はぐれ雲から群雲へ
                      ―13話・鳥の楽園―

―不踏の渓谷―
水墨画の世界のように険しい山と、深い谷が刻まれた土の国の秘境。
谷底には山々を縫うように川が流れ、しばしば驚くほど巨大な鳥が渓谷を滑るように飛んでいく。
ここにある建造物は全て妖魔の手によるもので、最も高い峰には王が住まう城が構えられている。
だがそれらは町を守るための術で覆い隠され、ただの人間では見ることさえ出来ない。
しかしこの地が風光明媚である事は人間にも知られていて、かつて土の国の住人達はここを仙人の土地と信じていたという。
それが不踏の渓谷だ。
その名の通り鋭角の山肌が人間を寄せ付けず、鼠蛟が統べる妖鳥の楽園となっている。

『お帰りなさいませ、長老様!』
鼠蛟の背に乗って城にたどり着いた一行を待っていたのは、部下の鳥達による盛大な出迎え。
姿は鳥であったり人であったり、様々だ。
妖魔の間ではおしゃれ好きで知られる彼らの装いは色鮮やかで、とにかく華やかの一言に尽きる。まるで今日が宴会のようだ。
「磊狢と狐炎の連れ、それと老紫を客室へ。」
「承知いたしました。それではお三方、どうぞこちらへ。お食事も後ほどお持ちいたします。」
鼠蛟の指示を受けた高位の女官が、ナルト達人間3人を案内する。
促されて彼女の後ろについて行こうという時、シャラシャラと髪飾りを揺らす別の女性が歩み出て、鼠蛟に話しかけた。
他の女官よりも布地の多い衣を着ていて、身分はかなり高そうだ。
「あなた様、こちらもお部屋の用意は出来ております。」
「わかった。」
どうも対等の相手らしい女妖魔が、事務的に伝える。
応じる鼠蛟も別にいつもと態度を変えるわけでもなく、淡々と返事をするだけだ。
「あの女の人、誰?」
見たところ30そこそこ、装飾はこの中で一番派手なのだが、一体誰だろうとナルトが首を傾げる。
もしかしたらと思いながら、隣の老紫に尋ねた。
「馬鹿鳥の嫁じゃ。」
「えっ、奥さん?あの人が?!うわー……何か、全然タイプ違うなあ。」
態度から何となくそうかもしれないとは鈍いナルトも少し考えていたのだが、いざ聞くと驚いてしまった。
鼠蛟は洒落っ気のない性格で、旅姿とはいえ身なりも簡素なのに、妻はきらびやかに着飾って豪華絢爛。
タイプが違うのもそうだが、お互いの態度が淡白すぎてにわかに信じがたい。
(じゃろ?だから夫婦仲は悪いぞい。)
(うわぁ……仮面夫婦って奴?)
これ以上詳しいことは後で聞くとして、久々に見た夫婦が険悪夫婦というのは妙に切なくなる。
とはいえ支配階級の婚姻は相性よりも政略優先だから、そりが合わない夫婦なんて珍しくも何ともない。
だから妾を作ってそっちとねんごろになる例が、古今東西あるわけだ。
(でも浮気……はしそうにないし、多分研究に夢中になってたら奥さんにすねられちゃったとか、そんなんだろうなー……。)
自分が好きな研究に没頭するあまり、家庭を放置しがちな夫というのは、それこそ研究肌には珍しくない話だ。
どこの世界でも夫婦は難しいものらしい。研究第一の男に、それを応援してくれる嫁が来てくれるとは限らない。
自分達が立ち去った後でいきなり冷戦になったら、などと不穏なことを考えながら、
ナルトは仲間共々、女官の後ろについて部屋へと向かった。


「こちらでございます。」
案内された部屋は広々としていて、とてもここが深山幽谷にあるとは思えない高価な調度が目白押しだ。
棚にも机にも細かい彫刻が施してあって、一見するだけで手の込んだ名品だと分かる。
「うむ、すまんの。」
「長旅でさぞお疲れの事でしょう。ごゆるりとおくつろぎ下さいませ。」
案内してくれた女官は老紫に微笑を返して退室していった。その直後。
「うお〜っ、すっげー!!」
「やったー!」
人目がなくなって気が抜けたのか、ナルトとフウの2人とも、用意されていたベッドの一直線にダイブする。
行儀が悪いが、今までで最高のもてなしに浮かれるのは当然だ。
「ふー、久々のふかふかベッドだってばよー!……あ、やばいこれおれのより高いかも。」
「ねー、何かずっと寝てたくなりそう。」
いったい何が詰まっている布団なのかは分からないが、
まるで雲のような寝心地のおかげで、2人の表情はとろけんばかりだ。
「ま、あいつらは腐っても王様じゃからの!おかげでわしらも超VIPじゃ!」
同族である人間からは何かと疎まれる人柱力も、妖魔界では王を宿すという事で下にも置かない扱いだ。
扱いのギャップにはちょっと戸惑うが、悪い気はしない。
このもてなしのためなら、わざわざまだるっこしい徒歩でやってきた甲斐もあるというものだ。
「VIPか〜……うへへへへ。」
「何アンタ、ちょっと気持ち悪いんだけどー。」
「だって野宿続きだったし、おれんちボロアパートだったんだってばよ?
