その森に呑まれたものは、影すら残さず消えるという。
まことしやかに語られる、人知を超えた古の伝承。

それは人が生んだおとぎ話か、確かな真実か。

                       
                      ―後編・異邦者―


光が差す方角だけを当てにして道を進んでいくと、どこかの山中にたどりついた。
そこだけ見晴らしがよくなっていて、眼下には木の葉よりも大きな町がある。
そして、そこからその町を眺めている人影が1つ。
燃える炎のようなオレンジの髪を高い位置でまとめ、3つに分けた独特の髪型。
服こそ普段着ているようなものとは違うが、間違いない。
なぜここに、木の葉にいるはずの彼がいるのだろう。
「こ、狐炎?!な、何でここに??」
「何だ小僧。我が名を気安く口にするな。」
だが、ナルトの声に反応して振り返った彼、狐炎の声は冷たかった。
射るように鋭い瞳は、明らかに不届きな侵入者に向けられるもの。
それは人間の中に眠る原始の本能を、すくみあがらせるには十分すぎるほどだった。
「えっ……何い……ムガムガ!」
「ご、ごめんなさい!
ちょ、ちょっと歩き疲れたせいで、
この子ったら知り合いと見間違えちゃったみたいで……。」
瞳の迫力に本能的におびえながらも、サクラは必死で苦しい言い訳をする。
どうして彼がナルト達の事を知らないのかは気になるが、今はそれどころではない。
向けられている殺気を収めてもらわなければ、本当に命が危なさそうだ。
(さ、サクラちゃん、いきなり何するんだってばよ〜!)
(いいから、向こうに話を合わせなさいよ!)
ナルト達がおびえるほどの殺気を向けてくるのだ。
うかつなことを言えば危ないということは、たとえ忍者でなくてもわかる。
「俺たち、森で迷ったんだ。で、出てきたらここだったんだけどよ……。
なぁ、ここはどこなんだ?」
「?……ここは稲荷山だ。お前達は都のものではないな。
よくふもとの人間共の目を盗めたものだ。」
驚いているというよりは、冷ややかに狐炎が言った。
稲荷山は九尾、つまり狐炎とその眷属の住まい。
ふもとの人間ならいざ知らず、完全な部外者が無断で立ち入っていい場所ではない。
殺気は最初よりは抑えられているものの、威圧するオーラは衰えない。
特に悪い事をしたわけでもないのに、土下座して勘弁してくれといいたくなりそうだ。
「いや、だって……森を抜けたらここに出ちゃっただけだし……。町なんて……。」
町は確かに見下ろせる位置にあるが、そこを通った覚えは無い。
通ってきた場所は、森の細い道だけだ。
「何なんだよ、ほんとに……。俺たち、本当に木の葉に帰れるのか?」
「木の葉?聞いたことのない地名だな。どこの国だ……。」
「え?!そ、そうなんですか……。
ところで、今年って何年でしたっけ……。」
嫌な予感に襲われ、とっさにサクラが質問する。
傍目にも引きつった顔は、狐炎が怖いわけではなかった。
「妙なことを聞く小娘だな……。今は23年だ。ここで聞くほどのことか?」
今度はまるで品定めをするような目でナルト達を見ながら、狐炎は淡々とそう告げた。
そしてその淡々と告げられた発言は、
まるでどこかの作り話のような衝撃を3人にもたらした。
『に、23年?!』
何とか取り繕おうとしていた3人だが、これにはそれも忘れて腰を抜かす。
あまりの衝撃に、思考回路はショート寸前まで陥った。
「ちょ、ちょっと!23年って言ったら……。
いつの23年だか知らないけど、すっごい昔じゃないの……!!」
火の国も、歴史上何度か年号が変わっている。
今、ナルト達が使っているのは各国共通の暦だが、それでいけば今は4桁だ。
もちろん、各国が固有の年号を使っていた時代から数えているので、それで行くと2ケタ台がいかに昔か。
ついでにいえば、今の暦に切り替わったのは100年以上昔のこと。
各国共通の暦がなかった時代だとしても、人生が20年以下の若輩者には気が遠くなる。
「何でどうして、時間の壁なんて越えちゃってたわけ……?」
帰れないとかそれ以前に、それが気になって仕方がない。
神隠しとか、船が消えたというような怪奇現象なら耳にしたが、
ただ森を抜けただけで、自分達が違う時代に飛ばされるとは夢にも思ってもいなかった。
