夜空シャボン


空に浮かぶ優しい行灯。万物に等しく優しい安らぎを与える夜の管理者。
ウタカタは、そんな月が好きだった。
人柱力として疎まれ迫害され、利用されるだけだった人生。
日陰者の生活を送るうちに、いつしか太陽よりも月を好むようになっていた。

今夜も野宿。洞窟の当てなどなく、適当な木の下が今夜の宿だ。
野ざらしの身に夜風が冷たいが、これも抜け忍の定めである。
「おい、まだ起きてたのか?」
「ええ。」
冴えた桔梗色の瞳がウタカタに向けられていた。水色を帯びた硬い銀髪が夜風に揺れる。
「ったく、まーた根暗にぷかぷか吹かしてたのかー?
もう遅いんだから、大概にしとけよ。」
「分かってる。それより、君もどうだ?」
「やんねーの分かってて言うなよ!」
ウタカタが試しに誘うと、神疾は露骨に嫌な顔をして声を張る。
「たまには気まぐれを起こすかと思って。」
大して残念そうでもなくしかしひるむことも無く、いけしゃあしゃあと口にする。
「起こすか!おれはそいつが嫌いなんだよ。」
「へえ。この間、片っ端から壊して遊んでたのは、さてどこの誰だったか。」
「あ゛〜、それとこれとは別だよ!」
わざとらしく責めてみたら、彼はばつが悪そうな顔をしてそっぽをむいた。
分かりやすいくらい機嫌が斜めだ。
少し面白いが、からかい過ぎればしっぺ返しが来ることもウタカタは知っている。
「冗談だ。」
「結局無理矢理かよ……はー。」
さりげなく予備の細い管を渡された神疾は、渋々それの先端を差し出された竹筒の中の液に浸して吹く。
少し勢いがついた呼気が生んだシャボン玉は、小さいながらも大勢で元気に飛んでいった。
一つ一つゆっくり形作られて、物寂しげに浮かぶウタカタの物とは違う。
「何をするにも、大抵性格が出るようで。」
「どういう意味だよ?」
またろくでもない嫌味かと思った神疾は、嫌そうに眉をひそめた。
当たり前だが、言葉の意図に気付いていないようだ。
「いや、何でも。」
単にウタカタは、彼のせっかちな性格が出たなと思っただけだったが、それを言ったら怒ることは目に見えている。
だからあえてだんまりを決め込むことにした。