エロ仙人と旅してた時も狭い宿屋だったし、もー、マジ高級ベッド最高〜♪」
「え、アンタんちってアパートだったの?その辺の?」
だらけきった口からこぼれた台詞に、フウは驚いて目を丸くした。
その反応が予想外だったので、ナルトはつい素のテンションに戻る。
「あ、うん。おれってば、自分が12歳まで人柱力って知らなくってさ。
何でか知らないけど、ずーっと内緒だったんだってばよ。」
「何じゃと?木の葉は妙な事するの〜。
普通、少なくとも小さいうちはフウのように隔離して、人柱力としての修行をみっちり叩き込むはずじゃぞ?
力のコントロールを知らん人柱力なんぞ、危なっかしくてしょうがないわい。」
里の上層部なら、力を制御できない人柱力だどれだけの危険物かはよく知っている。
だからこそ、制御させるためにあれこれ手を尽くすものだというのが、老紫の知っている常識だ。
「うう……コントロールは触れないでくれってば。前科が蘇るー……。」
指摘がぐさっと刺さったついでに、ナルトは妖魔のチャクラ制御で苦労した思い出が蘇る。
修行の旅の途中でうっかり監督していた自来也に大怪我をさせて、狐炎に散々怒られた苦い経験だ。
その後は見かねた彼から自来也に内緒で教わってそこそこましになったものの、
やはり人柱力としての修行歴が浅いので、免許皆伝は程遠い。
「あれ大変だよねー。
アタシなんか封印がぐちゃぐちゃだから、欲しい量引き出すだけで超大変!」
「分かるってばよ!漏れるんだよね、だ〜ってさ!」
「そうそう漏れる漏れる!あいつ本人が普通に術使ってんの見ると、ムカつくよー。」
妖魔のチャクラに振り回されてフウが四苦八苦している横で、磊狢はほいほい気楽に妖術を使いこなして見せるのだ。
これに腹を立てて、彼女は何回も彼に八つ当たりしている。自分の力なんだから当たり前じゃんという抗議をされてもだ。
「うちのクソ狐もそうだってばよ。前、こんな事があってさ〜。」
お互い思わぬところに同志と、テンションはうなぎ上り。
意気投合ついでに、ナルトは思い出話を1つ語り始めた。


螺旋丸のフォームを改良しようとしていたある日。ナルトはすっかり頭を抱えていた。
壊したら困る障害物のない平坦な丘で、螺旋丸を作り続けてかれこれ半日余り。
いくつ目になるか分からない螺旋丸を今も生成するが、どれもこれも綺麗な球状にならず、
現在作っている1つもボコボコと歪んで膨らんでしまっていた。
「う〜……やっぱ難しいってばよ。」
未だに影分身の手無しでは安定した形を作れない。影分身は2体から1体に減らせたものの、その先はなかなか難しい。
印が不要な代わりに、回転の制御は非常に高度なこの術は、元々大雑把なチャクラの使い方をするナルトには鬼門だった。
「あ〜も〜、無理!絶対無理!!物理的に不可能!
