起きるまでは、いつもどおりの日だったんだってばよ。

              狐日和
                   ―1話・本日より外住まいにつき―


さんさんと光が降り注ぐナルトのベッド。
今日は任務もないので、ナルトは目覚ましもかけずにぐうぐう寝ていた。
いつも休日は、この調子で10時ごろまで寝るのがざらだ。しかし、この日はそれが許されなかった。
「いつまで寝ている!起きろ小僧。」
「いってぇ!!」
げしっと足蹴にされて、ナルトは顔面を壁に強打した。
まさか自宅で寝込みを襲われるとは思ってもいなかったので、実に無様な姿をさらす羽目になった。
とはいえ、仮にも一人前の忍者なら、相手が近づいた段階で起きていなければ失格なのだが。
「って〜……誰だってばよ?!」
がばっと起き上がって自分を蹴り飛ばしたふていの輩を睨みつける。
寝ている自分を容赦なく蹴飛ばすとしたら、窓辺りから不法侵入したカカシかサスケに違いない。
が、そう決め付けて振り返ったナルトの目には、意外な姿が飛び込んできた。
「えーっと……どちら様だってばよ?」
そこに居たのは、知らない男。
オレンジの髪をポニーテールのように高く結い、後ろで3つの束に分けている。
よく見ると、長く伸ばしたもみあげの辺りの髪だけが黒い。
目は切れ長でつりあがった三白眼。さらに、目じりは黒く縁取られていた。
着流し風の衣を纏ったその姿は、恐らく女性ならば誰もが振り返るほどの美形。
まだ若い男のようだが、ナルトは全く見覚えがなかった。
「やっと起きたか、うつけ者が。
わしは、お前の腹に封印されている妖魔。……お前達人間が言うところの、九尾の妖狐だ。」
「え、九……尾の?」
「そうだ。なんだその顔は。」
目の前の男の髪や目の特徴と、自分が知っている九尾の妖狐のイメージを重ね合わせる。
人間と狐ではずいぶんかけ離れているが、
言われてみればその髪の色と尊大な態度で、かつナルトの知人と言えば1人、いや1体しかいない。
一瞬の沈黙。そして。
「ま、マジでぇぇぇぇーーーーー?!!」
ナルトの叫び声は、閑静な住宅街中に木霊した。

「うるさい……大声でがなるな。頭に響いてかなわん。」
「んなことどーでもいいっつーの!!
なーんでおれの腹ん中にいるはずのお前が外に、
しかも人間の姿でいるんだってばよ?!おかしいじゃん!!」
あの英雄四代目火影の封印が解けたのか、それともこれは幻なのか。
出来れば後者であって欲しいと思いつつ、ナルトは早口で九尾にまくし立てる。
相当うるさいので、九尾は迷惑そうに眉をしかめていた。
「だから騒ぐなと言っているだろうが。
その口をつぐまぬと、外に投げ捨てるぞ。」
「仮にも家主だぞおれは!てそーいうこと言うなってばよ!!」
ナルトは混乱と苛立ちに任せて、なおも九尾に言い募った。
だがその瞬間、空気が凍てつく。
「……質問に答えて欲しいのか、外に投げ捨てて欲しいのか今すぐ選べ。」
「分かりました九尾様。おれの質問に答えてください。」
ぎろりと睨みつけられ、何故か敬語でナルトは返答した。
さすがに最強の妖魔の1体という名は伊達ではない。
睨みつけるだけでも、その迫力たるやすさまじいものだ。
とりあえずナルトが静かになったので、九尾の視線から殺気が消えた。
「ようやくおとなしくなったか。ならば教えてやってもいい。
わしがこうして外に出ていられるのは、お前の腹に施された封印式の仕組みを逆手に取ったからだ。」
「は?どういうことだってばよ。」
「簡単な話だ。お前が最近よくわしのチャクラを借りていたからな。
そこでわしは仮説を立て、それを実行に移した。ただそれだけだ。」
封印は、ナルトの激しい怒りや殺意に呼応すれば、意外と簡単に外れかかってしまう。
九尾が何をしたのかは知らないが、仕組みさえ知れば色々と細工が利くのかもしれない。
「……理屈がさっぱりだってばよ。」
「お前ごときの頭で、理屈が理解できるわけはなかろう。
細かく教えるだけ無駄だ。」
「すんげーむかつくんだけどよ、その言い方……。」
「腹の中からずっとお前を見てきたわしに言わせれば、十分に阿呆だ。」
「何だよそれ!で、けっきょく今はどういう状態なんだってばよ?
