弱者


「あー、やめて!返してよ!」
「ちょっと借りるだけよー。いいでしょ、有効利用してあげるんだから。」
―またやってる……。
くノ一クラスの教室では見慣れた光景だ。
今日は男子クラスと合同の授業が一時間も無いので、サクラ達くノ一の卵は、一日この教室で過ごすことになる。
そうなると、休み時間には決まってこの光景が教室の端やアカデミーの校庭の端で見受けられる。
いつものことだし、みんな慣れっこだから見向きもしない。
別に殴ったりするわけでもない、
一見するとただの友人同士の馴れ合いに見せかけた陰湿ないじめだ。
サクラは小さい時、男子から露骨な嫌がらせをされていたのと同様、
女子からもうっとうしいと言葉で散々邪険にされた経験がある。
それに比べれば、男子からは何もされていない分、今いじめられている少女はマシなように見えていた。
(ねぇねぇ、あの子達またやってる。)
(そうみたいね。)
こそっと隣の子に話しかけられたので、
サクラは向こうに気づかれないように同じように答える。
(あんなことしてるなんて、暇よねー。)
(そうかも。成績悪いんだし、勉強でもしてればいいのに。)
いじめに参加している少女達は、
実技の組み手の成績以外は索敵も座学もさっぱり振るわない。
サクラに言わせれば、うだつが上がらない苛立ちを一人にぶつけて鬱憤ばらしをしているだけだ。
馬鹿な連中だと思っていた。
同じ落ちこぼれなら、1人でいたずらして怒られたり、他とつるんで悪さしてるナルトの方がまだマシだろう。
少なくとも、見てる方はあほな行動を笑っていれば済む。
いじめと違ってそこまで周りが嫌な気分にはならない。
(あの子も、嫌ならやり返せばいいのにねぇ。)
(そんな度胸も無いんでしょ。どっちもどっちよ。)
呆れたというよりは、分からないという感じで感想を漏らす彼女に対し、
サクラはずいぶんと手厳しい批評をした。
(あれ、冷たいね。意外ー。)
(だって、いじめられる方も悪いじゃない!)
昔いじめられていた時代の事を知るものは少なくない。
隣の少女も知っているクチで、それだけにサクラはてっきり弱い方の肩を持つものだと思ったようだ。
だが、サクラの考え方は違う。
(いじめやすい風にしてるから、ああなっちゃうのよ。
経験で分かるわよ、そのくらい。)
いじめられるのは、いじめやすそうな暗くていじいじしているとか、立場的に弱い人間と相場は決まっている。
サクラも広いおでこをコンプレックスにして、
いつもおどおどと相手の出方ばかり窺っていたから、
結局相手をいらだたせたりしていじめられるきっかけになったのだ。
いのからリボンを贈られて、気にしなくなってからはコンプレックスが解消し、
今はいじめと無縁で過ごしているが。
(ふーん、そんなもんなんだ。)
(そういうもんなのよ。)
軽くあしらうようにそう言って、途中だった予習の続きに戻る。
すると、教室の外から帰ってきた誰かが怒鳴る声がした。
いのだ。
「ちょーっとあんた達、またやってんのー?
飽きないわねー!」
大人数でも全くひるまず、いのは容赦なくいじめっ子たちを叱り飛ばす。
その勢いには、相手の方がたじたじだ。
「い、いの!」
「ち、違うのよ。借りただけだってば!」
慌てふためいていじめっ子たちが言い訳を始めたが、
いのがこんな小手先の詭弁でごまかせると思ったら大間違いである。
「馬鹿言ってんじゃないわよ!どーせ無理やり取ったんでしょ?!
次の時間使うもんなんだから、ちゃんと返しなさい!」
いのに一喝されて、リーダー格がしぶしぶ返す。
(ひぇぇ……さすがいのちゃんだ……。)
もうサクラに向けて話していない隣の少女が、
参りましたと言わんばかりの感想を漏らしていた。
どうでもいいことだが、独り言も彼女は多かったりする。
ちなみに、いのに便乗して加勢する者はいない。
前に少しはいたのだが、今そうやって言うんなら、
あたしが来る前になんで止めなかったのと怒られたからだ。
いのの毅然とした態度は、なかなか真似できるものではない。
普通こういう風な態度をとっていると、自分も嫌われる恐れがあるのだが、
彼女はそんな事を怖いとも思っていないからか、
とても堂々としている。それに、面倒見がいい彼女の周りはいつも人で一杯だ。
(……あ、来た。)
その証拠に、とサクラはまた開いていた教室の扉をくぐった少女を横目で見る。
成績は中程度だが、いのとも仲良くしている子だ。
先生に言われて道具を運んできた彼女は、
荷物を下ろすとさっそくいの共々いじめっ子の説教に回った。
彼女はかなりの男勝りだが性格のいい子で、いのと同様いじめっ子には手厳しい。
(馬鹿よねー、本と。)
目を盗んでいじめていても、結局見つかるんだからやめればいいのに。
サクラはそう思うのだが、かといって止めはしない。
自分がやらなくても、他に止める人間がいる。そう思うからだ。