一体誰だってばよ、こんな術考えたの!」
とうとうかんしゃくを起こし、手の中のいびつな螺旋丸を空中に放り投げる。
抑えを失ったチャクラの束が、放たれた先からほどけて霧散していった。
「騒ぐな。全く、八つ当たりなどする暇に1回でも多く数をこなしたらどうだ?」
修行する間、ずっと黙って横で見ていた狐炎が、冷ややかな言葉を浴びせてきた。
すまし顔にナルトはカチンと来る。
「うるさいってばよ!ほんっとに難しいんだって!」
今日だけでいくつの失敗作をこしらえたか、数えられないほど練習している。
それでも出来ないこのもどかしさと来たら、ナルトには筆舌に尽くしがたいのだ。
「だからといって、物理的に不可能ではあるまい。
お前の師も開発者も、最終的には片手で生成しておるだろうが。単にお前が未熟なだけだ。」
「うううっ、そういう自分は出来んのかってばよ?!」
正論だから反論出来ないが、素直に引っ込みたくも無い。
ナルトが苦し紛れにそう吹っかけると、彼は顔色1つ変えずにこう答えた。
「チャクラを乱回転させればよいのだろう?」
「そ、そうそう!その後ギューッと!」
このギューッとが難しいのだ。この苦労を少しは分かれと息巻くナルトの顔は、徐々に絶望していった。
狐炎の手に生じたオレンジ色のチャクラが、速やかに丸い形を成していく。
「こんな所か。」
手のひらに浮かぶ、ハンドボール大の螺旋丸。
何で妖魔が忍術を使えるんだという点に関しては、この術が単に乱回転させたチャクラを球状に圧縮するだけの、
言わばチャクラコントロールさえ出来れば、理論上使い手を問わない術だからどうでもいい。
問題は、その難しい制御を片手で簡単にやってのけられてしまったことで。
「んな〜〜〜?!」
度肝を抜かれたナルトは、目の玉が飛び出んばかりに驚いた。
「これでもわしは、繊細な制御を得意としておるのでな。」
狐炎のチャクラコントロールは、ナルトと違い正確無比。
どの方向からも均一な力を掛けなければいけない高難易度の技も、彼にかかればあっけない。
「何で?!何でそんな上手く行くわけ?!ちょっ、コツ教えて、コツ!」
ぽいっとその辺に投げられた螺旋丸が、地面にクレーターをこしらえたことさえ気にならない。
「数千年の経験……と言ったらどうする?」
フッと気障な笑いを浮かべて見下す視線は、未熟者を馬鹿にする態度そのもの。
絵になるが、その分ナルトの自尊心もズタズタだ。
「う〜鬼〜〜〜!!」
ちなみにこの後、ナルトはコツを教えてもらうどころか、
手近な池で水面を逆立ちチャクラ歩行してこいといわれ、軽く泣いた。


「……ってわけ。ひどくない?!」
思い出すうちに腹が立ってきて、ナルトはいつの間にかかなり興奮した語り口になっている。
フウに同意を求める声は、半ば怒鳴り声に近い。
「あるある。あいつの方が年上って分かっててもムカつくよねー、そういうの。」
「そういう時はの、若人よ!ちょっとした嫌がらせをして仕返しするんじゃ!」
盛り上がってきた陰口大会に、すかさず老紫も絡む。
しかしその提案にナルトはぎょっとした。
「んな怖いこと出来ないってばよー!殺される〜〜!!」
「アンタ何ビビってんの。ねー、仕返しって何やったわけ?」
狐炎の怒りを買った時を思い出して青い顔で慌てるナルトを無視して、フウは興味津々に続きをせっついた。
すると老紫は得意げにこう教える。
「ふふん、あやつの羽織の裾にくっついてる羽根をむしってやったわい。」
「え、それ滅茶苦茶怒られるんじゃ……。」
鼠蛟の白い羽織の裾には、等間隔でついた羽根飾りがある。
特に意味のあるものではないだろうが、人の服のパーツをむしったらどうなるか。
普段馬鹿だ馬鹿だと言われ放題のナルトにでさえ、結果は想像に難くない。
「うむ、 よく分かったの!コブラツイストを食らって死ぬかと思ったわい。」
「コブラツイスト……。」
「やるんだ……あの顔で。」
顔の問題ではないのだが、光景が想像しがたいのは事実だ。
鼠蛟が無言でコブラツイストを老紫に決めるさまを想像して、2人は微妙な顔つきになる。
―やっぱ、あいつに逆らうのは止めとこ……。―
さっぱり懲りた様子のない老紫のようには、色々な意味でなれそうもない。
引きつった笑みになりながら、ナルトはそう悟った。


2時間後。食事が済んだ後で、全員鼠蛟の執務室に集まった。