封印が完璧に取れちまったのか?っ、いってぇ〜……今度はでこピンかよ!」
前振りもなく繰り出されたでこピンをまともに食らって、ナルトは痛そうにでこをさする。
起き抜けではいつもの額当てがないので仕方がない。
「そんなわけがあるか。
そうすれば、お前に貸す量とは比べ物にならんほどのチャクラが一気にあふれ出す。
それでは封印がわしを押さえ込もうと躍起になって、わしは出てこれんからな。
ゆえに、大半のチャクラと本体はお前の中だ。」
ナルトは九尾のチャクラの絶対量を知らないので、ふうんと軽く流した。
だが、九尾が持つチャクラの量は途方もない量だ。
いかにナルトが並外れたチャクラを持つとはいえ、所詮は人間。妖魔とは比べ物にならない。
さすがに九尾の持つチャクラを全てを通してしまうほど、封印は雑に出来ていなかった。
「……じゃ、おれの目の前のあんたは何?」
「少々のチャクラを素材として生成したかりそめの体……いわば分身体。
そこに、わしの意識を移したものだ。だから封印は反応せんが、わしは比較的自由に動ける。」
少々と言っても、元が莫大な量を誇る九尾のチャクラだ。
かりそめの体とは言っても、宿るチャクラはナルト自身が持つチャクラを軽く上回る。
「へー……お前ってば、器用だな。」
ナルトは、理屈が分からないながら素直に感心する。
カカシならそこは感心するところじゃないとつっこみを入れるだろうが。
「ところでお前……。」
「ん?なんだってばよ。おれこれから朝飯にしたいんだけど。」
パジャマから普段着に着替えながら、ナルトは生返事を返す。
「その朝飯だ。前々から言いたかったのだが、……あの冷蔵庫は何だ。」
「え?」
何か文句を言われるようなことでもあるのだろうか。
ナルトは本当に分からないらしく、首を傾げつつ九尾を見返した。
一方の九尾は、呆れて物も言えないといった様子だ。
「え?ではない。牛乳しか入っておらんだろうが。
肉も魚も食わんのか、お前は……。せめて果物くらいは入れておけ。」
あえて野菜を食えといわないのは、やはり九尾が泣く子も黙る妖魔だからだろうか。
妖魔が野菜を食う様子はちょっと想像し難い。
実際は、単にナルトの野菜嫌いを知っているからこういったのだが。
「え〜、だって肉はうまいけど高いし、魚は骨が多くて食べにくいし……。
果物もうまいけどすぐ腐るし高いからあんまり買いたくな……って、
いきなし殴んなってばよ!!」
「この阿呆……!!お前の体が健全に保たれねば、わしが迷惑だ。
食物の選り好みをするな!」
いつかのカカシと意味がほとんど同じセリフを、まさか自分の腹の中に居る居候に言われるとは思ってもみなかった。
殴られた頭がひりひりする。もうちょっと手加減をして欲しいものだ。
「はいはい……。」
逆らうとまた睨まれることは目に見えているので、ナルトはおとなしく従っておくことにした。
今日は買い物から始まりそうだ。牛乳とカップめん、
それにお菓子以外の物は買わないので、八百屋の場所など忘却の彼方だ。
せいぜい任務の前日に出来合いの弁当を買うくらいである。店探しから始まりそうだ。
「……わざわざ八百屋に行かずとも、お前がいつも行く店で事足りる。」
「え?!なんでおれが考えてることが分かったんだってばよ?!」
何で考えている事がばれたのか分からずに、
ナルトは三流ドラマで犯行がばれた犯人のようなベタな反応をみせる。
「丸12年もお前の腹にいれば、大体は読める。」
まるで父親か何かのような言葉だが、実際九尾にはお見通しである。
ナルトの目や耳を通して外界も見ていたし、彼の感情や心境も中から見れば手に取るように分かる。
「なーんか、変な気分……。」
ほとんど喋った事すらない相手なのに、まるで親や兄弟のような事を言う九尾には調子が狂わされる。
