はぐれ雲から群雲へ
                    ―15話・不信と疑念と―

人気の少ない通路から繋がる、火影邸内の手狭な倉庫。
シズネやサクラの研究室が付近にあるため、ここは医療関係の機材や薬品が多く収納されている。
いのはここの整理をシズネに頼まれて、昼過ぎから1人作業に励んでいた。
大量の荷物の中で、薄い金髪のポニーテールが忙しそうに揺れている。
お気に入りである、へそが出る濃い紫の色っぽい忍者服も、すっかりほこりまみれだ。
「ふー、結構腰にくるな〜……。ん?」
伸びをして腰をほぐしていると、ノックする音が聞こえた。
誰かは大体見当がついていたので、あまり驚かない。
「はーい、どうぞー。散らかってるから気を付けてよ。」
大きな声で返事をすると、シノとヒナタが部屋に入ってきた。
大きな音を立てないように、後から入ったヒナタがドアノブに手を添えて閉め、カチャッとささやかな音がする。
「忙しいところすまない。お邪魔する。」
「お邪魔します。さっきね、そこでサクラちゃんと話していたところなの。」
「あ、紫電さんと話せたんだ。どうだったって?」
先日、次に砂からの使者にいつも通り彼が居たら、狐炎の行方を尋ねてくると、サクラは同期の仲間に約束していた。
結果をいのが聞くと、ヒナタは静かに首を横に振った。
「それが、ダメだったって……。」
「彼は、狐炎殿の行方について知らなかった。
その上、探しに行くのは危険だと、サクラを脅かしていったらしい。」
「あっちゃー……それじゃ、また当てが外れちゃったってわけね。それで?」
またうまくいかなかったかと残念に思うものの、彼女はだめで元々と思っていたので、さほど深い落胆はしない。
それよりも顛末が気になったので、2人に続きを促す。
「うん……サクラちゃん、それでも探しに行ってみるって。」
「えぇっ?!あー……でも、あの子ならやるわね。でも、危険ってどういう意味で?」
「殺されるかもって事。前に、シノ君達が言ってた説の事を思い出したら、分かるよ。」
ヒナタは難しい顔をして、いのの問いに答えた。説明を聞かされた彼女の顔も渋くなる。
「……あーあれね。」
失踪からある程度日が経った頃、シノやシカマルなどが最初に言い出したそれは、
ナルトが狐炎の手引きで逃げているというものだ。
両方の性格を知る同期の面々が、知恵を集めて導いた結論である。いのもその場に居たので知っている。
「さっき、初めてそれを教えたんだけど……。」

火影邸の一角にある、サクラとシズネが任されている研究室。
ヒナタとシノはサクラに呼ばれ、彼女が聞いてきた話を元にここで話し合っていた。
そういう場で、2人は仲間と以前立てた仮説を教えた。
「それじゃあ、ナルトの手がかりがちっとも見つからないのって、全部狐炎さんが?!」
ヒスイ色の目がはっと見開かれる。
思い返せば真っ先に疑うべきだった事だろうに、どうして気付かなかったのかとサクラは愕然とした。
「恐らくは。何故なら逃亡先で、協力者となるような忍者が居た可能性は低い。
しかし、親戚であり緋王郷の出身である彼なら、危険を早期に察して逃がすだろう。それが肉親というものだ。」
「きっと……シノ君が言うとおりだと思う。
もし私が同じ立場だったら、何とかしてあげたいって思うもの。」
体面上、狐炎はナルトと曾祖母の代で兄弟の親戚という事になっている。
狐炎の性格に一般論が当てはまるかはさておき、推測の方向としては間違っていない。
「俺も彼について詳しくは知らない。だが、とても聡明で冷静沈着な人物と聞いている。
ナルトが単独で逃亡するよりは、今の展開になる可能性が高いだろう。
俺だけじゃない。シカマルもネジも、同じように考えている。」
ナルトはそそっかしく、慎重な行動は人一倍苦手だ。
その彼が追っ手に足取りを掴ませないという事は、用心深い人間が味方についていると考えるのが手っ取り早い。
その点狐炎は、シノが知る程度の知識でも、ナルトよりも慎重な逃亡に向いた性格である事は明らかだ。
だから同期のメンバーは、すぐにこの可能性に思い当たった。
「分かってたのに、何で私に話してくれなかったの!」
