はぐれ雲から群雲へ
                     ―16話・船上の憂鬱―

「雷の国か〜……まだ遠いなあ。」
船の縁にひじをついたナルトが、難しい顔になっている。
現在一行が乗っているのは、土の国と雷の国を結ぶ大きな定期船だ。
便数も多く、徒歩で行くよりも早い上に体力を温存できるという事で、老紫が提案した。
「1週間位でつくんだし、我慢じゃ我慢。」
「まーねー。」
海沿いを歩きで行ったら、その何倍かかるかという話になってしまう。
忍者とはいえずっと走り通しで動けるわけでもなし、まして妖魔の足に合わせられるでもない。
鼠蛟に乗ればタダだが、平常時で長距離だと悪目立ちが心配だから、海路を取ったのは最善策である。
ナルトだって、そこはもちろん分かっていた。
「さて、と。」
「何してんの?」
本を広げる狐炎の手元を、ナルトはひょこっと覗き込む。
これから狐炎が見ようとしているのは、雷の国の詳細な地図だ。
細かい地名は当然ながら、主要な街道が目立つ色で示されていて分かりやすい。
「行き先の詳しい地理を確認している。最近は行っておらぬからな。」
「そっか、知らない町とか増えてそうだもんな。」
彼が最後に雷の国を訪ねたのがいったい何十年前かは分からないが、
行った事のない町や、新しい街道が増えていても不思議ではない。
「というか、里の方はどうせ誰も行ったこと無いしのー。」
「あ、それもあるか。」
本当に遠くに来たんだなと、ナルトはしみじみと実感する。
3年前に木の葉を離れて修行の旅に出てからは、ずっとこんな風に各地を転々とする日々で、
最近はこう思う事もなかったのだが、こんな思いがよぎるのは今が逃亡中の身だからだろう。
「最短距離で行くには、入念な下調べが命ってねー♪」
「そうじゃの!」
そう言いつつ磊狢も老紫も何も持っていないし、何かする気もなさそうに見えたが、ナルトはあえて無視した。
しっかりした人間が1人確認を取れば、十分な話だ。
「んじゃ確認はそっちに任せて……あれ?どうしたんだってばよ、フウ。」
ナルトがフウの方を見て、目を丸くする。
さっきから静かだと思ったら、彼女は縁に頭をめり込ませてへたり込んでいた。
しかもちっとも動く気配がない。これはかなりだるそうだと、鈍い彼にもわかる。
「フウ、まさか……。」
「酔ったな。」
ナルトの横から顔を出した鼠蛟が、断言した。
ああやっぱりと、ナルトは口の中でこっそりつぶやいた。彼も薄々勘付いていたが、医者が言うなら確定だろう。
「酔ってないー……ちょっとムカムカするだけだって。」
「それが船酔い。だから、言ったのに。」
やれやれと、鼠蛟は軽く息を吐く。
船に乗る前、慣れていないと危ないからと彼が酔い止めを勧めたのに、フウは意地を張って飲まなかったのだ。
「うっさーい……こんな揺れるなんて、思わなかったんだもん……。」
「もー、しょうがない子なんだから〜。蛟ちゃん、よろしくー。」
甘い考えで自滅した彼女の体たらくには、保護者の磊狢も笑うしかない。
ほっといても治らないのは承知なので、即座に鼠蛟に押し付けた。
「分かった。立てるか?」
「無理……。」
甘えではなく、本当にそうらしい声が地を這う。何も言わず、鼠蛟は彼女をひょいっと抱えて船室に行った。
船酔いは相当酷そうだが、後は彼に任せておけばどうとでもなるはずだ。
その様子を見送って、狐炎がポツリとつぶやく。
「これで、少しは素直に言う事を聞くだろう。」
「ほんとに?」
ナルトが半信半疑で聞き返すと、彼はこう答えた。
「船酔いに関してはな。
ああいうじゃじゃ馬には、言って聞かせるよりも一度痛い目に遭わせた方がよい。」
「相変わらずのドS……。」
そう言えば船に乗る前、狐炎が意地を張る彼女に大して注意もしなかった事を思い出す。
全部承知でやっていたタチの悪さには、相変わらずうんざりする気持ちをナルトは隠せない。
何より、見事に船酔いを患ったフウが気の毒である。
「うぅ〜ん、さっすが炎ちゃん!痺れるドSっぷり〜♪」
「黙れ変態。海に叩き落すぞ。」
くねくねしながら喜ぶ磊狢に、狐炎のさげすみの視線が刺さる。
あいにくと、狐炎にドMに付き合う趣味はない。
「えー、褒めたのに〜。あ、でもその軽蔑しきった視線がす・て……むぐむぐ。」
「頼むからそれ以上のドM発言は勘弁しとくれい!