来た道を振り返っても、歩いてきた森とはまったく違う光景が広がっているばかり。
通ってきた道の面影はかけらも無く、これでは帰る術もない。
狐炎に胡乱な目で見られているが、そんなことを気にする余裕はなかった。
「どうしよう……。」
事態の深刻さを嫌でも思い知らされ、サクラの顔は真っ青だ。
唇まで色あせたように見え、今にも倒れてしまいそうである。
「落ち着けサクラ!落ち込んでもしょうがないだろ?!」
「そ、そうだってばよ!ね?
帰れないって決まったわけじゃないってばよ!」
見かねた2人があわててサクラを慰める。
確かに、このままでは帰れない。
だが、全く救いがないわけでもないとも思える。
少なくとも、ナルトには。
(大体、なんでお前の親戚がこんな昔にいるんだよ……。)
(し、知らないってばよ!
他人の空似なんじゃないの?!ほら、世界には自分と同じ顔した人がいるって言うし……。
探せばいるんじゃないの?!)
名前も顔も同じ人間がいる確率など、天文学的に低いだろう。
苦しいにもほどがあるいいわけだが、
状況がすでに常識を超えているので、もはや些細なレベルかもしれない。
狐炎は妖魔なのだから、たとえ何百年も何千年も昔だろうが居て当然だが、
それを知らないサクラとサスケには、謎以外の何者でもない。
まさかこんなところでも正体を取り繕う羽目になるとは思わず、ナルトは情けない気分になった。
「と、とにかく……えーっと、信じてくれるかどうかわかんないけど、
おれたち、この時代の人間じゃないんだってばよ。」
「ほぅ。時を越えたと?」
常識的に言えば妄想としか取れないナルトの発言に、狐炎が愉快そうに聞き返す。
明らかに信じてもらえていないが、ここまで言ってしまえば全部言っても同じだ。
「そ、そうです……。」
「なるほどな……。それならば、今までの奇妙な振る舞いも納得がいく。」
「信じてくれるのか?!」
サスケが心底驚いて問いただすと、狐炎は涼しい顔でこう言った。
「お前達のその身なりと、今までの言動。
異国の客という程度では片付けられないほど、矛盾がある。
だが、そもそもこの時代に生きる者ではないとするならば、話は飛躍するが矛盾は消える。
ただそれだけのことだ。」
相変わらず淡々とした物言いで、まるで他愛もないことのように語るが、
その発想にいたる思考回路は驚くしかない。
そんな夢物語を信じそうに見えないだけに、余計だ。
「そういう理由なんですね……。」
「そうだ。」
さすがに、時代が違っても狐炎は狐炎だ。
にわかには信じがたいことだろうというのに、冷静に受け止めて分析している。
自分達を知らないという点はかなりネックだが、全く相手にされないよりはましだ。
飛ばされた先で出会ったのが彼で、本当に良かったと思う。
「だけど、それと帰れるかは別問題だろ……。」
『うっ……!』
サスケの冷静な一言が、ナルトとサクラに突き刺さる。
そうだ。信じてもらうだけでは、根本的な解決とは程遠い。
どうにかして時間の壁を破らなければ、元の時代には帰れないのだ。
「そうでもないぞ。」
「え?って、事は……?!」
うっかり目の前の狐炎が自分を知らない彼だということを一瞬忘れて、
ナルトは期待に満ちたまなざしで彼を見た。
「異なる時から紛れ込んだという事は、お前たちは理を乱す存在ということだ。
ならば、見逃すわけにはいかん。」
「?!」
期待も一瞬でかき消され、3人はとっさに身構えた。
まさか、この場で殺されるのか。それだけはなんとしても避けたい。
「フッ……そう身構えるな。
お前達のような卑小な存在を殺しても仕方がない。
殺せば殺したで、その死骸がどの道残る。その痕跡さえも消さねば、意味はない。」
「それって、聞けば聞くほど背筋が寒くなってくる気がするってばよ……。」
何しろ目の前にいる狐炎は、まだ封印される前の彼だ。
ナルトを殺すことに、何のためらいがあるだろうか。
だが、その後に続いた言葉はナルト達にとっては意外なものだった。
「……帰るがいい、異邦者共。
これに懲りたら、もう二度とお前達が通ってきたという森に行かぬことだな。」
『?』
戸惑うナルト達にかまわず、
狐炎の右手に集中した妖力は、3人を円形に取り囲んでいた。
「行け。お前達が望む時へ。」
狐炎が言い放った時、ナルト達の体は白い光に包まれ、それっきり意識が消えた。


