ハッピープレゼンツ
                         ―前編・ホームパーティー―


風影の私邸の離れの奥。
風影の許可がない時は、たとえ掃除でも立ち入れない区画だ。
そこで、身内だけのささやかな催しが行われている。
「誕生日おめでとう、母さん!」
「ありがとう。死んでからお祝いされるなんて、変な気分ね。ふふ。」
カンクロウの言葉を聞いて、加流羅ははにかんだように笑った。
今夜のパーティは、テマリとカンクロウが開いてくれたのだ。
しかし死んでからの年はどうも数えにくかったらしく、
ケーキの上には名前とメッセージ入りのプレートはあるが、ろうそくが一本も立っていない。
「我愛羅の奴、こんな日ぐらい予定を空けていけばいいのに……まったく。」
「しょうがないわよ。あの子も忙しいから。」
ぷりぷり憤るテマリを、苦笑いした加流羅がたしなめる。
我愛羅は何しろ風影だから、予定はどうしても里が優先だ。
今日がある予定に一番都合がいい日取りだと本人が決めたのだが、しかし里優先は彼の本意ではない。
決めておきながら、おとといはぶつぶつ恨み言を言っていた位である。
「分かってるけどさ、やっぱり当日がいいじゃないか。
まあ、明日には帰ってくるけど……。」
「やれやれ。間が悪いよな〜、あいつはよ。しょうがねぇけど。」
我愛羅とは対照的に、よっぽどでない限り家族を優先する守鶴は、
当然のように邪魔な仕事を押しのけてちゃっかりここにいる。
もっとも彼の場合は長年仕事慣れしていて、仕事の調整をきっちりこなせるからこそだ。
「この間のカンクロウの時もそろえなかったし
次の私の時だけでもそろえられないかな……むー。」
次回のテマリの誕生日は当分先だから、まだ予定の見通しは立っていない。
一応、今のところ兄弟全員はその日に予定は入っていないが、何分先の事だから保証はない。
「うーん、どうだろ。そういえば、守鶴は誕生日いつじゃん?」
家にいるのに、考えてみれば1人だけわかっていない。
加流羅の誕生日である今日は、5月23日。
ちなみ死んだ父は3月29日、我愛羅は1月、カンクロウは5月、テマリは8月となっている。
彼はいつ頃生まれたのだろうか。
「あ?知らねぇ。」
『えーっ?!』
適当極まりない守鶴の返事を聞かされた3人が、異口同音に驚いた。
「し、知らないって、自分の誕生日じゃん!」
年を忘れたというなら数千年生きているというしまだ分かるが、いくら何でも誕生日くらい覚えているはずだろう。
言った本人以外、誰も信じられないという顔だ。
「単に教える気がないとか、そう言うオチじゃないだろうな?」
「んなわけあるか!マジで覚えてねぇんだよ!!」
「もしかして……元々動物だったから?」
そういえば以前、それらしい事を聞いた覚えがあった加流羅がたずねると、
彼はそうだと首を縦に振った。
「ああ。動物に暦もクソもねーだろ?
だから、出産時期のどっかに生まれたって事しかわかんねぇんだよ。
そもそも、動物の時の記憶なんて、ほとんど全部消えてるしな。」
「それじゃあしょうがないじゃん。ん?砂狸の出産シーズンは……初夏だっけ?」
「大体5〜6月だな。オレ様も正確な誕生日はその辺だろ。
といっても、今はほとんど妖魔のしかいねぇから、生まれる時期なんてあって無いようなもんだぜ。」
現在、普通の砂狸は研究用に飼育されている個体しかほぼ存在しない。
彼らは決まった季節に発情するが、妖魔の方は生まれる時期もばらばらだ。
「じゃあ、祝ったりとかは特にしないってわけか?」
生まれた日が不詳では、祝いづらいだろう。
それとも数千年も生きていると、 今さらどうでも良くなって無視しているのか。果たしてどちらだろう。
「いや、とりあえずオレ様が自分で適当に決めた日で、嫁とか部下が祝ったりはするぜ。」
「じゃあ、それっていつなんだ?」
「んー、教えたってしょうがねぇだろ。」
「意地悪。私にも教えてくれないわけ?
