見えない面影


普段は忘れていても、ふとした拍子に気になることが、ナルトにはある。
それは決まって、同世代と居る時以外に浮上してくる。
「なー、狐炎。」
「何だ?もう寝るのではなかったのか?」
ベッドの中で寝転がるナルトに呼ばれて、狐炎が怪訝そうに振り返った。
こういう光景は、普通の家庭でもあるのかどうか。
ナルトは少しだけ気になったが、正常な比較対象を知らないのでさっぱり分からない。
「お前ってば、おれの父ちゃんとか母ちゃんっぽい人、あの日に見た?」
「……藪から棒に何を聞くかと思えば、そんな事か。」
話が長くなりそうだと踏んだのだろう。
椅子も何もないベッドの横の床に、狐炎はそのまま腰を下ろした。
「そんな事とかいうなってばよ!」
ついむきになって、潜っていた毛布を跳ね除けんばかりに、狐炎の方へ身を乗り出す。
「むきになるな。他意はない。……で、何故それを、あの日戦っていたわしに聞く?
数多の人間を相手にしていて、一人ひとり見分ける余裕などないことくらい、想像はついているであろう?」
呆れ顔になった気配が、照明を消したくらい部屋でも分かる。
せめてもうちょっと返事に気を使ってくれと思うが、
そう言ったらそんな必要があるのかと、冷たく言われそうだ。
「そりゃ、そうだってばよ。でもさぁ……。」
サクラが小さい頃の思い出を語っていたのを思い出す。
いのがその横で、自分の父親の若い頃の失敗談をおかしそうに語って笑っていた。
ナルトはその時、2人に声をかけようと思って近づいたのだが、
聞こえてきた会話に薄い結界のような疎外感を感じて、そのまま引き返してしまった。
「おれってば、親の名前も顔も知らないってばよ。
何でか知らないけど、じいちゃんも……エロ仙人も、カカシ先生も、誰も教えてくれなかったし。」
その辺りなら知っていそうなものなのに、誰に聞いても教えてはくれなかった。
カカシに聞いた時は、何だかんだで彼はナルトの同期の親よりも若いから、
知らなくてもしょうがないかと思って諦めたのだが。
「ああ、そうだな。」
短い肯定の言葉。
チラッと狐炎の顔を窺うが、端正な顔にも柘榴石の瞳にも、これと言った表情は読み取れなかった。
「普通さ、おれみたいに親がとっくに死んじゃってて、小さい頃から一人ぼっちでもさ。
近所のおっちゃんとか、そういう人が親の名前くらい知ってたりするよね?
捨てられてたとか、そういうんじゃなかったらさ。」
「ああ、むしろそれが自然だ。
以前からその土地に住んでいれば、誰かは知っているだろう。手がかりくらいは残る。
運が良ければ、話も聞けるだろう。」
もっともナルトの場合は、両親を作為的に隠されてしまっているのだろう。
本人は気がついていないが、狐炎は悟っている。
「じいちゃんは、お前が来た時のドサクサで、父ちゃんは戦って死んじゃったって言ってたけど……。
それなら、母ちゃんは?」
「恐らく、お前を産んだ時に難産だったのだろう。
ろくに手も施せぬ状況でそれに陥れば、人間は元々出産が重いから簡単に死んでしまう。
お前も一度聞いたはずだ。覚えてはいないかも知れんがな。」
ナルトがまだ10歳にも満たなかった頃、三代目に彼はたずねたことがある。
どうして両親が居ないのかと。そうしたら三代目は、両親の死因だけを答えたのだ。
本当かどうかは、ナルトはもちろん狐炎も知らないが。
「うん、忘れてたってばよ……。でも、やっぱおかしいってばよ。
何で名前も教えてもらえなかったんだろ。」
「お前の出自を明かすと、何かしらの危険が及ぶか、不利益があるのだろう。
……三代目とやらが生きているうちに、問い詰めておくべきだったな。」
生来の鈍感さと、細かいことは気にならない大雑把さがあいまって、