その間に彼の部下が持ってきた資料が、大きな黒い机の上に広げられている。
「これが、皆が封印された地。」
鼠蛟が広げた地図には、妖魔王達が封印された地点と年月日が記されていた。
封印はいずれもここ数十年の間に起きたことだと一目で分かる。一部に限り、その後の移動先も違う色で記されていて親切だ。
「これか……磊狢、こうしてみればお前はずいぶん移動しておったな。」
磊狢が封印された場所は、滝隠れからかなり遠い国の国境だ。この地図にもその事実が記されている。
「うん。そこの国が人柱力作る前に、入れ物ごと盗まれちゃったんだよね〜。」
「それで調子に乗った連中が、アタシを作ったらしいよ。」
「という事は、やはりこの地図は目安程度にしか使えぬか……。」
妖魔王達が封印された時期は、人間が忍界大戦を繰り広げていた頃である。
それ故に、人柱力は盛んに作られ戦線に投入された。
運が悪ければ捕虜になることも、磊狢のように、人間以外の媒体を使っている時に盗まれることもあるだろう。
「秘密秘密でみんな片付けちゃうから、取った取られたも分かりにくいよね。」
大名等はもちろん知っているだろうが、それらは外部に漏れない。軍事機密だから当然だ。
奪う方も奪われた側も、有利不利を考えてか公表はしない。
この地図に載っているのは、王の所在を確かめるために暇を見て調べた結果、あるいは裏が取れた噂話が元なのだろう。
「この間、土には彭侯が居ると言っていたな。」
先日聞いた話を思い出して、狐炎が言った。その時に情報を教えた鼠蛟がうなずく。
「そう。後雷にも、最低一人はいると思う。」
「え、マジ?誰?」
鼠蛟のつぶやきにナルトは色めきたった。
知っているなら早く教えてもらえるとありがたいので、続きを促す。
「えーと……。」
しかし、彼は何故か口ごもっている。
あまり冴えない顔をしているところを見ると、彼にとってあまりいい人物ではなかったのだろうか。
「どうした?」
狐炎が怪訝そうに尋ねると、鼠蛟は眉根を寄せて首を横に振った。
「……誰だったか、忘れた。」
「えーっ、何だってばよそれー!」
期待して損したとぷりぷり怒るナルトはともかく、引っかかる反応だと狐炎は思ったが、それ以上の追及はしない。
何となく、自分にとってもよからぬ人物のような気がうっすらとしていたためだ。
「んー、やっぱり後のみんなは大きいところっぽいかな?」
フウと仲良く身を乗り出して地図を眺める磊狢が、そう言った。
「封印術の技術を考えれば、お前が例外だろうしな。
木の葉はナルト1人であるし、砂も同様。……ならば、やはり残りは雷と水辺りが候補か。どこも一筋縄では行きそうもないな。」
「でも、ここにみんな居たら探すの楽かもねー。」
仮に 人柱力が2人ずつに分かれていたら、 1ヶ所当たるだけで手間は今までの半分だ。
磊狢が言うとおり、4人がバラバラの国に所属する状態よりもずっと楽だろう。
「2人位逃げている方が、もっと楽。」
鼠蛟は反対に近いことを言っているが、これも一理ある。
老紫やナルトのように放浪している人柱力に接触するなら、面倒な里の警備を突破せずに済む。
当人の説得さえ出来ればいいのだから、この問題1つに集中できるだろう。
探すのはもちろん面倒だが、これはそれぞれの部下を使った人海戦術で発見できる見込みが大きい。
「……いっそ、一人残して全員逃げ出すというのも一興だが。」
何故かこの流れに狐炎まで乗じる。しかも、ある意味では最も手が抜けるパターンを口にした。
希望的すぎる観測を口々に言い合うが、戯れにしても少々寒い。
呆気に取られた様子で彼らを見る人柱力3人の顔が、余計に痛々しさを増した。
「……やめよう。」
「そうだな……。」
「虚しいよねー……。」
はあーっと、尾を引く長いため息を3体揃ってつく。
「何がしたかったんじゃ……おぬしら。」
一瞬気でも狂ったのかと思った、とは流石に口にしなかったが、老紫は引きつった顔でそうこぼした。
齢数千歳でも、たまにはしょうのない戯言を口にしたくなるものらしい。
「うーん。とにかく、また情報探さないとかな?」
順当に、全員里の管理下にあると考えるべきだろう。いずれも五大国所属なら警備も厚そうだ。
「守鶴でも呼べば?確か狐炎、あいつにも頼んでなかったっけ?」
今の所は直接訪ねてこないが、以前緋王郷に立ち寄った折、
