はぐれ雲から群雲へ
                   ―20話・太鼓持ちと我侭陛下―

ここは会議室。一行は別室でまた待たされた後、ユギトに案内されて食事のためにここにやってきた。
本来はもちろん、食事の場としてふさわしくない部屋だ。
しかし一行の6名という人数及び、内3名が妖魔王という高貴な身であるからして、
皇河が狭い客室でのもてなしは招いた側の恥になると強弁し、雷影が妥協して空いた手頃な会議室を急遽会食場にした。
蛇達がしつらえた室内は、床は毛足の長いじゅうたん、壁は艶やかな厚地の布で覆われている。
陳腐な言い方をすれば、まるで高級飯店さながらの風格。
元々あったはずの備品も面影も、どこかに追い払われてしまったようだ。
中央の2つの卓は2色に分かれ、椅子をいくら引こうがぶつからないほどゆとりを持って設置されている。
より高級そうな卓の方に妖魔達が通され、それ程でもない方に人間達が通された。
女官の短いが堅苦しい挨拶の後にようやく食事が始まったのだが、何とも浮世離れした感覚は否めない。
「な、何だかなあ・〜・・。」
箸で酢豚をつつきながら、引きつった顔でフウがぼやいた。
ここには給仕のために4体の蛇の女官がいる。
いずれも唐衣をまとった美女の姿をしているのだが、微笑んでいるだけで最低限度以上の口は利かない。
主人の言いつけなのだろうが、そもそもこういう貴人向けのもてなしに慣れていない身には落ち着かないものだ。
料理の味はとても良く、なじみのメニューでも段違いの美味なのだが、味わう心の余裕が乏しいのが本音である。
「フウ、もっと食わんと胸が育たんぞい?」
「何でそこで胸が出てくるわけ?!ほっといてよ!」
茶々を入れた老紫に向かって、泡を飛ばす勢いで怒鳴り散らす。
胸は関係ないし、大体食べて素直に育てば苦労はない。フウの神経は思い切りささくれ立った。
「はいはい、そんなに怒らないのー。
あ、そうだ。お姉さん達、もうこの後はこっちで好きにしちゃうから、いったん皆下がって欲しいな。
それで、食器下げる時にまた来てくれる?」
磊狢は隣の卓の喧嘩を笑いつつ、さらりと女官にそう申し付けた。
「給仕は無用と仰るのですか?」
4人の中で一番格が高い、人間で言えば30代の外見の女官が、彼の言葉に少し目を丸くした。
「連れがこのような厚遇に慣れておらぬのでな。食が緊張で細るのだ。
主の咎めがあるのなら、客のわがままとでも気まぐれとでも言っておけ。」
「それでは、御用がございましたらこの呼び鈴にてお呼び下さいませ。すぐにお伺いいたします。」
狐炎が理由を言えば特に彼女は異を唱える事もなく、微笑みを作ってそう言った。
テーブルの上に、細かいツタの細工が施された呼び鈴が置かれる。
「皆様方、どうぞごゆるりとおくつろぎ下さいまし。」
拱手(きょうしゅ)の礼を取り、女官達は退室した。隣の部屋に待機するのだろう。
ドアがわずかな音をたてて閉じてから少しすると、はーっと露骨に息を吐いた音が部屋に響く。
「う〜〜〜、緊張したってばよー……。」
「ねー。部屋に入る前は待たされるし、
待ってる間からお茶とか何とかでさっきの人達がずーっといたし、もー。」
よほど肩が凝る心地がするのだろう。フウは露骨に息を付いて、背中を丸める。
カウンター席での食事すら嫌う彼女はもちろん、人見知りはしないナルトでさえ、ここでのもてなしは気疲れしてしまった。
何かというと女官に世話されるのだ。かしずかれる身分というのは誰しも憧れるはずのものだが、いざそうされるとなかなか疲れる。
「そーそー。変な事出来ないし疲れたってばよ。何でじいちゃんだけ平気なわけ?」
何しろ、まずは待遇を一緒に出来ないとばかりに妖魔と人間で待つ部屋を分けられて、その上でのもてなし。
正直、3人とも礼儀作法にはまるで自信がない人間ばかりだったので、