とりあえず食パンを焼いて、バターだけ塗りつけてさっさと口に押し込んだ。
それから牛乳を男らしく一気に飲み干すと、ナルトはふとある疑問を覚えた。
「あれ?九尾ってば何も食べないの?」
「妖魔は食物を食す必要はない。別に食べても平気だが、腹の足しにもならんな。」
「腹の足しって事は、やっぱ何か食うわけ?」
「妖魔が喰うのは、森羅万象の持つ『氣』だ。
お前たち下等生物と同じ食物では、到底肉体を維持できんからな。」
「よくわかんねー……チャクラの親戚?」
「少し違うがな……まぁ、それでもよかろう。」
説明しても、ナルトの頭は混乱するだけで意味を飲み込めないと判断した九尾は、
それ以上話を引っ張らずに打ち切った。
「それにしても、めんどーな事になったってばよ……。」
「面倒とは無礼だな。狭量なことだ。」
「だー、おれがきょーりょーとかいうのはどうでもいいってばよ!
おれはこれから買い物行くけど、勝手に家から出んなよ!!」
「いいから、キャベツとにんじんだけは最低でも買って来い。」
背中からかけられた九尾の言葉には返事もせずに、
ナルトはガマちゃん財布を片手にさっさと家から出て行った。
ちなみに「きょーりょー」の意味は、当然の如く理解していなかった。
しょせん、しがない12歳児の語彙力である。


―スーパー・モクレン―
ナルトの住まいのすぐそばにある、スーパーを始めとした日常の品々を取り扱う店が揃う商店街・モクレン通り。
ナルトは行きつけのスーパーで、普段は足を向けない生鮮食品売り場をうろついていた。
最低でも買ってこいといわれたキャベツとにんじんは、すでにかごの中に入っている。
にんじんは嫌いだが、キャベツはナルトもおいしく食べられる貴重な野菜だ。
ラーメンでおなじみのモヤシも、ついでに入れてあったりする。
ナルトが食べる野菜は、思えばラーメンがらみしかない。
「とりあえず、バナナとイチゴと……あ、そーだ!
せっかくだし奮発して焼肉用の肉も買っちまお〜っと♪」
九尾の前では何だかんだと難癖つけておきながら、
いざ現物を目の前にすると、つい目移りして欲しくなってしまうのが人情だ。
とりあえず、気に入った物を片っ端からつかんでかごに放り込んでいく。
だから後で腐らせることになるのだが、ナルトはまだそれを分かっていないようだ。
「あら、ナルトじゃない!」
「あ、サクラちゃん!もしかして、おつかい?」
「うーん、まあそんなとこ。
明日お母さんにケーキの作り方教えてもらうから、材料を買いに来たのよ。」
「え、サクラちゃんケーキ作るの?!俺にもくれる??」
「もー、そんなに目をキラキラさせちゃって。もちろんちゃんと分けてあげるわよ。」
サクラはナルトのオーバーな反応に苦笑しつつも、ちゃんとおすそ分けする事を約束した。
もちろん、本当はサスケをメインにしたいところなのだが、残念ながら彼は甘いものが大の苦手なのであげられない。
「楽しみにしてるってばよ〜!」
「でも、うまく出来たらの話よ。
さすがにサスケ君じゃなくたって、失敗作なんてあげられないもの。」
「大丈夫、サクラちゃんならきっとうまくいくってばよ!」
「あはは、ありがと。あ、あんたもそろそろレジに行かないの?」
「んー、そろそろ行くってばよ。サクラちゃんも行くの?」
「うん。もう必要なものは全部そろったし。
ほら、行きましょ。」
「おう!」
買い物が一通り済んだ2人は、まっすぐレジに向かった。


買い物が終わった後、ナルトとサクラは2人で公園で話していた。
単にサクラの他愛のない愚痴に、ナルトがつき合わされていたとも言うが。
「それでね〜……いのったら、またサスケ君にちょっかい出そうとしてたのよ!
