はぐれ雲から群雲へ
                     ―14話・白昼の暗い影―

「はぁ……ホモショタ……。」
「もうやだ……ホモショタ……。」
一部でどんよりとよどんだ部屋の空気。
一時の大騒ぎこそ止んだものの、未だに男人柱力達はホモショタの衝撃で撃沈していた。
「アンタ達、いい加減しつこい。
どーせ言ってたってどうにもなんないんだし、さっさと諦めればー?」
流れにすっかり飽き飽きしてしまったフウは、冷や水よりも冷たい言葉を浴びせてくる。
完全に対象外で余裕がある彼女にしてみれば、いつまでもうじうじとしている男衆はうざったい以外の何者でもない。
「だーけーどー……ううう。」
「と、とにかく気を変えよう。次は結局どこへ探しに行くつもりなんだ?」
このままでは埒が明かないので、我愛羅は自分の精神的ダメージを我慢して違う話を切り出す。
記憶が正しければ、まだ次の方針は固まっていなかったはずだ。
「この前も言ったが、岩隠れはだめじゃ。あそこはちょっと警備が堅すぎるぞい。」
老紫もやっと頭を切り替えて、しかめっ面をしながらぼやいた。
国民でも立ち入りにうるさい国では、侵入するのも骨が折れる。
里抜けして指名手配されている彼でなくても、優先して回りたいところではない。
「じゃあ、霧もだめじゃないの?あそこもすっごい閉鎖的って聞いたけど。」
次いで挙がったフウの意見はあくまで噂程度の物だが、間違いではない。
岩隠れの里の、国民にも厳しい警備ほどではないかも知れないが、他国の里と交流が少ない霧の里も潜入が難しい場所だろう。
「となると雷か……。それなら頼みたいことがある。」
「何?」
おもむろに我愛羅が懐を探り、一通の書状を取り出してナルトに渡す。
表書きが何もないので、覗き込んできた老紫共々彼は首をひねった。
「雲隠れに、指名手配犯をうちで捕まえたという知らせを届けて欲しい。」
内容を告げた途端、2人の顔からやる気が失せた。
「なんじゃ、パシリか。」
「すごいDランクの臭いだってばよ……。」
老紫は単なる肩透かし程度の落胆であっさりしたものだが、
昔から大きな仕事ばかりしたがるナルトの反応は何倍も大げさだ。露骨にがっかりしている。
「ほらほら、嫌そうな顔しないの〜。よく考えようねー。」
「何を?」
磊狢にのんきな調子で再考を促されても、ナルトはまるでその気になれず怪訝な顔で聞き返すだけだ。
放っておいても時間の無駄と見たので、守鶴がすぐにこう付け足す。
「風影直々のパシリなら、こっちで身元を保証するから堂々と里に入れるってこった。」
「あ、なるほど!すげぇ我愛羅、頭いいってばよ!」
これ位自分で気付けと、狐炎が冷たい目で見ていることにも気付かず、手のひらを返して親友を絶賛する。
もっともこれくらいで気を悪くするほど幸い我愛羅は小さくないので、少々の苦笑いで片付けた。
「いや、そう言われる程じゃないぞ。こっちは直接動けないから、せめてもの職権濫用だ。
それから、これが身分証になる。」
「これは?」
今度は妙に格調高い紙を使った書状が渡された。
のし袋のように上下を折った上包みの表には、篆書体の印鑑が押されている。
一見すると、こちらが書状本体に見える程立派な風格だ。
「風影の使いの証明書だ。偽造困難なものだから、特にしつこく問いただされることはない。」
変化の術なんてものがある業界だから、使者の証明書はその分手の込んだものになる。
製法はさておき、信用度は抜群だ。
「へー、便利なもんがあるんだな〜。」
「アタシも初めて見た。すごーい!」
感心したナルトとフウがにわかに色めき立つ。
表裏ひっくり返して眺めてみたり、隅まで興味津々で観察している。
「公式の使者など、お前達の年ではまず無縁だからな。
今、浮かれるのは構わぬが、向こうではそれらしく振る舞ってもらうぞ。」
委託された民間人扱いと言えども、雇い主の顔に泥を塗るような真似は許されない。
多少は止むを得ないが、狐炎はきっちりと釘を刺しておいた。
「でもさ、おれ達に頼んで大丈夫なわけ?こういうのって、普通は里の奴がさ〜。」
「心配はいらない。この程度の連絡なら、専門の飛脚に頼むのも普通だ。
