金は天下の回り物。
風来坊の金が一番くるくる回るのは、なんと言っても博打に違いない。


              狐日和
               
―5話・伝説の賭場荒らし参上―


ナルトが住むアパートの近くの公園は、何の変哲も無い小さな公園だ。
遊具はブランコくらいしかなく、ベンチの休憩スペースだけがとりえのような場所である。
そのせいか、子供の姿はまばらなのが常だ。
そういうおとなしい場所で、「カタギ」に似つかわしくない内容の単語が飛び交っていた。
「入ります。丁か半か。」
「丁だってばよ!」
ナルトが威勢よく宣言したのを聞いてから、我愛羅は伏せてあった小さな藤の籠を開けた。
丁半賭博に使う、壷と呼ばれるこの籠を開けると、中の2つのサイコロの目は1と3。
足すと偶数なので、ナルトが賭けた丁だ。
「……本当だ。お前、本当に強いな。」
「昼間っから何やってんだよお前ら。親父臭いっていうか、不健全だぞ。」
「えー、何か面白いゲームないかって、紫電に……あ、我愛羅のとこの兄ちゃんだけど。
とにかく聞いたら、お手軽だからやってみろってさ。」
ギャンブルゲームの中でも、丁半は確かに手軽なゲームだ。
道具はサイコロ2つと振るための壷があればいい。
ルールも、振った壷の中のサイコロの目の合計が、偶数で丁か奇数で半かを当てるだけでいいのだ。
たとえば麻雀や花札のように、たくさんの役やルールを覚える必要も無い。
確かに、ナルトでもすぐにできるなら覚えやすそうだとサスケも思う。
だが、だからといって昼間から、しかも子供が博打とはいかがなものかとも思った。
「それがこれかよ。いいのか?子供がこんなのやって……。」
「賭けてるのは菓子とインスタント食品だけだ。別に問題は無い。
その辺の駄菓子屋で買ってきたのと、ナルトの家のものだしな。」
サスケが控えめに非難すると、意外にも我愛羅が何食わぬ顔で答えた。
思わぬリアクションにサスケがさすがに驚く。
「え、いや、そういうものなの、か……?」
遊びには堅そうな、というかそもそも遊ばなさそうな我愛羅の返答にサスケは戸惑うばかりだ。
同じ事をナルトが言ったら、屁理屈をこいて等で片付けられるのだが。
もちろんナルトの方は全く悪びれた様子がない。
「そーそー。狐炎にばれなきゃ平気だってばよ。
そーだ、サスケもやんない?簡単だし。」
「はぁ?……ちょっとだけだぞ。」
なぜここで俺を巻き込むんだと、しぶしぶサスケは参加した。
だが、その後ナルトと負けず嫌い同士で張り合って、ヒートアップしたのは言うまでもない。
チップ代わりの菓子が2人の間を延々と行き来するばかり。
さてその頃、ナルトと我愛羅に不健全なサイコロ遊びを教えた張本人は、
菓子ではなく金を賭ける本物の博打を打ちに行っていた。


―歓楽街・浮き楽街―
木の葉の中では治安があまり良くない歓楽街・浮き楽街。
居酒屋、賭場、遊郭、大人が遊ぶ店なら何でもそろっている。
昼間から夜まで、眠ることを知らないこの街は、午後のまだ日が高い時だというのに多くの人でにぎわっていた。
ここは、木の葉で一番賭場が多く集まっている事で有名だ。
表の通りには合法で割と安心して遊べる店が多いが、少し細い路地を通って奥にいくと少々危ない臭いも漂ってくる。
イカサマ当たり前、チップや札一枚あたりの金額が高い。
しかもあまり儲けすぎると、どこからともなく怖いお兄さんたちがやってくる恐怖のサービス。
はっきり言えば、法に触れていることも平気でやる。
間違っても博打や喧嘩に弱い輩が来てはいけない。
しかし、何故か「伝説のかも」こと綱手はこういう店の方が好きである。
喧嘩は最強でも肝心の博打は最弱なのに、だ。
もっとも賭場の方も心得たもので、さすがに綱手相手にそこまであこぎなことはしない。
適当に綱手が負け始めたら、お帰り願うというのがこの街のルールである。