しつこいと思わない?!」
「うーん……うん。」
正直サスケの事はどうでもいいのだが、それでもサクラとサスケ抜きで話せる貴重な時間なので、適当に相槌を打っていた。
と、言うよりは適当な相槌しか打てない話ばかりなのだが。
しかしその時間はあまり長くは続かない。
「おい、こんな所で何してるんだ?」
どこか不機嫌そうな、年の割に低い少年の声。
「げ、サ、サスケ!」
「サ、サスケ君?!」
驚いて振り向けば、そこには今しがたまで話のネタにされていた人物の姿があった。
声に違わず、顔もなんとなく不機嫌そうだ。
ナルトもサクラも、その不機嫌の理由をうかがい知る事はできなかったが。
しかしドッキリもいいところの訪問者は、サスケだけでは終わらなかった。
「遅いと思っていたら、こんなところで油を売っていたか。」
「げ、何でお前がここにいるんだってばよ!
家に居ろっていったのに!!」
ただでさえオフ日に会いたくない人間に会ったばかりだというのに、追い討ちをかけるようなこの仕打ち。
家に居ろと言ったのに、何故九尾がここに居るのだろう。
頭の中が一気にパニックに近づいた。
「お前の帰りが遅いからだ。」
だが、パニックで口をパクパクさせるナルトの心中を知ってか知らずか、
嫌味な位涼しい顔で九尾が返事をよこしてきた。
「ねぇナルト……この人って……。」
「え?えーっとこいつは……ムガガ!!」
サクラの問いにナルトが返事に窮した瞬間、電光石火の速度でナルトの口が九尾によって塞がれた。
「ナルトの他人同然に遠い親戚だ。」
「親戚?でも、ナルトはあんたの事を一言も……。」
サスケは当然の疑問を口にした。
それはそうである。親戚がいるならば、以前ナルトの面倒を見ていた人物の中の誰かが知っていてもおかしくない。
居るなら居るで、本人に教えていそうなものだ。
「親戚と言っても、曽祖母の代で兄弟だったと言うレベルだ。
俺がナルトを知ったのも、ついこの間だ。
これだけ血が遠ければ、名家ならいざ知らず、庶民ならば親戚と言う認識すらなくてもおかしくはないだろう?」
曾祖母、つまりひいおばあさんの代で同じ親から生まれた兄弟。
確かに血が遠すぎて、面識がなくてもおかしくはない。
さりげなく一人称が「わし」ではなく「俺」になっているのは、姿とのギャップで怪しまれないための工夫だろう。
さすがに人を騙すとされる狐の親玉だけあって、その辺りは抜け目がない。
「なるほどな。で、あんた名前は?」
サスケが当然名前を聞いてきたが、口をふさがれたままのナルトは焦る。
もしも九尾なんて名乗られたら、里中大パニックだ。
ちゃんとわかっているのだろうか。
「稲荷狐炎。」
―もろどっかの神社の名前じゃん!!
