降って湧いた関係

どうしよう。現在我愛羅は、その5文字で頭がいっぱいだ。
ぜいぜいと息を切らしながら、動揺の極みで正常なリズムを忘れた心臓を落ち着けるために壁に背を預けた。
預けた時にいきなり背中と後頭部が壁と直接こすれた事に驚いて、
そういえばトレードマークのひょうたんを宿に置いてきてしまったと思い出す。
大体混乱の原因が、出かける前には今まで一度も忘れたことがないそれを忘れるほど、自分を驚かしたのがいけないのだ。
半ば八つ当たり気味にそこまで一気に回想して、我愛羅は深くて長いため息を吐き出した。
すぐには戻れない心境の今、どこで時間を潰したものだろう。
発作的にも程があった数分前の自分を、彼はとことん呪い尽くした。


「……ま、まさかあんなアレルギーみたいなことするとは思わなかったじゃん。」
「……びっくりした、な。」
「っていうか、守鶴はちょっと位驚けって!」
「オレ様が何年生きてると思ってんだよ?いちいち驚くかよこの位で。」
「そ、そんな無茶苦茶じゃん……。」
「我愛羅……。」
カンクロウが守鶴の発言に脱力している横で、加流羅が心配そうな目で我愛羅が出て行ったドアを見ている。
驚いて出て行った割に、閉めるだけは閉められている木製のそれは開く気配がない。
そもそも何故死んで幽霊となったはずの加流羅が、実体を伴ってこの場に居るのか、事情を知らなければ不思議なことだ。
「母上、私が探してこようか?」
「しばらくは好きにさせとけよ。
頭が冷えねぇと、まゆなしだってどうしたいかわかんねぇしな。」
「そうは言うけど……ひょうたん置いてくなんて、ほんとに大丈夫か怪しいじゃん。」
ベッドの脇に立たされたままのひょうたんは、置いていかれて所在無げに見えた。
「いいのよ、カンクロウ。もうしばらく、そっとしておいてあげて欲しいの。」
「母さん?」
少し残念で悲しそうな、だが何か負い目のようなものを宿した孔雀石の目。
姉と同じ色のその目がどうしてそんな風になっているのか、カンクロウにはよく分からなかった。


空は、我愛羅の心情を察しているかのように黒雲が群れている。
じっと見ていれば、雲のそれぞれの動きがはっきりと見て取れるほど動きは激しい。
砂漠ではなかなかお目にかかれない雲のざわめきに気を取られて、我愛羅は道行く人々が足早な理由に気がつくのが遅れた。
ポツポツと、頬に大きな雨粒が落ち始める。
「……まずい。」
砂漠だと滅多にこんなことはないから、うっかり油断してしまった。
当然傘なんて持っているはずもないので、降り方が激しくなる前に雨宿りが出来そうな場所を考える。
雨のおかげで、かえっていつもの冷静さを少しだけ取り戻した我愛羅は、
金を払わずともよく、かつ苦手な人ごみもない最適な雨宿り先へ走り出した。
ここからそう遠くないナルトの家。この里に滞在する間に位置も覚えたので、迷うこともなかった。
ついでに今は我愛羅にしては珍しく、誰かに少し話を聞いてもらいたい気分だったからちょうどいい。
―運命なんて信じる気はこれっぽっちもないが、
今日は雨雲の陰謀……いや、お膳立てなのかもしれないな。―
いくら運命を信じない主義とはいえ、こんな狙ったとしか思えないタイミングでこられたら、
さすがに少しくらいはそんな感想も抱くというものだ。
とがいえそんな事を考える妙な余裕はあっても、根本的にはさっきの動揺が残っているようで、
普段ナルトの家に来た時は、壊れているから押さないインターホンを押してしまった。
「……あっ。」
失敗したと思ったが、予想に反してのんきな呼び出し音が鳴り響く。
「……そうか、修理したのか。いつの間に?」
修理にしろ取替えにしろ、工事自体は1日もかからないだろうから、変える日が決まればすぐだったのだろう。
頻繁に来る場所でも、これくらいの変化はあるものだ。
取り留めのない思考にふけっていると、焦った様子のない足音が聞こえてきた。
「我愛羅だろう。入れ。」
迎え入れてくれたのは、ナルトの遠戚、つまり遠い親戚と偽って同居している狐炎だ。
家に彼が居る時は、ナルトよりもドアに近い方に居ることが多いせいか、よく出迎えてくれる。
「あぁ、邪魔させてもらう。」
「近くで降られたのか?」
「……まぁ、そんなところだ。」
「そうか。顔まで雨模様のようだぞ。あのうつけを湿気取りに使っていったらどうだ?