多少の矛盾は見落としてしまうことが多いナルトでも、
長年の密かな関心事である両親の情報が一切与えられない状況には、さすがに釈然としないものを感じている。
その理由までは、彼には想像が及ばなかったようだから、狐炎はほんの少しだけ自分の推測を口にした。
「……死んじゃったもんな、じいちゃん。
よく考えたら、カカシ先生とかじゃ会った事なかったかもしれないし、ほんと、聞いとけばよかったってばよ。」
ちょっとしつこく聞こうとしたら、困った顔をして言いよどんでしまった亡き三代目。
その頃はまだ幼かったナルトだったが、
大好きなじいちゃんをこれ以上困らせたらよくないかもと思って、
それ以上聞くのを我慢した記憶がある。
いつかきっと話してくれると信じていたのかもしれないが、今となっては当時の自分の心情も分からない。
「今の五代目でも怪しいか。……まあ、名前くらいは聞いていたやも知れんがな。」
「うん、ばあちゃんじゃね……。
あーぁ……父ちゃんの名前も母ちゃんの名前も、顔も、結局わからずじまいのままなのかなー、おれってば。」
具体的に何年前から里を離れていたのかとか、細かい事までは聞いていないが、
何年も木の葉から遠ざかっていた綱手では、ナルトの両親との面識はない可能性がある。
自分がこの世に生まれるために欠かせなかった人達のはずなのに、
息子はその重要人物を知らないまま終わるのかと思うと、なんだか情けなくもあった。
「ところで、ナルト。」
「ん?何だってばよ。」
妙にがっくり来た心にのしかかる、憂鬱という名の重石の下から、少々わずらわしそうにナルトは返事をした。
すると狐炎は、うっすらと楽しそうな笑みを浮かべる。
「お前、今こうして話しかけている相手が『憎い』と思うか?」
「えっ?!きゅ、急に何言ってるんだってばよ?!」
眠りに備えて落ち着いていたはずの神経が、びっくりして跳ね起きる。
あからさまに取り乱した彼の様子がおかしいのか、狐炎はクックッと忍び笑いまで漏らした。
からかい甲斐があると楽しいようだ。
「一応三代目の言葉を信じれば、お前にとってわしは親の敵だぞ?
ついでに、わし自身の意思ではないが平和な幼少期が失われる原因にもなったしな。」
「えっと……な、何が言いたいかさっぱりだけど、さ。」
口の端が、片方だけ不自然に上がってしまう。
時と場合に応じて、言葉も表情もたくみに切り替えてしまう狐炎の考えを汲み取る事は、
正反対の気質のナルトには非常に難しい。
そして今の質問を投げかけてきた彼の心情を読み解く事には、全くもって手が出なかった。
一応、言っていることは正論のはずなのに、このちぐはぐな感じはなんだろうか。
「何だ?」
「……なんか、全然実感湧かないってばよ。
好きじゃないけど、別に、嫌いって程嫌いじゃないし……。あ、そりゃいやなところもあるけどさ。」
狐炎にはよく怒られるし、確かに彼が封印されているせいで、幼少期は理不尽な目にもあった。
それでも、今目の前にいるこの妖魔を憎んでいるかと聞かれたら、首をひねってしまう。
そして、数拍間を空けてから首を横に振るに違いない。
狐炎が『九尾』でしかなかった頃は、違ったかもしれないが。
「そうだろうな。」
「え?」
「顔も名も知らぬ両親の敵と言われたところで、お前には戸惑うことしかできぬだろう。
残念ながら、というべきだな。」
親の顔も名前も知らない子供。
原点が欠けていると言ってもいいナルトの根本は、本人が気づいていないだけでとても不安定に違いない。
「……うん。」
反応を予想されていたことにはそれほど驚かない。
ただ、彼が口にした推測を肯定した。
「お前には、家族という寄る辺がない――。」
「この際お前でもいいから入れちゃダメ?」