彼が向こうにも話を通すと言っていたのをナルトはぼんやり覚えている。
「そうだな。何もないかも知れぬが、いずれにしても現状を伝えねばならぬからな。」
実は鼠蛟と老紫が仲間になった後にも知らせを出しているので、今回も同様に伝える都合がある。
ちょうどいいので、今連絡を取ってしまうのが得策だろう。
「使いなら、こちらから出す。」
「すまぬな。面倒をかける。」
鼠蛟の申し出をありがたく受け、狐炎は礼を言った。
「別に、構わない。」
「蛟ちゃん大活躍だね〜。」
情報収集に部下を出したり、ここに来るまでは仲間を背中に乗せたりと、鼠蛟はこのところ活躍している。
翼の強みが生きる場面が、それだけ多かったという事だ。
鼠蛟はすぐに遥地翔を使える部下を呼びだし、早速向かわせた。


しばらくすると、守鶴が我愛羅を連れてやってきた。部屋の中にいきなり転移してきたので少々驚かされるが、それも束の間。
思いがけず親友の顔を見つけて、ナルトは喜んで駆け寄った。
「我愛羅〜、久しぶりだってばよー!」
「ああ、元気そうで何よりだな。」
そばに来たナルトに、我愛羅も嬉しそうに応じる。
ナルトが修行の旅に出てから年単位でご無沙汰だったので、感慨もお互いひとしおだ。
一方妖魔側はといえば、それ以上に会っていないはずだがいたって軽い。
「おー、マジで増えてんな変態ドM。」
「やっほー、かー君♪久しぶり〜。そっちの子が相方ー?」
久しぶりの相手でも口が悪い守鶴からの挨拶は特に頓着せず、磊狢はご機嫌で尋ねる。
「まあな。オメーの入れ物はこの嬢ちゃんか?」
「そうだよ〜、かわいいでしょー♪
あ、でもぺったんこだからかー君は興味ないと思う。」
そろそろお年頃だが、上から下まで割とスレンダーなフウは、確かに守鶴の好みからは外れる。
しかし、穏便に事実を述べるには作法というものがあった。
「ぺったんこは余計でしょ!!」
「え〜♪」
彼女が密かに気にしている貧乳に触れられた怒りが、ビンタではなく拳で磊狢の頭に炸裂した。
それなのにまんざらでもないのは、常人なら理解したくも無いマゾっ気のなせる業か。
慣れているから今さらとやかく言いはしないが、そばで見ていた鼠蛟はわざとなのかと一瞬勘繰りかけた。
「いいじゃねぇか。うちの馬鹿なんざ、野郎の上にクソ生意気だぜ?
女の方が可愛げあるだけ羨ましいって。」
「えー、そうなの?かー君が意地悪するからじゃない?」
守鶴が人間の男にいかにぞんざいな扱いをするか、磊狢はよく知っている。
けらけらとからかうように指摘すると、守鶴はわざとらしい声でこういった。
「別に意地悪しちゃいねぇよ。
すぐ真っ赤になって面白ぇから、ちょっとからかってやってるだけだぜ。」
「どこがちょっとか納得のいく説明しろ、このエロ狸。」
つっこみに対していけしゃあしゃあと白を切れば、即座に我愛羅から厳重抗議の声が上がる。
彼が日々受けているからかいは、ちょっとどころではない。
「それは、嫌われて当たり前……。」
鼠蛟がもっともなコメントを述べたが、守鶴は黙殺した。
はなっから彼は故意にやっているので、それも当然だ。
「そういえばかー君、新しい彼女作った?」
「言うに事欠いて、何を言い出す貴様は……。」
「居るかって?そりゃもちろん。」
真面目な話をしに呼んだ時にという狐炎の言葉を無視して、守鶴はあっさり磊狢の話に乗る。
至極当然というのが態度にも出ていて、独り身の神経をわざわざ逆なでしそうな雰囲気だ。
「出た……女を切らさない、男。」
鼠蛟にとってもこれは予想通りながら、ややげんなりした心境は隠せない。
ちなみに守鶴の女好きは、全尾獣どころか妖魔界全体で周知の事実だ。
鼠蛟のぼやき通り、彼が周りにはべらせる女性を切らすことはまずありえない。
「どんな子どんな子ー?小悪魔系?お姉さま系?かわいい系?」
興味で目を輝かせて、楽しそうに磊狢が追求する。聞かれる守鶴もニヤニヤ笑っていた。
「それで言うなら、清楚系だな。もちろん超美人だぜ。」
「ぬぉー、何じゃと?!う、羨ましいぞい!!」
さらっと披露してきた恋人自慢に対して、老紫は地団太を踏みながらハンカチをかみそうな勢いで食いつく。
自分が全く縁が無いものだから、相当羨ましいらしい。
居るだけでも妬けるだろうが、超がつく美人と来れば当たり前か。
「まさに毒牙……痛っ。」
率直な感想を言ってしまった鼠蛟の頭に、すかさず鉄拳が飛んできた。