もちろん綱手はそれをあまり快く思ってはいない。
「やれやれ、これから巻き返そうと思ったのに。
本当に気が短いなあそこの衆は!」
「綱手様、もうこの位にてくださいよ〜……。」
あれだけ負けて、どうしてまだ取り返せる気でいるのかシズネには不思議で仕方がないが、
綱手は店を追い出されてたいそうご不満のようだ。
もう次の店の物色を始めている。
前の店を出てから5分と経たないうちに入ったのは、常連の店の一軒だった。

―賭場・「天下回り」―
比較的大きく余裕のある構えのこの店は、この歓楽街で5本指に入る有名店。
昼間から賭け事に興じる、ちょっとだめな大人の吹き溜まりのような場所だ。
もちろん夜になれば、たくさんの勝負師で賑わいを見せる。
だが、昼間の今でもそれなりに人がいた。
「よぉ、火影の姐さん。今日はここかい?」
「ああ、あんたも昼間っからよくやるねぇ。」
「へへ、今日は仕事が休みでさ。」
顔見知りの常連の男は、無精ひげを撫でながらニシシと笑う。
もう40過ぎで子供も大きい所帯持ちの大工だが、無類のばくち好きなのである。
「そうか。ところで、あそこに居る若いのは誰だ?見かけない顔だな……。」
「あー、俺もしらねぇな。新顔じゃねぇのか?」
綱手の視線の先に居るのは、見慣れない若い男。
片肌脱ぎのような格好の着物をまとい、他の客と同じようにばくちに興じているようだ。
男の正体は守鶴だが、綱手はもちろん知らない。
やっているのは丁半。すでにいくらか勝負を重ねている様子だった。
「ま、ちまちま賭けるのはこの位にしておくか……。
そんじゃ、一万両を半に賭けるぜ。」
「半ね。」
そのとき、一瞬にやっと若い壷振りが笑った。
適当に客を勝たせておいて、客の気が大きくなって大勝負しようとした時に、
壷振りがあの手この手のイカサマをして大負けさせる。
それがここのやり方だ。
何食わぬ顔で、壷振りがサイコロを2つ入れた壷を振る。
これはもう勝負が決まったなと周囲の関心が失せた時、鋭い音が響いた。
「おっと、ずいぶん面白い開け方してるじゃねぇか。
それ、何のおまじないだぁ?」
「な、なんのことだよお客さん。い、いてぇじゃねぇか……。」
壷を開ける手にチップの木札を投げつけられ、驚いた壷振りはしどろもどろになりながら取り繕う。
「うるせぇな。このオレ様の目をごまかそうなんざ1000年早いぜ。
いいから『普通に』開けやがれよ、さっきみたいにな。」
妙な迫力がある声に気おされながらも、壷振りはもう一度壷を振ることにした。
今の開け方は、少しばれやすかったのかもしれない。
そう思って、今度は目を操作するためと勘付かれないように、慎重に壷を開けたのだが。
「懲りねぇな、おい!」
「痛っ!ま、また言いがかりですかぁ?!」
再び飛んでくる木札。今度は鼻の頭にクリーンヒットし、壷振りは涙目だ。
「黙りやがれひよっこ。
そんな下手くそなトウシロ以下の小細工じゃ、何回やってもごまかせねーんだよ!
一回目はまぐれだったとか思ったんだろーけどな。」
「いや、その……それは……。」
「違うってのか?じゃあ、こいつがどういうことか説明してみろや。」
にやりと笑って、守鶴は壷からこぼれたサイコロを、ふところの短刀で2つとも真っ二つにした。
割れたサイコロには、黒い金属が入っている。おもりだ。
どうやらこのイカサマサイコロと開ける時の工夫で、うまい具合に客の予想を外す手はずだったらしい。
「はっ、ずいぶんまあ古い手だな。
あんまり昔過ぎて、あるかどうかも今まで忘れてたぜ。」
「うっ、だから、これはたまたま……。」
言い逃れできないものを無理に言い訳しようとして、壷振りはしどろもどろだ。
相手が悪かったのだからさっさと謝った方が得策なのだが、そこは店の面子があるのでそうも行かない。
「へー、一見の兄ちゃんだからってか?