俺も今回はそうしようと思ってたしな。」
里間の連絡ではナルトが指摘するように、一般的には忍者を使者に立てる。
しかし急を要さない今回のような用事の場合、役所の文書を運ぶ専門の飛脚に頼むこともしばしばある。
特に現在の砂の里のように雑務に割く人員の余裕がない里は、
未熟な下忍に任せるよりも確実と、そういった外部のベテランに委託するのだ。
「ふーん……そういうもんなんだ。」
「わしの若い頃にはなかった話だのー。」
「何十年も経てば、そりゃ変わるでしょー。」
しみじみと呟く老紫に、磊狢がからかい半分に言った。
大戦真っ最中の老紫の青春と比較的平和な現在を比べたら、事情は変わって当たり前だ。
そこいら中戦場だらけという事もないし、よほど治安の悪い場所の通行でもなければそこまで戦闘力は要求されない。
「ふん、数十年が一瞬の奴に言われたくないわい!」
「……それはない。」
鼠蛟が首を横に振る。いくら数千歳でも、10年単位が一瞬と言う事はない。
長命な妖魔の世界だって、100年かからず子供は大人になるのだから。



一時は甚だしく脱線したものの、次の目的地への目処も立った。
もう話し合いは十分という事で、仲間内の会議はお開きだ。
ちらほらと部屋に戻り始めるメンバーも出始めた頃、ナルトは我愛羅に声をかけた。
「あのさ、ちょっと時間ある?」
「ああ、大丈夫だ。今日はもう仕事がないからな。」
「だからって、いつまでも話し込むんじゃねぇぞ。
オレ様は早いところ木の葉に戻らねぇと、扇子娘がうるせぇんだからな。」
だるそうな調子で守鶴は釘を刺してきた。扇子娘とはテマリの事だ。
「あれ?お前ってば出張中だったわけ?」
「そうだよ。そこの鳥の知らせを子分が取り次いで、わざわざ木の葉まで呼びに来たんだぜ?
こっちは暇じゃねぇんだよ。」
出先の仕事から抜け出してやってきている守鶴は、この後の予定が詰まっている。
夜だからましと言っても、遅いと一緒に木の葉に出かけているテマリがいい顔をしないのは当然だろう。
「じゃあ、遥地翔の符をくれ。」
分かっていても水を差されてカチンときた我愛羅は、わざと図々しく要求した。
だが、守鶴は露骨に嫌そうな顔をする。
「やなこった。話位、とっとと済ませてきやがれ。どうせ金ドリアンも明日は早いんだろ?」
「そりゃそうだけど、久しぶりに会ったんだってばよ?
もうちょっと気を使ったりしてくんないわけ?」
全く取り合ってくれない態度に腹が立って、ナルトが口を尖らせた。
何しろ2人が最後に顔を合わせたのは、もうずいぶんと前の話だ。
積もる話の一つや二つと、そこは察して気を利かせるのが定石ではないだろうか。
しかし極真っ当な彼の訴えは、あえなく鼻で笑われてしまう。
「あいにく、むさい野郎如きにかける情けはねぇんだよ。」
(ひっでー……予想してたけどさ。)
言うに事欠いてこの言い草。ぼそっと呟くナルトの顔はげんなりとしていた。
そこに、我愛羅がこそこそと横から耳打ちしてくる。
(ちなみに同じ事を母さんが頼むと、態度が180度変わる。
テマリでも90度マシだ。腹が立つだろう。)
彼は言葉の端々に、実に憎たらしいという色を隠しもせずににじませていた。
守鶴の日頃の言動に、数え切れないほど苦虫を噛み潰しているに違いない。
(分かりやすすぎるってばよ。)
流石は女尊男卑を地で行く男。彼は親友の説明に大いに納得した。
愛する恋人の頼みだったら、二つ返事でいくらでも好待遇にするに違いない。
「なぁオメーら、下の川に豪快に飛び込みしたくはねぇか?」
「殺人事件は、やめてくれ。」
口の悪い少年達に向けられた、目が笑っていない守鶴の笑み。
一瞬不穏なお約束に発展しかけたが、幸い鼠蛟の制止により2人は命拾いした。


何とか制裁されずに済んだ2人は、崖に突き出したバルコニーのような場所にやってきた。
ろくな柵もないのは、もしかすると住人がここに直接着地するためかも知れない。
何しろこの土地に住んでいるのは鳥だ。こういう場所も立派な出入り口になるだろう。
そう想像させるだけあって見晴らしは抜群に良く、美しい夜空と周囲の渓谷の景観が同時に楽しめる。積もる話にはうってつけだ。