妖魔と分けられたのはその意味でも気が気ではなかった。
そんな中、老紫が1人だけ堂々と接待を受ける光景は残る2人には異様だった。
「だってわし、鳥の家で慣れとるし〜♪」
「あーっ、何それ!ずるいってばよ〜!」
「ふっふーん、わしセレブー。」
胸をそらして、老紫は無駄に威張る。
「……喧嘩はどうでもいいから、椅子を持ってこちらへ来い。」
「え?もしかしておかずくれるの?」
「食う必要の無い者が、無駄な食い気を出してどうする。いいから食べておけ。
道中では滅多に食えぬ高級品だぞ。」
「マジ?!よっしゃー!」
ナルトがいそいそと椅子、ついで皿とご飯を持って狐炎の席の隣に来ると、箸で取ったあわびの身が皿に転がり込む。
ほのかに酒が香る、肉厚な存在感が食欲を否応無くそそった。
「……っていうか、よく見るとアンタ達の皿があからさまに豪華なんだけど、やっぱ王様だから?」
同様に移動してきて磊狢の隣に座ったフウが、あからさまに自分達の卓と様子が違う光景を見て呟く。
ご飯を別にすると人間達の皿は汁物と肉、魚の計3つだが、
妖魔達の皿はそれに加えて点心や甘味があるため6つもある。
載っている料理も、後者に使っている素材の方が豪華そうに見えて仕方がない。
「そう。本当なら、この部屋も分けるつもりだったはず。」
「何で?」
「お前達は、いいところで従者扱いだからな。本来、身分の低いものは貴人と同じ席で食事は取れぬ。
都合でそれは出来なかったが、料理の格だけはあからさまに分けてきたという事だ。」
30人は優に入れそうなこの会議室であるが、正式なやり方ならいくら広くても貴人と従者を混ぜたりはしない。
雷影が用意できる範囲では二部屋は適わなかったから、向こうは仕方なく一緒にしているだけなのである。
「うー……なんかなあ。もし我愛羅が居たらさ、そっちにもおれと同じの出すかな?」
妖魔の部下になった覚えは無いのに、従者扱いは面白くない。ナルトは渋い顔をする。
「人間の間で身分があると言っても、妖魔にとってみれば獣の群の長とそれ以外のようなものだ。
こういっては少々障りがあるが、あやつは正式な軍の将などではない。1皿増やすのがせいぜいだな。」
我愛羅の立場は、言い換えれば大名のお抱え傭兵集団の長であり、領主としては国内に数多ある町を1つ預かるに過ぎない。
種族を抜きにしても、一種族を束ねる王とは比べるべくもないのだ。
「やだな〜。あ、それちょうだい。」
「全部はやだよ〜。」
愚痴を言いつつ、フウが遠慮なく磊狢の八宝菜からうずらの卵をさらっていく。
人目が気にならなくなったら、急に普段どおりの食欲が戻ったらしい。
「ん〜、うずら最高♪」
「わしにもあわび……。」
ご馳走に舌鼓を打つ若手2人をうらやみつつ老紫が鼠蛟の皿に箸を伸ばすと、スーッと皿が逃げた。
当然、皿の持ち主が逃がしたのだ。
「嫌だ。」
「何でじゃー!」
「皿ごとさらうから。」
鼠蛟はそう言って、食われる前にとさっさとあわびを自分の口に放り込む。
横で自分の人柱力が騒ごうが、知った事ではないらしい。
すでに人前に見せられない、よく言えば普段の雰囲気の食卓になってきたところで、
もらったあわびをしつこい位よくかんで味わっていたナルトが、思い出したようにこういった。
「あ。あのさー、そういえばさっきの偉そうな奴。
皇ちゃん……って磊狢が言ってたけど、本名言ってたっけ?」
「奴は皇河(おうが)だ。蛇の長であり冥王の異名を持つ、妖魔界の嫌われ者だ。
先程の通り、絵に描いたような暴君でな。気に食わねば平気で切り捨て、目を付けた女は人妻であろうと後宮に入れる。」
「頑張った子にはご褒美一杯くれるんだけどさー。他は正直ちょっとね〜。
あっちこっち攻めてくるからやな感じだし、愛が無いんだよね愛が。」
えびのシュウマイをほおばる合間に、磊狢が大げさに肩をすくめて言った。
