守り人は朱


緋王郷。
火の国で最も多くの信者を持つ、
稲荷神社の総本宮・緋王郷稲荷大社がある都だ。
神社を中心に発展したここは数百年の歴史を持ち、
瓦と丹塗りの独特の景観で有名だ。
また、いかなる戦乱の世にあっても落ちたことのない、
不落の地としても知られている。
そこには、巫女や陰陽師などといった、
法術を操る人々が狐と共に住んでいる。
また火の国では、木の葉のように自治権すらも持つ。
ゆえにこの地の主は、緋王郷稲荷大社の大宮司といっても過言ではないだろう。
しかし、この地を真に治めているのは人間ではない。
真の王の名は煌琳緋王(こうりんひおう)。
九尾の妖狐と呼ばれ、古来より人々が恐れる最強の妖魔の一体だ。
そして、緋王郷稲荷大社の祭る穀物の神でもある。
古来より、緋王郷が不落の地として名を馳せるゆえんは彼にある。
どんな危機が訪れようとも、
この地が異邦者の手に落ちなかったのは、彼が居たからこそだ。
それ故に、彼らの眷属である狐たちはもちろん、
彼を神とあがめる人々も、みな彼のしもべであった。


緋王郷の中心部に突き出た位置にある聖域・稲荷山。
その頂上近くにある見晴らしのよい場所に、
鮮やかなオレンジの毛皮を持つ大きな一頭の狐が居た。
彼の尾は9つ。
彼こそが、この都の主である煌琳緋王。本名を、狐炎という。
他の狐に比べれば大きく思えるこの姿も、本来の大きさと比べればはるかに小さかった。
「主様!」
「あぁ、お前達か。」
狐炎の元に、彼の配下である2頭の狐がやってきた。
片方は手紙を持ってくる都合か、人間の女性に姿を変えている。
「こちらにおいででいらっしゃいましたか。
大宮司殿から文がございます。」
狐炎に声をかけたのは、オスの狐・水月だった。
「文?」
狐達と人間達が一緒に居ることは珍しくないが、神社が狐達に文をよこすことは珍しい。
すぐそこに居るので、普通は口頭で用件を告げてしまうからだ。
わざわざ文にしたためるということは、大事な用件なのだろう。
そしてそのような用件となると、大体内容は決まってくる。
「こちらでございます。
時が来るまで、いつものように我らに預かっていて欲しいとの事ですわ。」
「なるほど……。そうか、もうあやつも寿命が近いからな。」
人間に化けたメス狐・すずから渡された文は、
大宮司の後継者の名が書かれた遺言状だった。
今の大宮司は稲荷祓(ふつ)といい、年はもう60過ぎ。
火の国に何千の分社を持つ、緋王郷稲荷大社の大宮司にふさわしく、
霊力が高く人望も厚い逸材である。
大宮司の後継者は、先代の大宮司が存命中に、大宮司以下稲荷大社の要人が会議で決める。
その継承条件は、優れた霊力と指導者としての素質。
この条件に従い、昔から年の順序や男女の性に関係なく指名されるのだ。
そして、合議の結果決めた後継者の名を、
大宮司が正式な文書として記し、狐達に預ける。
万が一大宮司が急逝した際、後継者争いを避けるための知恵だ。
稲荷大社の大宮司は大きな権力を持つため、世代交代には慎重なのである。
「あの方も、もうそんな年なんですね。」
「人の寿命は短いからな。
まったく……奴らはすぐに年を取る。」
20年や30年位の年数では、妖魔であるこの都の狐達はほとんど変化しない。
その長である狐炎にいたっては、
100年経とうが200年経とうが何の変化もないくらいだ。
長命な彼らから見れば、人間の命のなんと儚きことだろう。
「ところでお館様、次の大宮司殿はどなたになられたのでしょう?」
「孫の八代(やしろ)だ。
あれならば、ゆくゆくは祓の跡継ぎにふさわしい娘になるだろう。」
今はまだ10にも満たない少女に過ぎないが、
霊力に優れた稲荷一族でも類まれな才を持つ。
教育の賜物か、物の考え方や言動も年不相応なほどしっかりしている。
法術にも優れ、その年を除けば跡継ぎには十分だ。
と、林の奥の方でかすかに子供の声が聞こえた。
「おや、また来てるみたいですわね。」
くすりとすずが笑う。
この山は人間にとって狐の聖域とされるため、
大宮司以下稲荷大社の要人しか、通常は立ち入りは出来ない。
それ以外の人々は、一般人も含め許可がなければ立ち入れないことになっている。
しかし遊び盛りの子供達、特に男の子はそんなことはお構いなしだ。
大人達の目を盗んでは、こうして頻繁に山に入って遊んでいく。
狐達は特にそれを咎めることもない。
「確かあの子らは、この前も怒られていたはずだな……すず。」
「そうですわね。
また見つかっちゃったりしたら、今度は雷1発ではすみませんね。」
あきれたような水月に対し、すずは笑みを崩さない。
この山に来る子供達ともよく遊んでやる彼女は、
狐の子も人間の子も同じくらいかわいがっている。
大人に見つかりそうになった子供達を、こっそり逃がしてやったこともあるくらいだ。
(平和だな……今は。)
眼下に広がる都の景色に目を戻し、狐炎がひそかにつぶやく。
この都を一歩出れば、外では数多の血が流れる戦が続いているのだ。
後に、忍界大戦と呼ばれることとなるこの戦い。
数十年にもわたり続くこの戦いは、一見平和に見えるこの都とも無縁ではない。