わしらまで変な目で見られるのは嫌じゃ〜!」
さらなる精神汚染に励み始めた磊狢の口を、果敢にも老紫が口を塞いで止めた。
こんなところでおおっぴらに変態発言を続けられたら、周りの目が痛くてどうしようもない事になってしまう。
同類扱いされるのは、死んでもごめんだ。
「そんなー、素敵なM奴隷の道を邁進してるだけなのに〜。」
『せんでいいっ!』
異口同音の罵声は、付近の乗客が思わず振り返るほどだったという。


まだ甲板で景色を眺めるという磊狢を残して、ナルト達は船室に戻った。
先程先に戻った2人は隣の部屋を使っているようで、姿はない。
全員が部屋に入ってすぐ、狐炎はおもむろに一枚の術式符を壁に張った。
防音の術の符だろう。もうナルトにはすっかりおなじみの、ここで気兼ねなく話していいという許可状だ。
「ところでナルト。船に乗る少し前だが、部下から少々気になる話が入った。」
「何?もしかして木の葉の事?」
報告があったからには、また何か動きでもあったのだろうか。
木の葉の事はナルトにとって関心事の1つなので、ベッドに座ったまま思わず身を乗り出す。
「そうだ。中央から使者が来ているようだ。」
「中央って、えーと……。」
「大名から言われとるんか?」
どこからだろうと頭を悩ませるナルトではなく、老紫が先に聞き返した。
「ああ、恐らくはこやつの件だ。まだ詳細は来ておらぬが、報告を受けての事であろうな。」
「うー……大丈夫かな。」
自分の事が里で大問題になっているのは、ナルトも重々承知だ。苦りきった顔で頭を掻く。
「無事では済まぬだろうな。」
「だよなー……今度は国から指名手配とか、もうおれ本格的にやばいってばよ。」
狐炎に言われるまでもなく、ナルトは自分の包囲網の狭まりや厳しさを想像できる。
何しろ、失踪扱いが伝わって間もない頃にもう火の国ではお尋ね者だった。
きっとこれからは、それこそ国内ではどんな田舎町に行っても手配が回っていて、
素顔でいたら即お縄になる有様に違いないと、身震いする。
「いや、むしろ危ないのは木の葉の上層部の首だ。」
「へ?何で。」
首を振った狐炎の意外な言葉に、聞き返す声が裏返る。
すると横から老紫が、当然だという顔でこう言った。
「そりゃ、人柱力を逃がしたんじゃ。普通は責任問題じゃぞ。」
「それだけなら、まだましだったのだがな。木の葉は数年前、試験開催時に里を襲撃されるという大失態を犯している。
里の戦力は著しく低下し、国にとってもかねてから大きな懸念材料となっているはずだ。
そこにこの騒動と来れば、大名や家老達もいい加減忍耐の限界が近かろうな。」
木の葉の里がけちをつけたのは、ナルトの件が初めてではない。
過去に別の失態を演じているのだから、そもそも国の感情は近年あまり良いものではなかっただろうと、狐炎は推測している。
「ばあちゃん達だって頑張ってるのに、何で待ってくれないわけ?」
じっくりと見ていたわけではないが、火影の仕事を綱手がいつも忙しそうにこなしていた事をナルトは知っている。
立て直す努力だって、それこそ里ぐるみでしていたのも見ているから、説明されても彼としては納得が行かない。
「お上は気が短いって事じゃ。」
「一言でまとめないでくれってば!」
間違ってはいないが適当な総括をした老紫とナルトの下らない漫才を見せられて、狐炎は呆れ返ったため息をついた。
「はぁ……順を追って説明してやる。よいか、現在ほとんどの国において、忍者は侍に次ぐ戦力。
その依存度は大国ほど低いが、平時も国境警備などを負担する重要な存在だ。」
「あ、それ習った!
