はぐれ雲から群雲へ
                   ―19話・嫌な事は向こうから―

鈴音によって、ナルト達は雲隠れの里の門に案内された。
ユギトの口添えと我愛羅から預かった証明書のおかげで検問は問題なく通り、
一行は雷影邸で接見許可が降りるまでの間、雷影邸の客室で待機を命じられた。
退屈と戯れさせられながら、おおよそ2時間近く経った頃。
ようやくお呼びが掛かり、ナルト達は雷影が客人と会うための部屋に通された。
部屋は広く、雷影の席にのみ横に細長い机が置かれている。
一同は率先して話を進める予定の狐炎や磊狢を前にして、
無口な鼠蛟や口をあまり出す気のない老紫、年少のナルトとフウは後ろに立つという並びで臨んだ。
年長者が率先して会話を進めるのが自然と言うこともあるが、
そもそも年少の2人は貴人と話すには敬語の習熟度で不適格と判断されたのだ。
「話は聞いている。ユギトの窮地を救ってくれたそうだな、礼を言うぞ!」
一段高くなった席から、鍛え上げた小麦色の巨躯に似合いの力強い声でねぎらういかめしい顔の男。
生まれつきらしい陶器のように白い髪と、長の羽織の2つの白が、50近いであろう年に似合わぬ肉体美を強調する。
彼こそがこの雲隠れの長である雷影だ。傍に控えたユギトが、こちらに軽く一礼する。
横の雷影があまりに立派な体格なので、 女性の中では長身なはずの彼女がまるで子供のように小さく見えた。
「礼には及びませぬ。
先程そちらのユギト殿にお渡し致しました風影様からの文、ご高覧頂けましたでしょうか?」
「うむ、引渡しの件は了承した。返事は後程渡そう。」
「よしなにお取り計らいいただきたく存じます。
時に雷影様。砦を襲った曲者については、もうご存じであらせられますか?」
名目の用事が大した物ではないので、狐炎はいきなりと言っていいタイミングで切り出した。
やはり客人を待たせている間に報告が上がっていたらしく、雷影は深くうなずく。
「うむ、暁だと聞いている。
今回はユギトを狙って仕掛けてきたそうだが、お前達は奴らを知っているのか?」
「はい。少しですけれど。」
「あいつらは、人柱力を狙ってるんですってばよ。そこをさっきおれ達が見つけて、追い払って。」
磊狢が答えた後を引き取って、ナルトがつたない丁寧語で続ける。
ここで雷影の目が鋭くなった。
「ほう。確かか?」
「無論。雷影様、滝隠れの里の崩壊については如何でありましょう?」
『!』
狐炎が出した話題により、雷影とユギトの双方に緊張が走った。
「何故、それを知っている。」
「我々は風影様の密命を受け、暁討伐に必要な情報を集める隠密として諸国を巡っております。
彼の里の壊滅の沙汰も、それにて知りえた次第。」
事前に仲間同士で打ち合わせた筋書き通りに、狐炎がよどみなく述べる。
雷影はそれを厳しい表情のまま耳を傾けていた。
鈴音を通じてこちらの正体を口止めしてあるので、ユギトも上司にならって静かに聞いていた。
―……大丈夫かな?―
こればかりは彼女の良心に賭けるしかないので、
ナルトやフウはいつばらされやしないか気が気ではなく、ちらちらと何度も様子を目で伺う。
幸い、彼女は正体について知らん顔をしてくれているようだ。
「なるほど。ではユギトを助けたのも、風影殿の命令の一環か?」
「左様にございます。奴らの悪事を未然に防ぐ事も、風影様の御心に適う事と存じますれば。」
「それならお前達の用事は、まさかこの些細な手紙1つでは収まらんだろう。
本当の用件を申してみろ。」
察しのいい雷影は、すぐにそう促した。ここまでは順調と、密かにナルトが胸をなでおろす。
我愛羅の名前を勝手に借りて話を進める事に少し良心が痛むが、この方がスムーズに事が進むのだから仕方がない。
「風影様は、暁の悪行を憂えておいでです。
しかしご存知の通り、砂の里はまだまだ軍縮の影響からの回復途上。ですから、多くの忍者を出せません。
何より彼らの目的は人柱力。一国の問題で収まる事でもありません。」
磊狢は神妙な顔で、狐炎同様すらすらとあらましを説明する。
「つまり我が里に、暁討伐への協力を要請したい、と言う事か?」