そういえば、人のは聞いたくせに自分は教えてくれてないわね。」
いまいち教える気がなさそうな態度の理由は知らないが、
仮にも10年以上連れ添っている相手に教えないというのはどういう了見かと詰め寄る。
「ん?そーだったっけか?」
「そうよ。減るもんじゃないんだし、教えて!」
すっとぼけられて腹を立てつつ、しつこく問い詰めた。
それでやっと根負けした守鶴は、ようやく教える気になったらしくこう言った。
「わかったわかった。適当だけどな、5月2日だ。」
「……過ぎてるじゃん。」
「しかも今月ね。もっと早く教えてくれれば良かったのに……。」
「は、母上……目が据わってる。」
散々もったいぶって、過ぎたというオチに腹が立つ気持ちは分かるが、
何もそこまで怒らなくてもとテマリはたじたじだ。
「おいおい、怒るなよー。
何千年も生きてると、自分の誕生日なんざどうでもよくなっちまうんだって。
つーか、今年はそれどころじゃなかったしな。」
砂の里と自分の本拠地を行き来する多忙な生活で、
まだ当面は完全に向こうに戻れないこともあって、普段なら催している祝宴もまだ再開はしていない。
そんなわけだから、何もなければ大した感慨がない自分の誕生日が頭から抜けてしまったのだ。
10日前にかろうじて一度思い出したが、
そのきっかけは各地から届いた子供や孫以下の子孫、族長からの贈り物が本拠地に来ていたことだったりする。
もちろんとっくに過ぎていたから、いまさらだというわけで加流羅には黙っていたのだ。
「けち……。」
「ま、まあまあ。来年があるじゃん!」
祝うチャンスを取られたせいか半眼で恋人を睨む母を、何とかカンクロウがとりなそうとする。
ちゃんと教えなかった彼は確かに悪いが、そこまで怒らなくてもいいだろう。
「そうなんだけど、10年以上一緒だったのにな〜って思うと、ねぇ?」
「悪かったって、だからそんなにすねるなよ。誕生日なんだしな。」
自分のミスが原因だから、さすがに守鶴も今回は下手に出てきた。
「しょうがないわね……まあ、いいわ。」
子供達もいる手前、これ以上は大人げがない。
加流羅はおとなしく追求をやめひとまず文句はしまっておく。
せっかく設けられた席なのだから、今は家族のささやかな団欒を楽しむ方がいい。
「ねぇ、母上はどれくらい食べる?」
手っ取り早い気分の切り替えにと、テマリがケーキについて聞いてくる。
「そうねぇ、普通に一切れ切ってもらえればいいわ。」
「じゃあ、これくらいでいい?」
「ええ、ありがとう。」
甘いものは好きだが、別に欲張りたいわけではない。
手頃な大きさに切ってもらったケーキを受け取る。
イチゴがコーティングのゼラチンで艶々で、とてもおいしそうだ。
「カンクロウは?後守鶴、お前はそもそも食べるのか?」
「じゃあ母さんと同じ位。」
「んー、その半分でいいぜ。」
「何だ、食べるのか?」
てっきりいらないと返って来ると思っていたテマリは、すっとんきょんな声を上げた。
同じことをカンクロウも思っていたらしく、目を丸くしている。
もちろん、勝手に決め付けられていた本人の機嫌は少々悪い。
「失礼な奴だな〜。別に嫌いって程でもねぇよ。」
「普段全然食べないし、てっきり嫌いだと思ってたな。酒飲みだし。」
元々食べ物が必須ではない守鶴は、酒やつまみになるものは好んで食べるが、
甘い物を食べる姿は全く見かけない。
それに上戸に餅下戸に酒という位だから、受け付けないとすら思っていたくらいなのだ。
「酒飲みが全部甘いもんだめってわけじゃねぇよ。」
「ふーん。でも、合わないな。」
「て、テマリ……その位にしとくじゃん。」
確かにワイルドそのものな上に化け物の守鶴と、イチゴが上一面に敷き詰められたケーキは全く似合わない。
それはカンクロウだって同意するが、ここは黙っていた方が賢明だ。
「何をびびってるんだカンクロウ。だらしない奴め。」
「弟の忠告は聞いといたほうが身のためだぜ。
でねぇと今度、オメーの口に焼きイカつっこんじまうぞ〜?それともたこ焼きがいいか?」
「ゲッ、両方勘弁してくれ!」
イカもタコも大嫌いなテマリには、まさに前門の虎、後門の狼だ。
守鶴の目が楽しそうなのがまた嫌なところである。
失言をしでかしても弟と違ってあまりはたかれずに済むが、仕返しは同等に悪質だった。
「2人とも、大概にしてね。」
娘に取り分けてもらったケーキに手をつける前に、一言注意しておく。
