※
ラブラブな風影夫妻がお好きな方は回れ右仕様。
ぽたっと落ちて頬に伝うのは、禍々しい赤の液体。
だが子供の新緑の瞳は、
それにすらも気がつかずに大きく見開かれていた。
何が起きたのだろうか。
今まさに子供を追い詰めようとしていた男達は、砂に飲み込まれ崩れ落ちていった。
災い
の
黄金
日も落ちきり、暗くなった狭い裏道。
数人の男達が悲鳴を上げる暇もなく絶命したのは、本当に一瞬の事だった。
崩れ落ちた男達の後ろに立っていたのは、見慣れない若い男。
彼の周囲には、今まさに男達の命を奪った砂が漂っている。その砂は、我愛羅の物ではない。
我愛羅の砂は、持ち主を降り注ぐ血からかばうように広がっていた。
「ったく、道塞いでんじゃねーよ。バーカ。」
いかにも不機嫌そうにそう吐き捨てて、男は血を吸った砂をいずこかへと消し去った。
子供、いや我愛羅はその様子をただ驚き眺めるだけだ。
危険が去り、我愛羅の砂も防御の構えを解く。
「お、お兄ちゃん……だれ?それ、砂……どうして?」
「ん?あぁ、そーいやそうだったな。
これは自分にしか使えねぇ、そう言いてぇんだろ?」
言いたかった事を言い当てられて、我愛羅はただう小さくなづくだけだった。
本当に、彼は誰なのだろうか。黒い白目に黄金の虹彩。こんな目を持つ人間は見たことがない。
いわゆる「血継限界」かもしれないが、どちらにしろこんな一族は聞いた覚えがなかった。
それに砂を操れるのは、「化け物」が封じられている我愛羅のみ。そう、言われているのだが。
「ま、こまけー事は気にすんな。
それよりオレ様は用事があるからよ。じゃあな。」
そのまま我愛羅の横を男が過ぎようとした時、我愛羅は反射的に彼に手を伸ばした。
「ま、まって!」
「あ?」
胡乱な瞳が我愛羅を見下ろす。うっとうしそうな瞳は、悲しいことに我愛羅にとっては見慣れたものだ。
だが、我愛羅は珍しくそれでたじろぐ事はなかった。
自分と同じように砂を使う彼が、どうしても気になったのだ。
立ち止まってくれているなら、わずかとはいえ話を聞いてくれる見込みはある。
「あの……その……。」
「んだよ、はっきり言いやがれ。」
もたつく我愛羅に対し、男はそっけない。それでも、待ってくれるだけましなのだが。
「……名前。」
搾り出すような小さな声で、我愛羅がつぶやく。
「ん?」
「ぼく、我愛羅。お兄ちゃんの名前、教えて。」
無い勇気を振り絞って、今度はきちんと言いたいことを全て口に出す。
聞いてくれる見込みが無いとどこかでわかっていても、そうしたかった。
「名前、な〜……。」
男は、妙にもったいぶるような言い回しをした。
やっぱり化け物に教えてくれるわけがないかと、我愛羅がしょげかけた時。
「オレ様は紫電。2回も言わねぇから、一発で覚えちまえよ。」
「……紫電?」
反芻するように彼の名を復唱した我愛羅は、気がつかず笑っていた。
「そーだよ。って、そこ笑うとこじゃねーだろ!」
「ご、ごめんなさい……。
でも、お外でぼくに名前教えてくれた人……はじめてだから、うれしくて……。」
一歩風影の館を出れば、そこは名前も知らない人々だけが居る世界だ。
誰も、我愛羅に名前を教えてはくれないのである。
だから、その初めての体験がうれしくて笑ってしまったのだ。
「ふーん。ま、そーだろな。
その砂がふよふよくっついてりゃ、そりゃーまず返事する前に逃げちまうだろ。」
「うん……。でも、じゃあなんで紫電お兄ちゃんはにげなかったの?」
「別に、砂は怖くも何ともねーからな。
はっきり言って、コントロールならオメーの何百倍もうまいぜ?」
そう言って、少し得意げに紫電は笑った。
「ほんとに?!」