そしてあれよあれよと言う間に今日も一日が終わり、真っ赤な太陽が瞳を焼く夕方。
周りに人影も乏しい道端で、いのが後ろからこんな事を言ってきた。
「ねぇ、あんたは気になんないわけ?」
「何よ。」
帰路で急に呼び止められて、サクラは不機嫌を隠そうともせずにぶっきらぼうに答える。
足を止めこそはしたが、体は半分しかいのの方に向けない。
「言わなくても、あんたなら分かると思うけど?」
「わかんないわよ。」
何が言いたいのだと、サクラはいらいらしてそう吐き捨てる。
いじめが気にならないのかと言いたいことまでは分かる。
だが、何がサクラならわかるというのか。
「……どうだっていいでしょ、あんなの!」
言い放った次の瞬間、平手が滑るように頬を打った。
「あんた、サイテー。」
「……何すんのよっ!」
抽象的な言い方をしておいて、こっちが少し本音を言ったら引っぱたくとは何様だ。
いのの見下した言葉もあいまって、サクラは心底腹を立てた。
「うっさいわね、サイテーはサイテーじゃない!
あんた、言っていいことと悪いことがあるって、いい加減覚えなさいよ!!」
「人をサイテー呼ばわりして引っぱたく女に言われたくないわよ!!」
「ふーん。そんな事言うんだったら、今『友達』を作れない理由、考えてみれば?」
「―――!!」
いのの言葉にのどがつまる。
反論の言葉がとっさに口をついて出てこなかった。
友達くらいいると、簡単にいえたはずなのだが。
「賢いあんたなら、すぐ分かるでしょ?じゃーね。」
ほとんど言うだけ言う格好で、いのは言ってしまった。
後に残されたサクラは、立ち尽くすだけだ。
「……誰もがあんたみたいになれると思ったら、大間違いよ……!!」
遠く彼方になった背中に、恨めしげに吐き出す。
そのねたみは、羨望と表裏一体だ。

嫌われたくないから誰にでもいい顔をしようと、話を合わせて顔色を窺う。
場の雰囲気次第では、悪口だって平気で口に出来る。
それで場が盛り上がるのなら、気にならない。
そういえば馬鹿にされたくないと頑張ったから、勉強で優秀な生徒になった。
そうしたら、勉学が出来ない子と会話をするのが何となく嫌になって、
やんわりと避けるようになった。
これらは最近のサクラの傾向の一部だが、一体どこが悪いと言うのだろう。
年齢ゆえに世界が狭い少女に、理解することは難しい。

それにしても、今日の夕日はやけにまぶしかった。


―END―  ―戻る―

サクラメイン2本目(たぶん)。アカデミー時代ギリギリの頃のサクラです。
年は11〜12歳で。いのといつから距離を置いているかは忘れましたが、確か卒業していきなりではなかろうと。
いじめられっこを見てみぬ振り。
でもいのが怒るのは、昔はその子と同じ立場だったのに、
「あんなのなんてどうでもいい。」って言える無神経さでした。
初期のサクラのナルト評のくだりを念頭にしたらこの位は言うかなと。下手すればやりすぎですがな。
この頃の彼女は嫌いな方も多いでしょうけど、あえてその時期をネタにして見ました。
いのとの微妙な関係が面白そうだったので。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送