サクラはバンッとテーブルを平手で打った。、勢いにひるんだヒナタがおろおろとうろたえる。
「お、落ち着いてサクラちゃん!別に意地悪とかそういうのじゃないの。ただ――。」
「ヒナタは黙ってて!今はシノに聞いてるの!!」
怒鳴られた彼女は、それ以上たしなめられずにすくみ上がるばかり。
だが、矛先が向いている当人はひるまなかった。
「理由は1つだ。お前はナルトを心配するあまり、頭に血が上りやすくなっている。
あいつを助けるために有効な手段だと分かるまでは話せないと思った、それだけだ。」
「私が余計なことをするってこと?」
のけ者にされていたという不満と不信から、サクラの語調はとげとげしい。
シノは首を横に振った。
「そうではない。お前を振り回すようなことを避けたいのだ。
俺達は捜索隊の成果にあずかれない事もあり、ナルトに繋がる情報はすぐには見つからない。
真偽が疑わしいものも多いだろう。裏を取る前に、いちいちお前に知らせるのは得ではない。
何故ならぬか喜びほど悲しく、疲れることはないからだ。
繰り返せば、ナルトが見つかる前にお前が心労で倒れてしまうかもしれない。」
彼はあくまで冷静に、そして落ち着いた語り口で彼女を諭す。
誤解を解くための手間と言葉は惜しまない。
「だからって、私が仲間はずれにされて面白いわけないでしょ!
そこまでは考えてくれなかったの?酷いじゃない!」
「お前の気持ちを汲めなかった事については申し訳なかったと思う。
しかし、最近のお前はただでさえナルトの事で心を痛めているのに、心無い中傷にも晒され、非常につらいはずだ。
これ以上振り回したくないと、そう言っていたのはお前の親友だ。」
「いのが?」
シノの素直な謝罪に含まれた親友の名前に、サクラは一瞬怒りを忘れて目を丸くした。
彼の後を引き取って、ヒナタが口を開く。
「そうだよ。いのちゃん、サクラちゃんが最近ずっと元気がないのを心配してるの。
だからナルト君の事は、サクラちゃんに頼ったりしないで、まず私達が頑張ろうって言ったんだよ。
それで、いい知らせが見つかったら、一番に教えてあげようって。」
「……そうだったの?だから、黙ってたって事?」
ヒナタは何とか分かってもらおうと、真剣な顔で彼女の目を見つめた。
「うん。でも、仲間外れなんかじゃないんだよ。みんな、サクラちゃんのことを心配してるの。
色々な悩み事があって、いつも一杯一杯なはずだから、少しでも助けてあげたいって、みんな思ってる。
だって、みんなナルト君とまた会いたいのは同じだもの。」
「そうだ。仲間だからこそ、つらい時は負担を掛けたくない。そう思っていただけだ。
だから、黙っていたことについては許して欲しい。」
沸騰していた彼女の怒りが、2人の言葉で少しずつ冷めていく。
「……。」
シノの言葉が終わる頃には、サクラは神妙な顔で黙り込んでしまっていた。

「……言われるまで思いついてなかったわけね。」
「うん……そうみたい。」
「やっぱりねー。ほんと、やばい位頭に血が上っちゃってるじゃない。
っていうか、あっちの説が本当なら……紫電さんが言う程じゃないにしても、マジで敵に回ってきても不思議じゃないわよ。
嘘情報で妨害するとか。」
これらを想像できないサクラの心境を思うと、いのは頭が痛い。
一緒に居てナルトを上手に逃がす細工をしている可能性は、彼女でも考えつくのに。
心配したとおり、精神的に相当余裕がないのだろう。
「俺もそう思う。元々、彼は木の葉を嫌う緋王郷の住人。
まして、無実の罪で身内が指名手配だ。腹に据えかねているだろう。」
シノの言うとおりだろうと、2人はうなずいた。
ナルトとの同居の都合、日頃は自分が抱く木の葉への感情を口にしない人物だったが、背景を考えれば現在の心境は想像がつく。
木の葉にはかなり嫌気が差しているだろう。徹底的な妨害工作くらい、やりかねない。
「そうだよねー。で、一応止めてくれた?」
「もちろんだよ。でもサクラちゃん、私は強いから大丈夫って……。」
「仕方がないから、五代目に関連任務への志願が通った際は、全面協力すると言うしかなかった。」
危険を承知で探しに行くと言うサクラを、当然そろって止めようとした。だが、彼女の意志は固かったのだ。