「はい、まさしくその通りです。」
雷影の問いかけに対して、ご名答とばかりに磊狢は人懐っこい笑顔を作った。
「暁か……。」
「雷影様、如何なさいましょう。」
ユギトが意向を伺うと、彼は眉間に軽くしわを作りながら考え込む体勢に入った。
さて、どのような見解を示してくるだろうか。ナルト達は余計な事は言わず、固唾を飲んで静かに見守る。
と、その時扉の外に誰かがやってきた。
「そやつらの口車に乗せられるな、エー!」
誰がと思う暇もない。数m後ろの扉が開くと同時に、鋭い叱責が空気を突き刺した。
『!』
『?!』
いきなり割り込んで水を差してきたのは、長身に豪奢な絹の唐衣を着た男。
生来のものではあるのだろうが、雷影とはまた違う色の浅黒い肌に、まるで夜闇をつむいだような濃い黒紫の髪。
対照的に、目は薄氷のような冷たい氷色。
一部を団子状に結って残りを背に流す髪は、黒い金属に宝石を飾った髪留めと布でまとめている。
濃い青と紫の地の衣は、貴族や大名が好んで着る古来からの王朝風の刺繍が施されていた。
「……大名?」
街中では絶対に見ない出で立ちに、ナルトはそれだけ呟いて首をかしげるのがやっとだった。
「お殿様のお成りって、ところかの?」
格好の雰囲気に呑まれたフウは目を点にしているし、老紫もつい率直な感想を漏らす。
忍者の里にはあまりに場違いな空気を漂わせる男に、人柱力3人は面食らっていた。
「これは陛下。このようなむさ苦しい部屋に、どのような御用でございましょう?」
いきなり名前で怒鳴りつけられたにもかかわらず、雷影は嫌な顔1つしない。
それどころか、まるで自分が主君の前に出て来たかのような低姿勢だ。
「わざとらしい物言いはやめよ。お前、これはこやつらが何か知っての事であろうな?」
ふんと鼻を鳴らす態度は傲岸で、とても里長に対するものではない。
しかしユギトにも全く彼を制する様子がなく、神妙に控えたままだ。
さらに、見回した妖魔達の顔が露骨な嫌悪感で埋まっているのを見たところで、ナルトはぴんと来た。
(フウ、こいつがあいつらが嫌がってた奴だってばよ!)
(えっ、ほんと?)
多分この男が、先日の船旅で亡者の魚が襲ってきた際、彼らを揃って憂鬱な気分にした話題の人物なのだろう。
ナルトの耳打ちでフウは目を丸くしているが、彼女もじきに納得するはずだ。
何故彼に対して雷影が敬語を使うのかはまだ分からないが、それも話が進むにつれて明らかとなるだろう。
「貴様ら。余の下僕を煽り言いくるめ、何を企んでいる?」
不機嫌さをむき出しにして、ぎろりと氷の目がにらむ。
それを斜め正面で受け流す狐炎の柘榴石の目もまた、氷のように冷たい。
「目障りなねずみの退治への協力を要請するだけだ。闇雲に勘繰るな。」
正体を知っている相手にはごまかしは無用のため、狐炎は先ほどまでの態度とは違う応対で切り返す。
敵愾心剥き出しの男に対して、そっけない言葉を投げつけた。
「ぬけぬけと、よくも言えたものだな……!!」
「そう言われても。」
一層唐衣の男の機嫌が悪くなったのを見て、鼠蛟が面倒くさそうな顔で息をつく。
あからさまに煙たく思っている事は、鈍感なナルトにでさえ一目瞭然だ。
「皇(おう)ちゃーん、何でせめて後1時間くらい後に来ないのさ〜。
お忍びが台無しなんですけど〜。」
「だからっておぬしら、いきなり台詞がすっぴんに戻るのはどうなんじゃ?」
敬語から日常語への切り替えだけでは留まらない落差が激しく、礼儀にはほぼこだわりのない老紫でさえ、口を挟まずにはいられない。
この空気の変化について行くのは一苦労である。
「申し訳ありませんが……進めさせていただいても、よろしいでしょうか?」
ユギトが丁寧に申し出ると、唐衣の男は見下した目で一瞥した。
「卑しい身の分際で、余に物申すか?黙っておれ。」
「えっ、だってアンタが邪魔で話が進まな――。」
横からフウが口を挟んだその瞬間。彼女の胴めがけて何かが飛んできた。
すぐさま狐炎が太刀で叩き落し、磊狢が前に出てかばう二重の防御で事なきを得たが、彼女は青くなる。
自分の身に何が起ころうとしていたか、彼女は事が終わるまで全く分からなかった。