頭は年中快晴だからちょうど良かろう。」
「?……あ、あぁ。」
一瞬意味を取りかねたが、どうやらいつもと様子が違うと察したらしい。
顔に心情が出ない我愛羅の表情の変化を察するとは、全く侮れない御仁である。
だが、ここで辛気臭いと損するなどと馬鹿みたいに笑い飛ばすような相手だったら、
確実に葬り去りかねない程度には不安定な心境だったので、この対応は非常にありがたかった。
何より、ナルトが都合よく居るのは幸運だ。
雨を見越して彼が修行に外出しなかったのかと思うと、これもやはり雨が運んでくれたものかもしれないと思う。
砂漠でなくても雨はやはり僥倖だ。
「あれ?我愛羅だったの。どうしたんだってばよ?」
急に訪ねてきた友人の姿に気づいたナルトが、起き上がって座りなおす。
それからここに座れと言わんばかりに、手近なクッションを隣に置いてぽんぽんと手で叩いて招いた。
「いや、ちょっと通りがかりに降られて、一番近かったのがここなんだ。」
「そっかー。ま、ちょうどおれも外で修行できなくてひまだったし、ちょうどいいってばよ!」
「お前は暇だったのか?」
「うん、今日は朝から昼過ぎに雨だって言ってたからさ。」
「そうだったのか……。」
そういえば今日は天気予報を見損ねていたなと、ふと思い出す。
見ていたとしても、あの時傘を持って出る余裕なんてなかっただろうが。
「ところでさー、我愛羅ってば元気なさそうだってばよ。なんかあった?」
「……そう見えるか?」
まさかナルトにも一発で見破られるとは思わず、我愛羅は不覚にも動揺した。
「だって、見るからに何かしょんぼりって言うか、どんよりしてるってばよ?
狐炎にもさっき言われてるんじゃないの?」
「……当たりだ。かなわないな。」
「友達が落ち込んでるの位分かんなきゃ、友達失格だってばよ!
でさでさ、何があったか聞かせて欲しいってば。ほら、おれでも力になれることだったら協力するし!」
「……協力、してくれるのか?」
「もちろんだってばよ!」
「じゃあ、おれの話をちょっと聞いてくれないか?」
「え?あっちの部屋じゃなくてここでいいの?」
「別にいい。あ……ただ、結界は欲しいな。ちょっと、家の外に漏れたらまずい。」
「わかったってばよ。狐炎ー、結界〜!」
「分かっている。防音でよいのだろう?」
「うん、それそれ!」
「……話が早いな。いつもの事ながら。」
ティッシュ箱を投げてくれという会話と何ら変わりない気楽なノリに、何だかんだで2人は意思の疎通が出来ている事に感心した。
今のところ、守鶴と我愛羅ではこうは行かない。
「あーもう大体おれの考えてることなんてバレバレっぽいけど、こういう時は楽だからいいってばよ?」
「そんなものか……。」
「でさ、話って?」
「……守鶴が、本当に本当の意味で常識破りだということを前提に、聞いてくれ。」
「え?う、うん。」
「俺達兄弟の母親は、俺を生んだときに死んだ。それは、覚えてるか?」
「もちろん、覚えてるってばよ。」
リーが試合後に入院していた病室で、我愛羅が自分の口で言っていたのは間違いない。
当時隣にいたシカマルに聞けば、彼もきっと覚えていることであろう。
「……母親は、今までいつも砂の中に居た。幽霊としてだ。」
「え?そうだったの?」
「ああ。だけどな、彼女が……今日急に、俺達の目の前に現れたんだ。」
「ええーっ?!」
驚きすぎたナルトは、思わず後ろにひっくり返った。温かい茶を持ってきた狐炎が、横で呆れている。
「ナルト、もう少し落ち着いて話を聞いてやれ。」
「い、いやだって、普通に……。あ、ごめん我愛羅。続き言っていいから。」
腰を抜かしながらも、とりあえず続きを聞いてくれる優しいナルトに感謝しながら、
我愛羅は出来るだけ簡単に事実を伝えるために言葉を選ぶ。
「そうか。それで……現れたって言うのは、本当に文字通りだ。
守鶴が自分の偽体を作る要領で、幽霊である俺達の母親に実体を与えた。」
「そ、それって……うっわーすげー。じゃなくて!よかった、んじゃない、の?」
「……そう、だよな。」
「え?我愛羅、死んじゃった母ちゃんに会ったの嫌なのかってばよ?」
「それは……。」
「えー、じゃあ何で?おれだったらめちゃくちゃ喜んじゃうけどなー。」
「混乱しているのだろう。ナルト、我愛羅の家庭環境を忘れたか?