「おう、パチこいてどーすんだ?」
我愛羅は、尊敬のまなざしで紫電を見上げた。
我愛羅の砂は時に彼の制御から外れ、
望みもしないのに何らかの形で人を、そして結果として自分の心も傷つける。
だから、砂のコントロールがうまいという彼を純粋にすごいと感じたのだ。
「すごい……うらやましいな。
砂が勝手に動いて、他の人をけがさせちゃうこととかもないんだよね。」
制御する方法を教えて欲しいとさえ思ったが、
さすがに初対面の人に頼んだら変な顔をされるだろうと思い、それは言わない。
「あたぼーよ。
ま、好きに殺しちまう事はあるけどな。ひゃーはっはっは!」
「こ、殺すのはダメだよ!」
人を殺すのはいけない事だ。忍者が多いこの里においても、平時はその理屈が通用する。
もちろん、笑って言うことではない。
「なーに甘っちょろい事言ってんだよ。やられる前にやる。オメーだって今までそうだったろ?」
「それは……砂が……。」
「へいへい、わかったよ。」
いつの間にか歩き始めていた紫電に置いていかれないようにと、我愛羅は彼の後ろを早足でついていく。
夜叉丸と違い、歩調を合わせてくれない彼の足は我愛羅がついていくにはいささか早い。
成人男性としては普通の速度なのだが、我愛羅のような幼い子供には倍速移動もいいところだ。
「まってよ〜!」
「……ナメクジかよ、オメー。」
あからさまにあきれ返っていたが、その言葉に必要以上の毒はない。
そして何を思ったのか、片腕で我愛羅をつまんで小脇に抱えた。
「わ、な、何??」
急に視界が変わり、何が起きたのかわからず我愛羅はおろおろとする。
が、紫電はそんなことお構いなしだ。
「ナメクジにあわせてたら、朝になってもつかねーんだよ。」
「え、どこ行くの?!ぼく、帰らなきゃいけないのに……。」
実は我愛羅は、夕暮れに家である風影の館に帰ろうとして道に迷っていた。
原因は大人達や他の子供に追われ、それから逃げていたせいだが。
きっと今頃、夜叉丸が心配して探しているだろう。
「ん?あ、そーいやもうじきガキは家でおねんねか。……ま、いーや。」
「え、そんな!ぜんぜんよくないよ!!」
早く帰らなければ、心配している夜叉丸に悪いのに。
だが、そんな我愛羅の気持ちを彼が推し量ってくれる事はない。
「恨むんなら、オレ様を呼び止めた自分を恨みやがれ。」
「え、え?え〜〜!!」
「だ〜、騒ぐなっつーの!」
もはや人さらいと誘拐される子供にしか見えない2人は、そのまま里外れに消えていった。
その頃、風影の命を受けた砂隠れの暗部達が、夜の里を駆け巡っていた。
しかし彼らがそれに気がつくことはなかったという。
―断崖のふもと―
紫電に持ち去られる格好になった我愛羅は、途中から諦めの境地になった。
時間は分からないが、もうそろそろ眠くなってくる頃合いだ。
もっとも、体内に封じられている守鶴が暴れるせいで全然熟睡できないが。
それでも、浅い睡眠くらいはとりたい時間だ。
「さ〜て、ついたっと。」
「紫電お兄ちゃんは、ここに来たかったの?」
「まーな。」
やってきたのは、砂隠れを囲む断崖の一角にある岩の裂け目。
人間から見れば何もない、そんな場所。一体紫電は何のためにここに来たのだろうか。
「おーいオメーら、起きてっかー?」
「お、大親分!」
「お頭〜!」
次々と岩の裂け目から顔を出す、砂色の狸たち。
砂隠れでは守鶴の眷属として有名な、砂漠に住む砂狸である。
気性が荒い事で有名な彼らが、紫電にはとても従順だった。彼にはなついているのだろうか。
「お〜、元気そうじゃねーか。
どーだ、なんか変わったこととかあったか?」
「いえ、おかげさまで平穏そのものでございます!