あまりにも唐衣の男の動きが早すぎたのだ。
誰も動かなかったとしたら、何が起きたか理解する間もなく、彼女は倒れていただろう。
「い、いきなり何するんだってばよ!!」
「皇ちゃん、ちょーっと挨拶にしてはきっついんじゃないの?」
我にかえってから食いかかるナルトと、一見ふざけたようで不機嫌さは隠さない磊狢と、2人分の抗議が男に向かう。
だが、何も悪いと思って居ない彼は、それを鼻で笑って済ませた。
「無礼者に身の程をわきまえさせる事こそ、君主の勤め。
貴様ら如きに意見される筋合いなど無いわ。」
「これは磊狢の供だ。貴様の口出しなぞ、無用と言っておこう。」
攻撃を弾いた太刀・白粋を今にも突きつけそうな剣呑な目。部屋の空気が凍りついた。
「恐れながら陛下、今回は我々人間の世界に関わる事にございます。
どうかこの場は、わしに任せて下さいませんか?」
空気を変えたのは雷影だった。唐衣の男のいぶかしげな目が彼に向く。
「これらは、お前の何十倍と生き長らえる者共だ。お前程度にいなせるものか。」
「確かにそうおっしゃるのもごもっともであります。しかし、陛下のお心に背くような真似は致しません。
ですからここは――。」
「分かった分かった。良い、許す。
その代わり、こやつらが良からぬ細工をせぬよう、見張りはするぞ。」
男はそう言って懐から巻いた布を取り出し、紐を外す。
広げた布を床に落とすと、数倍の大きさに伸びて厚みも増し、空中に浮く布の腰掛けになった。
一行を背後から見張る腹積もりである。
「ありがたき幸せ!……さて、先程は知らぬことだったとは言え、
一種族を預かる高貴な方々に、真に失礼な口を利いてしまいましたな。何卒お許しを。」
椅子に座ったまま、雷影は頭を下げた。
しばしそうした後、ゆっくりと顔を上げた彼は姿勢を正して再び口を開く。
「何故、身分を隠していたかは、もはや伺いません。
改めてお聞きしましょう。あなた方の目的について。」
口調を改めた雷影の眼は、わしのように鋭い。
「我らの目的は1つ。暁の手に落ちる前に、世界各地の人柱力を集める事。
そしてゆくゆくは奴らを滅し、脅威を取り去ることのみにございます。」
改めての問いかけに対しては、もはや包み隠しておく意味は無い。狐炎が先程は言わずにいた事を披露する。
「何と……つまり、我が里の人柱力をも加えたいと?」
「大体そんな感じですね〜。あ、すぐにとは言いませんけど。」
狐炎達の事を明かされても取り乱さなかった雷影も、さすがに一行の真の目的には戸惑ったようだ。
何しろ、各里にとっての秘蔵の兵器を集めているという話なのだから、こちらの意図を掴みかねるのだろう。
まして当事者である人柱力と尾獣がである。
「そうですか。では、今まで具体的にどのような事をなさっておいでですかな?」
「まず、わしとこの連れがそこの2人と旅先で偶然出会い、
近頃暁というならず者が出ており物騒だという事情で、行動を共にすることを決めました。
そしてそれからは仲間の安否を尋ね回っていたその折、ある事件に遭ったのでございます。」
今までのいきさつを、狐炎が要約して雷影に話す。
「その事件とは、まさか暁が?」
「左様。滝隠れの里の壊滅です。雷影様もご存じの事かと。」
「……確かに滝近辺の密偵からの速報で、我が里にもその情報は届いています。
厳密な状況報告は、まだ来ておりませんが。」
ユギトが険しい顔でそう言った。
距離は大分離れているはずだが、さすがは五大里の一角。耳が早い。
「滝隠れの被害は、住民の大多数が死に絶えるほどのひどいものじゃった。
わしらは暁に差し出されかけていたこの娘を間一髪連れ出し、事なきを得ましたがの。」
狐炎の説明の後、老紫が短く付け加えた。その言葉を聞いたフウの顔がこわばる。
「……。」
―フウ……。―
あの時の惨状は、まだ記憶に新しい。
顔を伏せたフウの背をぽんぽんと撫でるように軽く叩いて、ナルトは無言で慰めた。
「風影様は、ここまでのいきさつをご存じなのでしょうか?」
雷影はもちろん、ユギトもナルト達と我愛羅の関係を知っているわけではないので、懐疑的になっているようだ。
彼女がこちらにかけた言葉には疑念がにじむ。
