その森は、気まぐれに迷い人を呑む。
まことしやかに語られる、人知を超えた古の伝承。

それはうたかたの幻か、確かな真実か。


                        
                      ―前編・音無き森―



ある日の任務。
ナルト達は敵に奇襲された時にカカシとはぐれ、逃げる途中で薄暗い見知らぬ森に迷い込んでしまっていた。
「くっそー……どこだってばよここはー!!」
薄暗い、という言葉が生易しいと思えるほどに暗い森。
外はまだ昼のはずなのに、太陽の光はここには届かない。
「叫ぶなウスラトンカチ。無駄に体力を使うだろ。」
うっそうと茂った森は、行けども行けども似たような景色ばかりが広がる。
通ったところに印をつけて歩くという方法で、
歩いた道とそうでない道の見分けはついていると思いたいが、それもよくわからない。
確かに印に出くわすことはないのだが、
方向感覚が失せるような光景は、自分達がまっすぐ進めているのかどうかすら疑わしくさせる。
「それにしても、生き物の気配……しないね。」
「……あぁ。」
暗いから、生物が住むのに向いていないとも限らないだろうに。
そう思うのだが、少なくともナルト達の近くには生き物の気配が乏しい。
せいぜい、名もない小さな羽虫が飛んでいるくらいだ。
「それにしても、なんだか不気味な雰囲気だってばよ……。」
「鳥の声ひとつしないしな。」
「そうね……。」
鹿などの大きな哺乳類の気配という贅沢は言わないが、
せめて小動物の気配くらいは感じさせてほしいものだ。
暗く、方向がわからないというだけで起こる漠然とした不安を、少しでも紛らわせたいのだから。
けれど、そんな人間の不安をおもんばかってくれる存在が、都合よくいるわけもない。
3人が立てる足音だけが、寂しく響く。
時々風が吹いて枝葉が揺れる音は、不気味さをあおるだけだ。
生き物の気配は感じないから、普通に考えれば何かが襲ってくる危険だけはない。
だが、人知を超えた何かに支配されているような気になり、
自然と3人は身を寄せるように固まって歩く。
年が年なら、とっくにお互いの手を握り締めていただろう。
周りに広がる森と比べれば、自分達の存在はちっぽけなものだ。
普段は気にも留めないことが、今は強く思い知らされる。
風の音、枝葉が擦れ合う音。森に満ちる空気。
その全てが、本能的な恐怖感を膨らませている気さえした。
「あ〜ぁ……あいつから術式符をもらってくればよかったってばよー……。」
「確かに、お前の親戚の術があれば、今頃こんな事にはなってねぇよな……。」
ナルトとサスケが、珍しく2人そろってため息をつく。
狐炎が使う術は、本来は妖術だが表向きは法術ということになっている。
どちらにしろ忍術とは別系統だが、
彼の術の威力や有用さは、ナルトもサスケも、サクラでさえ知っていることだ。
奇襲を受けた時に攻撃術の符があれば、カカシと離れる前に敵を一掃出来ただろう。
もしくは遥地翔の符があれば、今頃こんな気味の悪い森から脱出できているはずだ。
「何でもらってこなかったんだよ!このウスラトンカチ!ドベ!!」
一向に好転しない状況にいらだったサスケが、
八つ当たり気味にナルトをなじった。
もちろん、サスケに負けず劣らずいらだっているナルトも黙ってはいない。
「うるさいってばよ!
簡単な任務だから平気って、カカシ先生も言ってたから頼まなかったんだってばよ!!
でなきゃ、あいつはあっちからなんかくれるし!」
日頃の言動や振る舞いはかなりひどいが、
本体が封じられている都合、生命の保証だけは抜かりがない。
危険が潜む任務と判断すれば、何かしら役に立つものをくれることもある。
もっとも今回は、予想外にもほどがある流れで今に至ったため、そうはいかなかったのだ。
そうでなくても、ナルトにもそれなりのプライドがあるので、
あまり頼りたくなかったというのが本音だったが。
しかし、今回に限って言えばそれは完全に裏目に出た格好になるだろう。
「……ごめんね、私が足を引っ張らなかったら……。」
カカシとはぐれてしまった直接の原因を作ってしまったサクラは、
自分の失態を思い出してうなだれてしまう。
「今さら、過ぎたことを後悔しても仕方ないだろ。
とにかく今は、俺たちだけで脱出しないとだからな。
ま……本当に、あのすかし野郎の術があれば楽なんだけどよ。」