ところで、今宵は何の御用で?それとそちらの坊ちゃんは……。」
オスの砂狸が、紫電が抱えている我愛羅に気がつく。
この辺りはほとんど人間も近寄らないため、さらに子供となるとこの場にはひどく不釣合いな存在だ。
「ん?あぁ、このチビか。
まあ、オメーらが勘付いたとおりのガキだよ。
オレ様を呼び止めやがったから、まんま引きずって来た。
ま、今日は単にオメーらの様子を見に来ただけだからよ、別にいいだろ?」
「ええ、お頭のお考えですもの。
あたし達がとやかく言える筋合いじゃありません。」
喋り方からするとメスらしい者が、さも当然というようにそういいきった。
我愛羅は彼らと紫電の関係がいまいちつかめないが、
ずいぶん信頼しているようだということはわかる。
「でもよろしいんですか?その坊ちゃん、今頃派手に探されてるでしょう。
道中、うっとうしくありませんでしたか?」
「へーきへーき。隠形をかけたからよ。このオレ様の術に気づくわけねーって。」
あっけらかんと言いのける彼の自信はどこから来るのだろうか。
子供ながら、我愛羅はいまいち納得がいかない。
「術……?」
「ま、気にすんな。」
そればっかりじゃないかと我愛羅は思ったが、
教えてくれる気がなさそうなので、我愛羅は黙ってそれを受け入れた。
「ねぇ砂狸さん、ここからどうやったら、里に帰れるのか知らない?」
来る途中は紫電に抱えられての高速移動だった上、知らない場所なので帰り方が見当もつかない。
それに、崖の下のこんな足場の悪い所では、
子供はおろか大人でも出られるかどうか怪しいものだった。
「ええと……大親分、あっしが坊ちゃんを送っていってもよろしいでしょうか?
なんだか、こっちの方まで騒がしくなってまいりましたし。」
「そーいやそうだな。
け、ガキ一匹でガタガタ騒ぎすぎなんだよ。」
近くで暗部達が走り回っている事を示す、空気を切るような音。
確かに騒がしくなってきた。
「まー、待て。下手にオメーらは出てこねぇ方がいい。
オレ様がちょっくらいってくらぁ。」
「あ、そんな大親分御自らお出ましにならなくても!」
あわてたオスの狸が、紫電を呼び止める。
それにしても、話を聞けば聞くほど我愛羅は彼らと紫電の関係がわからなくなってきた。
「いーんだよ。
うっかり出てったせいで、オメーらの巣穴に人間共がちょっかい出したらうぜーだろ?
子分の面倒を見るのが親分ってもんだぜ。
っつーわけで、さっさと行くぞまゆなしパンダ!」
「ま、まゆなし……?!」
生まれて初めて化け物以外の、
しかも変な呼び名をつけられた我愛羅は、呆然とされるがままになっていた。
猫のようにつままれて、今度は肩に担がれる。
今度こそちゃんと帰れるんだろうか。それだけが今の我愛羅の関心事だった。
「おい、見当たらないのか?」
「里中探してここにもいないとなると……どこかでの垂れ死んでるんじゃないのか?」
結構長い時間探しているらしく、うんざりした様子でつぶやく。
こんな里外れの方にいる段階で、彼らがいかにてこずっているか察しがつくというものだ。
忍者の中でも特に手練れとされだけに、子供一人の捜索くらいすぐに終わると踏んでいたのだろう。
悪態の1つもつきたくなろうというものだ。
「は、そんな馬鹿な!
あの化け物を殺せる奴なんて、いるなら顔を見てみたいくらいだよ。」
「化け物が何だって?」
暗部たちがはっとして声の方に振り向くと、
そこに居たのは我愛羅を連れた紫電だった。
『?!』
「んだよ、そのツラ。
ったく、せっかく落とし物拾ってやったっつーのに、態度悪いんじゃねーの?