家族が居ないという事実を改めて言われると非常に嫌なのか、ナルトは話に割り込んでまでそう言った。
「ただの同居人でしかないが、まあこの際よかろう。」
そう答えたら、ナルトが目の奥で何となく安心したのが見て取れた。
多分、本人も無意識だろう。
一人が嫌で、いつも周りの気を引こうと目立つことばかりしている子供だ。
12になっているからあからさまなことはしないし、
むしろ大人に反発する年だが、彼が帰宅した瞬間の表情が以前と全く違うことが心境の変化を語る。
狐炎に向かって不平不満ばかり口にするくせに、
たまに一日帰らない日になるというと、何となくがっかりしたような顔までするのだ。
「もしも誰かが両親の事をお前に教えていたのならば、少しは親しみも持てたろうにと、そう思ったまでだ。」
「言いたかったのってば、それ?」
彼なりに、発言の真意を探ろうと頭を働かせていたらしく、降って来た答えに拍子抜けした顔になった。
一瞬飲み込むのに時間がかかったようで、目をしばたたかせている。
「ああ。もしも両親の事を伝聞でも知っていれば、おまえがわしに抱く感情は単純ではなかったはずだ。
少なくとも、敵という意識はわいただろう。」
「そんなもん?」
「個人差はあるがな。」
いまいち理解し切れていないナルトに、さりげなくそう付け加える。
ナルトの反応は間違っているわけではないという、かなり判りにくい肯定の言葉でもある。
「そっか……じゃあやっぱりおれ、じいちゃんから無理にでも聞いとけばよかったってばよ。」
「ほう。何故だ?」
「そしたらおれ、『親の敵』のお前のことを憎めたってばよ。」
遠い何かを、羨ましそうに見つめる蒼空の瞳。
それは、話し相手の狐炎ではなく、もっともっと遠いところを見つめている。
「憎めるような子供で居たかったか。」
聞く方には真意があやふやになりそうな言葉の意味を綺麗にすくい取って、狐炎はそう語りかけた。
ナルトの心が今、どんな感情で揺れているかを彼は知っている。
「うん、お前には悪いけどさ……。」
本人を目の前にして言うようなことではない。言ってから気がついて、さすがにナルトは口が滑ったと後悔した。
いくら相手が狐炎でも、言っていい事と悪い事がある。
大人が相手だと甘えが出てすぐに謝ることは珍しいナルトの口から、謝罪の意思が漏れた。
「構わぬ。」
別にどう思われていようと構わない。そんな声が聞こえた気がした。
興味なさそうに狐炎が視線をそらした拍子に、下ろしていた橙色の髪がわずかに揺れる。
多分、ナルトと同じ色をしていたであろう生みの親のどちらかよりも、なじみがある炎の色。
珍しく、温かみを覚えるその色に近い暖かさを持ち主から感じた。
「なんか……気持ち悪いくらい優しくない?今日のお前。」
「怒る理由がないのに、怒れというお前も分からぬな。」
普段と違う怪異に引きつるナルトを、フッと目を細くして笑う。
「いっつもそれならいいのに……。」
「ならば、不興を買わずに済むように精進しろ。」
「ちぇ……あーいえばこういう……。」
嫌味な奴だ。
だが、話を笑わずに聞いてくれたことに免じて、余計な言葉は胸にしまっておくことにした。


―END― ―戻る―

この2人の話は久しぶりですね。原作でやっとナルトの両親がちゃんと判明して、しばらくしてから思いついたネタ。
どこら辺が都合悪かったのか、ナルトは両親の名前も顔も知らされてないんですよね。
ちょっと最近、二部の途中から全くといっていいほど原作を見ていないんで、原作の進行状況はかいつまんだ伝聞ですが。
きっと本人は、特に小さい頃ほど気になってたんじゃないかなと思っています。

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