だからナルトや狐炎の捜索、もしくは暁関連組織の調査に参加できた際は、
八班として援護するとしか2人は言えなかったのである。
「はぁ〜。何を根拠に、勝てる勝てないって決めてるんだか……。
確かナルトの修行も見れたし、しかも紫電さんと互角って噂なかったっけ?」
いのの記憶が正しければ、影分身を使った修行にナルトが狐炎を付き合わせた時、
あまりに歯が立たなかったナルトがすっかりすねていた日があった。
いのが実家の花屋を手伝う日に店に来た彼が、愚痴をこぼしていたので良く覚えている。
後者は詳細を彼女は聞きそびれているが、こちらはもっと有名なはずだ。
「うむ、あったな。
確か歓楽街で用心棒をしていた時、勤めていた賭場を荒らした紫電殿と派手にやり合ったとか。
勝負がつかず、結局彼がそこで稼いだ金を一部戻す事で決着したそうだ。」
紫電こと守鶴は、その筋では伝説の賭場荒らし、
あるいは過去のそれの再来と囁かれ、賭場を「生かさず殺さず」の荒稼ぎで恐れられる。
儲けを取り返したい賭場が用心棒をけしかける騒ぎになっても、本性が妖魔だけに大抵は相手が簡単にひねられておしまいだ。
だからこそ、対等の勝負に持ち込んだ狐炎は驚愕されたのだ。
「どうせなら、それも教えてあげた方が良かったかな……。」
「うーん、言わなくて良かったんじゃない?どうせ聞きゃしないんだから。」
風影の護衛をするような男と同格という事実を教えるのは、本来なら正しいだろう。
何しろ彼と互角となると、必然的に風影が一目置く男と等しくなる。
万一真剣勝負になれば、素直に考えると新米中忍なんて相手にならない。
「いつものサクラちゃんなら、自分がそう考える方なのにね。」
「人の事ならね。自分の事だとこんなもんよ?
何にも出来ないまんま2週間位経っちゃって、全然冷静じゃないし。」
まだ忍者としては未熟だからと言えばそれまでだが、いのに言わせれば元からの性格だ。
危険を省みずに無茶をするのは、下忍になりたての頃から変わらない。
「ま、いいわ。ありがとね。これ片付け終わったら、サクラ探しに行くから。」
「説得するの?」
無理なんじゃないかと思いながら、ヒナタは心配そうに尋ねる。
「うーん……強いて言えば、愚痴を聞きに行くって所。」
問いに対して、いのは難しい顔をする。具体的に何かするしないではない。
サクラと話をすることそのものが目的なのだと、やんわり言葉ににじませた。



一方その頃。件のサクラは、ナルトが住んでいたアパートを訪ねにきていた。
見上げた3階の通路には、一部屋だけドアに張り紙が貼られている。
無断での立ち入りや損壊をした場合、法的手段に訴えると強い語調で書かれているものだ。
大事な自分の財産を守るための大家の懸命な努力であり、その甲斐はあるのだが、読むたびにサクラの心は曇る。
「おいサクラちゃん、あんたまた来たのかい。」
敷地に入ろうとすると、ほうきと袋を持ってアパートの前を掃除していた中年男性に声をかけられた。
顔なじみの住人の1人だ。
「はい。」
「あんまりここに来ない方がいいって、この間大家のばあさんからも言われたろう。
いくらあんたが火影様の直弟子だって、遠慮なんかしてもらえないってのに。」
男性はサクラの来訪に、いつもいい顔をしない。
ナルトと同じ班だった彼女が、ここに来るのは得策ではない。
ただでさえ、2人も里抜けをした不名誉な班の所属。
周囲が彼女をどんな目で見ているか分かるだけに、ここに来る事の悪影響を男性や大家は心配しているのだ。
「嫌味も嫌がらせも、もう慣れましたから。それより、手伝いましょうか?」
親しくない先輩や後輩から職場で受ける中傷や陰口は、もう数え切れない。
そしてそれは気にしても仕方がないことだと、彼女はある程度諦めていた。
「いいよ。今日はこれでお終いだからね。」
男性が持っている大きなビニール袋は、空き缶にビン、罵詈雑言が書かれた紙、品目雑多なゴミの山が透けて見えている。
木製の塀は周りごと水浸しで、恐らく落書きを落とした後なのだろう。
それらを目に留めてしまい、サクラの顔は曇った。
「ゴミ……まだ、投げ込まれるんですか?」
「そうだよ。一晩も経てばあっという間にゴミだらけさ。