まぁそいつはどうでもいい。おいそこの旦那、さいの目で何と何を出してほしい?」
「え?あぁ……じゃあ、ピンゾロ。」
「お安い御用。」
守鶴は有無を言わさずに、壷振りから壷と普通のサイコロ2つをひったくる。
振ってから伏せ、開ければサイコロは見事なピンゾロ。つまり1と1だ。
「どうだ?」
「なっ……!」
まさか客が振り方で目を操るという壷振りのテクを知っているとは、思いもしなかったのだろう。
壷振りは、我が目を疑って目を白黒させている。
その反応があまりにもお粗末だと感じたのか、守鶴はもろに鼻で笑った。
「オレ様はこれくらいお手の物だ。
そういう人間にイカサマしかけたんだよ、てめぇはな。」
言われなくても、さすがにどれだけ自分が墓穴を掘ったかはもう分かることだ。
壷振りには今度こそ返す言葉がない。
「さーて、余興は終わりだ。
小細工抜きで、お互い『運だけ』で勝負しようぜ。……なぁ?」
「は、はいぃぃ……!!」
守鶴に凄まれた壷振りに、抗う術はもうなかった。

それから軽く2、3時間は経過しただろうか。
いつの間にか他の客まで固唾を呑んで見守っていた、小細工無しの真剣勝負。
壷振りは客である守鶴を翻弄するつもりで、逆に散々弄ばれてしまった。
「だ、旦那〜〜、もう勘弁してくださいよ〜〜!!」
「あぁ?博打って言うのはてめぇら胴元が一番儲かる仕組みだろうが。
大の男がピーピーわめくんじゃねぇよ。」
お互いイカサマ抜きで、結果は守鶴の圧勝。
賭ける金額に上限がない店の制度が災いし、とうとう100万両ももうけたのだ。
周囲が確認できる限りでの元手はたったの1万両。
どんどん賭け金を増やしたとはいえ、そのべらぼうな金額に他の客も綱手もめまいがした。
100万両を損する人間は居ても、逆を拝めることなんてめったにない。
他人事ながら、頬をつねって現実かどうか確かめたくなるくらいだ。
「お、おい……あれ、本当にイカサマ抜きなのか?!」
「し、しんじらんねぇ……まさかあいつ、伝説の賭場荒らしってやつか?!」
目をごしごしこする者や、意味もなく右往左往する者。
一生に一度見れるか見れないかという反則的な勝ちっぷりに、他の客は騒然としている。
もしや伝説の賭場荒らしの再来、という声も飛び交う。
「お、親分〜〜!!と、賭場荒らしです〜〜!!」
自分ではどうにも出来ないと悟った壷振りが、のれんの奥に居る親分に助けを求める。
どうやら久しぶりに「来る」ようだと、客達は悟った。
「困るのぅ、兄さん。
そんなに持ってかれちまうと、うちは商売上がったりなんだがなぁ。」
ゆらりと現れた親分は、強面に合わない丁寧な物言いで守鶴を咎めた。
だが、物言いと裏腹に眼光は射るように鋭い。
「お、親分のお出ましか。運の勝利が気にくわねぇようだな?」
「いやいや、わしは純粋にお願いしたいだけだ。
どうだ、半額とはいわねぇ。3分の1でいいから、わしに免じて返してくれんかね?」
「は、馬鹿言ってるんじゃねぇよ!オレ様が稼いだ金だ。
あんたに文句つけられる筋合いなんてねぇ。
文句つけたきゃ、オレ様にべったりの運と博打の女神にでも文句つけやがれ。」
「そうかい……残念だよ。」
親分はそう言って、守鶴が店を出て行ったのを見届けるとさっさと引っ込む。
だが、当然これで引き下がったわけではない。
大勝ちした客は店の外で用心棒をけしかけられるのだ。
あまり見られないのをいいことに、綱手を含めた店の客が早速デバガメしに向かう。
店から10mも離れていない所で、せっかちな用心棒がすでに6人もお出ましだ。
周りは、通りを歩いていた野次馬だらけである。
とうとう来たかと野次馬が息を潜めるのをよそに、守鶴は待ってましたとばかりにこっそりほくそ笑む。
そのでかい態度は、もちろん博打でなくても変わらない。
「へ〜、オレ様とやろうってんのか?いい度胸じゃねぇか。
井戸しか知らねえカエルにゃ、でっかい海ってもんをわからせてやんねぇとな。
そーら子分共、軽く運動して来い!」
『へい!大親分!!』
守鶴が命じると、どこからともなく現れた2頭の妖狸が用心棒達に襲い掛かる。
不意打ちに驚いて一瞬浮き足立った隙を、もちろん2頭は逃さない。
「うわっ!」
「てめぇこのやろ……卑怯だ……ぎゃあ!!」
反論する暇さえろくにくれない2頭は、あっという間に5人も叩きのめしてしまった。
相当の手練である。
「はぁ?ちょ〜っと小金を稼いだだけのよそもんに、大人数でかかってきた連中がよく言うぜ。
なーに安心しろよ。そいつらは優しいから、明日にゃまた仕事できるぜ?