だから男の長期任務って国境警備が多いんだって、イルカ先生が言ってたってばよ。」
珍しく起きていた日のアカデミーの授業で、ナルトはそれを聞いた覚えがある。
男、特に15歳を超えた忍者は、侍共々国境警備に当たる任務を与えられる事がしばしばあるのだ。
イルカは当時、これを国を守る一番大事な仕事の1つと紹介していた。
砦に詰めて、国境の見張りや不法越境者の取締りなど、長期間に渡って活動するのだ。
「……一応覚えていたか。
だが、度重なる災難で復興支援費がかさみ、維持する金に恩恵が見合わなくなってきているはずだ。
国とて、慈善事業で里を飼っているわけではない。結果が思わしくなければ、厳しい判断の1つも下す。」
「じゃあ、首になるって事?」
「可能性としては、低くなかろう。しかし綱手は長の力量以前に、就任時期が悪い。
先代が死に、主力の忍の多くが失われた直後だからな。そもそも建て直しには数年では済まぬ。」
狐炎が木の葉崩し後の里を眺める限り、復興は長期戦になると見て間違いがなさそうだった。
建物は国からの支援でどうにかなっても、肝心の忍者は一朝一夕には育たない。
5年10年、妖魔の感覚では大した事はないが、人間にはずっしりと重たい年月である。
「それじゃあ、それこそ待ってくれりゃいいのに……。」
「それがそうもいかんのじゃろ。復興支援費は、国の税金からも出とるんじゃぞ?
今まであんまり結果を出さんかった奴には、払う気が失せるってところじゃの。」
「なーんか、納得行かないってばよ……。」
老紫の言う事はもっともなのだろう。里を養う金の多くは、国からの税金だ。
限りある予算を決して無駄遣いすることは出来ないし、ましてたった1つの町のために無制限に支払うわけには行かない。
ナルトもそれは何となく知っている。しかし、理屈を受け入れる気にはなれそうもない。
「政治に限った事ではないが、この程度の事は日常茶飯事だ。」
「ちょっとだけなら……。でもほんとさ、頑張ってるのに納得行かないってばよ。」
「努力だけを評価されるのは、子供のうちだけだ。
無論、すべき努力を怠ってしくじるのは論外だが、いずれにしろ肝心の結果がついてこぬのならば評価は出来ぬ。
例えばお前が怪我をして、医者にかかったとする。ところが藪医者で、傷がかえって重くなった。
それを努力したと言い訳されて、仕方ないとうなずけるか?きちんと治せと怒るだろう?そういう事だ。」
国にとって、今の木の葉は例え話の藪医者なのだ。
頑張りは当然で、結果が出るか否かが全て。厳しい世間の評価基準である。
こう聞かされると、ますますナルトは綱手が心配になってきた。
「じゃあ、やっぱばあちゃんも大名から今頃すっげー苦情言われたりしてるわけ?」
結果を出せ結果を出せと、頻繁に嫌味を言われてストレスを溜めているのだろうか。
考えるだけで胃が痛くなりそうな光景だ。
「恐らくはな。」
そう言って、狐炎は手近な椅子に腰掛けた。
「ふーむ、しかし木の葉も落ち着かんところじゃのー。
孫が生まれるちょっと前についたっちゅう四代目も、すぐに死んでしもうたし、ここ15年事件だらけじゃな。」
「う〜ん、実は呪われてたりしないよなー?」
こうして並べるまでもなく、木の葉は災難が続きすぎている。
恨みを買う忍者家業というのを差し引いても、少々あんまりな待遇だろう。
脇が甘いと言えばそれまでだが、不幸が仲良く手をつないでやってきているとしか思えない。
「さあな。わしが祟ってやっても良いのだが。」
「15年前だけで勘弁してくれってばよ!木の葉を丸はげにする気?!」
冗談じゃないとナルトがわめく。なまじ封印の恨みがあるだけに、縁起でもない発言である。
次に彼が木の葉を襲う時が来たら、今度は確実に滅亡だろうから、聞き流せない。
「これが本当の、弱り目に魚の目じゃな!」
「それを言うなら祟り目だ。魚に用があるのなら、甲板で釣り糸でも垂れてこい。」