「ふーん。アンタが昔読んでくれた絵本のお殿様みたい。」
「ほんとだってばよ。何でそんな奴が、お前らみたいに何千年って王様やってられんの?」
今回は磊狢の風変わりな言い草も、意味が合っているように聞こえる。
確かに愛情なんて欠片の持ち合わせもなさそうだ。
「奴は恐怖で部下を抑える。罰に男女の別は無論無く、逆らえば配偶者と子の命は無い。それ以外の親類の位も取り上げだ。
さすがに繁殖力の低い妖魔でやれば損の方が大きい、一族郎党皆殺しなどと言う事はないが、
身内にまで己の累が及ぶとなれば恐ろしくて敵わぬ。」
そうそうと、鼠蛟が無言で相槌を打つ。皇河の政治は、いわゆる恐怖政治なのである。
蛇族で最も力の強い皇河に敵う者がいるはずもなく、大人しくしているのだ。
「とはいえ、王の不在でかなり荒れたらしい。多分、一番。」
「そう言えば、おぬしが言っとったの。」
「え、おじいちゃん聞いたの?」
妖魔の裏事情を老紫が知っているのは意外に感じて、フウが聞き返した。
話を振られた側はそうだとうなずく。
「そうじゃ。確かもうずーっと前じゃがの。どっかで蛇の群が中央に歯向かって、鎮圧されたっちゅう話じゃ。」
「皇ちゃんが身動き出来ない間に、お城を押さえようとしたんだよ。
でも、皇ちゃんの奥さん兼懐刀のこわ〜〜いお姉様達に、まとめて成敗されちゃったんでしょ。
大体想像付いちゃうよ。」
実のところ、それが誰も皇河に逆らえない要因なのかもしれない。
妻という名の参謀達は、夫の留守を預かり厳しく目を光らせる。
彼女達は皇河の寵愛を得るため、それはそれは熱心に働くのだろう。
「旦那が旦那なら、奥さんも奥さんか。あーやだやだ。どうせ性悪女ばっかりなんでしょ?」
顔を思い切りしかめて、フウはぼやいた。
「否定はせぬ。男の趣味が悪いのは明白であるしな。」
「うーん……聞けば聞くほど、とんでもない奴だってばよ。……で、何でそんな奴があわびくれんの?」
性格を知るにつれて大きくなったものの、自分の常識ではさっぱり出せない謎について、
ついでとばかりにナルトは質問を投げかけた。


一方その頃、ここは雷影の私邸の一室。噂をされている当人・皇河は、不機嫌そうな顔で長椅子にかけていた。
眉間にしわを寄せたまま、前に立っている男に相対している。
「ご機嫌斜めで駄目な感じ?八つぁん、ご機嫌直してくれよー。」
雷影と同じ髪と肌色の、黒いサングラスをかけた筋肉隆々の男。年の頃は30代半ばから40代。
白いマフラーと支給品の胸当てしかつけていない上半身は、片方の肩にある鉄の一文字と、左目の下の2本の入れ墨が目を引く。
体格がいいから威圧感を与えそうな風貌だが、軽い言い回しのせいかちっともそんな雰囲気はない。
「うるさい。文句はお前の兄に言え。」
見た目どおりの機嫌の悪さのため、皇河はすげなく言い捨てる。
「おー、つれないねえいけずだねえ♪ま、ここはお酒でも飲もうぜお蛇様ー。」
「余の機嫌が悪いのは、お前が妙に節をつけて物を言うせいも多分にあるのだぞ。」
文句を言うが、適当な鼻歌交じりに杯に酒を注ぐ男は、ちっとも耳に入っている様子ではない。
彼にとって、この位の不機嫌は恐れる対象ではないのである。
機嫌取りの晩酌が始まろうという時、ちょうど雷影・エーが帰ってきた。
「おお、ビー。帰ったか。」
「へいブラザー♪今日はびっくりどっきり大事件があったらしいじゃねえの。」
ビーと呼ばれた男は、酒を注ぎ終わると振り返って兄を出迎えた。
「うむ。ユギトの砦が襲われてな。ユギトは無事だったが、助けたのがそうそうたるお方達だった。
驚け、何と陛下と同じ妖魔王と、その連れの人柱力だったのだ。しかも3組も。」
「えええっ、そりゃすごいぜ!……で、なんでうちに?」
ビーは聞いた瞬間は大げさなくらい驚いたが、すぐに声を落ち着けて聞き返した。