ひゃーはっはっは!」
小金というにはおこがましい金をふんだくっておいて、この言い草である。
言われた方は、頭にこないわけがない。
「こ、この……!」
「おっと、雑魚は頭でも冷やしたらどーだ?」
狸の猛攻を逃れた一人が守鶴に殴りかかろうとするが、軽くいなされてどぶに叩き落される。
そもそも元が妖魔なのだから、これこそ人間風情が太刀打ちできるわけも無い。
知らないことはこの場合不幸である。
「つ、強い……。」
落とされた男は、どぶに落ちた拍子に間抜けにも筋を痛めたらしく、
足をさすりながら情けない声でそういうのが精一杯だ。
今この瞬間、彼は狸にやられた同胞の方がはるかに怪我が軽いことを知った。
みぞおちだの延髄だのに一発食らって昏倒したらしい。
「大親分、この位でよろしいでしょうか?」
「おう、上出来だ。」
周りのどよめきなどお構いなしに、守鶴はどこからか出した干し肉を彼らに駄賃代わりに渡して労をねぎらった。
一瞬といっても過言ではない見事な立ち回りに、
騒ぎを遠巻きにしていた野次馬から驚嘆の声が上がった。
「す、すごいですね……。」
綱手に引っ張られて連れ出されたシズネも、あっけに取られた様子で呟く。
元忍者の用心棒を、完膚なきまでに叩きのめすとは。
口寄せ動物らしき狸を呼んでいるとはいえ、どぶに叩き落した用心棒だけは完全に彼の力だ。
これは手助けさせるために呼んだというよりも、
自分が出るほどでもないから狸に任せたという方がしっくり来る。
「あんた、強いじゃないか。」
一連の行動を全部見ていた綱手は、興味がわいて早速話しかけた。
「おー、あんたは火影の姐さんか。
直々にお声をかけてもらって光栄だぜ。」
言葉とは裏腹に、全く気後れしている気配は無い。
綱手に言わせれば、他の里の火影を相手にここまで堂々とした態度を取れる人間は珍しかった。
「なーに、私もばくち打ちだからな。
さっきの勝負も見させてもらったよ。壷振りのイカサマを見抜くなんて、あんた並じゃないね?」
「へ、あんなのちょろいもんだぜ?