それとも、こいつはいらねーのか?」
挑発的な瞳で、紫電は暗部に聞いてくる。
「……我愛羅様を保護していただき、感謝します。
失礼ですが、お名前は?」
態度の悪さにむっとしつつも、
我に返った暗部の一人が丁寧な態度で紫電に聞いてきた。
「オレ様か?紫電だ。
つーか、人に聞くならまずてめぇが名乗るのが礼儀だろーが。」
「それは失礼した。
だが我々は職務上、名も顔も明かすことは禁じられているのだ。すまない。」
暗部に属するものにはコードネームがいくつかあるが、
個人の特定に繋がりかねないために明かせないことがほとんどだ。
「ふーん。そんじゃ、信用できねぇなあ。」
おちょくるような物言いに、暗部達がむっとしたのが面越しに見て取れた。
「我々は風影様直属の部隊に属する者だ。
そのような物言いをされる筋合いはない。
我々は大至急、その方を風影様の元へお連れしなければならないのです。」
明らかに苛立っている暗部の言葉。
これはもめるのではないかと子供心に心配し、我愛羅はチラッと紫電に目をやった。
そんな我愛羅の気持ちを知ってかしらずか、
あろうことか紫電は笑いをこらえていた。
当たり前だ。
何を隠そう、彼こそがこの里でもっとも恐れられる我愛羅の中の「化け物」だ。
砂の守鶴。全ての狸を統べる者。
暗部といえど、彼にとってはハエに等しい。
だから、彼は先程からずっと遊んでいる。
もし面倒な事になりそうならば、先程の人間のように殺してしまえばいいのだ。
あるいは記憶を消してしまえばいい。
そんな適当な思考回路で行動している。
同じく眷属を統べる立場にいる知り合いが聞いたら、
『もう少し後始末の事を考えろ。』と、さぞかし呆れるだろうが。
「あなたは何を言いたいのですか……。」
「いや、なぁ〜……前におんなじ様な面かぶった連中が、
こいつの暗殺者、なんてもんやってたのを見たからよぉ。」
呆れと苛立ちが混じった言葉に、
紫電、いや守鶴はさらに相手の神経を逆なでする言葉を言い放った。
里の者でも知るはずがない、我愛羅暗殺未遂時の事をほのめかす発言。
我愛羅の内側でずっと見続けていた守鶴だからこそ、知りえたことだ。
無論、暗部達が向ける不審の目はいっそうきつくなる。
「貴様……!!」
「おっと、やる気か?
それでもオレ様はかまわねーけどよ、オメーらはお役目ほったらかしてるヒマあんのか?
確かさっき同じ口で、『大至急』とかほざいてなかったか?あぁ?」
「……そうだ。
では紫電殿、信用できぬというならば、あなたもおいで下さい。
それでよろしいでしょう?」
「ま、いいだろ。よかったなーまゆなしパンダ。
こいつら一応、口先通りの目的で来たらしいぜ?」
つくづく相手の神経を逆なでするようなことしか口にしないが、
それも相手の反応をみて楽しむためだけだ。
もっとも、そんな事を純真な我愛羅が知るはずもない。
暗部がますます機嫌悪そうなオーラを放ち始めたため、気が気ではないといった様子だ。
「し、紫電お兄ちゃ〜ん……!」
「ビビってんじゃねーよ。
こんな連中怒らせたって、どうこうなるもんじゃねーって。」
いっそふてぶてしいくらい落ち着き払った様子で、守鶴はさらっと言ってのけた。
当然、馬鹿にされた暗部たちは面白くない。
忍者としての誇りと、風影直属にふさわしい実力を持つという自負があるのだから。
「……今の貴殿の言葉、聞き捨てなりませんな。」
「はっ、だからどーした?
オレ様を殺しにかかるってか?安心しな、オメーらごときじゃ絶対無理だ。」
「……っ!!」
年若い暗部が、とっさに印を結ぶ構えを取る。
我愛羅が身を硬くするが、守鶴は全く動じない。
「よせ、我愛羅様に当たったらどうするつもりだ!」
「……くっ。」
先輩格の者にたしなめられ、年若い暗部はしぶしぶ構えを解いた。
「そーそー、お役目果たす気があるんなら、
今のオレ様に手を出そうなんて考えねぇ方が身のためだぜ?
