おやすみ


一番は。と聞かれると気が強い意志のはっきりした女だが、
基本的にいっぺん気に入ればいいから、意外とタイプがバラバラだったりするんだよな。
美人っていう最低条件満たしてれば。
つまるところ、オレ様が加流羅に惚れても不思議でもなんでもないってことだ。


加流羅が眠っている時間を使って、守鶴は2,3日に一度は必ず彼女を幻の世界に呼び寄せる。
もっともそれは最初のうちだけで、1ヶ月を過ぎる頃にはほとんど毎日呼んでいた。
器に封じられている上に、その器が加流羅の胎内という制限の多い状況にもかかわらず、
守鶴はその術を毎日数時間も維持することが出来るのだ。
妖術に詳しくない加流羅にそのすごさは分からないが、こんな事が出来るのはごく一握りの者だけであろう。

いつものように創られた幻の世界。
柔らかで華奢な加流羅の体を抱いて、守鶴が呟く。
「よっぽど疲れてたんだなー……今日は。」
呼び寄せたはいいものの、
加流羅は守鶴につらつらと今日の話を語っているうちに眠りに落ちてしまっていた。
幻の世界で精神が眠ることに首を傾げるものも居るかもしれないが、
精神や魂だって時には休眠状態に入る。
現に、茶釜の中で退屈をもてあましていた守鶴はよく寝ていた。
まして生身と同じように振舞えるこの空間では、なおのこと不思議ではない。
もちろん、普通は精神状態が感覚に反映されるので、
眠りたい気分か、精神的にも疲れている時でなければ眠ることは少ないはずだ。
加流羅が精神的に消耗していることはもちろん守鶴も承知していたが、
最近は加流羅の方もこの時間を楽しむようになっていて、
今日も話を聞いて欲しいという意思を伝えてきたのだ。
とはいえ、彼女の方は心の内で念じるだけで意思が伝わるとわかっていないらしい。
ただそれでも、経験で自分が見たものが守鶴にも見えている事は知っているから、実際にメモに書いてそれを伝えてくる。
声でもちゃんと伝わることは知っているが、
うっかり聞かれると精神を病んでいると勘違いされかねないのでそうしているのだという。
「ま、しょうがねぇな……。」
大して困っても居なさそうに守鶴は呟いて、加流羅の体を抱えなおす。
加流羅の髪から花の香りがした。たぶん、使っているシャンプーのにおいだろう。
しばらく彼女の寝顔を見ていると、わずかに加流羅が身じろぎしてうっすら目を開けた。
「んー……やだっ、私……寝てた?!」
自分でも寝たことを自覚していなかったらしく、
びっくりした加流羅は飛び起きるように体を起こした。
「そりゃもう、ぐっすり。まぁ、大して時間経ってねぇけどな。」
「時間の問題じゃないわ。もう……嫌になっちゃう。」
貴重な時間を無駄にしたとばかりに、加流羅は少し落ち込んだ。
話している途中に寝るなんて、自分がやったこととはいえ論外と言いたげである。
守鶴にしてみれば、ちゃっかり寝顔を堪能したこともあって別に何も気にしていないのだが。
「疲れてるんだろ。もう休んじまった方がいいんじゃねぇの?」
「そんなに疲れているように見える?」
少し顔を曇らせて、加流羅が問う。
自覚がないわけではないのだが、ばれるほどひどい顔なのかと気にしているらしい。
「話してる間に寝るのはだいぶ重症だと思うぜ。っつーわけでさっさと寝ろ。」
「もう少し、優しい言い方をしてくれてもいいのに。」
「ちょーっとばっかし強引なくらいでねぇと、誰かさんは聞いてくれねぇからな。」
「何それ……私の自業自得ってことなの?」
「そうともいうかもな。」
すねたようにささやかな抗議する加流羅は、言葉の中身とは裏腹に対して怒った風でもない。
子供がじゃれあう時に発するような、ほんのり楽しそうな色を帯びていた。
加流羅のこんな表情を作り出せる存在は多くない。
特別であることに一種の感慨や優越感を覚えるという感覚は、妖魔にも当然ある。
「いっそまたここで寝ちまってもいいんだぜ?
寝てる間にさらに寝るっていう、わけわかんねぇ事になるけどな。」
「ちょっ、ちょっと、離して!」
先程まで眠っていた加流羅の体を支えていた腕の拘束が、
逃がしてくれない類のものに変わったことに、彼女は焦った様子で抗議する。
「人間はやわ。人間の女はもっとやわ。ついでにオメーは妊婦。
眠たけりゃ寝ちまえ。一晩くらいどうって事ねぇだろ?
そんで明日元気になったら、話してくれりゃいい。」
「……あ、あなたがそれでいいんなら……。」
既に2人も産んでいるとは到底思えないほどウブなところがある加流羅は、耳まで真っ赤になりながらそう答えた。
声が羞恥で震えていることを指摘したら、たぶんもっと赤くなるのだろう。
教えてからかうのも楽しいが、今日は我慢しておくことにする。
何しろ状況がよっぽど恥ずかしいのか、提案にいやに素直に従っているのだ。
これ以上意地悪することもない。
「もちろん。女が眠くてもオレ様が寝かせたくねぇ時は、一つしかねぇからな。」
「ま、まさかとは思うけど、それって……。」
「それって?何だと思ったか教えてくれよ。」
やられた、と加流羅が思ったことは表情から読み取れた。
わかりやすい彼女の思考や感情は、文字通り顔に書いてあるような状態でさらされていることも多い。
守鶴に気を許しているようだから、なおさらだ。
「何でもありません!」
ぷいっとそっぽを向いて、今度はかなりすねてしまったらしく、こちらを向く気配はない。
「おいおい、すねんなよ。」
「誰かさんが変な事を言うからです……。眠気も吹っ飛んじゃうじゃない。」
呆れたとばかりに言い置いて、加流羅はまぶたを閉じた。
眠気が吹っ飛ぶといいながらも、守鶴の言葉にしたがって眠るつもりではあるようだ。
一度赤くなってしまった顔は、いまだに熱が引かないようだが。
「……じゃあ、おやすみなさい。」
「ああ、お休み。」
腕の中の愛しい温もりを、こぼさぬように抱きしめる。
近い未来にすり抜けていってしまうと知っているからこそ、今ここで共に過ごす時の大切さが分かるのだ。

多くの時を持てない彼女の残された時間に、
せめて幸多かれと祈るのではなく、幸多きようにと努めるのが守鶴のやり方だ。
これから生まれる思い出が、ささやかでも暖かいものにするために。
ともすれば壊れてしまいそうな加流羅の心を、彼なりのやり方で守り続けるのだろう。
永遠の「お休み」が来るその時まで。


―END― ―戻る―

おおむね出来上がっていたのに放置されていたブツ。
なので、足りないところを加筆して更新ネタに仕立て上げました。
設定が原作沿いにしろパロにしろ、時系列でネタをそろえられれば一番いいんですが、
思いつく順ってもんがあるのでそこはそれ。
これは割と仲良くなった頃ですね。
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