「釣れんの?」
釣りには詳しくないので、ナルトが尋ねる。
「さぁな。」
別に釣れる釣れないは、狐炎にとってどうでもいい。
単に馬鹿な言い間違いをした老紫に、適当な冷や水を浴びせてやっただけなのだから、当たり前だ。
「お前ってば、また適当なこと言ってる?」
「想像に任せておこう。」
やっぱり投げやりなセリフだったかと確信する。どうせいつもの皮肉や言葉遊びの類だったのだ。
相変わらず酷い奴だと心の中でひっそりけなした後、
ナルトは空いた小腹を満たすために、荷物から出した板チョコをかじった。



その日の夜。船内の酒場で酒を飲んできた老紫のいびきに耐えられず、ナルトはこっそり部屋を抜け出していた。
といってもやる事は、あてもなく廊下をぶらぶらするだけだ。
「は〜ぁ……隣も寝てたし、どこで暇潰そっかなー。おれってば未成年だからな〜。」
最初は隣の部屋に避難しようとしたのだが、フウと磊狢は寝ているらしく、内鍵がかかって入れなかった。
起きてもくれないのが物悲しく、避難は早々に諦める羽目になった。
ちなみに同じように被害に遭うはずだった狐炎と鼠蛟は、いびきがうるさくなる前にさっさと酒場に逃げている。
大人だから使える手が、ナルトは心底うらやましい。
身分証を偽造してもらう時、大人の顔にしておけば良かったとつい後悔してしまう。
「やっぱ、上に行くしかないか〜。」
甲板に行った所で面白いものなんて何もないのだが、
他に暇を潰せる場所が、この時間は酒場以外に何もないからどうしようもない。
いつまでも廊下に足音を響かせるわけにも行かないので、あまり気は進まないものの、まっすぐ甲板に上がった。
「ふー……あ、曇ってる。」
星でも見ようかと思ったら、空はどんより暗い灰色。
眠れなくて困っているのに、空まで気が利かないとは一体何の嫌がらせだろうか。
何となくナルトは腹が立ったが、すぐに気を取り直して海の向こうに目を向けた。
「向こうっ側に島とか見えないかなー。」
ひょいっとへりに寄りかかって、外の暗さに目を慣らしながら遠くを眺める。
遠くに小さな島がまばらに見え、人が住んでいるのか灯台の明かりもこぼれてきていた。
人の気配は何とも言えない安心感があるもので、別に面白いわけではないが、ナルトはどことなくほっとした。
「ん?」
一瞬、近くから妙に冷たい気配を感じた。
どこからだろうと周囲を見渡すが、夜遅いせいか人影はまばらで、しかもナルトに視線をくれている様子はない。
先日のラーメン屋のような事にはなっていなかった。
―今のは一体、どこからだってばよ……?―
眉をしかめながら上を見ても、そこにはどんよりよどんだ雲が垂れ込めるばかり。鳥の1羽もいない。
まさかと思って海をのぞき込むが、こちらは真っ暗なせいでよく見えなかった。
「??」
気のせいだったのかという思いもよぎるが、これでもナルトは忍者の端くれ。
その勘が、気配は嘘じゃないと主張している。そしてこの状況なら、海が怪しいと言う気がしてきていた。
その予感は正しかった。身構えていると、海面からいきなり黒い塊が盛り上がり、ナルトを一口で食らおうと赤い口内を見せつける。
「うわっ!」
急いでへりから離れると、狙いを外した襲撃者は船体に勢い良くぶつかった。
衝撃はすさまじく、船が大きく揺れる。ぶつかった相手は、また海中に潜ってしまった。
体勢を立て直して後方を振り返ると、騒ぎに気付いた船員達が大慌てで対処に動き始めたのが見えた。
何かを話している様子なので、ナルトは声に耳を澄ませる。
「岩か?」
「違うっ、また化け魚が出たんだよ!!」
「げっ!どうすんだよ、いつもの先生いないんだぞ?!」
どうやらこの海域では、化け物が襲ってくるのが珍しくないようだ。
「先生って言うのは……何だろ、忍者とか?いや、化け物だし陰陽師とかか。」
どちらかは良く分からないが、化け物相手なら専門家の後者かもしれない。
