少し間を置いてから彼はうなずいた。
「……やっぱり。こいつは明け烏のメンバーだ。」
「明け烏って?」
「暁の下っ端だって噂の連中だな。
こそこそ嗅ぎ回ってやがるのは掴んでたが、こんな所にまで首突っ込んでやがったとはよ。」
ごみでも見るような顔で死体を見ながら、守鶴が説明をした。
自分の領地の中でも大切な場所に侵入されて、かなり面白くないらしい。
「一体何のために?だってここってば、人間が入ってもだめだってんのに。」
いま少し外に居るだけで、のぼせる暑さだ。組織を支援するためといっても、そうそう入る気にはなれない土地だろう。
ここに暁が欲しがるような物があるなら別だが、そんな話は今のところ聞いていない。
「この重装備に、起爆札とつるはし……多分、俺達と同じく鉱石採取だろう。
しかも運が悪いなこいつは。見ろ、この傷を。」
我愛羅が示した首筋は、べったりと赤黒いしみが付いている。
傷口は大型の獣の爪で引き裂かれたようになっていて、首の下まで裂けていた。
「あらら〜、ばれちゃったんだね。」
「まさか誰も帰ってこないのって……。」
傷口の状態と磊狢の口振りで、もう土地に詳しくなくても加害者の正体が分かってしまった。
「たまーに途中まで来るしぶといごうつくばりは、おねんねいただくってこった。
まあ、ほとんどは手を下すまでもねぇけどな。」
「そりゃ砂も断るってばよ……。」
炎暑にかろうじて耐えても、砂狸の餌食では報われない。
にやっと口元を歪めた守鶴の笑みに背筋に寒気を感じて、ナルトはぶるりと身を震わせた。
フウも口元が引きつっている。
「……国土の調査団って人達、運良かったんじゃない?」
「いい子に測量だけやってたから、子分が見逃してやったんだよ。
地図を作るっていうのは大事な仕事だからな。」
彼の言いようからすると、砂狸達は多分こっそり見張って様子をずっと見ていたのだろう。
地図を作る事を目的に入ってきた調査団は、土地の特徴を調べるためなら多少は岩石の採集もしているだろうが、
あくまで職務に忠実で妙な気を起こさなかった。
故に砂狸達は彼らに危害を加えず、立ち去るまで影からそっと伺うだけで済ませたのだろう。
「うへぇ。ところで、こいつどうするんだってばよ。持って帰って調べなくていいの?」
「んなごみ、身包み剥いで放っとけよ。……って、言いたいところだけどな。
死体ばらして分かる情報はまゆなしが入用だろうからよ、拾ってってやるか。」
守鶴はそう言いつつ、死体の懐から金品や身分証明になるものなど、めぼしい物を抜いて自分の懐に収める。
死体本体は、何かの符を貼り付けてそのまま転がした。回収時の目印になるのだろう。
「傍から見ると追いはぎだな。」
「てめぇも身包み剥がれたくなかったら、黙っとけ。」
率直な感想をよこした我愛羅をにらむ。だが、同じような事は他のメンバーも考えていた。
「その金は、賭場を泣かせるための種銭行きか?」
「人聞き悪いぜ。こんなはした金じゃ里の足しにはならねぇし、有効に使ってやるんだよ。」
狐炎に呆れ半分でつっこまれても、守鶴はニヤニヤ笑ってうそぶくだけだ。反省のはの字もない。
予想通り、後で博打錬金術の元手として大金に化けてしまうだろう。
いくら亡き持ち主が犯罪組織の構成員とはいえ、若干哀れである。
「まごう事なき追いはぎだね〜、かー君。そういう所もSっ気あって好きだけどー。」
サドではなくがめついのではないかという指摘が入ってもおかしくは無かったが、
人間達の頭の回転が暑さで鈍っているので、それ以上は誰もつっこみを入れなかった。
死体の当面の始末が付いたら、早く本題の洞窟に入らないといけない。
今度こそ洞窟に入ると、そこはなだらかな坂道。