ついこの間まで、実の兄弟とさえ関係が冷え切っていたのだぞ。」
「混乱……そうだ、たぶん俺はすごく混乱しているんだろうな。」
他人の言葉を借りて、ようやく自分の立っている場所を見つけた気分になった。
この場に、最後まで冷静で居てくれそうな人物が居るのは多分幸運だろう。
「俺の昔の世話役に、夜叉丸という男がいた。俺達の母親の双子の弟だ。
彼は幼い俺に向かって、死に際にこう言った。本当は、俺は母親から『愛されてなんていなかった』ってな。」
「えっ……・えええーー?!そ、それってば、ほんとに?!
だ、だって、母ちゃんの弟って言ったら、えっと、えーっと……?」
「……叔父だ。」
「そ、そうそう!実の叔父さんでしょ?!なのに、何でそんなひどい事を言ったんだってばよ?
しかも昔って言うんだから、まだちっちゃい時とかじゃないの?」
「夜叉丸は、たった一人の家族だった自分の姉を殺して生まれた俺を憎んでいたらしい。
……お前の言うとおり実の叔父だからな、もちろん面倒だってかなり見てもらった。」
「嫌い嫌いって思ってたくせに、何で面倒なんて見てたんだってばよ?」
「はぁ……少しは自分で物を考えろ。大方、亡き風影が妻の身内だからと命じたから務めたのだろう。
心情は、どちらに振れようが単純ではなかったであろうがな。」
夜叉丸が100%我愛羅を嫌っていたのかと誤解しかけているナルトの思考を、さりげなく修正する。
もちろん狐炎が夜叉丸の事を知っているわけはないが、
そんな状況の人間の心情が単純であることが珍しいことくらい想像はつく。
「複雑な心境って奴……?でも、母ちゃんが実は我愛羅を嫌いでしたなんて、やっぱショック……だよな?」
「今はそうでもないが、当時はそうだったな。
あんな小さい頃のことなのに、まだ覚えているんだ。」
人生の前半期たる幼少期の記憶はもうおぼろげだが、あれだけは本当にはっきりと焼きついている。
「だよなあ……。おれも、実は死んだじいちゃんがそうだったって聞いたら、一生立ち直れそうにないし……。
あれ?もしかして、そのせいで母ちゃんと会っても嬉しくないとか?」
「……たぶんな。一応、本人の弟があんな風に証言しているんだぞ?