頭を抱えてしまっている有様から察するに、専門家がいないとお手上げになる困った輩である事は確かなようだった。
と、船員の片割れがナルトの存在に気付き、船の反対側から血相を変えて声を張り上げる。
「おいそこの君!危ないから早く中に!」
「任せとけって、おっちゃん!こんな奴、おれが退治してやるってばよ!」
「ええっ、君が?!」
返事を聞いて仰天している。無理もない。
彼らはナルトに戦いの心得がある事なんて知らないのだから。
「こう見えても、おれはああいう奴の退治は慣れてるんだってばよ。
ほら、危ないから逃げて!」
持っていた適当な刃物を見せて、何とか説得を試みる。
どうすると困惑した2人は顔を見合わせたが、自分達でもどうしようもないのは分かっている。
そして、素人でもナルトの持っている刃物が武器であることも理解していた。
結局、彼らから見ればまだ子供に等しい彼に、躊躇しながらもこの場をいったん任せようと決める。
「わ、わかった。だけど、気をつけるんだぞ!」
「おう、ありがとな!」
走って行く船員達に背を向けて、ナルトは海面に向き直る。
海の上での戦いは未経験だが、彼はちっともひるんでいない。
未知の化け物相手に、どこまで自分の力が通用するか試す気でいるくらいだ。
もちろん万一手に負えなくても、騒ぎを察した仲間が来るまで持たせればいいというのもある。
「さあっ、出てこい!」
へりから身を乗り出すと、かなり浅いところでこちらの様子を伺っている襲撃者の背びれが見えた。
どうやら相手は、船員が話した通りの化け魚のようだ。
まずは驚かせて顔を出させるために、殺傷力はないが派手な音がする小さな爆弾を投げつける。
「ギャァァァ!!」
狙い通り、ちょっかいをかけられて怒った化け魚が再び海面に顔を出した。ギラギラした緑の目が禍々しい。
そして仕返しに、黒い液体をこちらに勢い良く吹きかけて来る。
へりの塗装を溶かすそれを横に跳んでかわしながら、口の中めがけてクナイを投げた。
クナイは見事に、柔らかい舌に突き刺さる。
だが化け魚ときたら、ますます怒って大口を開ける威嚇をしてくるばかり。痛みに驚く様子はない。
そしてひるむ事なく、また液体を吹き出してくる。それを落ち着いてかわしながら、ナルトは敵の頑丈さに舌を巻いた。
「クナイがべろに刺さったまんま……鈍感にも程があるってばよ。」
一発でだめなら何発か食らわせて少しずつ体力を削り取るか。
そう行きたいのは山々だが、あまり忍具を使いすぎると雷の国に着いた後に困ってしまう。
出来るだけ少ない手数で、有効打を見つけ出さなければいけない。
いつも手数と物量で押し切る戦い方をするナルトには慣れないやり方だが、やってやれない事はなかった。
まだ、狙える場所は残っている。
「こっちはどうだ?!」
これは確実に痛いだろうと、目に向かってまたクナイを投げた。だが、惜しいところで鱗にはじかれる。
いくら巨体相手でも、動くターゲットの小さな的に当てるのは難しい。
―くっそー……影分身さえ使えれば!―
得意の影分身があれば、海中の相手に螺旋丸ごとつっこませる手が使える。
螺旋丸は至近距離でしか使えない代わりに高威力だから、並の忍術ではけろりとしかねない堅物も倒せるだろう。
しかし、あれの使い手は自来也とナルトなど、木の葉でもごく一部。
使ってしまえば、せっかく隠している身分をみすみすばらすのと同じだ。
今は甲板に人目がないが、だからといって使っていい理由にはならない。
万一にでも、今は足がつくわけには行かないのだ。逃亡のために頭を使っている狐炎の足は引っ張れない。
―くっそー……硬いし鈍感だし、どっから叩けば?!―
無駄撃ちは出来ないが、かといってあまり長く様子を伺っていると、合間の攻撃で船が危ない。だが、打てる手は多くない。
そんなジレンマをよそに、化け魚はナルトを何とか落とそうと飛び上がってくる。