つーかここの賭場、結構平和ボケしてんじゃねえの?よそはもうちっと上手くやるぜ。」
おそらく平和ボケしている原因の大半が、
今彼が目の前にしている綱手と知ってか知らずか、守鶴はばっさり切って捨てた。
「あんたみたいなのに来られたら、どこもたまったもんじゃないと思うけどねぇ。」
「ま、そうかもな。姐さんおもしれぇじゃねぇか。
どうだ、酒でも飲まねぇか?おごるぜ。」
「そうだな、つきあおうか。」
「ちょ、ちょっと綱手様!昼間っから……。」
「まあまあ、固いこと言うなよ姉ちゃん。
上司の景気づけ位、大目に見てやるもんだぜ?」
綱手が言うならいざ知らず、相手にそう言われてはシズネは強く出られない。
こうなると、彼女は今回だけですよと、肩をすくめるしかなかった。


―居酒屋・溜まり出汁(だし)―
この歓楽街にある居酒屋の中でも、夕方4時ごろからそこそこの賑わいを見せる大きな酒場。
それがこの店だ。出す酒もつまみも質がよく、評判は上々である。
ただし、賭場や遊郭が近くにあるという場所柄、当然客のたちは悪い。
店での喧嘩もしょっちゅうなので、かなり腕のいい用心棒を雇っているという。
別にカウンターにこだわりがあるわけでもない3人は、適当な位置のテーブル席を取った。
少々待っていると、注文をとりに来たのはアルバイトに来ていた狐炎だった。
意外なところで知り合いに会うものだ。
「お、バイトか?」
「まぁ、給料がいいからな。
それよりお前、昼間から酒か……火影殿も一緒とは、どういう風の吹き回しだ?」
給料がいいのは、もちろんこの辺りの治安が悪いせいだ。
週に3日ほどだが、夕から夜にかけて勤めるといい金になるのだ。
「あー、そこの騒ぎ聞こえてただろ?そこで声かけられたんだよ。」
傍で聞いている綱手とシズネに言わせれば、
この2人が知り合いということが「どういう風の吹き回し」に該当するのだが、そんなことはこの2人はお構いなしだ。
「オメーが居るならちょうどいいや。、まけてくれねー?」
「誰がまけてやるか。どうせお前は、賭場から散々巻き上げてきたのだろう。
2割増しで請求してちょうどいい。」
まけるどころか割増しとは、けんもほろろなつれない返事である。
ただでは断らず、むしろ悪化させるのは彼らしいが。
「うっせぇ、これは運と実力の正当報酬だっつうの。
つーか、客から無駄に巻き上げようとしてんじゃねぇよ!」
「注文があるなら早くしろ。貴様の無駄口に付き合うほど俺は暇じゃない。」
「オメーが煽りやがったんだろ!
いいから、適当な焼酎をビン3本とホルモン3皿!あ、火影の姐さん達は?」
「生ビール2つと、枝豆と焼き鳥合わせて2皿頼む。」
「だとよ。注文はまずこんだけだ!」
言い返しつつ、綱手達の要望まで聞いてしっかり注文している辺りは抜け目ない。
伊達に付き合いは長くないのだ。
「わかった。待ってろ。」
それだけ言って、狐炎は奥に引っ込んで注文を伝える。
ちなみに狐炎のアルバイトは、用心棒と兼ねているのでかなり割がいい。
結構な頻度で発生する暴力沙汰を解決すれば、特別の臨時手当もつく。
そういうわけで、実は安定収入という点では下忍のナルトよりも良かったりする。
そうでなければ、品が悪いこんな場所にある店に彼は勤めないだろう。
下品な話が嫌いな彼にとって、下品な会話が客の話の9割を占めるこの手の店はごみため同然なのだから。
むしろ、客がごみというべきか。
「そういえばあんた、まだ名前を聞いてなかったな。
知っているかもしれないが、私は綱手。こっちはシズネだ。」
「オレ様は錬空紫電。火影の姐さん、あんたの噂は聞いてるぜ。
類稀な医療忍術に、その美貌。風の国にもその名声は届いてたぜ。」
守鶴にさらっとストレートにほめられて、綱手は珍しく決まり悪そうに照れ笑いをした。
褒められ慣れていないわけではないが、面と向かって言われると照れくさいものだ。
「ふふ、よしとくれ。それよりあんたのあの勝ちっぷり。
まるで伝説の賭場荒らしみたいだねぇ。」
「伝説の賭場荒らし?名前だけなら聞いたことはありますけど……。」
綱手にしたがってあちらこちらの歓楽街を回っているシズネは、
本人は不本意ながらその手の知識はそれなりに多い。
思い出そうとして首をひねるシズネに、綱手が横から教えてやる。
「ああ、シズネは知らないかい。
その筋の連中なら、知らない奴はもぐりって言われるけどね。
イカサマ抜きで散々賭場の衆をもてあそんで大勝ちする、
どこから来たかも分からない風来坊さ。歴史上で、時々現れるらしいけどね。」
「ヒャハハ、そりゃ買いかぶりすぎじゃねぇの?