今さら違うって言われたって……信じられるか。」
「我愛羅……。」
言葉をなくしかけるが、絶句している場合ではない。
少ない言葉をかき集めて、一言でも多く喋ろうとナルトは口を開いた。
「でも、本人から聞いたわけじゃないんだよな?」
「あ、ああ……。」
聞いているわけがない。顔を見た瞬間に逃げてきたようなものなのだから。
「その……もし叔父さんが言ってたことが本当だったとき、すっごい怖いかもしれないけど……。
やっぱり、ちゃんと本人から聞いた方がいいってばよ。」
「……。」
「そりゃ、いきなり母ちゃんに会っただけでもびっくりするのはわかるし、
しかもそんなことがあったんなら、余計そうだと思うけどさ……。」
「それでも……。」
その先の言葉は飲み込む。
「我愛羅。部外者として1つだけ、他愛もない話を聞かせてやろう。」
「え?」
「死後にこの世に留まるという事は、並大抵の執着ではない。それだけの心残りがあるということだ。
特に親というものは、子を置いていく事ができずに留まる事が多い。」
「……そんなもんなの?」
「そうだとも。特に母親はそうだ。
まして幼子ばかり3人も抱えているというのに、世を去る宿命を負ったとなればな。」
「……。」
「それと、これは直接は関係ないことだが。」
「まだ何か知ってるわけ?」
「お前の母の霊を連れ歩く守鶴を、最近は頻繁に見かけるがな。」
「本当か?」
「ああ。近くにいれば、話し声も聞こえるぞ。この間は、あやつと嬉しそうに我が子の話をしていたな。」
狐炎はそれ以上言わなかったが、これでナルトは決心した。
「我愛羅、今から宿に帰ろう!」
「なっ……今すぐにか?!」
「善は急げって、サクラちゃんが言ってたってばよ!今の証言聞いてたよな?」
「だ、だからって……俺は――。」
「いいからいいから、ここにいても始まらないってばよ?」
「強引過ぎないか?」
「我愛羅、これはチャンスなんだってばよ!」
「ちゃ、チャンス?どこをどうしたらそうなるんだ。」
「これはおれの勘だけど、我愛羅は母ちゃんに会っても何ともないってばよ。」
「……今の話が根拠か?」
狐炎は我が子としか言っていない。テマリやカンクロウの事かもしれないじゃないかと、我愛羅は疑っている。
どうして友人がこんなに確信を持って言い切れるのか、ちっとも分からなかった。
「ほんっとに嫌いな奴の話を嬉しそうにする人なんて、絶対いないんじゃないの?」
「そうだな、ナルト。お前は正しい。常人の目に見えない幽霊に、誰に取り繕う義理もなかろうからな。」
何でこんな時に結託するんだ。大体くどいようだが、その我が子が末っ子と何故この場で断定できるのか。
我愛羅はそう思ったが、こうなると流されるしかない。
ナルトの言葉による波状攻撃をかわそうとしても、そこに波を勢いづかせる黒子がいてはお手上げだ。
「だよね?!それにさ、我愛羅。」
「?」
「せっかく会えたんだからさ、ちゃんと親子になれた方が絶対いいってばよ!」
「何故だ?まだ……。」
「だって、死んじゃったはずの母ちゃんと会えるなんて、普通ないってばよ。
でも会えたんだから、やっぱ……一緒に居られなかった分を取り戻してほしいってば。」
「……だが。」
「こう言ったら我愛羅に悪いかもしれないけどさ、
おれってば今の我愛羅がちょっとうらやましいんだってばよ。」
「何故だ?」
「おれさ、自分の父ちゃんと母ちゃんの顔も知らないしさ。
だから、だからえーっと……我愛羅が母ちゃんと仲良くなれたら、何かおれも嬉しいからさ!」
「……分かった、ナルト。一応、聞くだけは聞いてみる。」
「ほんとかってばよ?!決心ついた?」
「お前は話を聞いてくれたんだ。断るのもひどいだろうと思ったからな。」
「その割にすっごい渋ってたくせに……。ま、いっか。狐炎、今から行って来るってばよ!」
「滑りやすくなっているからな、気をつけていけ。」
「うん。いってきまーす。」
「今日はありがとう。失礼する。」
「良い結果になるとよいな。」



一方その頃。
末息子に出会い頭に逃げられてしまった加流羅は、まだ座って彼の帰りを待っていた。