「ガァァァァ!!」
この執念は、一応クナイを刺された恨みなのか。ともかくぶつかるたびに船が揺れ、ナルトは踏ん張ってこらえる。
こんな調子では、撃退までにどれだけもたつく事になるだろう。
最初は軽く考えていたが、船上という特殊な立地と、術を使えない制約が重なる戦いの難しさを思い知った。
「こらっ、暴れんなってば!」
化け魚は業を煮やしているのか、飛び上がってだめと見ると、頭や尾びれでまだしつこく何度も船を揺さぶる。
それを止められず、ただ手をこまねくナルトの背に、甲板に駆けつけてきた狐炎の声がかかる。
「体の文字を消せ!どこかに妙な紋様があるはずだ!」
「模様?!――あっ!」
海面に浮かぶ黒い魚体には、額に浮かぶ白い不思議な文字がある。
生まれつきの模様のようにも見えるが、狐炎が言うからには何か特殊なものに間違いはない。
「これか!」
しつこくつっこんでくる化け魚の額めがけて、一か八か、起爆札を投げつける。
張り付いた札はすぐさま膨れ上がり、鱗ごと文字を巻き込んで爆散した。
「よっしゃ!」
鱗の下の地肌が見え、文字は跡形もなくなった。動きが止まった化け魚の体が、ぐらりと傾く。
「えっ?」
喜びも束の間、ナルトは我が目を疑った。完全に動きを止めた後、化け魚の目が白くにごっていく。
てっきり尻尾を巻いて逃げていくのかと思ったら、まるでねじが切れたゼンマイ人形のように、一切の動きを止めて沈んでいった。
「大丈夫?!」
「あ、うん!何とか倒したってばよ。でも……。」
磊狢を連れ、遅れてやってきたフウに応じる。
来なくて十分と思ったのか、鼠蛟の姿はそこにない。
ただ、予想に反して死んだように消えていった相手の事が気になっているので、ナルトは生返事になった。
それは気にせず、磊狢が狐炎にこうたずねる。
「炎ちゃん、やっぱあれだった?」
「ああ。」
「あれって何だってばよ?」
ナルトは、訳知り顔の2人が気になった。
あの化け魚も妖魔か、あるいは妖怪と分類される知能が低い化け物なのだろうから、
細かい事を知っていても不思議はないのだが、返ってきた回答は意外なものだった。
「死霊術で作った不死生物だよ。」
「不死生物って……ゾンビ?」
聞きなれない言葉にすっきりしない顔をしながら、フウが聞き返す。ナルトもあまり分かっていないので、
死霊術というのも妖術の一種の事だろうが、ナルトも彼女も初耳だ。
「うん、2人に分かりやすく言うとそんな感じかな〜。」
「うげー……気持ち悪い奴だったんだ。って、見てないのに分かるもんなの?」
狐炎はともかく、磊狢は倒した後にやってきたから一切姿を見ていないはずだ。
一体どこでそう判断したのか気になった。
「ちょっと瘴気出てたしねー。そういう独特の気配が、近くに寄ってくると色々分かるんだよ。」
「それで狐炎が、模様消せって言ったわけ?」
ナルトにはもちろん分からなかったが、そういう事なら納得だ。
きっと甲板に着いた瞬間に、彼はもう相手の事を見破ったのだろうと解釈する。
「ああ。あれはあの印に込めた力で対象を操る、下級の術だったからな。
その仕組みさえ分かれば、お前でも簡単に倒せただろう?」
「そんなので、アタシ達を邪魔しようとしたんだ。もしかして、海に住んでる奴が……?」
「違うな。これは蛇の手の者だ。」
フウの推測を、狐炎がきっぱりと否定する。
「蛇の?」
「うん。あの子達は死霊術が大好きだからねー。
これはきっと、雷に来るなーっていう僕らへの嫌がらせじゃないかなあ。」
なるほどと、ナルトとフウがうなずく。
妖魔の親玉3人に対してあまりにも手抜きな刺客をよこしてきたのは、単なる警告目的だったというわけだ。
「鼠蛟があの時、ごまかした理由もこれだな。やはり雷の国にいるのは……はぁ。」
脳裏によぎる、仲間と呼ぶのもはばかられる問題外の人物の名前。