「もちろん。」
「しかし先程の書状では、あいにくとそこまでの確認は取れませんな。
真に申し訳ないことながら、先方のご意志は改めて確認させていただきたく思います。」
「では、使者をあちらへ?」
磊狢が尋ねる。意思を確認するのならば、我愛羅の元に使いを送るのが手っ取り早い。
しかし雷影は首を横に振った。
「それでもよろしいのですが、風影殿ご本人の耳のみにお入れしなければなりませんのでな。
あなた方へ2つの依頼をさせて頂き、それによりお話を信じるかどうか決める事に致しましょう。」
「それは?」
いきなり2つかと思いながらも、磊狢は問いを発した。
「まずは風の国・灼熱砂漠においでいただき、溶岩石を後ほどお渡しする麻袋に2つ分お持ちいただきたい。」
「しゃ、灼熱砂漠ぅ?!」
雷影が1つ目の依頼内容を告げた直後に、老紫が素っ頓狂な声を上げた。
「じ、じいちゃん!」
「声大きい!」
若手2人が大声を注意するが、彼はまだ目を白黒させている。
一体何をそんなに驚くような事か知る由もない彼らは、年長者らしからぬこの失態に呆れかえるばかりだ。
ところが、態度が急変したのは彼ばかりではない。
「……雷影殿、お戯れも大概になさいませ。」
何かが癪に触ったらしい。すーっと冷えた声で、狐炎が凄むような言葉を持ち出した。
しかしこれ位の反応は想定内だったようで、一瞬ひきつったものの雷影は落ち着いている。
「戯れではありませぬぞ。普通の人間ならば不可能でしょうが、
もしあなた方が風影殿の助力を得られる立場であられるなら、話は別でありましょう。
こちらの依頼のため、あなた方に風影殿から便宜を図って下さるはず。」
「そして採取していただいた石に、風影殿の印が押された書状の添付をお願いいたします。」
普通の人間なら不可能な用事と言っておきながら、
風影の協力次第で可能になるという口ぶりは、要するに土地の人間ならどうにかなるということなのだろう。
灼熱砂漠について知らない面々にも、そう解釈できる。
だが、納得して聞けるかというと、それはまた別だ。
指定された場所について知るものも知らないものも、皆いい顔はしていない。
―何それ。石と我愛羅って、別に関係ないじゃない。
このおじさん、アタシ達の事便利屋か何かと勘違いしてるんじゃないの?―
先程の事で用心しているフウは、不満を横のナルトにも耳打ちせずに心に留め置いた。
眉間にしわこそ寄ったが、見て見ぬ振りなのか、向こうは視線もよこしてこない。
「さらにこやつの信を得たくば、守鶴の玉璽も添えて持て。
それならば人柱力との対面も許される身分を得ているという、何よりの証だ。」
ナルト達の後ろから、今まで黙っていた唐衣の男が口を挟む。
彼が言う玉璽とは、人間なら大名が、妖魔なら王だけが使う印鑑だ。
人柱力と妖魔の行動パターンを考えれば、確かにこれは信頼度を量る目安としては確実なものだろう。
「かー君が僕らみたいに外にいるって保証はー?」
「余はもちろん、貴様らさえもこの姿で顕現しているというのに、奴1人姿を見せられない道理は無い。
それに、持てぬのならば後々貴様らの不利になるだけの事。」
磊狢が意地悪い追求をするが、男はきっぱりと言い切った。言い草は出会い頭同様尊大だが、一応理屈は通っている。
ナルト達の足元を見ているのが癪に触る点だが、これにいちいち噛み付いても仕方が無い。
「……雷影殿、あなた様もそのようにお考えか?」
「僭越ながら。」
「じゃがそれなら、わざわざあんな所に行く道理は無いと思いますぞ。
風影と守鶴、2人分の印で十分ではないかと。」
何もわざわざお使いなんてさせなくても、砂隠れにさっさと向かわせて、印を押した紙を持ってこさせれば済む話だ。
それで一体何が不足なのか、少なくとも老紫には理解出来ない。
「確かに風影殿の件だけなら、印や玉璽が押された書状だけで十分でしょう。
しかしこの採取は、あなた方がわれわれ雲隠れのためにどこまでお力を振るって下さるか、
それを測らせていただくためのものであります。どちらが欠けても、こちらとしては本意ではありませんな。」
(つまり……どういう事だってばよ?)