しかも、何気なく正体に直結しそうな危うい名前である。
稲荷神社の使いと言えばキツネ。遊び心のつもりなのかもしれないが、やめて欲しい。
ついでに、キツネと言えば油揚げといなり寿司も芋づる式に連想するが。
「へ〜……こえんって、どう書くんですか?」
「狐に炎。それで狐炎と読ませる。」
意外とサクラにはまともに対応している。
朝のような高慢な態度を取ると思っていたナルトは驚いたが、九尾は馬鹿ではない。
相手を信用させるためなら、このぐらい朝飯前である。
一応、外の人間には気を使ってくれているらしい。
「ところでナルト、お前こいつと一緒に住むことになったのか?」
「え、うん、まぁそんなとこ。
実家は火の国の他の所らしいけど、おれが遠い親戚だって聞いて、顔を見に来たんだってばよ。
で、おれんちにしばらく居候。」
もう口を塞いでいた手もどけてもらったので、ここは九尾に話を合わせておいた方が得策だ。
嘘は苦手だが、ここは一芝居打たなければいけない。
ここで挙動不審になったら殺される。
「まぁ、そういうわけだ。」
戦闘時を除けば、初めて九尾と息が合った瞬間だ。
大分ナルトも勝手にでっち上げてしまったが、
九尾は頭がよさそうなので、言った自分さえ覚えていれば問題はないだろう。
「へ〜、じゃあしばらくこっちにいるんですよね?
私、春野サクラっていいます。よろしくお願いしますね!で、こっちは……。」
「うちはサスケ。」
サクラがぺこりと行儀よく会釈してから、なぜか少し憮然とした様子でぶっきらぼうにサスケも名乗る。
「話はこやつから聞いている。こやつが世話になっているようだな。」
「別にサスケには世話になってないってばよ!」
「たかだか社交辞令に文句をつけるな。」
そしてお叱りの言葉とセットで、もれなくナルトのでこに一撃。
「いってぇ!今日何回目だよ!!」
朝に続き、またもナルトはでこピンを食らった。
よりにもよって、一番見られたくない2人の前でやられたのはショックだ。
「……ぷっ。」
「ガーン!さ、サクラちゃんに笑われたってばよ〜〜!!」
サクラに笑われたナルトは、半泣き気分で頭を抱えた。
格好いいところを見せたいのに、台無しだ。
ぎゃあぎゃあ騒ぐナルトを、サスケが冷ややかな目で見ている。
「……このウスラトンカチ。
そんな事はどうでもいいから、さっさと親戚と一緒に帰れ。」
あからさまに苛立っているサスケは、追い払うような刺々しい口調でそういい捨てた。
「小僧、サスケと言ったな。」
「何だよ……。」
やって来た時よりも、さらに不機嫌そうにサスケは答えた。
どうひいき目に見ても、明らかに九尾を睨んでいる。
「そう睨むな。俺はそんな小娘に興味はない。」
「なっ……い、いきなり何言ってんだ!?俺は別に、睨んでなんか……!」
いつもはポーカーフェイスのはずのサスケの顔が、うっすら赤い。
図星だったらしい。
「……メッチャにらんでたじゃん。」
「黙れウスラトンカチ!!」
悪気のないナルトの一言にも、いささか過剰気味に怒鳴る始末。
明らかに焦っている証拠だ。
「ちょ、どうしちゃったのサスケ君?」
「ふ……青いな、小僧。」
まだまだ子供だなと、九尾はサスケを鼻で笑う。
嫌味ったらしいことこの上ないが、それがさまになるのが彼という存在だろうか。
「〜〜〜〜っ……!!」
真っ赤になったサスケと、何が何だか分からず戸惑うサクラ。
実に面白い光景である。
なぜサスケがからかわれて怒るのかいまいち分かっていないが、ナルトは笑いをこらえるのに必死だった。
「んじゃ、サクラちゃん、ばいば〜い。」
「あ、うん。またね!」
とりあえず早く帰らないと肉が腐る事を思い出し、ナルトは九尾と共に帰路についた。


「なぁ、狐炎。」
さっき聞いたばかりの名前はなじまないが、
家の外なので、その名で少し前を歩く九尾に呼びかけた。
「何だ?」
「さっきのサスケの顔、マジ最高。グッジョブだってばよ!」
いつもサスケに馬鹿にされて溜まっていたうっぷんが、あの傑作な彼の顔で一気に吹っ飛んだ。