しかし狐炎は、深いため息をつきつつも決してそれを口にはしない。彼には珍しく、顔には露骨に辟易した心情が現れていたが。
「お前がため息つくほどやばいの?!」
「こんな事でもなければ、会いたくもない。そういう輩だ。」
「そうそう。愛がないもんね〜。」
愛云々という謎の表現はさておき、人懐っこい磊狢でさえ肩をすくめる始末。
これはもう、人間達にとってもかなり厄介な性格の相手と思っていいのだろう。そう2人は解釈した。
特に、狐炎が人柱力集めの用がなければと言い切った点が気にかかる。
「えー……大丈夫かってばよ、雷の国。」
「大丈夫じゃないんじゃない?」
「だよなー……。」
今までは、大事件に巻き込まれこそしたが割と順調だった人柱力探し。
少なくとも、先方が非歓迎ムードと言う事はなかっただけに、ナルトにもフウにも、今の夜空のようなどんよりとした雲が垂れ込めた。


一方その頃。船上でナルトとの戦いに敗れた化け魚は、静かに海底に横たわっている。
力を失ったその亡骸を、赤い魚と金色の魚が見つけた。
通りすがりに立ち止まり、赤い方が弔いの印らしい色鮮やかな海藻を落とす。この辺りに住む魚の妖魔の風習だ。
「可哀想に。きっと蛇のせいね。」
「さっきの船にぶつからされたんでしょうか?」
黄色い魚が、気の毒そうに亡骸を見つめながらたずねる。
「多分ね。」
海面を仰ぐと、よくこの辺りで見かける大きな船が、船体に大きな擦り傷を付けたまま航行していく姿が遠くに見えた。
あの船を沈めるために使われたのか、それとも少し違う目的か。
何にせよ、亡骸を死霊術に使われたのは不幸なことである。
「尊い方々があんな所に乗り合わせているなんて……。一体何事だと思う?」
器であるナルト達から漏れている、狐炎達妖魔王の強い妖力は、この位距離があっても簡単に感じられる。
気配が1つならお忍びかと大して気にも止めないところなのだが、あまり一緒に居ない3体が、しかも人間の船というのはとても目立った。
「さあ。でも最近陸は、あっちこっちで鳥とか狐とか、色々な妖魔が調べ回ってるらしいです。」
陸の事情に疎い海の住人にも、最近狐炎達の配下の動きが活発な事は知られてきている。
たまに化けて陸に上がる仲間やあちこち渡り歩く妖鳥が、こういった話を持ってくるのだ。
「また?どうして。」
「さあ……ああやってお出ましになるって事は、何か大変なことになるとか。」
何しろ、人間に封じられているとはいえ種族の長が3体だ。
どこに何しに行くのか下々には見当も付かないが、ただ事ではないような気がしてくる。
「それ、あなたの出任せ?だったら大渦の刑よ。」
「真面目な推測ですよ、推測!
これ、長老様にお知らせした方がいいと思います?」
黄色い魚は怒って力説する。
それから、水棲妖魔の長である水の王に知らせるべきかと、赤い魚に伺いを立てる。
「いきなり中央は難しいわね。先にうちの長に相談して、判断を仰ぎましょ。
あなたの言う通り、ただ事じゃないかも知れないし。」
「そうですね。帰って報告しましょう。」
大した事でなければそれで万歳だし、大事の前触れなら報告して大正解になるだろう。
うなずきあって、彼らは速やかにその場から去っていった。


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一方的な里規模のお仕置きシーン(滝隠れ崩壊)はありましたが、戦闘がなかったのでここに入れました。
そうは言っても反則級の実力者がメンバーの半分を占めるので、
シーンを調整したらナルト1人で奮戦する事態になってしまいましたが。
その上地味ですが、忍術と妖術が飛び交う派手な戦闘も近々考えているので、今回はこれでもいいかなと。
ついでに前回までには入れられなかったエピソードも。
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