「はーぁ……。我愛羅、おれ、お前に謝った方がいいかな?」
「何故だ?」
「おれの事でさ、そっちにも色々迷惑かかってたりしたら、悪い事してるよなーって思ってさ。
確か行ってるんだろ?指名手配。」
ナルトの記憶が正しければ、旅立って間もない頃に、狐炎がそんなように言っていたはずだ。
木の葉の里と同盟を結ぶ砂の里に要請が行くことは、ナルトも大体分かっていた。
「そんな事か。気にするな、今回の件はお前が悪い訳じゃない。
心ない噂と行き違いのせいじゃないか。」
「サンキュー。ちょっと気が楽になったってばよ。」
気がかりが1つ消えて、ほっとした笑みがこぼれる。例え気遣いから出た一言だったとしても、ナルトは嬉しかった。
「俺の方こそ、ろくな手助けも出来ずにすまない。
本当なら、一緒について行きたいくらいなんだがな……。そうも行かない。」
今の我愛羅は里長だから、下忍の頃のように里の外に出向く機会が大幅に減っている。
本人にとっても想定外の出世は、友人の危機においてはまさに足かせとしか感じられない。
もちろん所属する里が違う段階で出来る事なんて限られるのだが、
人を使う身と使われる身では、当然立場の重さが違うし、自由度は比較にならない。
就任後日が浅いだけに、長の利点も少ない我愛羅にとってはなおさらだ。
「風影様じゃしょうがないってば。それに、我愛羅だから出来ることもあるって!
さっきの身分証とかさ、ああいうのは偉くないと用意出来ないじゃん。
おれが今使ってる奴だってさ、あいつが偉いから作ってもらえたもんだし。」
現在所持する2つの身分証を引き合いに出しながら、すまなそうにする友人の背中を軽く叩いて励ます。
緋王郷で狐炎が作らせた身分証も、 我愛羅が渡した風影の使者の証明書も、彼らが特権階級だからこそ簡単に手に出来るものだ。
例えばナルトのように下忍だったら、盗みでもしなければ手に入れようが無い。
「それもそうだったな。」
「だろ?」
「ああ。悩むのは後回しだ。俺は俺なりに、お前達のために後ろで全力を尽くす。」
出来もしない事を恨んでも仕方がない。我愛羅がすべき事は、今の立場で出来る支援だ。
きっぱりと言い切った彼の顔には、もう憂いの色はない。
「おう、ばっちり頼むってばよ。そうしてくれると、おれ達も安心して旅できるしさ!」
不安定な身分だからこそ、仲間は居るだけでありがたい。
少なくともナルトは、彼を大変な時になかなか来てもくれない薄情者だとか、そんな風に思ったことは一度もなかった。
むしろ、里でどう過ごしているか案じていた位だ。
「そうか。だが、くれぐれも無茶はするな。
何か困った事があったら、すぐにこっちに相談しろ。」
「分かった。我愛羅こそ気をつけろってばよ。
里に居るってバレバレだし有名だし、フウ以上に目立つんだからさ。」
何しろ暁は彼女をさらうために、直接滝隠れの里を襲ってきたのだ。
最高の警備体制の我愛羅でさえ、絶対安全ではない。彼らは、いつどこで襲ってくるかも分からないのだ。
護衛が少ない出先に待ち構えていて、いきなり襲ってくることもあるかもしれない。
「心配するな。砂漠で戦うなら俺には地の利がある。遅れは取らない。」
「あはは、そうだったな!んじゃ、返り討ちにしてやるのを期待しとくってばよ!」
「フッ、任せておけ。」
明るく笑い飛ばす親友につられて、我愛羅も口元を緩める。
折から弱く吹いていた風が、少し強く吹き付けて赤い短髪と上着の長いすそを揺らす。
「風が出てきたな、戻るか?」
「あー、そうするかな。何かさ、ここ突風吹いたら落っこちそうだし。ありそうだと思わね?」
「……位置によっては、かなりありそうだな。」
正面の柵が全く無い箇所を見ながら、ナルトの思いつきに同意する。
うっかりぼさっとしているところを煽られたら、谷底に真っ逆さまに違いない。
千尋の谷といっても過言ではない深い谷は、夜では底さえ見えないほど暗かった。
「だろ?縁起でもないってばよ。」
「落ちても助けてくれなさそうだからな。特にうちのエロ狸は。」
実際はどうであるかは関係なく、我愛羅はそう貶める。
そうだそうだと、ナルトも首を縦に振った。
「うちのクソ狐もね。」
