花連歌―桜―


空を埋めんばかりに広がる薄紅の天幕。
季節は春。命が目覚めるにぎやかな季節だ。
寒い冬は大人しく眠っていたバラ科の落葉樹達は、
徐々にぬるむ空気をかぎつけて起き抜けに一芸披露してくれる。
日毎に近づく春を知らせる梅、節句に彩りを添える桃、門出の季節を飾る桜、
初夏の風にそよぐ薔薇に至る花の連歌は、追いかけていけば長く楽しめる。

「満開、か。」
薄紅の花の中では目立つ群青の髪と、首の脇の対の長い銀髪の主は、
ぽつりと一言そう漏らした。
つい数日前に枝先が濃紅に染まっていたかと思えば、
桜のつぼみは春らしい陽気につられてあっと言う間に相好を崩したらしい。
春はいつもそうだ。ぼうっとしていると、草木はあっと言う間に表情を変えてしまう。
冬の間遅れていた時間を一気に縮めるように、せわしなく動いている。
今、鼠蛟が居候している家がある里のそばに位置するこの森の中も、
その例に漏れなかったようだ。
枝の合間からはかわいらしい小鳥の声が聞こえてくる。
花の蜜が目当てに違いない。
すずめなどが花をつまんで、ちゅっと上手に吸う光景をちらほら見かけた。
冬場は食料に乏しくて難儀だった彼らも、
早速春の味覚にありついているというわけだ。
足元にはいくらか散っている花びらにまぎれて、
どうも小鳥達に戴かれたと思しき花がちらほらと散見する。
食物ではなく森羅万象の氣を糧にしている妖魔の身では忘れがちだが、
これも旬の味覚という奴なのだろう。
鼠蛟は化けている今の姿でさえ、桜の花の蜜を味わうには体が大きすぎるから、
桜をこのまま味覚で堪能するには無理があるが。
と、和気藹々としていた小鳥達が、
何かに驚いたようにいっせいに羽をばたつかせて飛び立っていった。
「……?」
天敵でもやってきたのだろうか。
そう思って見上げれば、一羽のとんびが空に円を描いていた。
彼か彼女も、うららかな日差しに誘われたのだろうか。
気持ち良さそうに飛んでいる。
まるで、こんな気持ちのいい陽気の時に飛ばないのは損とでも言っているかのようだ。
眷属が文字通り羽を伸ばしている光景は、見ていると何となくのんびりとした気分になる。
しばし足を止めてその様子を眺めてから、再び視線を周囲の木々に戻して森の奥の方へと歩いていく。
歩調はゆったりとしたものだ。
花見だからというわけでもないのだが、急ぐ用事があるわけでもないからというのが、
鼠蛟の思うところであろう。
と、そこに風が音を立てて吹き付けてきた。
小鳥が去ってから静かだった森の木々が、揺れてざわめく。
鼠蛟の長い2本の銀髪も風になびいた。
満開の桜の花びらも、はらはらとわずかにその身を空に躍らせる。
四月頃はせっかく花が美しい季節なのに、野暮な春の嵐は容赦がない。
見頃の花を散らすのを楽しみにでもしているのだろうかというくらい、この時期は花に祟る事が多い。
もっとも風がなくても、後一週間もすれば見頃は過ぎてしまうだろう。
桜は華やかで潔いかもしれないが、一気に咲きそろう分長く楽しむには全く向いていない。
鼠蛟に花を愛でるような風流な趣味はないが、
花の散り際はついつい惜しんでしまうものだ。
だが、桜が散っても違う花が待っているのだから、次の主役を他に渡しにいくだけなのかもしれない。

目覚めの季節は花が競う季節。
主役は自分と競う花々は、いつでも一番の色と香りを披露する仕度を整えていることだろう。


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管理人にシーズンという概念は乏しいようです(何
更新のネタを探してて、見つけたからアップ。
でも今の季節は明らかによくてバラ、つーかバラ科は実の季節に差し掛かってるわけですが。
ああ、今はサクラの実がおいしい季節だからいいのかある意味。
それにしても、ただでさえ1人の話はカギ括弧少ないのに、これは台詞の中身が本とにないなあ……。

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