彼の疑問の答えは、前に居るエーではなく横に座っている皇河から返ってくる。
「風影とやらの使いを名乗ってやってきたのだ。奴らめ、何を思ってか人柱力を集めて回ると言いおった。」
「へえ……で、来たのは誰なんだい?」
「鼠蛟、磊狢、狐炎……と言っても、お前達にはぴんと来んか。四尾・七尾・九尾だ。」
「ブラザー、これって確か。」
思わずビーは声を潜めた。エーは応じて深くうなずく。
「うむ、間違いない。全員、里から行方不明になっている人柱力がパートナーのはずだ。」
人柱力3人の顔は素顔も含め雲隠れにも全員分の情報はなかったが、
鼠蛟はずいぶん昔から人柱力が里に不在である事、狐炎は最近木の葉が何やら騒がしい事、この位の情報として入ってきている。
「となると、滝隠れ崩壊で里を無くしたのが七尾の人柱力……。」
「暁の連中、裏稼業じゃ飽き足らねえよって感じじゃねえ?」
面白いことなら歓迎だが、きな臭い事態はあまり歓迎できないので、ビーも少し苦い顔になる。
「ふん、身の程をわきまえん奴らめ。
下賤の思惑はともかく、あのような賊を放置しても害にしかならんぞ。早々に始末をつけよ。」
「もちろんでございます。ですが、たちの悪いことに奴らは所属していた元の里で一、二を争う手練ればかり。
活動範囲も広い上に下部組織の支援も厚く、討伐のためには世界中の裏組織を調べ上げる必要が出て参りますな。
一朝一夕に片付けるには、あまりに難物であります。」
皇河の命令に逆らうつもりは毛頭無いものの、エーはやや歯切れの悪い返答をした。
暁は各国の抜け忍達の中でも、特に能力の高い実力者が集まる特別な組織だ。
彼らだけでも厄介だが、それを支援する組織が世界各地で活動しており、その繋がりは把握するだけでも骨が折れる。
国からの援助が潤沢で力がある雲隠れでも、安請け合い出来ない。
「難しいのは理屈にならん。お前は余の下僕だろう。
君主がせよと言ったのだから、何があろうと全力で尽くすのが臣下の務め。お前のもう1人の主もそう命じるはずだ。」
自国に楯突く賊の類を放っておけとは、大名もまず言わないだろう。
君主と言うものが何を望んで動くか、それは妖魔も人間も大差ない。ゆえに皇河の言葉には確信がこもっている。
「まーまー、そうブラザーをいじめないでおくれって。すぐには片付かなくても、俺達雲忍優れ物♪
たちの悪い連中は、太刀ですっぱり真っ二つってな♪」
「ビー……。お前も暁の標的なのだ。分かっているのか?」
かなり心配そうな様子で、エーは弟をたしなめる。しかしその気持ちを知ってか知らずか、ビーはあくまで楽天的だ。
「分かってるって。ブラザーに心配かける事なんてしないさ。」
「お前のその不真面目な態度が、もっとも疑われる元なのだぞ。
本当に分かったと申すなら、もっと神妙にせよ。」
歌うように節をつけて簡単に請合う様子を見れば、例えエーでなくても案じる気持ちは湧くだろう。
「おーっとお叱りは勘弁だぜ。平気平気。当分は里で大人してるって。」
「そうか、それならちょうどいいぞ。今度の任務は取り消して、しばらくは里内の仕事をしてもらうからな。」
「えっ、しばらくっていつまでだい?」
任務を取り消して里にという兄の言葉に、ビーは目を丸くする。
皇河も無言ながら、エーの顔を見た。
「安全が確保されるまでだ。あの砦でも落ちたのだぞ?!」
「けど、いつまでもは無理だし無茶だぜ。俺が持ってる仕事とかどうすんだい?」
性格こそおちゃらけているが、ビーは兄同様里の要の1人。当然大事な仕事にも関わっている。
あまりに長期に渡って仕事に穴が開くような事になったら、周りが大変だ。
本人の言うとおり、無期限なんて事になったら大事になってしまう。
「そんなものどうにでもなる!お前の安全の方が何倍も大事だろう!!」
「けどさー。」
「けどもへったくれもあるか!わしはお前を守るために雷影になったのだぞ!!
