諸刃の剣


呪印という力を得て、異形の姿に変じる音忍。
自ら眠りにつき、封じられた守鶴を呼び覚ましたかつての我愛羅。
他者の体を乗っ取ってまで生きながらえ、貪欲に術を集める大蛇丸。
その他、挙げればキリがない。
力を欲すれば、それだけ人から遠ざかる。
外側であれ、内側であれ。
忍者という存在を見ると、時々そんな気がする。
そんな事を思い出しながら、狐炎は傍らのナルトを一瞥した。

だんだんと体が完成するにつれ、狐炎から借りられる力の量も増えていったナルト。
もとより妖魔の力全てを行使できる体ではないが、それでも彼は人の身に余る力の扱いを覚えている。だが。
「しまいには、力に呑まれるぞ。」
「呑まれるって?」
唐突に投げかけられた言葉を、ナルトはオウム返しに言った。
思考の一部がそのまま口に上ったような言葉では、分からないのも無理はない。
だから今の言葉だけで理解しろと、狐炎は求めなかった。
「そのままの意味だ。あまりわしの力に頼りすぎるな。たとえ、暁とやらの戦いであってもな。」
「だから、何でだってばよ。」
狐炎が言いたいことがさっぱり分からず、ナルトはいらいらしながら続きを促した。
「お前の自我が消えるからだ。」
「へ……??」
ナルトはあっけにとられ、気の抜けた声で聞き返す。
思ってもいなかったと、直接口に出さなくても態度で語っていた。
その鈍感さに、狐炎はため息をつく。
全く、いくつになっても物分りが悪い、と。
「わからぬか?わしの力を借りた時、内から湧き上がるものを。」
「……なんとなく、わかるってばよ。」
みなぎる力は、それと同時に荒ぶる波のような感覚を感じさせる。
力を借りる量が増えれば増えるほど、その「波」は強く大きくなっていくのだ。
終いには、ナルトというものを飲み込みかねないほどに。
「あやつも言っていたであろう?」
「……うん。」
どうやら九尾のチャクラを使いすぎると、何か良からぬ影響があるらしい。
だからなのか、自来也は以前にも増してチャクラコントロールにうるさい。
得た力を適切に操る制御ではなく、借りる力を一定量に保つ制御に。もっともそれも、かなり難しいものだ。
「もとより妖魔の力なぞ、お前にとっては異物に過ぎん。
いかに赤子の頃から慣らされていようと、体に負担をかける行為だ。それに……。」
「それに?」
一旦言葉を切った狐炎を、ナルトは怪訝そうな目で見る。
だが、その先に続く言葉が良くないということだけは、
鈍感と称される彼にも理解できた。
事実、その予想は当たっていた。