おかげで、このアパートもずいぶん人が減ったね。」
確かに住人の気配は、この騒動の前から見るとガクッと減ったように見える。大体半減近いだろうか。
まだ月の半分程度しか経たないのに、かなりのペースで人が逃げ出していることになりそうだ。
同じ場所に住んでいるだけでこんな陰湿な嫌がらせを受ければ、嫌になって引っ越す人も出るだろう。
対象はナルトでも、実際にゴミを見るのは今住んでいる人達なのだから。
「あの、見回りはちゃんと増やしてもらえてますか?」
先週、心配になって訪ねた時に惨状に絶句したサクラは、綱手に掛け合ってこの地区の見回りを増やしてもらった。
「ああ、おかげでね。でも、いたちごっこだよ。結局見てない時にやるからね。」
「……そうですか。」
少しでも良くなればと思って頼んだのに、効果の薄さに落胆する。
大多数の民衆の悪意の前では、公権力と言えども弱い。男性がはぁっと深いため息をついた。
「さっさと飽きてくれりゃいいんだけど、なかなかね。しかし、火影様はどうしちまったんだい。」
「え?」
「この間のうちはのガキも、逃がしちまってそれっきりだったろ?」
「それは……。」
綱手も頑張っていることを言いかけて、口をつぐむ。この男性にそれは慰めにもならない。
「昔のこの里なら、あんなのが抜け忍なんてやってもすぐにとっつかまったろうに。
すっかり落ちぶれたもんだよ。」
昔の栄光を懐かしむように、寂しそうな呟きを漏らす。
里を戦場にした2度の大きな戦いの影響で、現在の木の葉はすっかり人材難に陥ってしまっている。
象徴的とも言えるのが、サスケの里抜けに際し、下忍だけの班を追跡に向かわせたことだ。
同時に砂に援助を頼んでいたと言っても、血継限界を持つ一族が逃げた場合の対処としては、普通ありえない。
「木の葉崩しで、人が減っちゃいましたからね……。」
15年前の九尾襲来の傷がようやく癒えてきたかという頃に起きたあの事件。
木の葉の里は、その戦いでも多くの忍者を失っている。
「あれもひどいよ。何とは言わないけども……。」
「……。」
恐らく、三代目が命を落とした辺りの事を指しているのだろう。
木の葉崩しについてはずいぶんと大きな問題になり、
国からは大名や外国の賓客を戦地に晒したかどで、国の面子が丸つぶれだと里はひどく叱責された。
その怒りは相当で、次回の中忍試験は名代をよこして大名は家族も含め出席を見合わせていた程だ。
他国も対応は似たようなもので、ずいぶんと来賓の顔ぶれがお寒い会場になっていた。
国際社会で、さぞ木の葉の里は笑いものになったことだろう。
「それで今じゃ、あいつがおおっぴらに九尾呼ばわりと来た。世も末だね。
昔は一応、建前だけは皆守ってる振りをしてたもんだ。」
「……そうですね。」
本来ナルトが九尾を封じられている件は、三代目が緘口令を敷いたため、口外してはならないことになっている。
もちろん破ったと知れたら罰せられる決まりだ。実際に罰を受けた人も出ただろう。
だが今では誰も通告しない。それに、仮にしたところで罰する方が追いつかなくなるのは目に見えていた。
取り締まるはずの忍者でさえ、見てみぬ振りをしているのかもしれない。
―誰も、師匠の言う事なんて聞かないんだ……。―
ナルトに対して九尾と公言することは、今だって禁じられている。
このアパートへの嫌がらせにしても、発覚してから里はそれを許さないと通達はすでに出ているのだ。
それでも止まないのは、つまりそれだけ里の権威が失墜していると言えるに違いないと、サクラは思っていた。
「とにかく、さっさとこの騒ぎをどうにかして欲しいね。とばっちりはいつもこっちにくるんだ。」
嫌がらせに苦しむ当事者の台詞は、彼女の非常に重く心に響いた。
いつでも悪意に晒されて被害を受けるのは、このアパートの住人のような弱い立場にある人なのだ。


サクラは人目を忍び、小さな林が囲む神社にやってきた。
火事の焼け跡や鈍器で打ち壊された跡が、今も境内に生々しく残る。
ここは15年前、九尾襲来のすぐ後に壊された場所だ。
九尾で家族や知人を失った人々はここで暴徒と化し、ここに怒りと憎しみをぶちまけたのである。
