磯凪


今日は凪。

ゆらゆら潮の流れに揺れる海草の草原。すいすいと自由気ままに泳ぎまわる魚たち。
キラキラと太陽の光に揺れる水面。見上げると、そこに一隻の船が行くのが見えた。
いつもと変わらない、美しい海の情景。
それを眺めて、何が嬉しいのかとても優しく笑う存在が居る。9体の妖魔の王が一、水を司る王・磯撫(いそなで)。
亀たちの長である彼は、水に生きる全てのものに慕われる存在だ。
広い海が全てを受け入れるように、人間が三尾と呼ぶ磯撫もまた、海のような心を持つ存在である。
眷属である亀のみならず、水に生きる妖魔なら誰もが慕う理由はそこにあった。
穏やかで優しい温和な気性。水に生きる全ての生き物を慈しむ彼は、水の父だ。
そんな彼の周りには、今日もたくさんの眷族や配下が甘えるように行きかっている。
「ん……どうしたの?何か変わったことでもあった?」
「――。」
擦り寄ってきた子供の妖魔が何事かをささやく。声ではなく思念が、磯撫に何かを伝える。
「あ、そうか。遊んでほしいんだね?うん、いいよ。」
磯撫が二つ返事でそう答えると、まだ幼い妖魔達が、彼の長い尾に喜んでじゃれ始めた。
えびやしゃこにも似た尾は、子供達には格好のおもちゃらしい。
3本ばらばらに動くそれと戯れているだけで、時も忘れるほど遊ぶのが常である。そのほほえましい様子が、磯撫は好きだ。
親妖魔達も慣れたもので、他の王達の眷属なら子供達を止めるところなのに、何も言わずにそれを見守っている。
王と眷属の距離の近さは、妖魔の王の中で随一といえるだろう。
比較的主従の距離が短い守鶴のところでも、子供達が同じようなことをしようとしたらまず親が許さない。
別に王が邪魔に思うということではなく、眷属達が保つべきと決めている距離が違うのだ。
磯撫と眷族、配下達はそれが近いと決まっている。ただそれだけのこと。そしてその距離は、どちらもが心地よく思っている。
のんびりとした時間が過ぎていたそこに、一匹のウミガメの妖魔が慌しく泳いできた。
「長老様ー、お知らせがあります!」
「えーっと、誰から?」
慌ててはいても深刻そうではない部下の様子を見て、悪い知らせではないと見当をつけた磯撫は、のんきな調子でたずねる。
「猫のお方様からです。いいお知らせですよ。」
「鈴音から?そう、なんて?」
告げられた知り合いの名を聞いて、彼はほころぶ口元を押さえられなかった。
いい知らせと伝えられたので、なおさらだ。
「4日後に、こちらにおいでになるそうで。いつもの海岸でと。お二人だけで気楽にやりたいとの事です。」
「わかった。ありがとう。何を持っていこうかなぁ……。」
持っていくものといっても、二尾である鈴音は猫だから当然魚を喜ぶ。
つまり、妖魔ではない個体とは言え、同じ水の仲間に犠牲になって頂かれなければならない。
慕ってくれる魚の妖魔の親戚を食べてもいいのかと、たとえば人間ならつっこみを入れてくるかもしれない。
だが、磯撫は全く気にしない。しかしそれも当然のことだ。
鈴音をもてなす魚選びを考えながらふと見上げると、先程とは違う2隻の船が仕掛けをたらしていた。
「今日もやってるね〜。さて、釣れるかな?」
「どうでしょうね〜……。」
上を行きかう漁船を眺めて、磯撫と知らせを持ってきた妖魔がつぶやく。
人間が魚を獲ることに関して、水の妖魔はとやかく言わない。
漁師とて、生きるために生業としているのだ。生きるための行動をいちいち咎め立てするのは、それこそ野暮というもの。
食べるためなら、生きるためなら殺すことは許される。それが、妖魔も含めた生物が従う原始の掟の一つ。
自分が鈴音の土産に魚を取るのもまた、別に何の問題もない。
「五月雨。悪いけど、今ちょっと手……じゃなくて尾が離せないから、もし暇ならお酒の在庫をちょっと見てきてもらえるかな?」
「はい、承知いたしました。」
決して上から押し付けるようなきつい命令の仕方をしない主に、
もう少し偉そうに言ってもいいのにと思いながら、五月雨と呼ばれた妖魔は身を翻して陸の方に泳いでいった。


さて、残った磯撫は、まだ子供達を尾でじゃらしながらのんびりと考え事をしていた。
4日後にたずねてくる鈴音は、同格の仲間の中でもかなり親しい存在だ。
ついでに、誰よりも頭が上がらない女性でもある。なぜなら昔、散々迷惑をかけてしまったことがあるからだ。
鈴音はいつまでも気にしないでいいというのだが、磯撫はそこまで図々しい性分ではないので、今でも彼女に頭が上がらない。
勝手に尻に敷かれにいってるだけじゃねえかと、口の悪い守鶴あたりなら言うかもしれないが。
―鈴音の好きなお酒、残ってるかな?―
いつもはあっという間に過ぎてしまう時間が、急に長くなった気がする。
気が置けない友人が、はるばる雷の国から訪ねてくるまで、後4日。
たった4日か、まだ4日か。
優しい笑顔に、待ち遠しそうな色が混ざった顔を見れば、それがどちらかは言わずもがなである。


明日も凪。


―END― ―戻る―

コミケ行ったその夜に、たった1日で出来上がった稀有な代物です。
少し前にドロドロダークを書いていた反動か、妖魔の話とは思えないほのぼのです。
背景がすごく魚魚してるのは気にしないでください。出来心です(おい
下手すると、新手のキワモノCPが出来てるようにも見えなくはないのがなんとも。ちなみに、尻に敷かれてるわけではないです。
あのごつい本性でこういう喋りかと思うと、相当笑えるギャグだという気もしますけどね。
ところで彼は一体どこに住んでいるのやら……湖のような場所かもしれませんが、面倒なので今回は海にしました。
一応水の国あたりの海域で(笑
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送