彼女の傍らには、偽体を造って今回の騒動を引き起こした張本人の守鶴もいる。
しかし雨が降り出した上に1時間以上経っているので、痺れを切らしたカンクロウは探しに行ってしまって部屋には居ない。
「母上、私も探しに行こうか?」
「大丈夫よ。」
「そうなのか?」
「テマリは優しい子ね。でも、まだ日が暮れるまで時間があるもの。
カンクロウだけで大丈夫だと思うわ。」
プライドが高い我愛羅の性格は、見守ってきた彼女もよく知っている。
カンクロウ1人ならともかくテマリまで探しに来たと聞いたら、子供扱いと機嫌を悪くするに違いない。
「それに、もうじき帰ってくるぜ。」
「気配でもしたの?」
「まぁな。」
後は頃合いを見て、外に行ってしまっているカンクロウを呼び戻せば十分だ。
考えをさっさとまとめると、さりげなく加流羅の髪に指を絡めた。
さらさらの癖がない黄朽葉色のセミロングの髪は、素直に守鶴の指に絡め取られている。
と、カンクロウが出て行って以来開かなかった扉が開いた。我愛羅が帰ってきたのだ。
「あ、我愛羅!遅かったじゃないか。」
「……ただいま。」
テマリに出迎えられたものの、第一声には少し悩んだようで、ワンテンポ遅れて我愛羅がボソッと言った。
「おかえりなさい。雨は大丈夫だった?」
息子の姿を見た加流羅が、立ち上がって出迎える。
また脅かさないようにと思っているのか、ほとんど距離をつめてはこなかった。
「あ、あぁ……。」
顔を見るなりいきなり遁走したから、てっきり機嫌を悪くしているものだと思ったのだが、
彼女は我愛羅の予想に反して穏やかに微笑んだ。
無条件の優しさというとやや大げさな匂いがするが、
ずいぶんと失礼な真似をしたのに眉の1つもしかめないで応対されると、後ろめたい身にはかえって落ち着かない。
我愛羅は人から歓迎された経験がほとんどないから、余計にそうだ。
「……さっきは、悪かった。驚きすぎただけなんだ。」
「そうなの。いいのよ、それで当然だから。
私はいつもあなたを見ていたけれど、あなたはいきなりで困ったんでしょう?」
「あ、あぁ……。」
本当にこれっぽっちも怒る気配がなくて、ますます我愛羅はいたたまれない。
母親というものがここまで寛容な生き物だなんて、全く聞いた覚えがないのだが。
しかし彼女の指摘が外れていないという点は、
やはりずっと子供たちを見守ってきていた人間ならではのものなのだろう。
母代わりに当たる存在に、これだという人物が思いつかない我愛羅には、あくまで知識としての母親像しかないが。
「でも、あなたが自分から帰ってきてくれて嬉しいわ。
カンクロウには、その様子だと会わなかったみたいだけど……。」
「まさか、俺を探しに出たのか?あいつめ……。」
「おいまゆなし、わかってんな?」
「……わかってる。」
今まで珍しく黙って傍観していた守鶴が、軽い脅しをかけるような声音で一言言った。
余計なことを言うな、ということだろう。だが、我愛羅も話がそれないほうが都合がいい。
「そうだ、1つ教えてくれ。どうしてもこれだけは聞きたいんだ。」
本当なら一対一の方がいいのだが、この場が宿であるという都合上そうも言っていられない。
ナルトと約束した手前、腹をくくるべきだろう。宿まで付いてきてくれた彼に、到着してからもう一度約束していた。
結果はどうなっても今さら逃げる気はない。
「夜叉丸が言っていたことは……本当なのか?」
具体的な言葉は言わない。だが、それで十分だった。
加流羅の穏やかだった瞳が、一瞬で悲しそうな色を帯びる。
「そんなわけ、ないでしょう。」
彼女自身の予想よりもずっと落ち着いた声。首を横に振った彼女が、我愛羅に近づいてきた。
意図が読めずにいぶかしむ彼を、ためらいなく抱きしめる。
「?!」
あからさまに動揺した我愛羅の反応が、一瞬跳ね上がった毛先にも現れる。
「愛してるわ。あなたも、テマリも、カンクロウも。
だって皆、私がおなかを痛めて産んだ大切な子供ですもの。」
隣に長身で体格がいい守鶴が居るせいで華奢で小さく見えたが、
こうやって抱きしめられていると、頭半分近くは加流羅の方が我愛羅よりも背が高いと実感する。