覚醒をもたらしたのは、まぶしい太陽の光だった。
はるか遠いところから、かすかにひばりの鳴く声が聞こえる。
「……ぅ。」
「ここは……?」
「さっき通った、森の手前……?」
気がついた3人が辺りを見回すと、そこは先ほど迷い込んだ森の手前の草原だった。
あの森とは似ても似つかない、太陽の光にあふれた空間。
いったい、どうやって帰ってきたのだろう。
何かの術を使ったには違いないが、まるで図ったようにここに出てくるとは3人とも思っていなかった。
「あ〜、やっと見つけたよ。大丈夫?」
「カカシ先生!」
「はぐれてからずっと探してたんだよ。あ、でも安心して。
もう連中は全員倒しておいたからね。
それにしても、こんなところでなんで倒れてたわけ?」
倒してきたといいつつ、カカシに返り血を浴びたような跡は見当たらない。
さすが上忍というべきか。
そう思ったのもつかの間、続けられた質問に3人とも心臓が跳ね上がった。
「それは……。」
言いかけて、ナルトは口をつぐむ。
言ったところで、信じてもらえるとは思えない。
それに、話がややこしくなるだけだ。
「逃げるのに必死だったから、覚えてない。
変な術にでも引っかかったんだろ。」
答えに詰まったナルトの代わりに、
サスケがふてぶてしいほど冷静にきっぱり言い放つ。
変にどもるよりはいいかもしれないが、胡散臭いことに変わりはない。
「あ、そう。」
確実に信用していないだろうが、話しそうにないので追求しないといったところか。
ナルト達の体にも異常が見受けられないと判断すると、
カカシは予想以上にあっさり引っ込んでしまった。
もちろんそれは3人にとって、非常にありがたいことだ。
「それじゃ、早く帰るよ。まーた変な連中に出くわしちゃたまんないデショ?」
「と、当然じゃない!」
先程のような奇襲を、2度も3度も受けたくはない。
生死に関わるという事はもちろんながら、
先程のような不気味な場所にまた迷い込むかもしれない。それはごめんだ。
『同感。』
ナルトとサスケも異口同音にうなずいた後、
カカシの後について、3人は草原を後にする。
あの森は、背中の方角にどんどん遠くなっていく。
草原を揺らす風は、あの森と違って心地よさを感じさせた。
だが、そこに。
“またおいで……。”
風にまぎれて届いた声は、本能的な戦慄を3人にもたらす不吉なささやき。
ただの空耳か、それとも人知を超えた大いなる森の意思なのか。
ちっぽけな人の子に、それをうかがい知ることはかなわない。


時翔の森。
人ならざるもの達だけが呼ぶその森の名を、ナルト達は知らない。
神隠しの森と人が呼び恐れる、その二つ名すらも。

時翔の森。
時の彼方に迷い人を連れ去ると言われる、気まぐれな魔の森。
そこは、森全体が一つの意思を持つ。
そう称されるほど、不可思議で不吉な場所。
今日もまた、森は沈黙している。
さながら、獲物を待っているかのように。



―END―  ―戻る―

ありがちなタイムトリップネタでした。
本当に時間を越えたのかは謎ですが、
森の不気味さと、ナルト達を知らない狐炎とのやり取りを書きたかっただけなので、そこは細かいところということで(え
だから、術の名前も設定してません。そこらへんが、一番あいまいな部分ということです。
最後の森の声は、一番の気色悪いポイントのつもりですが、どうでしょう。
まぁ大したことはないですけどね。ちなみに、時翔の森の詳細設定が気になる方は下にどうぞ。
なぜか作ってしまいました。使い捨てなのに……。


時翔の森(人間は神隠しの森と呼ぶ)
うっそうと茂った暗い森。生き物の気配は乏しく、鳥も動物もいないと言われる。
気まぐれに人を呑むと恐れられるとおり、昔から神隠しの話が絶えない。
そのため、付近の住民で近づくものはいない。
妖魔は、消えた者は時の彼方に送られたというが、帰ってきた者がごくわずかなため真相は不明。
ただ、簡単に帰ってこられないことは事実である。
森自体は大森林というほど広くは無いが、太陽が見えないので方向感覚がなくなりやすい。
森全体が意思を持つとも言い伝えられていて、
歴史上、何度か開発計画が持ち上がったこともあるが、関係者はみな失踪や怪死を遂げている。
そのため、200年ほど前からは開発という言葉自体が禁句になったという。
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