「う・る・せ・ぇ!余計なお世話なんだよ無気力無口。」
「嘘は言ってない。そなたは色魔だし。ああ……相手が死ぬ。」
殴られても、こんな時だけは口が減らない鼠蛟が、どさくさにまぎれて露骨な発言を吐いた。
老紫まで、うほぅと気持ち悪く声を弾ませて鼻息が荒い。
「そこはまあうまいこと……って、何言わせんだよ。」
「うまいこと何だと?!おい守鶴、貴様〜〜!!」
「わ゛ー!我愛羅、抑えて抑えてっ!」
守鶴に殴りかかろうとした我愛羅を、慌ててナルトが羽交い締めにして取り押さえる。
母に手を出された怒りはごもっともだが、乱闘で他人様の部屋を破壊したら大変だ。
その様子を馬鹿馬鹿しいと思ったフウが、冷めた目でそれを見ている。
「お前達……下らぬ話は後にしろ!」
いい加減苛立ちが募ってきたようで、狐炎が怒り交じりの声で怒鳴った。
放っておいたら全然本題に戻って来そうもない気配がすれば、それも当然である。
「あーん、雑談も大事なんだよ炎ちゃん〜。」
「するなとは言っておらぬ。後にしろと言っているだけだ。
全く、寄ると触ると低俗な話題に走りおってからに……。」
「猥談より、いいじゃないか。」
「すでに猥談の幕開けだろうが。違うとは言わせぬぞ。」
真顔で擁護になっていないフォローをする鼠蛟に詰め寄る狐炎の後ろで、守鶴がわざとらしく肩をすくめる。
「やれやれ、堅物はこれだからつまんねぇよな〜。」
性懲りもなく言い募られて、割と長いはずの狐炎の堪忍袋の緒が切れた。
「やめろと何度言わせる気だ、この戯け共が!!」
「わー、炎ちゃんそんなに怒んないでよ〜!火事になる〜。」
「貴様の脳天に限ってなら、してやっても構わぬぞ。」
氷よりも冷たい目で、狐炎は落ち着きのない様子の磊狢を睨み付けた。
かなり怒っているなとこっそり悟ったナルトは、小さくため息を漏らす。
「分かった分かった、この辺にしとくからよ。そう怒るなって。」
下ネタ嫌いが氷の目になった段階まで行ったら引き際という認識は幸いあったようで、
あっさり守鶴主導できわどい雑談は終幕を迎えた。
「何で怒るって分かってるくせに、そっちで盛り上がるわけ……?」
「知らないってば……。そういや、これでえーっと……4人?後のメンバーは誰だってばよ?」
呆れ返ったフウの指摘はもっともだが、妖魔の理解しがたい思考回路は今に始まったことではない。
理解を放棄したナルトは、とりあえず話題を強引にそらす。
やっと元の流れに戻ろうとする流れを引き継いで、いつも通りの調子に戻った狐炎がこう答えた。
「お前達が二尾・三尾・五尾・六尾・八尾と呼ぶものだ。」
「名前は?」
「猫の闇王・鈴音(りんね)、亀の水王・磯撫(いそなで)、
狼の幻王・彭候(ほうこう)、雷獣の雷王・神疾(かむと)、蛇の冥王・皇河(おうが)。」
狐炎の後を引き取って、鼠蛟が名前と称号を人柱力達に教える。
ここに来てようやく、妖魔の王達の名前と種族が全員分判明した。
「色々居るのー。……でも、どいつもこいつも性格悪いんじゃろうな。」
「えー、5人も残ってるんなら一人くらい普通の奴居るんじゃないの?」
現状、この場を見回すだけでもやや望み薄ではあるが、まだナルトは希望を捨てたくなかった。
彼の願望はさておいても、全部で9体も居れば、人間の神経に近いメンバーが絶対に居ないとも言い切れない。
「そんなこというけど、うちのペットより酷かったらどうするわけ?」
確かにと、フウに同意して我愛羅がうなずく。彼も守鶴の事を鑑みて不安を覚えているのだろう。
両者とも癖の強い相方だから、悲観的になるのも無理もなかった。
(うちのも怖いしなー……。やっぱだめかもしれないってばよ。)
諦めたくはないが、冷静に今まで知り合った尾獣の性格を思い返すと、どんどん希望が薄れてくる。
「大丈夫だよー。1人以外普通だから。」
「アンタの普通は普通じゃないからだめ。」
磊狢はあっけらかんと励ますが、説得力皆無と即座に否定される。
「え、褒めてる?」
「んなわけあるかー!」
無闇に照れた磊狢の背中に、フウの蹴りが入った。
「あーん、ご無体な〜♪」
「安心しろ。1人を除けば、せいぜい御稚児趣味と大食漢しか変態はおらぬ。」
つい数分前にも展開された流れを尻目に、狐炎が最低限としか言いようの無い保証をする。
不吉にも程があった。
「だいぶ不安ですってばよ狐炎さん。」