じゃれあいのような喧嘩ではあるが、せっかくさっき収まったばかりなのにすぐにもう一回はよろしくない。
「わかってるって。早く食べたいしさ。」
先に3人分取り分けたテマリは、最後に自分の分を堂々と4分の1切れもらって食べ始める。
「うわっ、テマリ……なに1人でそんな食おうとしてるんじゃん?!」
「いいじゃないか、どうせ半分近く余ってるんだし。
それに、早く食べないと悪くなるじゃないか。」
「いやいやいや、だからって、母さんの1.5倍も……。」
自分は今日の主賓じゃないじゃないかと言いたいが、うかつに口にするとテマリが怖い。
そんなカンクロウの様子を、母がくすくす笑ってみている。
「ふふ、別にいいのよ。テマリの言うとおりだもの。
おいしいうちに食べてもらった方が、食べ物は喜ぶわよ。」
「どうせ、加流羅はともかく歌舞伎野郎もオレ様もろくに食わねぇしな。
ま、食える奴が食っとけって事だ。」
「ま、まあ母さんがいいって言うんならいいじゃん。」
あまりしつこくすると姉の逆襲が怖いので、カンクロウは大人しく引っ込んだ。
男勝りだが、味覚は完全に乙女である彼女の甘い物への愛を邪魔したら、にらまれる位ではすまない。
「あ。そうだ母上、今プレゼントを渡してもいい?」
「そうだ、忘れるところだったじゃん!」
「ええ、いいわよ。ありがとう。」
返事を聞くが早いかフォークを置いて、テマリとカンクロウがそそくさとプレゼントの包みを出してきた。
「えーっと、じゃあ俺が先に。これ、蒔絵のクシ。
普通の ツゲのと迷ったけど、こっちの方がきれいだったからこっちにしたじゃん。
んー、ど、どうかな?」
「とってもきれいね。ありがとう、カンクロウ。
さっそく明日から使わせてもらうわね。」
赤い漆塗りの半月型のクシには、金の蒔絵が施してあってとても美しい。
加流羅は一目で気に入った。一生懸命悩んで選んだ様子が伝わってきたのも嬉しい。
「じゃあ今度は私から。新しい服を買ったんだ。
今度、着て見せてくれないか?」
「ありがとう。あら……?何だか、ちょっと露出が多くない?」
鮮やかな新緑色のワンピースは、すその3段のフリルがキャミソールのような軽やかな雰囲気だ。
襟ぐりの深さを気にしていると、テマリはしれっとこう言った。
「えー、だって母上はスタイルがいいし、いいかと思って。」
「そういう問題なの?」
「だって服だし。」
あっけらかんと言われると、リアクションに困ってしまう。
もっとも別に悪気はないのだろうと分かるから、適当に笑ってごまかしておいた。
「そうね、あなた達の前でならいいわね。」
「オレ様は?」
「……すぐに変な事するから、ちょっと嫌。」
冗談半分で聞いてきた守鶴を、加流羅は冷たくあしらった。
ただでさえ毎晩大変なのに、フェミニンなこの服を着て見せたら余計に調子付きそうだ。
「うわー、ひでぇな〜。」
「冗談よ。わざとらしいわね。」
そう言いつつも半分は本気なのだが、自分のためにそれは黙っておく。
「わざととか言うなよ。ほら、これ。後で開けろよ。」
「分かったわ。後で見るわね、ありがとう。」
懐からいつ取り出していたのか、守鶴は小さな金色の絹の袋を加流羅に手渡した。
加流羅の片手に乗ってしまうほど小さい袋は、中に箱が入っているように見える。
「あれ?やけに小さいじゃん。」
(馬鹿だなカンクロウ、あのサイズなら『あれ』に決まってるじゃないか。)
(えっ、あれって……あ、あれじゃん!)
中身を勘付いた二人が、ひそひそと話している。
それにはあえて気づかない振りをして、守鶴は加流羅の額に軽いキスを落とした。
「あなた、見られてるわよ。」
「この位大したことねぇだろ。」
「もう。」
こんな時に周りが立ち入れない空気を作られても困るのだが、今日くらいは大目に見てもいいだろう。
プレゼントの中身はもちろん悟っているのか、加流羅はまんざらでもなさそうに笑っていた。


―後編へ―  ―戻る―
※中編は裏です。

当初思ったよりも膨らませたせいで一日遅刻しましたが、加流羅の誕生日ネタです。
後編は、後日我愛羅が帰ってきてからの話です。
残念ながらパーティーは逃しましたが、プレゼントを渡すチャンスは逃しません。
ちなみに今回思いっきり過ぎてる守鶴の誕生日(捏造)は、これで後日もう1つネタを作る予定です。
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