どこで聞かれているかもわからないというのに、揃って陰口を叩きながら2人は元来た通路に戻っていった。


―木の葉の里・火影邸―
ナルト達が鼠蛟の本拠地で一夜を明かした頃、木の葉の里はやや雲が多い空模様。
いかにもこれから天気が崩れるという気配が漂う。
そんなすっきりしない天気の日に、テマリは数人の使者の1人として木の葉の里で仕事に勤しんでいた。
今回も様々な用事があってやってきているわけだが、そのうちのひとつは、ナルトの件を絡めて綱手と直接話をすることだ。
木の葉から要請を受けて砂も協力しているので、その報告も兼ねている。
「――という事で、こちらからは以上となります。……ところで火影様、お顔の色が優れませんね。」
「ああ……。色々と、浮かない事があるからな。」
テマリの報告にはしっかりと耳を傾けていた彼女だったが、美しい顔に、綱手は深い疲労をにじませている。
術で保っているから、実年齢の50代ではなく20代相当の外見のはずなのだが、
覇気に乏しいためか少し老け込んでしまっているように見える。
それは激務というよりも心労が原因のように、テマリには感じられた。
「ナルトの事ですか?」
「そうだ。それとは別に、まだ裏が取れていないが滝隠れでも騒動が起きたらしい。
他国の工作か、暁か。後者なら、確実に人柱力絡みだな。砂には伝わっているか?」
ここにも七尾の人柱力の事が伝わったなと、テマリは密かに悟る。
ちなみに彼女はその事はもう、守鶴を通じて知らされていた。彼はナルト達から話を直接聞いてきている。
当事者から聞いたことなので、情報源としては一番確実な経路だ。
「はい。それ以前から、自里の警護強化と他国の動きに警戒するようにと、殿から通達が出ています。」
暁など、地下組織が怪しい動きをしているようだという事は、すでに風の国の大名の耳にも入っている。
そのため砂の里にも、国からテマリが述べた内容の指示は出ていた。
「そうか。まあ、そこはこちらも似たようなものだな。
しかし就任すぐにこれだけごたついて、風影殿も大変だろう。」
「そうですね、弟はまだまだ不慣れですから。
それでも、周りの方々の支えもありますから、きっと乗り切れるだろうと信じています。」
綱手のねぎらいの言葉をありがたく微笑みで受け取って、前向きに返す。
中ではもちろん色々とあるが、我愛羅には誰よりも経験豊富な『先輩』がついている。
不安がないわけではないが、テマリは深刻な心配はしていない。
「そうか、風影殿は良い部下に恵まれたな……。」
やや弱々しい笑みを浮かべて、綱手は目を伏せた。
「火影様?」
「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ。」
「……。」
妙に暗い綱手の表情が気になるが、他国の里の事情に立ち入りは出来ない。
もっとも原因の察しはつくので、聞けたとしてもいちいち聞きだすこともないだろうと考えた。
彼女の心労の種は、ナルトが関わるものだけでごまんとある事は分かっている。
「長々とすまなかった。下がっていいよ。」
「はい、では失礼致します。……くれぐれもご自愛下さい。」
一言言い残し、テマリは綱手の前を辞した。
用が済んだ彼女は、すぐに階段を下りて1階にある忍者の詰め所に向かう。
適当な頃合いを見計らってここで待ち合わせようと、朝に守鶴と話してあるのだ。
部屋の中にまだ彼の姿はないが、ナルトの同期であり、テマリの顔なじみである新米中忍達が詰めていた。
「あれ、お前またこっち来てたのか?」
開けたまま固定された扉から入ってきたテマリの顔を見て、濃い黄緑の中忍ベストを着た茶せんまげの少年が驚いた顔をした。
中忍試験の件でよく顔を合わせるシカマルだ。
真向かいにはツンツンした茶髪の少年・キバ。その左隣には名前とおそろいの薄いピンクの髪の少女・サクラも居る。
しかし集まってはいるものの、友人同士で談笑でもしていたわけではないようで、
楽しそうに話していた空気は感じられなかった。
「ああ。たまたまスケジュールが空いていたから、選ばれたのさ。」
空いている端の方の席に腰掛けながら返事をする。
「この間打ち合わせがあったばかりなのに、相変わらず忙しいんですね。」