そのあおりで家族を一人亡くした神主一家は夜逃げし、今では主がなくなってしまった木の葉稲荷神社。
総本宮である緋王郷稲荷大社を擁する緋王郷が、木の葉の里に対して絶縁状を叩き付ける原因のひとつになった事件の舞台だ。
忘れ去られたその場所には、ほとんど訪れる人は居ない。
事情を知らない子供が隠れ場所にするか、時折どこからか狐が迷い込んでくるだけだという。
「九尾を祭る神社……か。」
ほとんど風化しているが、神社の奥には九尾の妖狐が赤い絵の具で描かれた絵がある。
神職などの法術使いだけが使う特殊なもので書かれているらしく、神社が焼けてもこれだけは色鮮やかだ。
恐らく耐火性を持っているのだろうが、当時の里人はさぞ気味悪がったに違いない。
この神社の祭神は、今はナルト共々行方知れずだ。
「はぁ……思い出すなあ。」
静かな場所へ来たせいか、どうしても平和だった頃の七班を思い出してしまう。
今思えば、本当に束の間の関係だった。
思いつめたサスケが里を抜け、力不足を痛感した2人はそれぞれ違う場所で修行を積んだ。
―本当なら今頃は、ナルトと一緒にサスケ君を捜しに行っているはずだったのに……。―
ぎゅっと下唇を噛み締める。何がどうしてこうなってしまったのか、考えても仕方が無いことがぐるぐる堂々巡りする。
うじうじ悩むのは卒業したはずだったのだが、生来の性質というものは変えがたい。
里全体に満ちるナルトへの悪意が、自分に対するものであるかのように痛く感じられ、
サスケの里抜けと同じかそれ以上に辛いと思うほどだ。
「ナルト……あんたは今、どこに居るの?」
最後に見たのは、門の前で見せた屈託のない笑顔。
あの笑顔の主を取り戻す手がかりは、恐らく親戚の狐炎しかないだろう。
というよりも、彼女は他に当てを思いつかなかった。
―会わなきゃ……狐炎さんに。―
守鶴から受けた警告が信じられるかどうかと言えば、サクラには否だった。
しかし最後には声音が嘲笑のような色を帯び、脅迫じみていたのは事実。
何しろ彼は、誰も手がつけられなかった我愛羅を子供扱いしたり、砂の制御権さえ奪ったりするような破天荒かつ規格外の実力者。
真面目な席で滅多な事は言わないだろうし、あれ以上聞かされればもっと彼女の心は揺らいでいたかもしれない。
ざわめく心で思い浮かべるのは、やはりナルトの笑顔。だが、想像しても悲しくなる一方だ。
「寒い思いとか、危ない思いとかしてないかな……。
夜は冷えるし、追っ手は出てるし、自来也様も居ないし……不安だろうな。」
自来也が手を回してナルトを逃がした事を、サクラはよく思っていない。
どういう指示を出したのかは知らないが、誰も行方が分からなくなってしまった現在はかなり悪い状況だ。
―暁さえうろついていなかったら、まだ良かったのに……。―
彼女が一番危惧しているのはその一点だ。
彼女は以前、ナルトの境遇の不自然な部分を疑問に思ってこっそり調べ上げた時、彼が暁に狙われる人柱力と知った。
里の保護を一切受けられないナルトを放置するのは、狼の前に羊を差し出すようなものである。
そうでなくても、行方をくらました仲間を心配し、安否を確認したいと言うのは人情だ。
しかし、彼の消息はようとして知れない。
「はぁ。」
「サクラー!」
深いため息をついたその直後、後ろから親友の声がかかった。
「いの!……どうしたのよ、あんたがこんなところに来るなんて。」
「探しに来たに決まってるでしょ。もー、1人であんまりうろつくなって言ったじゃない。」
最近はただでさえややこしい立場に置かれているサクラなので、1人で行動することをいのはよく思っていない。
心配の裏返しで咎める口調になる。
「大丈夫だって。ここ、どうせ誰も来ないんだから。
ところで、探しに来たって何の用で?何かあったとか?」
わざわざ里の外れの方まで来るのだから、呼び出しでもあったのだろうかと思ってたずねる。
もちろん用事が違ういのは、首を横に振った。
「ううん、そういうわけじゃないけど。なんか元気なさそうだったからね。
また何か言われたりしてない?」
「ううん、ナルトの事が気になって。何かこの里……すっかりおかしくなっちゃったな、とか。」
いのが相手なら話せると思って、サクラはそう切り出す。