「何故改まる。」
「いや何となく……。」
突然の敬語をいぶかしがられても、口に出してまとめ上げられる類の理由はない。
強いて言えばその場のノリだ。
「っていうか、それ何なの?おちご……何たらって。」
「ああ、御稚児趣味のことか。何だ、分からぬのか?そんな事だろうと思ったがな。」
「んー、みんなにわかりやすく言うとホモショタだよ♪」
『ギャーーーッ!!!』
異口同音に人柱力達から上がった絶叫。
ノリノリな磊狢の爆弾発言は、いたいけな人間の平常心をものの見事に吹き飛ばした。
「あっはっは、びっくりしたー?」
お望み通りの派手な反応をもらって、磊狢は実に楽しそうに笑っている。
言われた方はもちろんそれどころではない。
「ひぃぃ、嫌だ嫌だ嫌だ、そんな奴仲間にしたくないってばよ!!おれまだ思いっきり成人前なんだけど!」
全身にさぶいぼを立てて、ナルトは自分の腕をガリガリかきむしって悶える。
ホモ単体でもきついのに、ショタまでくっつくともはや新手の拷問だ。
「だが、本当は――む。」
何か言いかけた鼠蛟の口を、横から守鶴が問答無用で塞いだ。
(黙っとけって。その方が面白いぜ。)
(慌てふためく様はいい余興だからな。)
タチの悪い狐狸の企み。ドSという単語が脳裏をよぎる。
2人共、顔に腹黒さをたたえた笑みを浮かべていた。
(性悪……。)
「うう、恐ろしいぞい。ど、どいつがホモショタなんじゃ?!」
ドS妖魔の陰謀など露知らず、老紫は戦々恐々としながら爆弾探しに血眼だ。
「名前でそれっぽいのとか分かんない?!おれってば超死活問題なんだってばよ!」
「名前で分かったら苦労ないと思うけど。
でも確実に女っぽい名前は1人しか居ないし、じゃあ残りの4択でしょ。」
先程絶叫はしていたものの、女の自分には直接被害は来ないとさっさと気付いたようで、フウは投げやりに答える。
ホモでショタと来たら、真っ先に女名前は選択肢から外れるだろう。
「……って事は、3・5・6・8のどれか……って、こ、と?」
「じゃの……。」
しばし凍りつ男人柱力達の思考。一瞬の静寂の後、また全身総毛立たせた。
「あ゛〜〜、怖い〜〜!!いーやー、嘘であってくれってばよぉ〜〜〜!!」
「ひゃははは、オメーどんだけビビってんだよ。
んな狙われる自信でもあんのか?自意識過剰にも程があるだろ。」
「ぜ、ゼロじゃないじゃん!万が一でも十分怖いってば!!
っていうか、お前みたいに節操なしだったら不細工とか関係なくなるし!」
ゲラゲラ腹を抱えて笑う守鶴に向かって、人の気も知らないでとナルトが本気で怒る。
実際見たことがあろうが無かろうが、本来対象外の同性に恋愛感情を向けるような存在が、生理的に恐怖を煽るのは当たり前だ。
そこに小難しい理屈なんてものはいらない。
「ふ、ふっ、お、落ち着けナルト。どうせものの例えだ。
ま、まさか本当にホモでショタコンなんて……こと……は。」
「って……アンタが一番真っ青なんだけど?!」
青い顔で何とか平静を保とうとする我愛羅に、フウのつっこみが入る。
「そ、そんな事はない。対象年齢から外れさえすれば、恐れることはないはずだ……。」
その台詞にはまったく説得力というものが無い。
せめて青ざめていなければ相当マシだったろうに、若き風影もホモへの恐怖は克服出来ないようだ。
しかし、他の仲間に彼の言葉は一縷の希望となった。
「おお、さすが我愛羅!」
「15じゃまだ守備範囲だぜ〜♪」
ナルトの歓喜も束の間。守鶴が楽しそうに希望を潰した。
『ギャ〜〜ッ!!』
これで2度目になる阿鼻叫喚の合唱が、執務室中に反響する。もう収拾がつかない騒ぎだ。
二度と本題に戻れそうも無いが、先程と違って誰かが積極的に戻す気もなさそうだった。
「……なあ、狐炎。」
いい加減気の毒になってきたようで、鼠蛟が様子をうかがうような口振りで話しかけた。
「何だ?」
「いや、何でもない……。」
「変な奴だな。」
分かりきっているくせに、あえてそ知らぬ顔の狐炎。完全にこの状況を楽しんでいる。
積極的にいじりにかかっている守鶴と同じくらいの悪人だ。
―故意だ……絶対。―
性格の悪い妖魔に弄ばれているとも知らず、精神的に臨終を迎えた一部人柱力が心底哀れだった。


一方その頃。路地裏の薄暗い建物の中で、赤い雲の模様が入った黒いコートの男女が密会していた。