前回木の葉から里に戻ってから、まだ間もないといっていい位なのにと思って、サクラはそういった。
彼女はテマリがいかに多忙か知っているから、声には感心よりも心配が混ざっている。
「ったく、風影の姉ちゃんってのも大変だな。体壊すなよ?」
「ありがとう、キバ。ま、これくらいで参ってるようじゃ、砂忍は務まらないさ。」
里に帰れば、若くても上忍の1人として大仕事が毎日のように舞い込んでくる。
下忍の指導担当こそないが、弟の補佐も勤めるから毎日が激務だ。
これに耐えられなければやっていけないとはいえ、彼らに心配されるのも無理なからぬ生活ではある。
軽く会話を交わしたところで、待ち人がやってきた気配がした。
前もって悟らせるためなのか、あえて気配は消していないようだ。
「おーい扇子娘、用事終わったか?」
テマリの予想通り、扉から守鶴が入ってきた。
「ちょうどいいところに。ところで、どこ行ってたんだ?」
「その辺ぶらついてたんだよ。こっちは退屈なんでな。」
「はー……いいよなあんたのんきで。」
シカマルが嫌味っぽく聞こえるボヤキをもらす。うんうんと、キバも同調してうなずいた。
もっとも守鶴がこの程度で意に介するわけは無い。
「暇が欲しけりゃ、オレ様くらい有能になるんだな。」
「そうじゃないっすよ。」
「そうそう、何たってナルトのことが……。」
よこされた返事に怒る調子ではない。里に居ない友人を思って、2人ともがっくり肩を落とした。
サクラも小さくため息をついている。
小さくなった背中は気の毒なものだが、テマリの目には男2人の様子が何とも情けなく映った。
「まったく、お前達がそんな事でどうする!落ち込んでたってナルトは帰ってこないぞ。」
「わかってるよ、んなこと!ほんとならおれらだって!!」
「こら、やめなさい!」
食って掛かろうとしたキバの肩を止め、サクラが一喝した。
はっとした後に彼は頭が冷えたらしく、座り直してまた暗い顔になる。
「……サクラ。」
彼らの間でこの頃どんな空気になっているか悟って、テマリは硬い顔になった。
「ごめんなさい。テマリさん、紫電さん。
2人ともナルトを心配してるのに、捜索隊にも参加させてもらえないから……イライラしてるだけなんです。」
「いや、こっちこそ悪かったな。オメーも肩身が狭くて大変だろ。」
こんな里の状況では、ナルトに親しかった人間ほど風当たりが強いはずだ。それが分からない守鶴ではない。
サクラも無関係では済んでいないこと位、簡単に想像がつく。
「大丈夫です。それよりお2人とも、この後暇ならちょっとご一緒してもらっていいですか?」
「ああ、構わないぞ。どこに行く?」
幸い今日は、この後に会議の予定などは入っていない。
夕方頃までなら自由になるので、テマリは快諾した。
「この邸内なんですけど、プライベートな話にぴったりなところです。」


サクラに案内されたのは、彼女とシズネが任されている研究室だった。
今は何も行っていないらしく、清潔に磨かれた机の上には、ビーカーの1つも出ていない。
大掛かりな実験を想定した部屋ではないようで、備え付けの大型の機材の類は見当たらなかった。
「こんなところに私達を入れていいのか?」
「私が入れる分には大丈夫ですよ。それに、どうせ最近はほとんど使ってませんから。
あ、ここにかけてください。」
医療忍者しか入れないこの部屋だが、最近使用頻度が減っていて、丸一日使われないことも珍しくない。
サクラは手近な机から椅子を2つ引っ張り出してきて、2人に席を勧める。
「ありがとう。ところで、何か聞きたいことでもあるんだろう?」
「ええ、そうです。」
部屋の隅にある休憩用の電気ポットやコップが用意されたスペースで、彼女は仕度しながらテマリに答えた。
「ナルトのことなのか?」
「……はい。」
ポットの湯で入れた茶を出してから自分も席に着くと、サクラは顔を曇らせてうつむく。
そうだろうと考えていたので、テマリも守鶴も意外とは思わなかった。
「だって、おかしいじゃないですか。
あのナルトが……封印が解けかかってるとか、里を裏切って逃げ出したとか。」
「オメーは詳しく聞かされてねぇのか?」
「本当の事は、もちろん綱手様から聞いてます!