傾斜が緩やかだが足元は暗いので、滑らないように気を付けて降りていく間に、ここも広い空洞があると知れた。
手を伸ばしても、天井には到底手が届かないほど高い。
「ふう、やはり洞窟の方が涼しいな。」
「外よりはね。でも暑いー……。」
「きっともう少しだってばよ、頑張ろ。」
フウを励まして、ナルトは自分にも言い聞かせる。もう採掘用の穴なのだから、ここからさらに後半日なんて事はないだろう。
「まあな。後もうちょいだし、水飲みながらもう一踏ん張りだな。」
人間達の体調だけは確認しつつ、適当に景気づく事を口にする。
気休めでもなんでもなく、目的地は本当に後もう少しの場所にあるのだ。


それから休憩を挟みつつ歩いていくと、待望の目的地が現れた。
そこはよく採掘する場所らしく、濃いレンガ色の岩にはたくさん掘った後が残っている。
断面は、道中でも時折見た黄色い石がまだらに混ざって光っている。この部分は灼熱の欠片の原石だ。
「ここにいい石があるわけ?」
「溶岩石も灼熱の欠片も、良質の物は同じところで取れる傾向にあるらしい。
何しろ溶岩石が母岩だからな。関係があるんだろう。」
「で、これをつるはしか何かで掘るわけかー。」
「そんなところだな。ただし、その辺のつるはしじゃ硬くて話にならねぇからな。
こいつを仕掛けるんだよ。」
守鶴がどこからともなく、見慣れない道具を取り出した。
つるはしどころか、手に持って使うにはかなり使いづらそうな三角形のくさびは、先に行くに従って厚みが薄くなっている。
根元に当たる底辺部分には丸い金属の輪があり、ここに紐に結ばれた術式符らしき物が付いていた。
「これ、術式符?」
「……というよりも、紙が付いたくさびだな。」
「これは裁断くさびって道具だ。こいつを金槌で打ち込んで、切り出したい範囲を囲え。
その後はくっついてる紙の赤い部分の真ん中に放つの放って書け。そしたら準備は完了だ。
ちょっと離れてから『弾けろ』って叫べばいい。したら後は、勝手に切れてお手軽って寸法だ。」
要するに、妖魔が使う採掘道具の一種という事だ。
便利な道具だから、事前に準備してきてくれたのである。
「あ、最後の掛け声はおれやりたい!」
「えー、アタシだってやりたい!」
締めを争って、にわかにナルトとフウの主張合戦が始まった。
興味がない我愛羅が横で困惑している。
「なら、準備の後にじゃんけんで決めてくれ。俺は別にいいから。」
それほどこだわるところでもないだろうにと彼は首をひねるが、
年齢不相応な落ち着きも持つ我愛羅には分かりにくいだけで、実際は驚くほどの反応でもない。
「……こういう事になると、生き生きとしだすな。」
「可愛いよね〜。」
「お子様って事だけどな。」
妖魔3人が口々に年長者目線のコメントを残した後、全員総出で準備を始めた。
ちなみにじゃんけんはきちんとくさびを打った後に行われ、三回勝負でナルトが勝った。
「よーし、行くってばよ!『弾けろ』!!」
妖力も霊力もないナルトの威勢のいい掛け声。すると何の力もないただの声が、言霊のようにくさびに作用した。
4つ打ち込んだくさびが光り、開放された妖力が囲まれた範囲で切り取るように直線状に広がる。
後はあっという間で、まるでカッターのように硬い岩が切れてしまった。
「おおっ、すっげー!」
「ほんとに切れちゃった!」
ナルトとフウが子供のように大はしゃぎする。我愛羅も目を丸くして、すっかり感心していた。
「便利だな……任務に使えそうだ。」
これだけの切れ味なら使い道があると思った次の瞬間には、色々な案が我愛羅の頭に浮き出し始めた。
後で参考に製法を聞いておこうと決意してから、まずはこの後の片付けに頭を切り替える。