家族1人守れなくて何が雷影だ!何なら明日からでもわしの護衛の任に――。」
それじゃあとビーが反論しかけると、エーは雷でも落としたような勢いで声を張り上げてくる。
しかし、これはさすがに職権濫用だ。
「おいおい、それはいくら何でもやりすぎだって、行き過ぎ行き過ぎ!」
いくら身内でも、それは道理が通らない。ビーは声を大にして、大真面目で止めにかかった。
「ええい、よさんかうっとうしい!」
この兄弟の言い合いは、放置してもキリがない。
煩わしさから、皇河は扇で長椅子の肘掛をぴしりと打った。
「しかし陛下、ここはビーによく言って聞かせねばならんのです!」
「何言ってんだよブラザー、俺はもう子供じゃないっての。」
2人は互いに全く譲らず、非を相手に求める。
どちらが悪いと言う主張には現在微塵も興味が無い皇河にとって、これ程うっとうしいものは無い。
「貴様ら、切られたくなくば今すぐ黙れ!!」
『……。』
堪りかねて脅しつけ、やっと喧嘩が収まった。
「まったく、余に手間をかけさせるとは愚の極み。少しは反省せんか。」
「申し訳ありません。」
「エーよ、ビーを里に置く判断は余とて悪手とは思わんが、いい加減反発されぬ言い様を考えろ。
この手の喧嘩はとうに聞き飽きたぞ。」
何で自分がいちいち諭さなければという苛立ちを露わに、しかし皇河の他に怒る人間もいないのでそうたしなめる。
気の利く侍女の1人でもはべらせておけば、そちらが代わってたしなめただろうが、居ないのだから仕方がない。
「面目ないことでございます。ビーの事になると、どうしても……。」
何度も言われている事をまた注意されて恐縮し、エーは神妙な態度で皇河に頭を下げた。
同じように怒られたはずのビーは、はははとそんな兄を笑っているだけだが。
「だからブラザーは心配性なんだって。
大丈夫、大丈夫。先の事はこれからきっちりばっちり考えようぜ。」
「お前のそういう所が、ハラハラさせられるんだがなあ……。」
あくまで楽観的な弟に肩を叩かれている兄は、渋い顔をしている。ちっとも安心出来ていないのは明らかだ。
「何言ってんだよー。今までだって、兄弟で何とかしてかんとかしてきたじゃんか。」
「〜〜……。」
年が親子程離れている上、まだ5歳程度の時に弟が人柱力に選定されたものだから、エーはことのほかビーを可愛がっている。
人外の力を行使する人柱力は、国や里からは人間ではなく兵器扱い。
異質な力や修行中の不安定さなどで恐れられ、差別もされる。
それを不憫に思ったエーは、弟のために血のにじむような努力を重ね、雷影の座を勝ち取った。
一般人が家族の愛情秘話とむせび泣くような過程だったのだが、肉親の情にすら薄い皇河には理解しがたい事も数多い。
例えば、いつまで経っても子供扱いが抜けない辺りなどが。
―全く、いい年をしたむくつけき男のどこに、過保護にしてやる道理があるのか……。―
「ご歓談中、失礼いたします。」
そこに入ってきたのは、給仕に出していた女官のまとめ役だった。報告に来たようで、皇河の前へやってくる。
「何だ、奴らが苦情でもくれてきたか?」
「いいえ、陛下のおもてなしにはご満足されておいででいらっしゃいます。
お食事中はわたくし共に下がれと仰られた他は、これと言ったご希望もなく。
先程、ご指示通りのお部屋へお通しした次第にございます。」
「ふむ、食事中に怪しげな様子は?」
皇河は企みなどがあったらすぐに知れるよう、密かに部屋の様子を探るよう部下に言いつけていた。
すると女官は、小骨でものどにつかえたようなすっきりしない顔で逡巡した後、ためらい混じりで口を開く。
「……これと言って、特にはございませんでした。」
「なんだその顔は。余に隠し立てか?」
眉間にしわを寄せたきつい目で見据えてやると、女官は蒼白になった。
「いいえ、滅相もないことでございます!