でも……なんで里の中であんな話になったのか、理不尽で。
情報の出所も分からないままでも、皆信じちゃってて……。ナルトが里を裏切るわけないのに。」
はぁっと、深いため息が漏れる。彼の事で、彼女も師匠の綱手に劣らず心労が絶えないのだろう。
部屋が少し暗いせいもあるが、彼女の顔色は一段と冴えないように見えた。
師弟そろって、この騒動に疲れ切っているのだろう。
「挙句の果てに、暗部から追い忍が出ることまで決まって……。
まるで犯罪者扱いです。……あ、すみません。こんな愚痴言って。」
「いや、いいさ。それで?」
詫びるサクラにそう言って、続きを促す。
わざわざ2人をこんな所に呼んだのだから、他にも伝えたいことがあるはずだ。
「すみません。私が聞きたいのは、ナルトと一緒に旅に出たっきりの狐炎さんのことです。
紫電さん、ご存知ありませんか?お知り合いですよね?」
「知り合いっつったって、こっちはあんまり砂から離れねぇしな。
ただ死んだって噂は聞かねぇから、多分金ドリアンを探してんだろ。」
守鶴の表向きの立場は、我愛羅が私的に雇った護衛だ。
名目上里に拘束されがちで、休みの日以外に里を空けて別の町に行く事はまずない。
「そうですか……。」
耳の後ろをかきながら答える守鶴の返事に、サクラは落胆の色を隠さずに居る。
テマリには少し気の毒に見える光景だが、本当の居場所を教えるわけに行かないから仕方がない。
「彼が手がかりになると思ったのか?」
確認のためにテマリからそうたずねると、やはりサクラはうなずいた。
「はい。きっと、狐炎さんも心配してるはずなんです。
だから、私たちナルトの同期と、協力出来ないかって……。」
「そりゃ無理だ。もしオメーらより先に見つけたって連絡の一本もよこさねぇよ。たとえ、知り合いのオメーらでもな。
ついでに、自分の行方もくらましちまうだろうな。」
「……。」
彼女が言い終わるか終わらないかの内に守鶴が浴びせた言葉は、冷たいようだが現実だ。
ありえないが、仮にサクラが想定している状況であったとしても、狐炎は決して木の葉に与しないだろう。
追っ手をかける木の葉はナルトにとって利益がないとすぐに判断し、むしろ出し抜こうと注力する。
自分が真っ先にナルトの身柄を確保したら、後はいかに木の葉を撒くかと策を弄することだろう。
「冷血狐は緋王郷の人間だ。祭神の敵に情報なんてくれてやるわけがねぇ。
会ったら会ったで、邪魔するならオメーが相手だろうが容赦なく切り捨てるぜ。
接触しようなんて馬鹿な考えは持たねぇ方が、長生きできるぞ。」
「紫電、その言い方はあんまりだ。」
さすがに言い方がきつすぎると制しようとするが、守鶴は止めない。
やるべきだと決めた時の彼は、この程度で手控えることはないのだ。
「酷かろうがしょうがねぇ。あいつはそういう野郎だ。
顔を出したら最後、自分の動きをもらさねぇようにオメーらを消しにかかる。本気でな。」
以前会った時は特に何も言っていなかったが、長年の付き合いだから守鶴には大体分かる。
狐炎は冷徹かつ合理的で、必要とあらば非情な判断も下す男だ。顔見知りであっても切り捨てることに躊躇しない。
とはいえ先程もほのめかしたように、実際には遭遇自体を全力で避けるだろう。
状況によっては殺す方が分が悪くなるため、記憶消去も選択肢に入れてくるだろうが、その可能性をわざと守鶴は教えなかった。
「そんな!私達は、ナルトの敵じゃないのにですか?!