この位なら、探せば出来る輩はいると思うぜ?」
実はその歴史上に時々現れる人物が、全て自分のことをさしていると承知の上で、
守鶴は見事に謙遜という態度でしらばっくれた。
「万に一人くらいなら、そうかもな。
しかし私もあちらこちら渡り歩いたが、あんたみたいなむちゃくちゃな勝ち方をする人間は、最近じゃ聞いた事がないぞ。」
今まで博打に強い人間を綱手は何人も見たり聞いたりしているが、
半日で1万両を100倍に化けさせた人間は、後にも先にも目の前の男だけだ。
探せば居るなんて、よく言えたものである。
「へー、そうかい。んじゃ、そのうち周りが勝手に騒ぎ出すかもな。」
「あの調子じゃ、今夜にはもう広がると思いますけど……。」
あれだけギャラリーが居て、しかもあれだけでかく稼いだのだ。
あっという間に話が広がって、明日にはもう「伝説の賭場荒らしの再来!」と騒がれているだろう。
「しかし、それだけ勝てると気持ちがいいだろうねぇ。
好きなんだけど、私はいつもさっぱりだよ。」
「ハッハッハ!そりゃ姐さんが美人だから、
妬いた女神さんに意地悪されてるのかも知れねぇぞ?」
「なるほど……そういうのもあるかもしれないな。全く、いい女はつらいね。」
しゃれの利いた文句に、ノリノリで綱手は肩をすくめた。
綱手ほどの美貌なら、本当に運の女神もやきもちを焼くかもしれないが。
「綱手様の場合は、負けてるのに意地を張るからだ……いたた!」
「なんか言ったかい?」
「いいえ……。」
うっかり触れてはいけない場所に触れてしまったことを後悔しても遅い。
テーブルの下でこっそり小突かれて、シズネはトホホと情けなくうなだれた。
賭けに関してはことさら強情な上司に、何を言っても無駄である。
「お待たせしましたー。 」
話していると、両手いっぱいに注文の品を抱えた給仕の女性がやってきた。
酒とつまみが加わったばくち打ちの会話が、
文字通り博打以上に盛り上がるのは間違いなさそうである。


適当に飲んで話した後、
まだ仕事が残っているという2人と別れ、守鶴は一人で通りを歩いていた。
さて、日が暮れた通りはこれからが本来は遊び時だ。
とはいえ、今回はただの小手調べ。
稼ぎを整理するために一度宿に戻ろうとすると、
とっくに日が暮れた公園で白熱した好勝負が展開されていた。
「なぁ……もういい加減に……。」
『まだこれからだ(ってばよ)!!』
血走った目のナルトとサスケに両側から迫られて、壷振り役の我愛羅はたじたじだ。
こんなやり取りがほぼ30分おきに繰り返されている。
そしていまだに勝負がつかず、今に至るというわけだ。
全体的には、何故か賭け事に強いナルトが若干優勢という流れが多かったが。
「オメーら……まだやってたのかよ?
しかもヤマアラシがどっからかわいてやがるし。」
丸何時間やっていたのかは知らないが、さすがに守鶴も呆れる。
だが、ナルトとサスケはまだまだやる気満々だ。
「うるさいってばよ!まだ決着がついてないんだってば!!」
「そうだ!それと、俺はヤマアラシじゃない!うちはサスケだ!!」
「……あーはいはい。おい、ずいぶん増えてんなその食い物の山。」
ナルトとサスケのチップ、もといお菓子とインスタント食品は当初用意した量の倍に増えている。
「……元手が大きいほうが盛り上がるって、ナルトが言い出したんだ。
もちろん、3人の自腹だけどな……。」
勝負が熱中するにつれて、賭け額が大きくするために買いに走ったのだ。
買い足した食品は、占めて124両。
たかが遊びで使いすぎのような気もする。
「くっだらねー……。適当なところで降りるのが勝負師ってもんだぜ?
