契約


守鶴と加流羅が、揃って過ごしていた午後。
急に彼が何か思い立って、何か紙に書きつけ始めた。
「そうだ。いざって時のために、召喚契約しとかねぇとな。」
「召喚?」
いざと言う時なんてそうあるのかとのんきに考えながら、加流羅は飲み掛けの茶をテーブルに戻す。
いちいち覗き込んだりしないからよく見ていないが、何やら短い文をいくつか書いているようだ。
「ああ。二つ方法があるんだけどよ。
その片方が、契約の問答っていうんだぜ。」
「一体どうやってやるの?」
加流羅は初耳だからもちろんやり方を知らない。
だから守鶴は、書き終ったばかりの紙を渡してこう言った。
「なーに、簡単だぜ。オレ様が言った言葉に、これを読んで返事すりゃいい。
最後に、好きなところに触って契約の紋様を浮かべりゃ完璧だ。」
「わかったわ。」
返事を読むだけでいいのなら、妖術を全く扱えない加流羅にも何とかなりそうだ。
二つ返事で承諾する。
「じゃあ、やるか。」
近くに居ないとできないのか、こっちにこいと手招きされる。
椅子をそちらに引いていってもよかったのだが、そのまま守鶴のひざの上に座った。
「我、そなたと対の契約を結ぶ事を望む。汝、我に力を貸すと誓うか?」
定型の問いかけがすらすらと守鶴口に上る。
契約の問答と言ってもこれも一種の呪文だから、一字一句あやまたず唱えることが重要なのだろう。
まるで知らない相手に対する問いかけのようだが、
これに加流羅も紙を読み上げて答えなければいけない。
「……汝もまた、我に力を貸すと誓うならば、この力を汝に託そう。」
書かれたとおりに読み上げると、返事を聞き届けた守鶴がまた問いかけをする。
「では我が力、汝に貸そう。我に相応の価値を認めるか?」
「汝もまた、我の価値を認めると誓うのならば、我が忠誠を捧げよう。」
言葉は定型の物に過ぎないのに、
彼女は何か気恥ずかしいものを感じながらも、噴出したり棒読みになったりしないように気を使った。
「我が真の心をもって、汝の価値を認めることを誓おう。」
「我が忠誠、汝に捧げよう。」
問答が終わると守鶴は加流羅の胸元に、加流羅は守鶴の額に触れた。
念をこめて触れた手によって、それぞれの場所に契約の証である紋様が浮かび上がる。
霊力や妖力のあるものにしか見えない独特の物だ。
終わってから、加流羅は視線を逸らしてこう呟く。
「何だか……違うものみたい。」
「違うものって?」
「それは……もう、言わせないで。」
頬に朱を散らして、加流羅はそっぽを向いた。
まるで婚儀のようとは思ってても言えない。
「そういやこの契約はつがいの誓約って呼ばれるし、言われてみりゃ似てるかも知れねぇな。」
守鶴は何か思いついたのか、面白そうに笑って加流羅の唇を奪った。
「んっ。ちょっと、急になあに?」
「言葉だけじゃ、味気ねぇかと思ってよ。『つがい』の誓約だろ?」
「もう……。ところで、さっき契約には2つ方法があるって言ってたわよね?
どうしてこっちを選んだの?」
なんでつがいの所だけ強調するのかすぐにわかったが、あえて無視して話をそらす。
「もう片方は連環の陣って言って、術者が契約対象に印をつけるんだよ。
あっという間に終わるけど、オメーは術を使えねぇだろ?
それだと立場に差が出来るしな。」
「そうなの。でも、それでも私は気にしないわよ?」
「何言ってんだよ。夫婦は対等なもんだぜ。
……まぁ、そう言ってもオメーがマジでオレ様を召喚しようとすっと無理があるけどな。」
守鶴は最上位の妖魔だから、加流羅が呼ぼうと思ったら力を全部使い切っても足りないほど力が要る。
だから契約だけ対等にしたところで、形式上以外の意味はないに等しい。
「それはしょうがないわ。だって、あなたは妖魔の王様でしょう?
それを言うなら、私だってあなたの役に立てるような能力は持ってないわ。」
くすくすと加流羅は笑った。
守鶴が彼女を呼べるようになっても、戦闘で助けになれるわけではないので、
せいぜいがうっかり離れて困った時に合流しやすい位の利益しかない。
「それに、呼べなくてもあなたはいつも守ってくれるから、それで十分よ。」
改めて言うのはやはり照れくさいらしく、加流羅は少しはにかんだ。
しかしこんな時でもないと、なかなか普段の礼は言えない。
お世辞でもなんでもないからこそ、逆に恥ずかしいが。
「可愛い事言ってくれるじゃねぇか。ありがとな。」
加流羅の細い体を抱き寄せて、額に口付けを落とした。
その胸元にはもう、契約を解消しない限り消えない所有の印がある。
ただの召喚契約の証に過ぎないのだが、形に残る紋様は独占欲を心地よく満たした。
この契約が一対一の物だからこそだろう。
「ふふっ。」
加流羅の目に紋様が映る。幽霊であるから、彼女も見えるのだ。
控えめな彼女の独占欲もまた、これは満たしていた。
もちろん本来の意味は分かっているが、自分と交わしてくれたという事が嬉しいのだ。
特別な存在だと示されて、嬉しくないわけがない。
「なぁ、加流羅。」
「何かしら?」
「今度、とびっきりめかしこんでもらうぜ。」
「……どういう意味?」
守鶴の言葉の意味がつかめないらしく、加流羅はきょとんとしている。
だが彼は、それでも好都合とばかりににやりと笑って黙ってしまう。
「??」
さっぱりわからないと困った顔をする彼女の顔を眺めて、
守鶴は彼女をとびきり華やかにするための算段を立てていた。


―END― ―戻る―

召喚契約をしてるだけですが、違う契約にしか聞こえないと言う話。
あまりどころかほぼ意味のない契約ですが、取れない結婚指輪程度の役には立ちます。
周りの目がないカップルは自重要らず。
話はそれますが、魔法的な紋章とかのデザインがうまい人ってすごいなあと思います。
とてもセンスが良くてかつ精密なデザインとか、もう考案するの無理。

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