昔、私達にもよくしてくれたのに……。」
サクラは声を荒げた。
もう2年以上前になるが、狐炎がナルトの家に同居していた頃、彼女もナルトを通じて狐炎とそれなりに親しくしていた。
当然悪い対応をされた覚えもなく、いくら彼の知り合いの言葉と言ってもにわかには信じがたいことだ。
「そりゃ、そん時は敵じゃなかったからな。
いいか?もう一度だけ言っておくぜ。もしあいつが金ドリアンと一緒に居たら、絶対近寄んじゃねぇ。
さっさと逃げて、何も見なかった事にしろ。見つかりゃ最後、オメーの可愛い顔が生首になって転がるぜ。
そうなったら大事なダチは、どんな顔するだろうなぁ?」
にやりと、そんな擬音が聞こえたのはテマリの気のせいだろうか。
「……。」
血生臭さすら漂う文句は、忠告を通り越した空気を持つ。
ちらっと横目で確認した守鶴の横顔に特筆するようなものは無かったが、
テマリの目にはサクラをせせら笑っているように見えた。
愕然としている彼女に対し、テマリは次の自分の言葉が救いにはならない事を承知で口を開く。
「……サクラ、こいつの言っている事はかなり大げさに聞こえるかもしれない。
でも、私やお前より狐炎殿との付き合いが長い奴がこう言ってるんだ。
昔の木の葉と砂を思い出してみろ。分かるだろう?その逆だ。」
木の葉崩しで一度敵対した両里は、その後双方の思惑や紆余曲折によりあっさりと関係修復に至った。
今では当時の事なんてすっかりなかったかのように、協力体制すら敷いている。
良くも悪くも、関係は状況でいくらでもひっくり返るものだ。
―利害の不一致だけで、そこまで出来るなんて……。―
このように二度三度言葉を変えて諭されても、サクラはやはり現状をすんなりとは飲み込めない。
九尾を祭神とする緋王郷が木の葉と対立している事は、彼女だって知っている。
木の葉の忍者の立ち入りさえ拒むかの都の民であれば、確かに祭神を宿すナルトに危害を加える里の人間を敵視するのは当然だ。
しかし、短くても会話を交わし同じ町で暮らした相手に対して、当然のように殺す選択肢を設ける神経は理解しがたかった。
「忍者だけじゃない。たとえ一般人でもそういう手合いは居る。
たまたま、ナルトの親戚がそういうタイプというだけだ。」
表向き一般人という事も納得を妨げているのではと考え、テマリはさらに言葉を足した。
だがサクラの沈鬱な面持ちには、目だった変化はなかった。


サクラと別れて火影邸を後にした後、2人は久しぶりにナルトが住んでいた家の近所へ訪れた。
普段使者として訪れる時はなかなか観察できない、この里の現状。
それが気になったテマリが、守鶴を誘って見に行く事にしたのだが、町に生じた変化に唖然とすることになる。
「何だこれは……。」
「ひでぇな。」
裏路地の入り口に落ちていた、真っ赤なペンで『九尾は死ね』と書かれて破かれた紙。
周りを見ると、壁にまで似たような罵詈雑言が書き連ねられている。
中には、『売国奴』という文言もあった。どうも周り中が見て見ぬ振りと言った様子で、消そうとした跡すらない。
心なしか治安まで悪くなったように見えた。
「まるで昔のうちの里みたいだ。前はこんな事無かったのに。」
かつて、我愛羅に対するそしりが公然と溢れかえっていた時期を思い出し、テマリは眉をしかめた。
悪口雑言が咎め立てもされずにまかり通ってる光景は、見ていて気分のいいものではない。
「金ドリアンがそんだけ信用を落としてるって事だ。今となっちゃ、ただの反乱分子扱いだしよ。
結局、危険物の扱いなんざどこもそんなもんだ。」
驚くようなものじゃないと、いたって平静な守鶴の声音はそう語る。
「これじゃ、サクラが嘆くわけだ。」
我愛羅が風影に就任した直後に会った時、彼女はいつかナルトもこんな風にと胸を膨らませていた。
だから、一時期は受け入れかけていた里人の変化に衝撃を受けている。
もう里を普通に歩くだけでも辛いのではないだろうか。その心中を思うと、テマリはため息しか出ない。
「どうしてここまで卑しい真似ができるんだ。酷すぎる。」
「しょせん身内じゃねぇってんだろ。」
「だから、どうにでも出来るって事か……。」
守鶴が吐き捨てた言葉が、恐らく実態なのだろう。ナルトは、大衆にとって里の一員ではなかった。
もしかしたら少しずつ認め始めていた時期というのも、単に思ったより危険ではないのかもと考えていただけなのかもしれない。
少なくとも大人はそうだろう。人柱力への恐怖というものは、そう簡単に拭い去れるものではない。
そして恐怖を再確認すると、挽回することは一層困難になる。
「近所を荒らされて面白くねえ奴も居るはずだが、文句つけりゃ裏切り者の味方って決め付けられんのが落ちだ。
だから誰も何にも言えねぇ。」
この辺りには、ナルトの顔見知りや、彼について特別な悪感情を持たない人間も多く住んでいる。