「そうか。あの小僧は素直ではないからな。
お前もツボさえ心得ておけば、からかい放題だぞ。」
「え、マジで?!」
いつも馬鹿にされるばかりの反動か、九尾の一言でナルトの目がキラキラと輝いた。
いたずら小僧魂の目覚めである。
「ああ。もっとも、ほどほどにしておかねば後で痛い目にあうだろうが。」
「……やっぱ?逆切れすんだよな〜、サスケの奴。」
以前サクラをネタにサスケをからかったがために、某片目写輪眼の上司がズタボロになった事を思い出す。
あの時の火遁は、骨までウェルダンクラスだった。
「そうであろうな。
あの手の者は自尊心が高い故に、からかわれると人一倍腹を立てる。」
「じそんしん?」
「プライドのことだ。つくづく勉強が足りぬやつめ……。」
あえて語彙という言葉を使わないのは、
言ってもまたその言葉の意味を聞かれる事を見越しての事である。
いちいち言葉の意味を説明をしなければいけないナルトに、かなり呆れたように嘆息する。
「うるさいってばよ!お前がムズイ言葉使いすぎ!!」
「黙れ。」
ナルトは再び殴られた。


―ナルトの家―
「あ〜、ひやひやしたってばよ〜……。」
「よく誤魔化し通せたな。少しは褒めてやろう。」
がしゃがしゃと乱暴に頭をなでられるが、あまり喜べない。
全然嬉しくないと言えば、それはそれで嘘になるが。
「稲荷狐炎だっけ?よくとっさにそんな嘘つけるよなぁ。」
自分だったら、そんな偽名なんてとっさに思いつきもしない。
ナルトは九尾がでっち上げた嘘に素直に感心するばかりだ。
「半分は嘘ではない。下の名ははわしの本来の名だ。」
「え、あれ本名だったの?!」
ナルトの頭の中で、ガーンという漫画チックな書き文字が所狭しと乱舞する。
「九尾の妖狐と言うのは、周りが勝手につけたあだ名だ。
自分でそんな名を名乗るわけなかろう。考えれば分かるだろうが。」
「言われてみれば……。」
確かに言われてみれば、九尾というのは周りが勝手に呼んでいる名前だ。
カカシが、「写輪眼のカカシ」という通り名で呼ばれるようなものである。
「で……ずいぶん買い込んだようだが、それを腐るまでに使い切る算段はあるのか?」
「と、当然だってばよ!」
実は何も考えていないのだが、それを言ってしまえば冷たい目で見下されるのは目に見えている。
が、その虚勢が通じているわけはない。
やれやれと九尾もとい狐炎はため息をつき、いかにも気だるそうに前髪をかき上げた。
「……使い切れない時は、誰かにやるのも手だ。
昔のように、誰も相手にしないわけではなかろう?」
「あ、そっか。じゃあ九尾も食う?」
目からうろことばかりに手を打って、ついでに案をくれた本人に話を振ってみた。
すると、嫌がるそぶりもせずに彼はこう答えた。
「野菜以外ならばよかろう。」
「え?肉じゃなくてもいいの?意外だってばよ……。」
普段は万物の氣を吸収して糧としている狐炎にしてみれば、食べ物は味だけで腹の足しにもならない存在だ。
野菜は好きでも嫌いでもはないし、実は大体の物ならば食べられる。
意外に雑食かつ悪食なのだ。余談だが、普通の狐も雑食である。
「どうせ腹の足しにはならんが、味だけならば感じる。
嗜好品としてなら楽しめるからな。」
「しこうひん?お前ってば、まーた難しい事いうし……。」
今日1日だけで、もう何回言葉の意味を聞いただろう。
馬鹿にされる事はもう分かっているが、
知らない事をそのまま放っておけるタチではないのでつい聞いてしまう。
「酒や煙草の事だ。これくらい常識として心得ておけ、物知らずが。」
「非常識なやつに常識とか言われたくないってばよ……。」
ボソッと小声で抗議してみるが、あっけなく無視された。
どこ吹く風と言った様子で、ナルトが買ってきた食材をひょいと持ち上げて台所に行ってしまう。
「今度は何するんだってばよ?」
「見て分からんのか?」
狐炎が持っているのはどんな家庭にでもあるあれ。
少し考えて、ナルトは素直にこう答えた。
「……包丁。」
ドガッ。
「いってー!!ほ、包丁の柄で殴るなんて危ないってばよ!!