それでもやや声を潜めて、うっかり一帯に響かないように気を使った。
「色々ありすぎるよね。ほんの1週間位で変な噂が広がって、ナルトがすっかり悪者になっちゃって。
何でかと思えば、あいつが化け物……なんて。」
「……うん。」
過去にこっそり調べたサクラとは違い、いの達大多数の同期は、今回の騒動でナルトに九尾が封印されている事実を知った。
その衝撃は大きく、受け止めきれない心境で居るはずだ。
「……あの英雄の四代目が、封印したとかさ。」
「他に手がなかったんだよ……きっと。でも、その後は変だよね。」
誰からも慕われた好青年だと伝えられる四代目が、赤ん坊だったナルトを恐ろしい妖魔の器にした事の是非は、この際置いておく。
サクラにとっては、その後の処遇の方にこそ引っかかる疑問点があった。
「どこが?」
「ナルトが人柱力だってこと、本人が知ったのがつい最近じゃない。」
「あ、そういえば……。我愛羅君とかは違ったよね。」
聞くところによると、我愛羅は幼少期から自分が妖魔の器と知り、里の切り札としての訓練を受けてきたという。
それを伏せて暮らしていたナルトとは対照的だ。
「そうでしょ?何でナルトに三代目は黙ってたんだろう……って。」
少なくとも本人には教えておいた方が良かっただろうに、ナルトの後見人でもあった亡き三代目はそうしていなかった。
だから彼は、自分が九尾の人柱力という事実を知らずにずっと育ってきた。
いつ本人が把握したのかは、サクラも知らない。
「せめてそれを本人が知ってて、ちゃんと教わってたら違ったんじゃない?」
「うーん……どうかしらねー。」
今回のこの騒動が、果たしてそういう経緯なら防げたものかは不明だ。
いのには断定できず、口を濁すしかない。
「私、ナルトの事情を知ってから三代目が分からないの。」
「サクラ……。」
「三代目は私だって好きだよ。尊敬してる。でも、何でナルトに隠してたんだろうって。」
「隠さない方がうまく行ったって、あんたは言いたいのね。」
切々と語った彼女にそう言うと、黙ってうなずいた。
見ようによっては、うなだれたと言う方が近いかもしれない。
「……悪く思っての事じゃないとは、思うんだけどね。」
今となっては、三代目の真意を聞くことは出来ない。
しかし里の住民すべてを子供のように愛した彼だから、それだけはいのも信じたいところだ。
それでも、我愛羅との処遇の違いはすんなり納得できることではない。サクラにしてみればそうなのだろう。
「その真相は神のみぞ知る……かな。」
朽ちた神社の祭神にたずねれば、それも知る事が出来るだろうか。
もっともたずねようにも、神に仕えぬ身にはその声など聞こえるわけもない。サクラの呟きは諦め混じりだ。
「ところであんた……狐炎さんを探しに行くんだって?」
「うん。暁関係のとか、少しでも近づける任務があれば志願するつもり。」
親友の顔をまっすぐ見つめて、彼女はそう宣言した。
この決意を翻すことはないだろうと、長年の付き合いでいのは察した。
「……一筋縄じゃ行かないと思うよ。相手は木の葉の精鋭から逃げられるような人だからね。」
サクラの気持ちを分かっているから、いのは止める代わりに忠告した。
「分かってる。」
手がかりを残さず、すっかり行方をくらませたナルトの遠縁。
その捜索は恐らく困難を極める。それは冷静さを欠くサクラでも承知していた。
―それでも私は……ナルトのために出来る事をしたいのよ。―
心でそうつぶやいて、彼女は瞑目した。


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予告通り、サクラ中心に木の葉の現状中継の話です。14話に輪をかけて陰気です。
予想済みで作業にかかったとはいえ、やっぱり手を焼きました。
前回からはみ出た部分は結構あったんですけど、入れたい情報の取捨選択等で色々。
綱手を出すかは最後まで悩みましたが、詰め込み過ぎも良くないので惜しみつつ削りました。
将来的な一方その頃が増えそうですが、やむを得ず。次回からはナルト達に戻ります。
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