比較的彼に対する偏見が少ない人や、単に町の平穏を保ちたい人々にとって、今の状況は決して歓迎できないものだ。
だが気が立った他の住人に対して、これらの所業にうかつに注意しようものなら、
自分達までトラブルに巻き込まれかねない。
そして守鶴が言うとおり、何も言えずただ黙って見過ごすしかなくなるのだ。
「そうだな。……ところでお前、何で忠告をしたんだ?」
テマリは足を止めずに、さっきのサクラとのやり取りを思い出して話を振る。
別に忠告する義理はどこにもないのに、彼にしてはずいぶん親切だった。
適当に、頑張れよで済ませたって良かっただろう。
「オレ様はそこまで鬼じゃねぇよ。気持ちは分かるしな。」
「その割に脅迫じみてたなぁ。」
わざとらしく聞こえる声音を使って、テマリは守鶴を言葉で小突く。
気持ちが分かった上でいった言葉にしては、あれはあまりに辛口だった。
「仲間思いの奴ってのは、ちょっとやそっとの脅しじゃびびらねぇからな。
つっついたら死ぬぞって言っても足りねぇ位だ。」
「なるほど。んー、まあ……彼女は馬鹿じゃないし、あれで考えるだろうな。」
やはり、それが狙いでナルトの事をちらつかせて脅したようだ。
無理をすれば助けたい肝心の人物が悲しむというのは、もっと大人しい説得だったら常套句である。
あのような脅迫に片足突っ込んだ言い回しをするのは、定番とは言いがたいが。
「だろ?」
我が意を得たりと、守鶴はたちの悪い笑みを口元に浮かべる。当ててもあまり嬉しくなれない反応だ。
この意地の悪い笑みはいかにも妖魔らしい腹黒さで、正直に言ってテマリは好きではない。
「でも、女の子相手にはもう少し優しく言ったっていいんじゃないか?
相手はもうそろそろお年頃だぞ?」
サクラは15歳。年頃だけなら、あともう1年もすれば守鶴が好む年齢に入ってくる。
女尊男卑であるならば、そこを気に留めて対応を変えてもいいはずだ。
「ん?優しくしたじゃねぇか。あぶねぇところには近寄るなって、ちゃんと教えたぜ?」
「ふーん、あれでか。道理で、私にもそんなに優しくないはずだ。」
日頃のテマリに対する守鶴の態度は、悪くもないが特別尊重されたものでもない。
からかいとやっかみ半分にそう言ってやったら、彼はいきなりテマリの耳元に顔を近づけてきた。
(そんなに優しくして欲しけりゃ、さっさとオメーだけの下僕でもこしらえるんだな。)
「うわーっ!馬鹿っ、耳に息を吹きかけるな!気持ち悪い!!」
わざと一段落とした声に、耳たぶにかかる吐息。ぞわっと全身に鳥肌が立って、慌てて飛びのく。
「耳打ちしただけでうっせぇぞ、扇子娘。」
「我愛羅じゃないが、お前がそういう事をするといちいちいやらしい!!」
声に妙な色気なんか出すものだから、不健全な気配がぷんぷんだ。
これが口説き文句で、相手が普通の女子なら腰砕けに違いない。
あいにくテマリは彼が何であるかよく承知しているから、引っかからないが。
「お前、絶対これで落としたな?」
誰をとは言わない。往来では言えないし、そもそも必要も無かった。
「何だ、オメーも耳が弱かったのか?」
親子って似んのなと、そこだけ小声で守鶴が呟く。加流羅も同じ手に大変弱いのだ。
元々テマリは母親似だが、こんな小ネタじみたところまで似るものなのかと、勝手に決めて納得していた。
「誰だって、いきなりあんなことされれば驚くに決まってる!
まったく、勝手に人の弱点を耳にするな。」
(へぇ、じゃあ確かめてもいいよな?)
テマリの背筋に再度悪寒が走った。
「やめろ〜〜〜!!しつこいとセクハラで訴えるぞ?!」
「もうやんねぇよ。やるんなら、やっぱ……なぁ。」
手加減抜きで放たれた反撃の拳を受け流しつつ、意味深長な口ぶりでにやりと守鶴が笑った。
勘のいいテマリの脳裏に、次の犠牲者の顔がすぐに浮かんだ。
―……帰ったら、母上に逃げるように言っておこうかな。―
不健全なあんな事やそんな事を企んでいるに違いない。
続きが簡単に予想できたテマリは、胡乱な目になってそう思った。


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前半は次の目的地へ向かう準備と、ナルトと我愛羅の積もる話。
我愛羅はどうしても里から動けないので、ちょっとでも一緒に居る時にスポットを当てようと思って会話を設けました。
後半からは、全くスポットが当たっていなかった木の葉の里が舞台です。
次回もこんな感じの低いテンションの予定。ついでにサクラメインで話が進みます。
木の葉が今どんな調子なのか書いていくので、同期のメンツもちょっとだけ顔を出します。
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