どうせその調子だと、何時間やっても差が出なかったんだろ。」
「そんな事ないってばよ!最初と1時間くらい前と2時間半前はおれの方が勝ってたし!!」
「はぁ?!俺だって30分前と2時間前に勝ってただろ!!」
2人は猛烈に主張するが、どっちもどっちだ。
守鶴はもちろん、ずっとつき合わされている我愛羅もそう思っている。
「何でもいいから、早く決着つけてくれ……。」
「おーお、壷振りご苦労さん。そうだ、お前ら今は持ってるチップはトントンか?」
へろへろの我愛羅はご愁傷様だが、
そんな事よりも負けず嫌い達の勝負に白黒はっきりつけることが重要だ。
そのために、守鶴は一つだけ2人にたずねた。
「んー……まぁ、そうだってばよ。何かすんの?」
「おうともよ。オレ様はさっき賭場で稼いできたから、まあいくらか金を持ってる。
こいつの一部を使って、本物の博打を打ってもらう。
お前らのどっちかが勝てば、負けた方から金をそっくりそのままいただける。
1回こっきりの勝負だ。どうだ、やりてぇか?」
今の成績が五分なら好都合とばかりに、守鶴が持ちかけたのは金を使う本格派の勝負。
菓子は菓子でも山吹色と言ったら大げさだが、
勝てば金をもらえるという甘美な響きは懐寂しいナルトの金銭欲を刺激した。
「望むところだってばよ!」
「……決着がつくならやる。」
やる気が異常に満々なナルトに対し、金にそこまで興味は無くても勝負がつくならと静かに燃えるサスケ。
表現は違ってもやる気だけは同等とみなすと、守鶴は懐から2枚の札を出した。
「それじゃ、1000両ずつ取りな。
分かってるとは思うが、2人して同じ方に賭けるなんて真似はすんなよ。」
「わかったってばよ。」
「じゃあ、壷を振るぞ。」
これで最後ならと、我愛羅も疲れた腕で気合を込めて壷を振る。
昼間からずっとやっていたので、すでにさまになりつつあるが、賭ける物が金になったせいか我愛羅も妙に緊張した。
「さあ、どっちだ?」
壷を伏せた我愛羅が聞くと、しばらく2人は考え込む。
泣いても笑ってもこれが最後の勝負。
考えても仕方がないのだが、じっくり考えたくなるのが人の性だ。
「う〜……丁!」
「……半。」
ほぼ同時に決断を下した2人の予想は、ナルトが丁でサスケが半。
盆ござ代わりに使われている広げた巻物の左右に、2人の1000両がそれぞれ張られた。
「恨みっこ無しだぞ。」
いよいよ壷を開けるというとき、3人は知らずごくりと息を呑む。
何しろ最後の大勝負。しかもかかっているものは金だ。
今、冷静に見ているのは守鶴だけである。
おそるおそる壷を取ると、サイコロの出目は5と3。
「グサンの丁。金ドリアンの勝ちだな。」
さりげなく賭けの用語になっている守鶴の判定で、雌雄は決した。
「いやったぁぁぁ!!勝ったってばよーー!!」
「ち、ちくしょう……最後の最後で!!」
敵将の首でも討ち取ったように雄たけびを上げるナルト。
限定品が寸前で売り切れたように悔しがるサスケ。
明暗くっきりである。
「それじゃあ、サスケの金はナルトに……って、ちょっと待て。」
「え、何が?」
「……なぁ、いまさらなんだがこれは違法じゃなかったか?」
賭博や賭博場に関する規定は国ごとに若干違うが、
どこでも金銭を賭ける賭博だけは、未成年者は禁じられているはずだ。
遅ればせながら気がついた我愛羅は、ナルトに渡そうとした金を所在なげにさまよわせた。
後で狐炎にばれたら大目玉になりそうなだけに、二の足の一つも踏みたくなる。
「かてー事言ってんじゃねぇよ。
あ、そうだ。お前に元手を返してやらねぇとな。ほれ。」
「ああ……って、朝の金額より多くないか?」
渡されたお金は5000両。
我愛羅が守鶴に持っていかれたと記憶している金額は、2000両だ。
明らかに増えているが、それはどういう風の吹き回しなのだろうか。
我愛羅が一人首を傾げる横で、そんなことは初耳な2人が同じ顔をして驚いている。
「って、あんた我愛羅から巻き上げてたのか?!」
うちの馬鹿兄貴みたいなことを。
と、いう一言が後ろにつくかは別として、信じられないという顔をしてサスケがつっこみを入れた。
「気にすんな。ちゃーんと元手だけは返すって言っといたしよ。
つうか借りたんだからガタガタ言うなよ。」
守鶴はそういうが、本当は朝、宿に居たときに脅し同然で借りていった。