メッチャ痛いし、角でやったろ角で!!」
つむじの辺りを押さえながら、涙目でナルトが猛抗議する。
包丁の柄の角はとても硬くて痛い。木やプラスチックで出来ているのだから当たり前だ。
「叩けば少しは変わるかと思ったまでだ。」
包丁の柄でどついておきながら、いけしゃあしゃあと狐炎が答える。全くいい根性だ。
「変わるか〜っ!むしろシナプスが切れて馬鹿になるってばよーー!!」
「ほう、それ以上阿呆になる余地があったか。
この世には、上下の果てというものはそうそう存在しないものなのだな。
お前のおかげで思い出す事ができた。」
明らかに馬鹿にされている。
が、包丁を持って台所に立っている段階で、やる事は木の葉丸より小さい子でも想像がつく事だ。
単に脳がそれを全力で否定したがっているだけで。
「ねぇねぇ……お前ってば、化け狐なのに料理なんて作れんの?」
ともかく彼のペースに乗せられると、延々とおもちゃにされる。
さすがにナルトもそこまで馬鹿ではないので、一番聞きたかった事を聞いてみた。
「お前よりはな。わしが何年生きていると思っておる。
お前の中に入る前から、知識はあった。」
「だ〜、やった事あんのか聞いてるんだってばよ!」
じれったいぼかした返事しか返ってこず、ナルトはもどかしそうに怒鳴った。
と、そこで何故か狐炎の動きが止まり、くるりとこちらを向いた。
非常に嫌な予感がする。
「黙れ。腹をかっさばかれたくなければな。」
「ギャー、暴力反対だってばよ〜!!」
きらりと煌めく包丁の刃。その目には、誰の目にも明らかな殺意。
ヤクザまがいの凶悪なセリフとどすの聞いた声は、いたいけな12歳児を台所の反対側に逃走させるのには十分だった。
宿主の腹をかっさばくなどという暴挙に走れば、
言った本人も無事ではすまないのだが、動転したナルトは気づきもしない。
「クックック……ただの冗談でここまで面白い反応をしてくれるか。
お前は本当に単純な奴だ。」
「お前が言うと、全っ然ジョーダンに聞こえないってばよ!!
自分の切れた顔を鏡で見てからいえ!!」
本当に、冗談ではすまないくらい怖かったのである。
ナルトは猛烈な勢いで抗議をするが、やはり無視された。
トントンなどというゆったりとした速度ではなく、タタタタタと言った方がふさわしい、熟練の料理人のような包丁の音が返ってくるばかりだ。
ほとんど使っていないまな板の上で、野菜があっという間に輪切りやざく切りに変身する。
どこでそんな包丁さばきを身に着けたのか、ぜひとも聞きたいところだが。
「さて、わしは人間ではないからな……あまり手の込んだものは作らん。
とりあえず肉は焼いた方がいいか?」
「……普通に焼くんじゃないの?