他国からの忍が襲ってくることもたびたびある。
だが、この都は狐の地だ。無論手出しはさせない。
ひとたび敵襲となれば人も狐も力を合わせ、人は法術を、狐は妖術を用いて敵を撃退する。
滅多にないが、狐炎自ら敵を討つ事もあるのだ。
国中が焦土と化す中、それでもこの土地が荒れないのは、
ひとえに人と狐の強い絆があるからである。
今まで数十年、戦乱の世になってから久しいが、
侵略者によってこの緋王郷が傷ついたことは、一度たりとも存在しない。
と、森の奥から子供達のこんな会話が聞こえた。
何を話しているのかと思って顔をそちらに向けると、
何ともいえない複雑な顔をして会話を交わす、3人の子供が目に入った。
「なぁ、忍者はいつまで戦争してるんだろーな?」
どことなくあきらめきったような表情で、
リーダー格らしき少年が仲間に問いかけた。
「きっとあいつらは戦争が好きだから、終わらせたくないんじゃないのー?」
リーダー格らしき少年の問いに、
その隣に居た少年がいかにも投げやりな様子で答える。
彼らの言葉の端からは、忍者をあまりよく思っていないことが読み取れる。
自国の忍者であれ他国の忍者であれ、
忍者は単に戦争をしている輩というのがこの里の認識だ。
忍者の恩恵を受ける里ならいざ知らず。
高い自衛能力を持つために忍者に頼らないこの里では、
彼らはただよそで勝手に戦争をやるだけの存在に過ぎなかった。
もっとも、さすがに大人はこの子供達ほど単純な認識はしていないが。
「じゃあ、ずっとやってるのかな。
あ〜ぁ。かーさんが言ってた、今度また攻めてくるってほんとかも……。」
ませた印象の女の子が、うんざりしたようにつぶやく。
いくら大きな被害がなくても、やはり敵襲は脅威だ。
幼い子供達ならなおのこと、怖いのだろう。
「大丈夫だろー?だって、緋王様が居るじゃん。
どこのやつが来たって、ぼっこぼこだって!」
仲間を元気付けるリーダー格の子供の言葉には、狐炎に対する絶大な信頼がある。
彼だけでなく、緋王郷すべての人々が持っているであろう感情だろう。
恐らく大名に向ける敬意よりも、ずっと強い。
神がそこにいらっしゃり、いざとなればお守りくださる。
それがこの里の民の共通意識。
危機の際に狐炎の力が、目に見える形となって現れるからこその信頼だ。
「……人間共の戦こそ、早く終わればいいのですが……。」
「そうだな。
この地を攻め落とそうなどという愚か者共に付き合うのも、
ずいぶん前に飽きたのだが。」
子供達の話題にさえ、戦が上るほどだ。
直接の被害はないとはいえ、戦争の影はこの都にも深く落ちている。
各地で住んでいた家を焼かれ、
狐に守られるこの都に逃れてくる人々が途絶えることはない。
かつて大名が、九尾の力を戦に利用できないかと、水面下で検討したこともあると聞いた。
すべて、数十年にわたる戦乱のせいだ。
別に世がいくら乱れようと勝手だが、自分が治めるこの地が荒れることは気に食わない。
他の町に比べれば頻度は少ないとはいえ、
攻め入ってくる他国の忍者の相手もいい加減嫌になる。
意味のない惰性の戦いなど、早々にけりをつけて欲しいものだ。
「戦が早く終わらねば、
祓も安心して八代に後を任せられませんわね。」
「全くだ。では主様、長居をしてしまいましたが、
そろそろ失礼させていただきます。」
「わたくしも、お暇させていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ、ご苦労だった。」
狐炎の了承を得ると、2頭の狐は足早に立ち去った。
狐炎はそれを一瞥すると、人の姿に変じる。
―たまには、じかに降りて様子を探るとしよう。
あまり長くは離れられないが、緋王郷の外の様子もたまには見に行く必要がある。
この近くで不穏な動きがないかどうか、知る必要があるのだ。
仮に敵対勢力に出くわしたら、ついでにその排除もするつもりである。
この都の平穏を守るためなら、多少の面倒はいとわない。
狐炎は元々人間が好きではないが、
気が遠くなるほど代を重ねてなお、変わらぬ忠誠を誓うこの都の人々だけは別だ。
眷属に準じる存在として、この土地に住むにふさわしいと認めている。
だからこそ、緋王郷が「無傷で」済むように今まで戦ってきたのだ。
眷属達の生活と同じように、人の生活も守れるように。
そして、これからも。


王として神として。
狐と人を統べる偉大な妖魔は、
今日もまた緋王郷を守り続けている。


―END― ―戻る―

ほとんど全てがオリジナル要素で構成された話です。
時期は、ナルト達が生まれる数年前くらいが目安ですね。
緋王郷は、火の国内のオリジナルの町。
外観は木の葉などとは違い、どちらかというと古の京都系?です。
ここでは九尾は神様。所変われば評価も変わるんです(笑
どうでもいいんですが、この小説は勢いだけで書ききれた貴重な一品でもあります(笑
でも終わりとかちっとも考えてなかったので、
ただの戦時の日常ワンシーンに成り下がりましたが。
一応コンセプトは、眷属達を統べる存在としての九尾です。
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