「これだけあれば良かろう。」
「後はこいつを細かくっと……おい手伝えドMむじな。」
「はーい。」
切り出したばかりの大きな溶岩石の塊の前に出て、守鶴が磊狢を手招きした。
今度はこの固い岩を細かくする作業が待っている。
「えー、何で細かくするわけ?」
「灼熱の欠片の持ち出し制限だよ。人間如きに、棚ぼたでおいしい思いさせられっか。」
「なるほどね。」
しかしこの説明で、求婚道具ごと持っていかれたら確かに困ってしまうなと納得したのは、人間ではフウだけだった。
「ちぇー。売ればお金持ちになれるかと思ったのに……。」
「里の財政の足しになるかと……。」
あからさまな金銭欲が、ナルトと我愛羅の口と顔からはっきり漏れている。
用途こそ片や旅費、片や里の資金の違いはあるが、いずれにしろ宝石すなわち多額の現金の元という思考回路に変わりはない。
眼底に書かれた金の文字が表面に透けて見える。
「誰がやるかよ。欲しけりゃ加工前の裸石に20万両、加工賃に4万両払いやがれ。」
「高っ!ぼったくりだってばよ!!」
「人間の末端価格で売りつけるとは……さすがエロ狸。隙のない卑怯さだな。」
庶民だったらローンを組まないと買えっこない高価格。
未成年相手に大人げないが、くれてやる気がない事だけはよく分かる。
「ちっくしょ〜。あんな事言って、我愛羅の母ちゃんにはどーせ一番いい奴をただで上げたくせに!!」
「へー、今日日の人間の野郎共は、結婚指輪の代金を女からせしめんのか。
しみったれてんなあ〜。ああ、そんなんだからてめぇらは女日照りって訳か。」
ナルトが悔し紛れの悪態を付いたせいで、守鶴から入れられた反撃で止めを刺された。
彼女居ない暦イコール生涯のナルトにとって、これは逆上するくらい痛い。
「うっがー!ちょっ、狐炎あいつ殴って!おれの代わりに5回位殴っといてくれってば!!」
見え見えな守鶴のあおりに引っかかって、ナルトは怒髪天を突いた。
ただ、怒っても自分では敵わない事を承知した言い草が、若干の哀愁を帯びるが。
「守鶴、選別が済んだ分はここに入れておくぞ。」
「おう、そうしといてくれ。」
しかし悲しい事に、敵の関心はもう選り分け中の溶岩石に移ってしまっていた。
「シカトかってばよ?!」
「アンタお約束過ぎ。」
呆気に取られるナルトの背中には、とうとうフウからも冷たい一言が付き刺さった。

そしてしばらく。磊狢が術で上手に粉砕したおかげで、大きな岩の塊もさっさと宝石の原石との選別が済んだ。
後に残ったのは、細かくなった溶岩石が入った大きな麻袋2つと、灼熱の欠片の原石が入った小さな袋である。
細かくなった上に宝石と分けたとはいっても、やはり石の麻袋は人間が持ち歩くにはかなり重くかさばる。
仕分け後の袋を見かねた我愛羅が、懐から白紙の巻物と筆記具を取り出した。
「このままだと持ち歩きに不便だな。これを使おう。」
「あ、もしかして口寄せの巻物を作るの?」
「ああ。ただ、1つがこんなに大きな物を封印した事はないから、うまく行くかは保証の限りじゃないけどな。」
そう言いながら、我愛羅は所定の書式で術式を巻物に書き、麻袋の前にそれを置いてから複雑な印を結ぶ。
すると麻袋は2つとも吸い込まれるように巻物に消えて、術式の四角く空けられたスペースに「岩」の文字を浮かばせた。
「さっすが我愛羅、大成功だってばよ!」
「褒めても何も出ないぞ。ほら、持っていろ。」
早々と墨が乾いた巻物をくるくると巻き、ナルトに手渡す。
「おう、サンキュー!あ、なくさないように財布と同じ袋に入れとこ。」
ごそごそと荷物袋を開いたナルトは、すぐに受け取った巻物をしまいこむ。
万一なくしたら困るので、ちゃんとしまった事を覗いて慎重に確認してから口を閉めた。