てめぇらごときのちんけな術なんざ、
オレ様どころかくっついてるこのガキにだってあたりゃしねーよ。」
暗部が使う術を捕まえてちんけな術呼ばわりなど、他の里の忍者が聞いても耳を疑うだろう。
そんな発言は、伝説級の実力を持つ忍者くらいしか許されない事だ。
もちろん最強の妖魔の1体と謳われる守鶴にとっては、言っても当然差し支えない事だが。
事実を知らない暗部たちと我愛羅は、幸せだ。
気を抜くと笑いそうになるのをこらえながら、守鶴はそう思った。
―風影の館―
「そうか、ご苦労だった。では、私からも礼を言っておくとしよう。」
報告を聞いた風影は、珍しく直接礼を言うために席を立つ。
向かったのは、客人を通す部屋。
体面上、息子を保護してくれた相手に直接礼を言うのは当然のことだろう。
風影にとって、末の息子はもはや厄介者でしかないが。
「父様!」
「おー、来やがったか馬鹿親父。」
駆け寄ってきた我愛羅の頭を軽くなで、風影は守鶴の方に視線をずらす。
だが、風影の目は守鶴の姿を認めた瞬間に驚愕に染まった。
「な……き、貴様!?」
「よーぉ、久しぶりじゃねぇか。
相変わらずのうのうと生きてるみてーだな、ん?」
皮肉な笑いは、風影のそばにいる我愛羅の背筋を凍らせた。
急に険悪な雰囲気になった父親と守鶴の様子におびえているのだろう。
「と、父様……??」
「お前は気にしなくていい。
夜叉丸が待っているから、もう部屋に帰れ。」
「は、はい……。あ、紫電お兄ちゃん。今日は、ありがとう。」
いつにもまして冷たい父親の様子に戸惑いながらも、礼だけはきちんと述べる。
礼儀に関しては、我愛羅は同じ年頃の子供よりもしっかりしていた。
「おう。じゃーな。」
「うん、さようなら。」
やや早口で言い置いて、我愛羅は半ば逃げるように部屋から出て行った。
それを守鶴はひらひらと適当に手を振って、
風影は目線だけで見送ると、少し間をおいてから再び口を開いた。
「何が目的だ。」
「んな怖い顔して聞かれるほどのもんじゃねーよ。
ただの暇つぶしだっつーの。
たまにはじかに殺してぇからな〜、ひゃーはっはっは!」
何がおかしいのか、守鶴は豪快な笑い声を上げた。
風影の表情は、ますます険しくなる。
「たったそれだけの理由か。下らない。」
「うっせー。チビ3人も抱えた嫁をあの世送りにした腐れ外道に、
とやかく言われる筋合いはねぇんだよ!」
妖魔に腐れ外道呼ばわりされるようでは、すでに風影の非道ぶりはどれほどなのか。
良識のある人間がそばにいたら、そう思うだろう。
「こちらこそ、里のために取った行動にとやかく言われる筋合いはない。
たった一人の女の命で里の命運を変えられるなら、
あれくらい安いものだ。加流羅には悪いがな。」
今でもはっきりと覚えている。
決定を下した時には、里の重鎮達もそろって反対した。
妻自身にも、止めてくれと何度懇願されただろう。
だが、風影は頑として譲らなかった。全ては里の未来を憂えてのことだが。
あまりの言いように、元々きつい守鶴の眉がさらに釣りあがった。
「うっわ。これっぽっちも悪いなんて思ってねえ癖に、よく言うぜ。
あ〜ぁ、加流羅ちゃんもほんっと浮かばれねーなぁ。」
守鶴は大げさに息を吐き、肩をすくめてみせる。
この様子だけ見ていれば、傍目には本当にただの若者にしか見えない。
だが、ふざけたように見えるその行動に、風影はいっそう表情を険しくする。
「余計なお世話だ。」
「ま、あんな美人を一回コッキリ使い捨てにしちまう馬鹿亭主に、
今更何言ったって無駄だよな〜。」
「ふん……何とでも言えばいい。」
今さら何を言っても無駄というのは、むしろ風影の方が守鶴に言ってやりたい言葉だった。
それに、加流羅のことを今さら誰に非難されようと関係ない。
そう思っていると、守鶴は不機嫌な顔でこういった。
「けっ、じゃあ言わせてもらうがよ。
オメーらは何度しくじりゃ気が済むんだ?
いい加減、このオレ様の力を制御しきれるなんてゲロ甘な事……。」
すっと守鶴の右腕が上がり、視認できないほどの速度で一気に振り下ろされる。
放たれた不可視の刃が、よけそこなった風影のこめかみ近くを切り裂いた。
「いつまでも考えてんじゃねぇよ!!」
咆哮にも似た叫びと共に、守鶴の虹彩に黒いひし形の紋様が浮かび上がる。
本来の姿でのみ現すはずのその紋様は、風の刃同様、言外に風影をけん制するものだ。
風影一人位いつでも葬れると、暗に示している。
現に不意打ちとはいえ、風影に攻撃を当てたこと自体恐れるべきことだった。
「オメーだって分かってんだろ?