言い回しのくどさに惑わされたナルトが、小声で呟く。
“確認ついでに、使いっぱしり。それも、無理難題級。”
(えー……。)
鼠蛟の念話による簡潔かつ分かりやすい説明により、向こうの図々しいと言っても良さそうな言葉の内容を遅ればせながら理解する。
それは狐炎の声も冷たくなって当然だ。どう無理難題であるかは、後で確認するとして。
「……で、もう1つは?」
撤回させる要求は無駄だと判断したので、狐炎がもう1つの依頼の説明を促した。
「このユギトと共に、我が国の白竜谷の瑠璃の湧き水の採取をお願いいたします。
こちらはユギトがあなた方を知るためにご用意させていただきました。」
「それはつまり、今後こちらに彼女を同行させることを検討しているって事ですね?」
すかさず磊狢が確認を入れる。
わざわざ案内に彼女を付けると言う事は、おそらくそういう意図であろう。
「ええ。すぐにとは行きませんし、確実にというお約束は出来ませんが。」
「それでは、こちらの利がほとんどありませぬな。
何一つ、そちらが確実になされる行動がないではありませぬか。」
「そうそう、それじゃあおれ達、ただ働きですってばよ!」
狐炎の指摘にナルトも便乗して反論する。
あくまで雷影は、こちらと風影の関係を見極めるために依頼を出している。
今までの流れだけで解釈すると、こちらは風影との繋がりが認められる以上の見返りはないとも取れる。
味方と確定しない集団にユギトをすぐに貸せないのは仕方がないが、
信用の確認を取りに行かせた後、あちらがナルト達にする事が明確ではない。
正体を知られた弱みはあるが、こちらは通りがかりとは言えユギトを助けた立場にある。この条件で呑むわけには行かない。
「では、何をお望みに?」
「対暁における協力態勢を、風影様と築くこと。
情報の共有はもちろん、人員の提供といった事柄も含めてでございます。」
現段階でユギトと鈴音の加入が叶わなかったとしても、
雲隠れには暁に対して危機感を持ち、調査や活動妨害などの具体的な取り組みをしてもらわなければいけない。
ナルト達としては、暁には出来るだけ動きにくくなってもらわなければ困るのだ。
「もし、出来ないと申しましたら?」
「暁の討伐にお力を貸せぬと仰り、なおかつ単独での対策も講じられませぬままならば、
それなりの代償はお覚悟いただかねばなりませぬな。」
「暁と繋がりがある、と思われる……とか。」
「なっ?!」
誹謗中傷すれすれの位置にまで踏み込んだ鼠蛟の発言に、今日初めて雷影が目に見える動揺を表した。
完全にうろたえているようで、これは好機だ。
「これをいわれのない中傷と証明なさりたくば、それなりの格好を見せていただきたいものであります。
誉れある雷の忍が長の名に恥じぬ、毅然としたお姿を。」
鼠蛟の揺さぶりに動じたところで、狐炎が畳みかける。
後方で見ている男から不快感のこもった視線が飛んできているが、しれっと受け流した。
「……よろしいでしょう。いずれにせよ、今回の砦の件はすぐに殿にお知らせしなければなりません。
その際に、砂と連携を取って暁対策に当たれるよう、殿に申し出て参りましょう。」
ユギトを彼らに貸すことは約束できないし、必ず約束できる事はこれ位だ。
さもなくば、雲隠れの里に不名誉な嫌疑がかけられてしまう上に、
ナルト達の風影との繋がりが本物の場合は砂隠れの里からの信用もなくす。
それだけは何としても避けなければならない。
「風の国、及び砂の里は我が国とは長く友好関係にあります。
殿は今回の事態を受ければ、すぐに動かれることでしょう。
それが、あなた方の望む形であるという保証は致しかねますが。」
「今日のところは、それで結構と致しましょう。」
ユギトが念を押してきたが、別にそれは構わない。
雷の国の大名は、大戦が終わっても軍備の増強に変わらず熱心な人物だと、他国にも知られている。
防備を脅かす犯罪者組織を見過ごしはしない事は予想が付く。
同盟する風の国との協力に乗り出すかまではまだ不透明だが、少なくとも単独での対策は打ち出すはずだ。
注文はまだ付け足りないが、これ以上は用事を果たしてからが賢明だろう。
「老紫。紙と、筆。」
「おお、そうじゃったそうじゃった。」