「過ぎた力は、人を狂わせる。
わしの力も、一度に多量に浴びればお前の心を狂わせるだろうな。」
「おれは、そんなに弱くないってばよ!」
暗に精神が弱いと指摘されたと感じたナルトは、
ついむきになって言い返す。
強くなりたいと願う彼にとって、弱いという言葉は決して受け付けない類のものだ。
だが、その反応を見た狐炎は、冷めた目を向けてこう言い放つ。
「阿呆。精神の強い、弱いの問題など些細な影響だ。
もとよりお前の体も魂も、わしのような巨大な力を操るように出来てはおらぬ。」
「そりゃ、種族が違うし……そうかもしれないけどさ。」
狐炎に視線同様の冷たい声で諌められ、
ナルトは口ごもりながらも小さく反論を続けた。
忘れてはいけないが、妖魔と人間は別種族だ。
見た目や寿命はもちろんのこと、宿す力の性質も違う。
例え形だけを術で変えていても、本質はまるで異なるものだ。
「そう、種族は違う。お前の器は脆く小さい。
過ぎた力に自我が壊された時、
お前は木の葉の者が言う『化け物』になるぞ。」
「化け、物……?!」
ナルトの目が見開かれる。
幼い頃、大人達に浴びせられた嫌な言葉と記憶が、一気にあふれ出しかけた。
この呼び名は、呪いの名。
自分達の害になるものだと、一方的に彼を断じる最悪の言葉の一つ。
「そうだ。巨大な力を持て余し、自我を失い、ただ目の前のものを壊し続ける……。
人でもない、まして妖魔でもない。ただの『化け物』だ。
お前が最も嫌うその呼び名、そのままの姿になるだろう。
もっとも、お前が自我を失ってしまえば、その後はわしが乗っ取るまでだがな。
その暁には、まずあの里を滅してやろうか?
それでもわしは一向に構わんぞ。クックックックック……。」
狐炎の瞳の奥にちらつく、冷酷で残忍な光。
妖魔の本性そのままの表情。
嘲笑に似た低く暗い笑い声に、ナルトは背筋が総毛立つ。
「じょ、冗談じゃないってばよ!!
それじゃあ……何にもならないってばよ!!」
「そうだろう?お前の夢も潰える、お前の大事なものも守れない。
むしろ……その全てを壊すことに繋がるのだからな。」
「……その通りだってばよ。」
狐炎にうまく乗せられたことに、ナルトはようやく気がついた。
もっとも、この場合は乗せられたことに感謝すべきだろう。
そのおかげで、自分の原点を思い出したのだから。
「わしに乗っ取られたくなければ、
せいぜいチャクラの制御を覚えることだな。
……最近のお前は、感情が高ぶると無意識にわしの力をまとう傾向にある。
負の感情は、特にわしの力を引き出しやすい。気をつけろ。」
「!……やっぱ、気づいてた?」
感情が高ぶったり、闘志が激しく湧き上がった時、
気がつけば狐炎の持つチャクラを借りている。
チャクラを瞬時に引き出す修行の副産物なのか、
最近のナルトはほとんど無意識に彼の力を借りていることがほとんどだ。
「わしを誰だと思っている。……ちっ、もうすぐ帰ってくるな。」
「え、後どのくらいだってばよ?
……っていっても、まだ結構遠いんだろ?」
ナルトはまだ何も感じないが、
感覚が人間よりもはるかに鋭敏な狐炎は、もう自来也の気配を感じ取っていた。
「まあな。……では、また明日だ。」
「うん。」
狐炎の姿が掻き消える。偽体を妖力とチャクラに戻してしまったのだろう。
力は、そのままナルトの腹の封印を通って狐炎の本体に還った。
自来也が帰ってくるのは、恐らくもう20分後。
彼がナルト以外の気配を感じる前に、いつも狐炎は偽体を消してナルトの中に帰るのだ。
「化け物になる、か……。」
ナルト自身よりもナルトのことを良く知る彼の忠告は、
時に自来也の言葉よりも重く響いた。
過ぎたるはなお及ばざるが如しというが、それよりもなお悪い。
まさしく諸刃の剣。薬も過ぎれば毒となるというべきか。
力の持ち主が言う以上、間違いはないだろう。
自我の崩壊。己が己でなくなるということ。
崩壊したその先に待っているのは、永遠の闇と絶望。
その意味の恐ろしさを改めて考え、思わず身震いした。
「……絶対、呑まれるかってばよ。」
巨大な力を律すること。力が一気に溢れ出れば、それはまず己に牙を向く。
ナルトは、大切なものを守るために強くなるのだ。
絶対に、自我の崩壊など招いてはならない。
そうなれば狐炎の言うとおり『化け物』に成り下がる。
守りたいはずのものを、自らの手で破壊してしまうことだろう。
それだけは絶対にごめんだ。ゆえに、固く心に誓った。
「お前の力の怖さ、ちゃんといつも覚えてるから……。」
内側に居る狐炎に、ナルトは小さくつぶやいた。
返事はないが、聞こえているだろう。
「お前がさっき言った事、忘れないってばよ。」
“その決意を忘れるな。”
脳に直接響く狐炎の声。その言葉に、ナルトは深くうなずいた。

―さて……ああは言ったがな。
ナルトに聞こえないように、狐炎は一人ごちた。
感情は時に大きな力を引き出す。
それが負であれ善であれ。だが、時には感情を制することが絶対に必要だ。
ナルトはまだ、それができていない。
完璧に感情を抑えられる者など、元々そうはいないが。
だがそれを差し引いても、ナルトはあまりに感情的過ぎる。
ともすれば際限なくチャクラを引き出そうとするその意志を、
こちらで制することがどれほど難しいことか。
元々狐炎のチャクラがナルトに還元されるという封印のせいで、
ただでさえブレーキをかけにくい。
外からならともかく、中にいる状態ではかなり難しいのだ。

―失いたくなければ呑まれるな……己の感情に。
危うい均衡。己の存在の危うさを、はたして彼は知っているのか。
知らないだろう、恐らくは。
知らぬことは恐ろしい。身をもって知ってからでは遅いのだ。

もしかすると、それは遠からず災いをもたらすかもしれない。


―END― ―戻る―

第二部の九尾モードを見て(カカシにお札張られるずっと前のやつ)、
「無意識に借りてないか?」と思ったのがきっかけで生まれた話です。
ちなみにこの話、(特に本体における)管理人の人間の認識が良く出ている話ともいえます。
ある意味では。とりあえず、奥の手は隠しておいてねナルト君。
ありがたみもなくなるんで(違

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