それから何となく会話が途切れ、作り手の性格が出たシャボン玉が協調性の欠片もなく夜空に飛び交う。
聞こえる音は、2人の間に置かれたシャボン液入りの竹筒に管を浸すものだけだ。
「ところで。」
「ん?」
「どうしてシャボン玉が嫌いなんだ?」
前から気になっていたので、物のついでに聞いてみる。
確かにあまり大人のする遊びではないが、かといって普通は毛嫌いするようなものでもないだろう。
「……別に、ガキが遊んでる分には嫌いじゃねーよ。」
いったん吹く手を止めて、横目でちらりと見ながら神疾が呟く。
何か考えているのか、その目はウタカタを見ているようでちゃんと見ていない。
「その言い方だと、まるで俺がやるのが嫌みたいに聞こえるな。」
「お前いくつだよ。」
「おかげさまで成人ですが?」
「……。」
横目で向けられた視線にトゲが混じったが、あえて気づかない振りをする。
別にそこまで嫌味な意味をこめたわけではないが、
この言い方をすると彼は簡単に嫌そうな顔をしてくれる。
「それはともかく、忍術にも使うものを嫌われても困る。やめようがないし。」
「やめろとは言ってねーだろ。」
「じゃあどうしろと?」
「……。」
今度は返事を返さず、視線も正面に戻してシャボン玉を吹く。
あからさまにはぐらかしだった。ウタカタはつい肩をすくめる。
「やれやれ、困った妖魔様だ。」
神疾は時々こういう反応を返してくる。
人間よりもはるかに長い年月を生きているはずなのに、こういうところは妙に子供っぽく感じた。
長命でも精神が老成するとは限らないらしい。
(縁起でもねーんだよ……。)
飛んでいくシャボン玉とウタカタを交互に見比べて、神疾は意味深な呟きを漏らした。
「何か?」
「何でもねーよっ!」
呟きをごまかそうと、あっちへ行けと言わんばかりに払いのける仕草をした。
その拍子に、彼の長い袖に竹筒が引っかかってひっくり返る。
「あっ、ちょっと!」
「やべっ、やっちまった!」
ウタカタが急いで拾い上げて確認すると、中身はずいぶんと軽くなってしまっていた。
案の定、かなりこぼれてしまったようだ。がっくり肩が落ちる。
「はぁ……半分近く無駄か。」
「うー、悪い。」
「大事な商売道具なのに。」
「悪かったよ……。」
ウタカタがしつこく言い募るたびに神疾のばつが悪そうな顔が引きつり、だんだん視線も横に逃げていく。
どうやら本当にすまないと思っているようだと分かったところで、
これ以上言い募ることはやめようと考えた。
「後で作っといてくれるとありがたいな。」
「調子乗りやがって……けど、しょうがねーか。」
忍術用に使うものであるが、別にそう難しいものでもない。時間もそうかからないので、神疾は大人しく了承する。
それからウタカタに視線を戻すと、彼は月を見上げていた。
「ん?月がどうかしたか?」
「いえ、今日の月は君と似ているなと。」
「色が?」
「ええ。白くて寒々しい光が、髪の色にそっくりだ。」
硬い癖毛の銀髪は、今宵の月のような冴えた光を思わせる。
特に冬の今の時期の色が似ているとウタカタは感じていた。
「よく言われるぜ。」
「そうだろうと思った。でも、中身は大違いだ。」
「余計なお世話だよ。」
「褒めてるつもりなのにな。」
機嫌を悪くした神疾に対して、やれやれと苦笑いを向ける。
褒めているというのは本心なのだが、信じていないらしく彼の視線はまだトゲ含みだった。
「どこら辺が?」
「君はもっと日向にいるタイプだ。夜はむしろ、俺だな。」
月の光に似た髪を持っていても、彼の激しい気性はどちらかというと陽性に属する。
輝く銀髪、沈んだ黒髪。桔梗色の瞳、琥珀色の瞳。妖魔、人間。性格も含めて、構成要素は対極的だ。
「どこまで辛気臭くなりたいんだよ、お前……。」
「暗いのは元からだ。」
「あーそうかい。そーだったな、ったく。」
育ちのせいなので仕方ないが、ウタカタは基本的に後ろ向きな思考回路だ。
神疾にとっては苛立つ反応でも止むを得ないところはある。
「なあ、神疾。」
「あ?」
「俺の命が、近いうちにこんな風に消えたとしても。」
残っていたシャボン液で、一つだけシャボン玉を作る。そして、ぱちんと弾けてから言葉を繋げた。
「果たして、生きた意味はあると思うか?」
「……知るかよ、バーカ。」
「では、無意味と。確かに妖魔の君にとって見れば、短い人生もそんなものだろうな。」
吐き捨てるように言われて少しむっとしたので、嫌味ったらしく食い下がってみる。
神疾は面倒くさそうに頭をかきながら、嫌そうな声でこういった。
「あ゛〜……無いわけじゃねーな。」
「へえ、じゃあどんな意味が?」
「おれがシャボン玉嫌いになる。」
その言葉の意味を理解するのに、ウタカタはたっぷり3秒要した。
「……それだけ?」
「超大有りだろ〜?
天下の雷王様を一生シャボン玉嫌いにしたら、妖魔の間で伝説になるぞ。」
「それはそれは、確かに歴史に名前が残りそうだ。悪くないかも知れないな。」
神疾の言い草があからさまに投げやりな事には目をつむり、妖魔の間で自分が噂される光景を想像してみる。
人間なんてその辺りの草木のようにしか思っていないであろう彼らが、ウタカタを時々話の種にするのだ。
長命な彼らなら、当分語り草となることだろう。
「大して良くもねーけどな。」
「いや、そこまでしたら嫌でも忘れないかと。」
「……お前、おれを付け回す趣味でもあんのか?気持ち悪っ。」
目一杯顔を引きつらせて、神疾はさっと離れた。心理的な距離はもっと開いていそうな引き具合だ。
そんなつもりは無かったのに、一体どういう解釈をしたのだろうか。
「酷い言い草だな……そこまで言うなんて。」
「冗談だよ。ま、お前みたいな陰気なシャボン野郎は、500年経ったって覚えてるぜ。
いい年してシャボン玉やってるような奴、滅多にいねーし。」
「それはありがたいな。」
早く死んだとしてもそれは諦めがつくが、相棒から忘れられるのは癪だ。
些細な言質を取れたことに幾ばくかの満足感を覚えて、ウタカタは口の端をあげて微笑んだ。


―END―  ―戻る―

ウタカタと神疾。シャボン玉はやっぱりネタとして使っておくべきかと思ったのでご登場。
別に死ぬほど嫌いなわけじゃないんですが、
何でこんな奴と一緒に居るんだろうと1日1回は疑問を感じているような、そんな空気のコンビです。
正直相性自体は良くないよなあとか、その程度の。
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