それとも九尾ってば、自分キツネだから普段は生?」
焼かないと食べないと承知の上での質問とは知らず、ナルトは素直に返事を返す。
すると、狐炎は無表情のままこういった。
「肉は生がうまい。」
半分冗談で聞いたのだが、まさか本当にそういう風な返事が返ってくるとは思わなかった。
やはり人外の妖魔である。
「……俺は焼いた方が好きだから、焼いて欲しいってばよ。」
とりあえず、生肉を食べる趣味はナルトにはない。
世の中には馬刺しなる物も存在しているが、一度も食べた事がないのでう何ともいえなかった。
と、いうか肉は生だと腹を壊すとイルカに言われた事があるので、トイレ地獄が怖くて食べたくなかった。
「そうか。まあ冗談だがな……ああ、網はなさそうだな。」
「は?網でどーすんの?」
ナルトの頭の中には、虫取りか魚用の網しか浮かんでいない。
当然その表情は怪訝そうなものになり、それだけで思考を読み取った狐炎の目は冷ややかなものとなった。
「うつけ者。焼き網に決まっておるだろうが。全く……何を考えている。」
「え、あ〜そっちか!おれってば何考えてんだろ……。」
半分ボケーっとしてたとはいえ、自分でも恥ずかしい誤解だ。
結構屋台などで目にする機会はあるのだが。
「普段まともに料理をしていないからだ。邪魔だからあっちに行け。」
しっしっと、まるで犬猫のように追い払われた。
妖魔とはいえ、キツネに追い払われる人間とはこれ如何に。
しかしぐずぐずしていれば怒りを買うのは確実なので、ナルトはこの間買ったばかりのソファに座って待つことにした。
貯金の半額近くが一気に飛んだ高い買い物だったが、
一緒に選んでくれたイルカが「これなら長持ち」と太鼓判を押した一品。
ふかふかの弾力を生む中綿はヘタリ知らずだ。
「ふ〜……疲れたってばよ。」
ふかふかのクッションを枕にして、ごろりと寝転がっていれば当然睡魔が襲ってくる。
―家族がいたら、こんな感じなのかなぁ……?
一気にやってきた眠気の中で、ナルトはぼんやりと思う。
そういえば、九尾の妖狐が作る食事なんていう、この世で最もありえない物を後もう少しで食べる事になる。
おいしいのだろうか。おいしくなかったら嫌だなあと思ったあたりで、
ナルトの意識は完璧に無意識下に沈んだ。


それから50分後。
「やけにおとなしいと思えば、案の定だな。」
世の主婦でもたまげるような手際で、さっさと肉入り野菜炒めを調理し、
昼間に掃除した炊飯器で飯を炊いた狐炎は、ソファで気持ちよさそうに眠るナルトを呆れて見下ろした。
そして。
「……起きろ小僧!」
その直後、本日2度目の目覚ましキックがナルトに命中した。
一度呼ぶなどという配慮は微塵も感じられない、手荒くしかし確実な目覚まし。
どこの家族もこうなのだろうか。
だったらちょっと嫌だとナルトが思ったのは、言うまでもない。


―次へ―  ―戻る―


傍若無人、意地悪で皮肉っぽいのが当サイトの九尾です。イメージは、「着流し風のすかした兄ちゃん」。
見た目は20台半ばから後半くらい。細かい設定は割愛します。一応口調は、残せる範囲では原作の口調を優先です。
でも、性格は原作イメージぶち壊し。これじゃ主夫ですね。
オフで異星人と誉れ高い(誉れは違う)人間にかかれば、九尾が出てきてもギャグに早変わりです。
よそ様では、シリアス以外のものをほとんど見た事がありませんが。
ていうか、苦手な♂×♂しかなくて泣けてきました。つらく厳しい道のりだった……(意味不明
それにしても九尾、ナルトをどつき過ぎです(笑
足蹴にでこピン、包丁の柄とバリエーションも豊富。
でも包丁の柄だけは、皆さん真似したら阿寒湖ですね(まともに書け
ところでこれ、ワードで開いて字数を数えたら10000字オーバーっぽかったです。一話分にしては長いですね。

(2009/5/6 改行減少・加筆・CSS追加)
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