彼らはナルト達人柱力を狙って暗躍する、暁の構成員だ。
男は頭を白い頭巾で覆い、目元しか見えない不気味な出で立ち。
女は肩でそろえた明るい青紫の髪に、紙製の花飾りをつけた妖艶な美女。
会話する彼らの表情は硬く真面目で、どうやら何か仕事上の重要な話をしているようだ。
「……そういうわけで、捕獲は失敗だ。近くを探したが、どこにも居なかった。」
「七尾は振り出しね。分かった、伝えておく。」
女は男の上司とのつなぎ役なのだろう。うなずいてそう答えた。
「俺達は二尾を探しに行く。あっちも目処がついていたからな。」
ほぼ同時期に彼とその仲間が手にした二尾の人柱力の情報は、まだ新鮮なものだ。
滞在していた場所からの距離の都合で七尾を優先しただけだから、行こうと思えば今からでも向かうことが出来る。
「今度こそ捕まえて。
まごついていると、各国が警戒態勢を固めてしまうから。」
少人数で動ける強みが最大限生かせるのは、大きな組織である各国の里がどうしても態勢を整えるのに手間取っている内だけだ。
男が報告した失敗、つまりフウの件が知れれば、事態を重く見て各国が動き出す。
そうすればいずれ不利になるから、彼らの上司は常に迅速で確実な行動を求めている。
「分かっている。次は任せろ。ところで、他の連中はどうしてる?」
「まだ捜索中よ。そろそろ動いてもおかしくないペアもいるけど、多分準備中ね。
慌てることはないけど、出来る限り急いで。」
彼女の言葉は上司の言葉。再び了承の言葉を返してから、男は女の前を辞した。


男が建物から出てくると、外で軽薄そうな若者が待っていた。
同じ黒いコートを着ているが、前を大胆に開いて胸板を露出した格好なので、ずいぶんと雰囲気が違う。
オールバックにした銀髪と女性受けしそうな顔立ちは、歩いていればすぐに若い女性の目をひきつけそうだ。
「ずいぶん早かったな。」
まだ若者がここで待っているとは思っていなかったので、男は少し驚いた。
「遅かったじゃねーの。次はどこだぁ?角都ぅ。」
「雷の国だ……と、別れる前も言ったはずだが?」
角都と呼ばれた男は、ため息交じりにそう答える。
彼の相棒は、大事な話でもなかなかまともに覚えない困り者だ。
どうせ相方が覚えているのだからいいとばかりに、覚える気もないのである。
「あれ、そうだっけか?まーいいか。それより見てくれよ、こいつ。」
ほらほらと、若者が足下に転がる首を2つ指し示す。その顔を見た角都は、ほうっと感嘆の声を上げた。
「珍しくでかしたな。よくやったぞ飛段。」
見せられた首は、高額の賞金がかかったお尋ね者コンビだ。
裏の換金所に持って行けば、かなり懐が暖かくなるだろう。
これを相棒と別行動だったわずかな時間に得るとは、その幸運さも腕前もピカ一だ。
「だろー?たまたまそこで見つけちまってよ。
何かついてるし、今日はぱーっと行こうぜ、ぱーっと!この間の憂さ晴らしも兼ねてさ、な?」
褒められて気をよくした飛段が、歯を見せて笑った。
「羽目を外しすぎるなよ。次の仕事に差し支える。」
飲みに行くのは悪くないが、翌日以降に酒が残っては困る。
角都はしっかり相棒に釘を刺すのを忘れない。彼はよく羽目を外すのだ。
「オレだってプロなんだぜ?分かってるから心配すんなよ!」
「やれやれ……そうだったな。」
その言葉をどこまで信用していいものか。酒の席の大丈夫ほど、当てにならない言葉はない。
だが、賞金首に免じて今日は許してやることにした。


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今回はほとんど集まって喋ってのお話。さすがに8人も揃うと、文章のせいか喋るだけでも大変です。
そんな中ですが、ラストでようやく暁が登場。 不死コンビです。
次の行き先の相談自体は次回以降に持ち越しですが、どこに行かないとまずそうかはバレバレですね。
ちなみに御稚児趣味=ホモショタですが、これはすごく大雑把な解説です。
今のショタ趣味とは捉えられ方が違ったり色々あるそうなので、ちゃんとした知識を求める方は検索してくださいね。
後、♂×♂もお好みでうちにきていらっしゃる方へ。色々すみませんが、我が家の男性陣はノンケなので流してください。
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