もちろん賢い我愛羅は黙っている。
返ってこないつもりで貸した物が返ってきただけで十分だ。
「ところで、いくらもうかったんだってばよ?」
先程いくらか稼いだとは言っていたものの、金額は聞いていない。
何となく機嫌が良さそうだと見た時から思っていたので、さぞかし儲かったろうとはナルトにも想像がつく。
「あー、耳かせ耳。」
『?』
守鶴に言われるまま、ナルトの他にサスケと我愛羅までよってくる。
5000両か1万両か、はたまたと金額予想をしながら固唾を呑む3人に、にやりと笑って守鶴はぼそっと呟いた。
(100万両。)
『ええぇぇぇぇーーーーーっ?!!!』
チーンっという擬音が上に飛ぶ錯覚を覚える大金に、3人とも飛び上がる。
忍者の仕事で得られる金に限定すれば、AやSランク任務の報酬でしかありえない金額。
その額が3倍あれば家が建つ。それが100万両だ。
そしてそれを身の危険も苦労もなくもうけた。と、ナルト達は認識する。
本当はリスクがないわけではないのだが、守鶴に関してはないも同然だったのであながち間違ってもいない。
「ど、どうやったらそんなに行くんだってばよ?!てかそれ、パチじゃなくて?!」
「さーなー。」
でも金は本物だといって、懐にしまっていたらしい札束の一部をひけらかした。
嫌みったらしいが、あまりに非現実的な代物に、3人とも嫌味を感じるどころか目の玉が飛び出かける。
「ケチー!教えてくれってばよー!」
「よせよウスラトンカチ。どーせイカサマだろ?」
うらやましさを全く隠そうともしないナルトに対し、
札束のショックの動揺をごまかすためか、わざとらしい程ぶっきらぼうにサスケが言い放った。
「はっ、イカサマじゃねぇよ!
博打の女神様を口説き落としただけだっつうの。」
サスケの強がりを守鶴は鼻で笑った。
ナルトもサスケも、守鶴の目にはただの三下にしか見えていないに違いない。
いつもそうだが、特に今この瞬間は。
「じゃあその口説き方を教えてくれってばよー!」
大層身持ちの固そうな女神様も、守鶴にかかればお手の物。
その勝負運の強さにあやかりたい身としては、なんとしても「口説き方」をご教授いただきたかった。
「おいナルト、神様をどうやって口説けると思ってるんだ?
普通に考えて、そんなに運をつけるなんて無理だろ……。」
運の女神には後ろ髪がないとも異国では言うくらいで、口説くどころか振り向かせる事だって出来やしない。
だから、そんな手がないだろうと知っての上でサスケはイヤミっぽく続ける。
「知ってるなら俺だって知りたいくらいだぜ……。
このドベに次こそ勝ちたいからな!」
「何言ってるんだってばよ!おれの方が博打は強いんだってば!!」
「何だと?!お前のはまぐれだろ!!」
今度はどちらが強いかで口論が始まった。
この2人は一緒にしておくと本当にキリがない。
「おい、もう日が暮れたんだからこんなところでけんかはよせ!
近所迷惑じゃないか!」
喧々ごうごう。切りがないけんかの幕開けだ。
「やれやれ、オレ様に言わせりゃどっちもどっちだけどな〜。
賭け事にゃ向いてない性格って意味でよ。」
延々と応酬が続くナルトとサスケの低レベルなけんかを横目に、
守鶴はナルトと我愛羅に貸していた丁半の道具をちゃっかり回収する。
サイコロで始まりサイコロで終わる一日。
金は天下の回り物。サイコロと共に転げて行くものである。



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ずいぶんほったらかしてしまいましたが、5話です。設定上、主役は守鶴。
ナルトやサスケまで丁半やってて、いささか不健全。でも、何をやらせても結局張り合う2人です。
ちなみに博打のシーンは、原作の丁半シーンの確認も出来なかったんで、あいまいです。
壷を振る前と後、どっちで賭けるかとか。一応ネットでは後者しかなかったのでそっちを採用。
どっちが正しいのか、場所によって違うのかも不明なんで、賭場のシーンはあまり信じないでください。
イカサマなんかも適当です。それにしても、サイコロなんて何年も振ってません。

(2009/5/6 改行減少・加筆・CSS追加)
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