あのチビが、オレ様の力を制御しきれてねぇって。
だがなぁ、だからって簡単に殺そうなんて甘いんだよ。」
「……!」
頭から流れ出る血を袖で押さえながら、風影は守鶴を睨む。
だが、人間の睨みで動じるような相手ではない。
見下したような冷めた目が、逆に風影を射抜く。
先ほどまでの軽い雰囲気は、どこにも見受けられない。
圧倒的な力を持つ者だけが持つ、強烈な威圧感だった。
「てめえの失敗だろうが。逃げようったってそうはいかねーよ。
やっちまったことには、最後まで責任持ちやがれ。
残念だろーが、あのチビは死なねえぜ。何しろオレ様には『約束』があるしな。」
「約束……?」
守鶴の言葉に、風影がわずかな戸惑いを見せる。
するとその反応が気に入ったのか、守鶴はにやりと笑ってこう続けた。
「そ、約束。薄幸の美人の今際の際の頼み、聞かないわけにゃいかねえよなぁ?」
「妖魔が人間の頼みを聞くとは、どういう風の吹き回しだ?」
「さーな。『オメーが殺した』加流羅ちゃんの墓にでも聞いてみな。」
聞くだけ無駄だと悟った風影は、それ以上はあえて何も言わなかった。
問い詰めようとしたところで、のらりくらりとかわされて徒労に終わる。
「……。」
「あ〜、いい月が出てるな〜っと。」
ストンっと、身軽に守鶴が窓枠に飛び乗る。
どこかへ行くつもりなのだろう。
また、戯れに幾多の人間を葬り去るのだろうか。それだけは看過できない。
「待て!」
「あばよ。」
待てといわれて待つような性格ではない。
守鶴はにやりと不敵な笑みを浮かべて、そのまま月夜の闇に消えた。
「加流羅……お前は……。」
守鶴が言った『約束』の内容は、大体察しがつく。
死を間近に控えた妻は、一体何を思って彼に願いを託したのだろう。
本当にその願いを聞き届けてもらえると、どこまで信じていたのだろう。
己を殺した妖魔に願いを託した妻の気持ちは、風影には分からない。
思いのほか安らかだった彼女の死に顔を思い浮かべても、やはり何も分からなかった。
一方その頃。
眠ると悪夢ばかり見る我愛羅は、眠るのが嫌で窓から星を眺めていた。
先程はろくに礼も言えなかった事を、考えているのだ。
「また、会えるかな?」
さっきは父親の様子が怖くて、逃げるように出てきてしまった。
気を悪くしてしまってはいないだろうかと、我愛羅は少し不安になる。
まさか「紫電」の正体が守鶴だと、知るよしもない。
だからこそ我愛羅は、無邪気に思う。
また会いたい、と。
月夜を往く者。輝く2対の黄金。
黄金の瞳と、耳で揺れる黄金色の石。
月で輝くにはあまりに強い輝きを放つ石は、守鶴だからこそ持ちうるものだ。
乾ききった大地を駆ける彼が行く場所は、果たして何処なのだろうか。
災いをもたらす大妖の行く先は、誰もうかがい知る事はできない。
―END―
―戻る―
話が途中で脱線して、終点が予定してなかった方に転びました。
守鶴と4代目風影がお互い面識がある理由は……捏造設定上は決まっています。
ただ、話によって風影側に面識が合ったりなかったりするので、設定集にまでは書けないという。
ざっと言えば、加流羅が存命中に、守鶴が散々ちょっかい出していたって事です。
ところで、チビ我愛羅はあのおどおど感が可愛い気がします。
守鶴は終始人間をからかって遊んでます。我愛羅が純粋なだけに悪目立ち。
まぁ、守鶴がこういう性格なので、隠しの小説の割にゴテゴテに暗くないのですが。
ついでに、4代目風影が普通にひどい人ですが、我が家の仕様です。 (2006 8/3 誤字・脱文修正)
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