いそいそと腰の袋から、白紙の巻物と筆ペン状の特殊な筆を出す。
どちらも耐水性を持っている代物で、念書や契約書の類にはうってつけだ。
老紫から磊狢、そしてユギトに取り次いでもらい雷影の手元に送る。
「雷影様。ご面倒ですけど、こちらに今のお約束を書状にしたためて下さい。
万が一後で揉めると、お互いのためにならないですから。」
「承知いたしました。」
すらすらと筆で巻物に今の約束事項をしたためて、最後に正式なサインを書く。
「では、内容はこちらでよろしいでしょうか?」
「ええ、よろしゅうございます。」
広げて見せてきた内容に不足は無く、軽くうなずいて了承する。
墨はすぐ乾く品なので、一式を再びユギトが受け取ってこちらに返した。
「済んだか?」
扇をゆったり扇ぎながら、唐衣の男が口にした。
「ええ。この後は、今晩お泊まり頂く部屋についての話をいたしましょうかと思っております。」
「部屋はどうする?まさか、下男下女が使うような場に通すのではあるまいな。」
「出来る事でありましたら、貴賓室にお通しすべきであるとは存じますが、何分この方達はお忍びの身。
かしこまり過ぎたおもてなしは、かえってご迷惑になってしまわれるかと思われます。」
雷影はいかにも恐縮に思っているという顔をして、男に弁明した。
妖魔の中では最も位の高い3名を含む一行だが、表向きはあくまで風影からの手紙を持ったただの使者。
本来の身分にふさわしい待遇は当然不釣合いなものになり、周りから怪しまれてしまう。
彼らの意を汲むならば、望ましくないもてなしだ。
「……まあ、部屋は致し方ないとしよう。」
どういうわけか、雷影が一行を普通の部屋に泊めるのはあまり気が進まない様子を見せる男だが、
進言は無碍に出来ないと思ったらしく、乗り気ではなさそうながらも理解を示した。
「どうせろくに出せぬであろうお前の部下の代わりに、余の下僕にもてなさせる。よいな?」
「承知いたしました。そのようにいたしましょう。」
部屋も並みのものしか用意出来ないなら、もちろん接待をする人間の数も多くは出せない。
わざわざ妖魔から人手を出すというのは、それでなければ最低限の格好が付かないという事だ。
「うむ。では、余は戻って指示を出しておく。後は任せたぞ。」
「はっ!」
これで一通り彼の用は済んだのだろう。唐衣の男は座っていた腰掛けから降りた。
腰掛を元の巻いた布の形に戻し、きびすを返してあっさり部屋を出て行った。
来る時も去る時も勝手な男である。
「……??」
「え?今の、どういう事だってばよ?だって……え?」
先程はこちらを捕まえて雷影を惑わす悪者扱いをしていたのに、何故待遇にうるさいのだろう。
大人の世界の事情にはとんと疎い若手2人の頭の上には、ぽよんぽよんと大きな疑問符が飛んでいる。
「他種族の王を満足にもてなせぬという噂が立つのが、奴は気に食わぬのだ。
王としての体面にはうるさい男だからな。」
「体面って、そんなに大事?」
狐炎が当たり前のようにそう言ったので、ナルトは腑に落ちないという顔で疑問を口にした。
「意外と。」
鼠蛟が一言で言い切った。妖魔3人中2人がそう言うのならそうなのだろうと、疑問に思った2人はひとまず理解した。
自分達の住む世界では理解しきれない理屈は、ひとまず横に置いた方が都合がいい。
「ふーん……いきなり殺そうとして来る奴の癖にね。」
「だから皇ちゃんは、超気難しくって面倒くさいんだよー。」
確かに面倒くささは折り紙つきだなと、ナルトはこっそりうなずいて同意した。


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空気を読まない(読む気もない)皇河が登場。ビーは違う部屋に居るようです。
珍しく登場直後に名前が出ませんでしたが、タイミング的にちょっと出せませんでした。
ついでに今回は敬語ばっかりですが、個性潰さないように敬語の今風古風を出来る限り使い分けてみました。
そして一番気がかりなのが、雷影さんの印象。皇河の登場で微妙な事になってないかとても心配です。
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