「ところで、向こうにはすぐに戻るのか?」
「んー、どうする?今日はもう疲れたってばよ。」
まだ夜にはなっていない時間だが、慣れない酷暑のせいで体力の消耗は非常に激しい。
用時が済んだら、出来るだけ涼しい所ですぐに休んでしまいたい気分だ。
そんな人間達の思惑は、もちろん傍で見ていた妖魔にも分かる。狐炎は大して時間をかけずに考えをまとめた。
「そうだな。さすがにこれ以上の強行軍は良くない。今宵は付近にある人間の宿で泊まるつもりだ。」
「あっちには明日行くの?」
「おじさん意地悪したし、遊びに行っちゃってもいいんだけどね〜。」
もしおじいちゃん達の方が終わってたらどうすんのよ、馬鹿むじな!」
「や〜ん。」
茶々を入れた磊狢が、腹を立てたフウに踏みつけられてふざけた声を上げた。
今はこんなものに構っている場合ではないので、無視して話は進む。
「町の位置は大丈夫だろうなあ?何ならついでだ、後で連れてくまではやってもいいぜ。」
「そうしてもらうとありがたい。この辺りもずいぶん変わっておるだろう。」
ナルト達は砂の里の周囲だけではなく、この辺りの事情にも明るくない。
守鶴の提案は渡りに船であり、非常にありがたかった。
「まあな。この辺は元々でかい町はねぇし、仕方ねぇよ。」
灼熱砂漠の近くは、少し離れた場所でも他より気温が高いせいか、昔から大きな集落が出来たためしがない。
故に小さな村が出来ては消えを繰り返すので、割と頻繁に地図を書き変えないといけないような土地柄なのだ。
「出来ればもーちょっと涼しそうなところがいいってば……いや、やっぱいいや。」
遠くまで移動すると、その分守鶴は妖力を消耗する。
すでに今日は無理を重ねて聞いてもらっている事を思い出して、ナルトは願望を引っ込めた。
「疲れたなら気を使う事はない。どうせ移動は術でやる。」
「ったく、人任せだからっていい気なもんだな。唱えるのは誰だと思ってんだ?」
我愛羅の勝手な安請け合いが気に食わず、守鶴が横からちくっと刺す。
もっとも可愛げを地平の彼方に投棄済みの彼は、全くこたえていない。
「本体の傍なんだから、お前だって充電は容易だろう?今夜は丸々非番だしな。」
だから文句を言うなという、気遣いが微塵も感じられない続きが聞こえるのは、恐らく周囲の勘違いではないだろう。
彼の守鶴に対するここまでの態度がそう言っている。
「溜めた端から消耗させやがるてめぇが言うか!ったく、金ドリアンの方が若干マシってどういうこった。」
「うわっ、何か全然褒められた気がしないってばよ……。
っていうか、違う意味で大丈夫かな……この2人。」
ここに来る前に言った忠告を我愛羅がちゃんと今後守ってくれるのか、ナルトは何となく不安になってきた。
そして、それは狐炎も同じだったようだ。
「……鼠蛟はさじを投げるであろうな。間違いなく。」
まさに医者がさじを投げる。
馬鹿に付ける薬がないのはいつもの事だが、守鶴と我愛羅の不仲にも付ける薬はなさそうだった。


―前へ―  ―次へ―  ―戻る―

暑苦しい灼熱砂漠が舞台なので、暑苦しさがちょっとでも伝わるようにと思いながら書きました。
ルンファクのソル・テラーノ砂漠とギガント山の曲には、気分を乗せる的な意味でとてもお世話になっています。
ナルト達にとっては当てになる、けど一番揉めやすい一尾コンビの喧嘩は今回も引き続き発生。
クールで年不相応に落ち着いたかっこいい我愛羅は、守鶴が一緒の時はかなり出づらいみたいです。
さて、次は山脈に出かけた四尾・二尾コンビに移ります。
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