相手は大人の女性なのだから、まだ我愛羅の方が小さいのも全然おかしくはないのだが、
小さな子供のように抱きしめられるとどうしたものか困ってしまう。
「そう、なのか。」
やっとのことで、話をちゃんと聞いているという意思表示をする。
「困らせてばかりでごめんね。でも、あなたを一度でいいからちゃんと抱いてあげたかったの。
あなたを抱く前に、もう私は力尽きてしまったから……。」
「母上……。」
ずっと心残りだったのだろうと、混乱している我愛羅とは違って客観的にテマリは感じた。
テマリとカンクロウとは接する時間がわずかながら存在していたが、我愛羅とは本当に接する機会が許されなかったのだから。
「あなたを恨んだりなんてしてないわ。それだけは、信じてくれる?」
「あ……ああ。」
どもりながら我愛羅は答える。
困惑の極致に放り込まれてしまっていても、加流羅の言葉に嘘はない気がした。
いまだに我愛羅を放す気配がない細い両腕のせいだろうか。
続けるべき言葉がある気がして、なんとか頭の書庫を探った。
「ありがとう……母さん。」
「ん……ありがとう。もうそれだけで嬉しいわ。」
嬉しそうに笑いながら、加流羅はやっと我愛羅を腕から放した。
やっと普通の距離に戻って彼も少し落ち着く。
「よかったな、加流羅。」
いつの間に近くに来たのか、守鶴が声をかけてきた。
「ええ、あなたのおかげよ。これでやっと……やだ、気が抜けたら涙が出てきたわ。」
「嬉し泣きじゃねぇの?よしよし。」
感極まってしまったらしく、ポロポロ涙をこぼして目を赤くする加流羅の目尻をぬぐって、
頭を撫でるのかと思えばちゃっかり懐に抱き込んでいる。
「よしよしって、お前な……。」
なんで3人の母親にそんな扱いなのか。
我愛羅が守鶴に呆れて物を言いかけたとき、また扉が音を立てた。
「ふう〜、やっと帰ってこれたじゃん!我愛羅、母さんとちゃんと話はしたのか?!」
「ああ、大丈夫だ。」
息せき切って駆け込んできたカンクロウのセリフから察するに、守鶴がドサクサ紛れにこちらの状況を伝えていたようだ。
ともかく先程の姿を見られなくて済んで良かったと、ひそかに安堵する。
「じゃあ、あれは一体どうしたじゃん?」
(嬉しすぎたみたいだ。)
現状を掴めていない弟に、テマリがそっと耳打ちする。
「何だか複雑だ……。」
ごく当たり前に寄り添っている加流羅と守鶴の姿を見ていると、疑問ともう1つもやもやしたものが湧いてくる。
守鶴が美女に目がないのは承知しているが、母の態度はどういう事だろう。
まだ思春期に差し掛かるかどうかの我愛羅は、もちろん色恋沙汰や男女の機微には詳しくないが、
それにしてもこの光景で彼らの仲がただの他人だなんて思えはしない。
「何がじゃん?」
「後でもう一個聞いておくことが増えた。」

「母さんに?」
「……どっちかにだ。」
守鶴が耳元で何か囁いて、それに対して花が咲いたように笑った加流羅の顔を見て、
我愛羅は聞き出すべき項目の重要さを再確認した。


―END―  ―戻る―
砂の母子対面ネタ。どのタイミングかあんまり固めてなかったんですが、一部時点にしました。
ナルトと狐炎の九尾コンビもついでに登場。無理やり背中を付き飛ばすような事しか言いませんが。
この後我愛羅はマザコンをすっかりこじらせて、局地的に大人げのない子に進化します。
今回の直後くらいのネタも書いてみたい所。

おまけ
「なあ母さん、実はもう一個聞きたい事が増えたんだ。」
「今度はなあに?」
「守鶴は母さんにとって何なんだ?」
「……!!!」
「あっ、母さん?!何でそっぽを向くんだ?」
「 そ、それは……その、い、色々あったのよ。色々……。」
「顔が真っ赤になる色々って……。守鶴、突然だがお前の最低ぶりを再認識したぞ。」
「何でそうなるんだよ!言ってみろよおい。」
「お前の下半身のだらしなさも、ここまで行くと芸術だな。このエロ狸め!!」
「ほ〜、言ったなこのクソガキ?」


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