ただ……従者に御自らお料理を下賜なさっておいでありまして、それが臣の目には奇異に映ったという事でございます。」
「それだけか?」
疑いはまだ解かず、咎め立てする声音のまま問いを重ねる。
女官は今にも震えだしそうで、顔や胸までべったり床についてしまいそうなほど低く伏せた礼を取る。
「はい、誓ってこれのみにございます。ですから、どうかお慈悲を……。」
「だってよ。ほらお蛇様、そーんなおっかない顔してないで許してあげなって。
いつも良く仕事してくれるお姉さんが、こんなしょうもない事で嘘つくとかありえないぜ。」
もう顔も上げられず、すっかりすくみ上がってしまった彼女を可哀想に思って、ビーはすかさず助け舟を出してやった。
たまに本当に彼は部下を切ってしまう事を、良く知っているからだ。
「ふん、まあ良かろう。
粗相は余の顔に泥を塗る事と心得、明日の出立まで丁重にもてなせ。」
ここはビーの顔を立てておこうという気になったので、皇河は追求をやめた。
「承知いたしました。高貴な方々が、ご自身の宮にいらっしゃるようにおくつろぎ頂けるよう、最高のもてなしをいたします。」
やっと面を上げた女官の顔には、ようやく血の気が戻り始めた。姿勢を改めてから、また伏礼を取る。
「お前はもう下がれ。余はこれより少し席を外すとしよう。」
「どちらへおいでになられるのでしょう?」
「客の元に顔を出すだけだ。すぐに戻る。」
尋ねたエーに振り向きもせずに返事をして、皇河は部屋を出て行った。
向かうのはもちろん、自分にとっては忌々しい同族の客人達の部屋だ。


「邪魔をするぞ。」
扉を数度叩いてから勝手に開けて、皇河はナルト達が泊まる部屋に足を踏み入れた。
「なーにー、皇ちゃん。今いい所なんだけど。」
ちょうど明日の打ち合わせを始めるところにやってきた彼を、椅子に座る磊狢が不満たらたらの声で迎えた。
「主が客に顔を出して何が悪い。いちいち癇の虫に触る無礼者め!」
「で、用は?」
横目で狐炎が問う。こちらもあまり皇河の応対をしたくないようだ。
「余が命じた通りになされたか、様子を見に来ただけだ。
ふむ、見た目だけは繕えたようだな。息の詰まるような狭苦しさはごまかせんが。」
高級飯店に化けた会議室同様、高価な調度にそっくり入れ替えられた客の寝室は、
一部が床寝を強いられる手狭さながら、それなりの体裁を得ていた。
―それ、お主が言ってええんか?―
あけすけな主には色々と聞きたいところだが、うかつな直答はフウの二の舞になるので老紫は口をつぐむ。
「そういえば、鈴音はどうした?姿を見せぬが。」
好んで口を利きたい相手ではないが、そこに居るのでと狐炎は話を振った。
皇河は返事を言う前に、ふんと不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「余が知るわけなかろう。器の住まいに戻ったのではないか?」
「なるほど、そうか。」
ユギトの家は雷影邸の外だろうから、帰っているとすれば近くに鈴音が姿がないのも道理だ。
彼女自身はここで仕事があるわけでもなし、ナルト達を送り届けてしばらく経った頃には帰ってしまったのだろう。
「狐炎、お前話でもあったの?」
「いや。居場所が気になってな。」
「ふーん。」
それ以上は口を挟まず、ナルトは軽く流した。狐炎の考える事なら、特に心配も憶測も要らないだろう。
「で、不都合はないのだな?」
「今は。」
顔も向けずに、これから使う予定の地図を整えながら鼠蛟が答えた。
(ついでだから、朝ご飯何時か聞いてくれない?)