「うん……。」
サスケが彼なりに慰めるが、サクラの表情は暗いままである。
その横で、ナルトは盛大なため息をついてこう言った。
「むしろ、今はあいつ本人がほしいってばよ……。」
どこぞの陳腐なドラマではないが、助けてくれと叫びたい。
むしろ妖魔なのだから、察知してくれてもいいじゃないかと、
なかば理不尽なことをナルトはだらだらと考える。
普段ならたとえ任務であったとしても、彼自身にいてほしいと思うことはほとんどない。
利益も大きいが、そのぶんマイナス要因も大きいからだ。
もっともそのマイナス要因というのは、彼が単純に怖いとか、時々何をするかわからないとか、
自分に対する扱いがひどいとか、そういった類のことだが。
それすら思わないという事は、逆にお手上げだと暗に認めているのと同じだ。
「まぁ、ナルトには同感ね。
カカシ先生がいなくても、あの人がいたらどうにかなる気がするもん。」
「ま……確かにな。」
サクラの発言に一瞬サスケが複雑そうな顔をしたが、言葉自体には同意する。
サスケは認めたくないようだが、忍者でなくても彼の力は大きい。
あの冷静な判断力と豊富な知識だけでも、今あれば大分違っていたかもしれない。
「それにしても、けっこう広いな……。絶対、死の森よりは広いぜ。」
「あそこが確か、最短で1時間半くらいだっけ?」
「確かそうよ。もう、どのくらい歩いたかな……?」
サクラが、懐にしまっていた腕時計を見る。
歩き始めてから、2時間近くたとうとしていた。
忍者だから疲れはそれほど感じていないが、精神的にはそろそろ参ってきそうだ。
そう思い始めた頃、遠くの一点にぼんやり明るい光が見えてきた。
それに最初に気がついたのは、先頭を行くナルトだ。
「ねぇ、あそこってもしかして……。」
もしかすると、出口かもしれない。
その期待をこめて、ナルトはやや興奮気味に後ろの2人に促した。
それを見たサクラも、表情に期待の色がほんのり混じる。
「出口、かな?」
「……罠じゃねぇだろうな。」
期待する2人とは対照的に、サスケの表情はあくまで険しい。
何しろ、先程は奇襲にあっているのだ。
敵に地の利があるとするならば、先回りしてわなの一つや二つ仕掛けるだろう。
むしろ、その方が自然だ。
「そんなの、行ってみなきゃわかんないってばよ!」
「そうよね。それに、幻術とかじゃなさそうだし。
ねぇサスケ君、確かめに行きましょ?」
「……いいけど、慎重に行くぞ。罠って可能性がないわけじゃねぇんだ。」
あくまでサスケは警戒態勢を崩さない。
確かに、都合よく出口が出てくるとは考えにくい状況ではある。
だが、このまま立ち止まるわけにも行かないことはサスケにもわかっている。
可能性が少しでもあるのなら、2人が言うように確かめに行くのが筋だ。
「んー……わなじゃないと思いたいってばよ。」
「そうね。でもナルト、気をつけて進んでよ?」
しばしば先走って突っ走るナルトのことだ。
罠だった時にも、気がつかずに突き進んでしまうかもしれない。
「わかってるってばよ!」
サクラに念を押され、図星だったナルトは慌てて緩みかけた気を引き締める。
焦る気持ちを抑えて、出来るだけ慎重に。
進む距離に比例して光はだんだん大きく近くなっていく。
白い光には不純なものはひとつも無く、罠だと疑う心を笑っているようだった。
そして、3人は10分ほどで光の近くにたどり着いた。
その光は案外まぶしく、思わず目を細くするほどだ。
外がどれほど明るいかを物語っている。
光の差す方向に向かって延びる道は獣道のように細く、荒い。
「この先に、出口……?」
「だと、いいけどな。」
「そうね……。」
光の向こうには、開けた場所がかすかに見える。
意を決して、3人は光の差す方向に向かって踏み出した。



―後編へ― ―戻る―
細かい任務の状況とかは気にしないで読んでください(笑
普通に7班のようですが、やっぱり妖魔の設定は絡んでます。
「大森林の伝説」とか「うたかた」とか「深緑の地」とか、神秘的な森系の曲ばっかり聞いて書きました。
音楽は文を書くにも絵を描くにも、気分を乗せるにはもってこいです。
まぁ、出来上がったものは明らかに不気味系ですが……。
1個にするには微妙に長くなりそうだったので、前後編に分けました。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送