自分で無ければさっきの痛い目は無いだろうと、フウが横の磊狢に耳打ちする。
「娘、聞こえておるぞ。」
「!」
「明朝、夜明けを少し過ぎた頃には侍女をやる。そのつもりでおれ。」
一瞬ひやりとしたが、皇河は意外にも普通に答えた。
どうやら非礼に当たらないぎりぎりの線だったか、機嫌がそこまで悪くなかったか、どちらかのようだ。
用は済んだとばかりに、すぐに部屋を出て行った。
「行っちゃった。」
「……マジで見に来ただけ?おれってばてっきり……。」
何をしていくか特に予想はしていなかったものの、
まさか本当に様子を見に来ただけとは思っていなかったので、人柱力達はあっけに取られている。
「奴とて色々と言いたい事はあろうが、ひとまず悪事を働かぬのならば良しとしておるのだろう。」
「ふーん。フウに攻撃したと思ったら豪華なご飯出すし、客の扱いにうるさいし。
君主の振る舞い?ってのにこだわる奴って、よくわかんねーってばよ。」
嫌う相手に豪華待遇の謎は、皇河がとかく自分の王者としての体裁にこだわるからだと説明してもらったが、
ナルトとは価値感が違いすぎてまだまだ腑に落ちてこない。
「凶暴な見栄っ張りだから、仕方ない。」
「言いえて妙じゃの。」
鼠蛟の形容に感心して、老紫は深く納得した。


翌朝。朝食の後、雷影邸の人目に付かない奥の部屋で、ユギトが鈴音と一緒に待っていた。
「おはようございます。お待ちしていました。」
入ってきた一行を、ユギトが挨拶して出迎える。
これから外に向かうので、出立の支度をきっちりと整えている。
「待たせたの。」
「その格好だと、山と砂漠で手分けするのかえ?」
鼠蛟と老紫以外の4人が、頭からすっぽり全身を覆うフードつきの外套を羽織っているのを見て、鈴音が察した。
人間は厳しい日差しをよけるために着て、妖魔も人間から見て違和感が無いようにしたのだろうと考えたのだ。
「そちらは鼠蛟と老紫に任せる。残りで砂漠だ。
たかが使いで、むやみな大所帯になることもあるまい?」
用事は2ヶ所あるのだから、手分けして済ませる方が効率がいい。
昨日の話し合いで決めたことだった。
「そうかい。じゃあ決まりだねえ。それじゃあ2人共、うちのふつつか者と一緒においで。」
「きっつい山らしいし、じいちゃんは気をつけてくれってばよ。」
打ち合わせした昨日、白竜谷がどんな場所かはおおまかに聞いている。
熱地獄よりは老体に優しいだろうが、ナルトは少し心配していた。
「ふーん、心配されるようなじじいじゃないぞい!」
「年寄り。」
「余計なお世話じゃ!」
「では、これが溶岩石の採取に使っていただく麻袋です。」
「はいは〜い。」
喧嘩する老紫と鼠蛟を横に、ユギトが磊狢に採取用の麻袋を2つ渡してきた。
茶色くてごわごわしたそれは、彼が試しに広げるとかなり大きい。
「あ、結構あるね。大物だ〜。」
「ゴミ袋みたいだってばよ。」
ちょうど大きさがそっくりなので、ナルトが率直な感想を述べた。
色と材質はともかく、四角くシンプルな形状はゴミ袋と同じだ。
「アンタね。……でも、ゴミ袋みたい。」
フウはあけすけな発言を咎めてはみたものの、
確かにどう見ても、大きなポリバケツ用のゴミ袋と似たり寄ったりの寸法だ。
これが2つ。しかも帰りは中身が重い岩でぎっしりとくる。それだけでもかなりきつそうだ。
「さて、ここでいったんお別れだな。」
「では、お気をつけて。」
「うん。そっちこそ気をつけてねー」
「では行くぞ。――思いよ描け、遙かな地平。焦がれるこの身を望んだ楽土へ。妖術・遥地翔!」
狐炎が術を唱えた。ナルト達の周囲の空間が歪む。
そしてその歪みと共に姿が掻き消えて、目的地へと旅立っていった。


―前へ―  ―次へ―  ―戻る―

今回はビーが登場。ノリがいいのでセリフを書いていて楽しいです。
彼は皇河と口を利いて悲惨な事にならない貴重な人物でもあります。
次はまずナルト側で進みます。しばらくぶりに(地味に仕事が多い?)一尾コンビの登場ですね。
ご飯が微妙に豪華な名前じゃない料理が多いですが、ゴチ●なりますで出てくる超高級食材使用料理の類です。
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